「死ねッ!」
先程拾った金属バットで横から妖怪の顔面を殴り付けると吹き飛んだ。
「…………ったく、次々と出てきてやがる。まさかこんなところにも手が回ってるなんてな」
妖怪の死体を踏み越えて目の前にある建物を見上げる。そこは数日前に来たばかりの大学。
次に蓮子とメリーが通う大学に着いたのは博麗神社から逃げ出してから二日後だった。
その理由は新幹線が何故か、街中に現れた歪な生物に襲撃されたためである。それ故に徒歩となんとかまだ動いているバスの乗り継ぎで行かざるを得なかった。
「………あの二人はちゃんと逃げ出したんだろうな」
壁にもたれながらも息を整えて大学の扉を開く。だが中には誰もいなかった。
(普通考えればそりゃそうか………)
ここから博麗神社はかなり離れているとはいえ正体不明の化物が出たのだ。休講する他ない。
「………だとしたらなんで開いた?」
「……外から物騒な音が聞こえると思ったら貴方だったのね。東雲君」
階段の方から声が聞こえて、それと同時に安堵した。
「マエリベリーさん、無事でしたか」
「それはこっちの台詞よ。途中から貴方がいなくなるし。不安だったんだから」
「それはすみません。用事を思い出しまして。にしてもどうしてここに?」
「貴方を待ってたのよ。どうせここに戻ってくるだろうと思って」
「信用されたものですね俺も。……大丈夫でしたか?ここは。鍵が開いてましたけど」
「ここの扉は鍵とかは自動で開かれるシステムになってるのよ。そこを管理してるところで鍵を解除したわけ」
「なるほど」
「今は蓮子がそこにいるから、すぐに閉めてもらうわ」
廊下についてるカメラに向けて軽く手を上げると扉が閉まって鍵がかけられた。
「これでひとまずは安心よ。……どうせこんな事態になってるのだから私達以外でここに来る馬鹿はいないでしょう」
「食糧とかはどうしてるのですか?」
「大学には食堂にコンビニもある。ある程度は凌げるわ」
「そうなんですか。ところでこれからは?」
「一応前の部屋に戻るわ。そこが落ち着くだろうし」
「分かりました。じゃあ行きましょうか」
「……………ところで、ここまで来るのにどれくらいかかったの?私達はなんとか止まるギリギリで出る電車に乗ったんだけれど……」
「……二日と少しかかりました。交通手段がなかったので徒歩とバスの乗り継ぎです」
「それはご苦労様。それまでに妖怪はどれほど?」
「五、六匹程度です。……その中で殺したのは二匹ですけど」
「殺せたの?」
「何とか、ですけどね」
「けどこの世界に出てきた妖怪は少なくとも百はいる。これにどう対処する気?」
「警察やらが動きますよ。ですから俺は動く気はありません」
「………それまでにどれだけの犠牲が出ると思ってるの?」
「残念ながら俺は人のことは考えないようにしてますから。そんな情すら浮かびませんよ。エゴでもなんとでも言えばどうぞ」
「そ、自己中心的ね。じゃあなんで昨晩は自分よりも私達を真っ先に逃がそうとしたわけ?」
「…………それは」
「別に私達にはどれだけでも嘘はついても構わない。信頼してくれなくても構わない。だけど自分は、自分だけは嘘をつくのはやめなさい。信頼しないのはやめなさい」
「……………うるさい。やめてくださいよ」
「……そ、ならやめるわ。早く行きましょう」
メリーがそう言うと窓の内側からシャッターが下りてきて校内を封鎖した。
「これでここの場所がバレても少しは時間が稼げそうね」
「少しは、ですね。こんなもの、すぐに破られますけどね」
「ないよりかはマシよ。いいから蓮子と部屋で合流しましょう」
「……………はいはい」
メリーがある苦手な人と面影が重なり、段々と苦手意識が芽生えてきたことを橙矢は嫌でも確信しなければならなかった。
▼
蓮子は部屋の前で待っていた。
「やーやー少年、無事だったんだね」
「あんな程度でくたばってたまりますかってんだ」
「言い方からしてかなり疲弊してるね」
「ここまで来るのにかなりの距離を歩きましたから」
「じゃあ真っ先に休みな。こっちに出てきた妖怪を撲滅するのに君の力が必要不可欠なんだから」
「俺がいなくたって解決しますよ」
「……君が思ってるほど幻想郷の妖怪達の力は強い。君しかいないんだよ」
「けど妖怪共は何処まで行ってるか分からない。闇雲に探したってどうにもならないですよ」
「君が戻る以前にこの世界から妖怪を排除しなきゃならない。それがこの世界で君の為すことだと思うよ」
「……………勝手に決めないでください」
「じゃあ家族が残るこの世界にいつまでも妖怪をいさせる気?」
「そ、それは………」
「倒さなきゃいけない義理はなくともせめて家族は危険な目に遭わせたくない。そうじゃなくて?」
「………どっちにしろ博麗神社には妖怪共は少なくともいます。そいつ等を蹴散らせば向こうへ行けますが、もののついでです。街中の妖怪共も蹴散らしてやりますよ」
「それでこそ君だよ」
「………それでこそ、ですか」
「孤軍奮闘の少年。うんうん、良い絵になるよ」
「言ってる意味が分かりませんよ」
「ま、冗談はこれくらいにして。妖怪と戦う以上何かある程度の準備はしておかないと。素手じゃあキツいよね」
席に着いて設置されてあるテレビをつけながら横目でメリーが橙矢を見る。
「そのことなんだけど東雲君、貴女向こうではどうやってあの妖怪と戦ってたのよ」
「別に、普通に」
「蓮子が言った通り素手じゃあないんでしょ?」
「えぇまぁ、刀を使ってましたが」
「物騒ねぇ」
「仕方無いですよ。昨日も言いましたが、ルールを守らない無法者には退治屋という無法者をぶつける。殺すために手段は選びません。弾幕のような美しさなんてもっての他」
「けど向こうには管理する人達がいるんじゃなくて?霊夢さんとか」
「…………………霊夢、か」
「……東雲君?」
「ん、あぁいえなんでもないです。しかし博麗の巫女とはいえそこらの道端に落ちてる石みたいな妖怪は目もくれません。彼女がするのは異変の解決のみ。ルールを守らない下等妖怪の排除、つまり汚れ仕事は退治屋の仕事です」
「ルールは力を持つ妖怪達も守ってるのよね?だとしたら下等妖怪も守るんじゃなくて?」
「ルールを破る馬鹿は底辺の妖怪程度です。それか幻想郷の新参者」
「じゃあやっぱり妖怪と戦うなら刀の方が?」
「こっちでは入手は難しいでしょう。なら代役です」
「その金属バットとか?」
「もう無理ですね。だいぶ傷んでますから。そろそろ限界ですよ。まぁ処分しますから」
そう言うと窓目掛けて金属バットを振りかぶる。
「下がっててください」
「少年!?何を!」
「蓮子!」
メリーが蓮子の手を引いて下がる。それと同時に窓が割れて一匹の生物が侵入してきた。狙ったかのように入ってきた瞬間に顔面に振り抜いた金属バットがめり込み、殴り飛ばし、窓から落とした。
「………ったく、こんなところまで嗅ぎ付けられるとは思わなかった。博麗神社からはかなり離れてるんだが………」
「し、東雲君…………」
「あぁ驚かしてすみません。もう大丈夫です」
振り返って二人の元へ歩み寄る橙矢の背後に別の妖怪が。
「後ろッ!」
「―――――――」
振り向き様に回し蹴りを入れる。しかしそれだけでは止まらずに橙矢を組み敷き、床に押し倒す。
鋭い牙が迫るが金属バットで受け止めた。
「あっぶねぇな!つーかこんなところに何匹いんだよ!」
頭突きをかまして次いで殴り付ける。そして怯んでいる隙に背中で回り、回転しながら蹴り飛ばした。
「マエリベリーさん!宇佐見さんを連れてこの部屋から出てください!巻き込まれても知りませんよ!」
「………分かったわ」
「早く行ってください!」
妖怪を押さえ付けながら急かし、足で腕の付け根を踏みつけて引き千切った。
血が吹き出て壁や床に飛び散った。
「くっそ………!」
首を掴み、締め付ける。
「お前らがいるのはこっちの世界じゃない……!とっとと幻想郷に帰りやがれ……!」
『お前が言える立場じゃないだろう退治屋』
「元、退治屋だ!!」
首を掴んだまま足で蹴り上げて割れた窓の縁に叩き付けた。その際に残っているガラスが妖怪に刺さり、真っ二つに身体を裂いた。
『ガ…………ガ………』
「あばよ」
落ちていく下半身と共に上半身も窓から落とした。
「………ここもバレたか。……一応他の部屋に移した方がいい……かな」
扉を開いて外にいる二人を迎えた。
「お二方、終わりました。けどもうこの部屋は無理ですね。他の部屋に移りましょう」
「そうね、窓が割れたのだもの」
「まぁそれもありますけど、見ていただければ分かりますよ」
「……なんか大体分かったわ」
「じゃあ早いところ移動しましょう。何処にします?」
「三階の図書館に行きましょ。あそこなら見付かりにくいわ」
「ほうほう、図書館」
「あそこかなり入り乱れてるのよ」
「常連じゃなきゃ目的の本見つけるのにもかなり時間かかるけどねぇ」
「なら最適ですね。そこに行きましょう。着くまでは俺が前線を勤めます。お二人は後ろを警戒していてください」
砕けた金属バットを放り捨てて歩いていく。その背を二人が追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ少年!」
蓮子が橙矢の手を掴んで止めた。
「何ですか宇佐見さん。時は一刻を争います。早めに図書館に行くべきでは?くだらない話をするなら図書館に着いてからですよ」
力任せに解くと先を急いでいった。
「あ…………」
「……蓮子、残念だけど今は彼の言うことの方が正しいわ。けど貴女が聞こうとしていたことはすぐにでも聞かなくちゃいけないこと?図書館に着いたら聞きましょう」
「………うん」
「お二方、行きますよ」
足早に歩んでいく橙矢に駆け足で追いかけていった。
▼
図書館の扉を開いて入ると感嘆の息を吐いた。
「………広いですね」
「そうでしょ?大きいから隠れるには最適ってこと」
「それで、俺に聞きたかったことがあるのでは?」
「あー、そういえばそうだね。少年、どうしてあんなに妖怪共を簡単……って言ったらあれだけど倒せれるの?」
「退治屋だったから、と言うのは答えになりませんね。……別に、ただ殺さなきゃこっちが殺られるだけだから殺してる。それを何回も体験すれば慣れますよ。殺すことなんざ」
「そういうことじゃなくて」
「………幻想郷に入りたての頃、あるところに身を寄せましてね。そこで鍛えられたというわけです」
「ふーん、相当鍛えられたようね」
「そこまでですよ。基本的な身のこなしかただけです。後は実践でどうにかなるもんです」
「…………嫌じゃなかったの?」
「別に、俺はただ独り身だった俺を拾ってくれた恩として主人を護るため、強くなろうとした。何も嫌なところはありませんよ。俺が望んだことです」
「余程大切だったんだね、その主人様が」
「えぇ、俺の事を家族と言ってくれましたから。どれだけ恩を返しても返しきれません」
「そんな君に思われてるなんて幸せ者だね、主人様は」
「………俺がいなくたって幸せですよ。元々幻想郷は俺がいる場所じゃない。だから部外者の俺が出ていくのは当たり前。けど俺は幻想郷が気に入ってしまった。……イレギュラーは戻すのが道理。昔の家族に戻るだけですよ」
「…………………少年」
「……っと、辛気くさい話をしてしまいましたね。俺は一通り図書館を回ってますので何かあったら……とりあえずメアドだけは教えておきます。連絡ください」
「はいはい、登録しておくわ」
橙矢がケータイを放ってそれをメリーが受け取る。
「にしても貴方のケータイ生きてたのね」
「幻想郷で捨てたはずなんですけど、こっちに戻されたときに何故か一緒に戻ってました」
「まぁ妖怪の賢者さんが情けをかけたのでしょう」
「変なところで情けをかけてくれやがりますね」
「東雲君、少しは素直になりなさいよ」
「なぁに馬鹿言ってるんですか。俺はいつだって素直ですよ」
「馬鹿言ってるのは貴方よ」
呆れたような笑みを浮かべたメリーがケータイを橙矢に返した。
「私のと蓮子のも入れておいたわ」
「ありがとうございます」
「あまり遠くに行き過ぎないように」
「分かってますよ」
素っ気なく答えた橙矢は片手を上げてすぐ本棚の影に消えた。
メリー達と別れて少し歩いた後、ひとつの書籍を見ていた橙矢はふと顔を上げて本を投げ捨てた。
それは地に落ちる前に開いたスキマに入り、次に橙矢の真上に同じようなスキマが開いた。そこから本が落ちてくるが頭に当たる前に掴んだ。
「……………貴女の方からは口は出さないって言ってましたが?」
自信の横方面を睨み付ける。そこには一人の女性が立っていた。
「………なぁ?八雲紫」