紫は微笑みながら橙矢の近くまで歩み寄った。
「ごきげんよう東雲さん、元気そうでなによりです」
「…………………なんのようです、そっちからは何も言ってこないと俺は耳にした気が」
「…………意地悪言うわね。何のことだか分かってるくせに」
「………あんたの御託に付き合ってられる暇はないんですよ」
「―――――妖怪のことでしょう?」
「………えぇまぁ」
「悪いけど私は何も干渉してないわ」
「………なんで早く結界を修復しない。……なんで妖怪を横流しにした」
「………なんで、ね。そんなの私が聞きたいわ。貴方が出ていってから何故か結界が次々と穴が開くという現象が起こってるのよ」
「それで俺に問題があると?」
「それ以外に何か考えられることでも?」
話にならないとばかりに肩を落とすと持っている本を開いた。
「俺の事を貴女がどれくらい観察してるか知りませんが俺は何もしてませんよ」
「貴女が幻想郷に戻りたさに色々なことをしていることは知ってるのよ。そのためにあの人間に接触したんでしょう?」
「…………偶然だ」
「偶然にしては出来すぎてるわね。幻想郷に行ったもの同士、引かれ合うのかしら」
「知りませんよ。くだらない話をする暇があるならとっとと直してきてください」
「出来たらとっくにしてるわよ」
「あ?」
「いくら直してもすぐに破壊されるのよ。まるで誰かを誘い込むように」
「……………」
「見張りをつけているけど誰も通った軌跡はない。つまり自然に破壊されていると分かる。破壊され始める前とされている今、何が違う?……そう、貴方なのよ東雲さん」
「………そうでしょうね」
「心当たりでも?」
「いや、特にありませんよ。ただ変化があるとしたらそれしかありませんから。………それで、貴女が望むことは?」
「………一度貴方を幻想郷に戻すわ。それで結界が安定すればそれでいい。変わらなければまた貴方をこっちに還すだけよ」
「………残念ですがこっちの世界で俺がすることはすでに決まってます」
「それをしてからにしろと?」
「えぇ、そういうことです。貴女がこっちに来たということは向こうでは藍さんや橙が結界を修復をしているということ。なら時間がある程度生まれる。その間にこっちに出た妖怪共を一匹残らず殺す」
「そこまで読まれてるなんてね」
「俺を誰だと思ってるんですか。……嘗めないでください」
殺気を放つ橙矢に紫はただ口元を扇子で隠すだけだった。
「貴方一人でどうにかなると?」
「……………誰も当てになんかしてないさ。貴女もですよ、八雲さん」
「あらそれは残念」
「貴女は俺の大切な人を傷付けた。そんな奴を信じられますか?」
「仕方のない状況でも?」
「当たり前です。……俺は貴女を許しはしない」
「別に許してもらうつもりは更々ないわ。互いに衝突しただけのこと。それ以外何もないでしょう?」
「………あぁ」
「けどこれは好都合よ。私と貴方、互いにこっちに出てきた妖怪を消したい。なら手を組みましょう。こっちの世界にいるときだけでいいわ。私もあの困った馬鹿共には呆れていた。互いには利しかないと思うのだけれど?」
「……何が目的だ」
「先程言ったように私の目的は結界の修復と外に出た妖怪共の始末。それだけよ」
「……………妖怪共の駆除は分かった」
「ならとりあえず妖怪の撲滅からはじめましょう。私の能力と貴方の戦闘スキルを兼ねればすぐに滅せることが出来るわ」
「今からか?」
「えぇもちろん。ここもすぐに嗅ぎ付けられる。早いところ彼女達を避難させなさい」
「何処に?てか貴女の能力でやればいいじゃないですか」
「馬鹿ね。能力を使えば少なからず混乱が生まれる。そんなことしたくないわ」
「……なるほど、けど妖怪共と殺り合うなら人目につく。それはどうするんだ?」
「それはさすがに私の能力で見た人の記憶を弄るわ」
「……記憶を消すってことですね」
「そうよ。だから思う存分暴れなさい」
「はっ、おもしれぇこと言ってくれますね。分かりました。やりましょう」
「あの二人を避難させ次第始めるわよ」
「了解です」
「じゃあ頼んだわ、あの二人のこと」
「期待はしないでください」
「そう、じゃあ期待しないわ」
本をしまうとその場から二人のもとへ駆け出した。
▼
橙矢は二人のもとに着くなり片方の手を引いて大学から出た。
「ちょ、ちょっと少年!?」
「お二人を安全な場所にまで連れていきます。その後は自分の身は自分で守ってください」
「大学は駄目なの!?」
「……あんな街中の大学いつ見付かるか気が気でなりません。……諏訪大社に行きましょう。あそこなら恐らく安全です」
「まぁ確かにあそこは普通じゃない空気だけど……そこまでかな?それにここからは遠すぎる」
「…………とにかく、行きますよ。こんなところでくだらない時間を過ごすわけにはいかない」
「……東雲君、何を急いでいるの?」
「…………別に、ただここだとすぐにバレると思いましてね。ならいち早くここを去るのが妥当という考えに行き着いたわけです」
「らしくないわね」
「じゃあ今すぐ決めてください。直に幻想郷からこっちの世界にいる妖怪共を駆除するためにある方が来ます。その方と妖怪共の戦闘……いや、駆除に巻き込まれたくなかったら俺に着いてきてください。巻き込まれて、死んでもいいという人は残ってても構いません。俺はどっちでもいいんですよ。残るって言うのなら……命の保証はしませんけどね」
「あら、どうして貴方が幻想郷から誰かが来るなんてこと分かるの?」
「推測です」
「決まりきったことのような言い草だったけど?」
「俺の勘は当たりやすいんでね。信じてるんですよ」
二人の手を掴むと引いて走り出す。
「いいから来てください!今はこれしか貴女達が危険を避ける方法はない!」
シャッターをこじ開けて蹴りつけて無理矢理開けた。しかし街中には妖怪が徘徊しており、どうにも移動できない状態にあった。
「やっぱり後を付けられていたか……。離れてますが……仕方無いですね。出来れば使いたくなかったのですが……八雲さん!」
「あらあら、早くも私が必要かしら?」
目の前にスキマが開いて三人を呑み込んだ。
「え、ちょっとまさかこ――――」
「このスキマ―――――」
「……………」
次に足が地に着いたときは街中ではなく大きな社の前にいた。
「これで、いいんでしょう?東雲さん」
呆ける二人を置いて紫が橙矢の前に現れる。
「えぇ、何も言わずここまで運んだってことは……安全だってことですよね?」
「そう思ってくれて構わないわ。ここら一帯はあの祟り神と軍神の加護がまだ残っている。……近付いてくるなんてことはないでしょう」
「それなら安心しました。…………八雲さん」
「分かってるわ。とりあえず先程の街から制圧しましょうか。そこからは私のスキマで翔ばしてあげるわ」
「妖怪共は何処まで広がってる?」
「ひとまず博麗神社の近くの街に停滞してるわ。それと貴方をつけてきた妖怪と。大きく分けてふたつ。街の規模は意外と大きいから幻想郷育ちの妖怪にとってはこれほど興味を惹かれるものはないでしょう、半分近くはそこにいる。だからそのうちに叩く」
「雑魚なんざ貴女と俺がいれば充分に対処できます。……一般人がいなければ、の話ですが」
「ふふ、貴女はやっぱり東雲さんね。何も変わってなくて安心したわ」
「行きましょう。さっさと駆除しないと被害者が、最悪死者も出ます。なるべくそれは避けたい」
「分かってるわ。…………私達妖怪は外の世界では存在そのものが認められない者が多い。故に妖怪にとって全てを受け入れる幻想郷は楽園。その楽園を見捨てるなんて………その罪は命を持って償ってもらいましょう」
「んなことどうでもいいですよ、心底。俺はただあの二人を殺させるわけにはいかないんでしてね」
「あらそれは?」
「俺の道を示してくれた人だ。そんな恩人を助けないわけにはいきませんから。だから俺は妖怪を殺す」
「どちらにせよ、理由はどうであれ私達のやるべきことは一致してますわ。………貴方にはこれを」
橙矢の頭上にスキマが開いて棒状のものが落ちてくる。
「おっと」
それを掴むと目を細めた。
「八雲さん………これ……」
橙矢の手の中には刀が収まっていた。
「貴方が幻想郷で使っていた物よ。貴方、こっちの方が慣れているでしょう?」
「そうですけど………」
「それじゃあ東雲さん、行きましょう」
「あぁ、頼みます」
スキマが開いて紫が先に入っていく。それに続いて入ろうとするがその前にメリーに止められた。
「東雲君、待ちなさい」
「何ですか。用があるならすべて終わった後にしてください」
「さっきの、八雲紫さん……でしょ?」
「それがなんですか」
「………なんで汚れ役、退治屋の貴方があんな妖怪の上位に位置する八雲さんと知り合いなの?」
「……心外ですね。退治屋だって人脈はあります。それに時間が惜しい。これ以上の問答は時間の無駄です」
振り向いてメリーを睨み付けた。
「…………………ッ!」
「どうでもいい時間を作らないでください。時は一刻を争います」
「……悪かったわ」
「じゃあ、失礼します」
軽く頭を下げると隙間の中へと入っていった。