東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第五十四話 時には逃げるという選択肢があってもいい

 

 

 

 

 

 

 

 長い階段を登りきるとやや広い境内の先に錆びれた神社があった。鳥居の額束には額が掛けられており、そこには博麗神社、と書かれていた。

「意外とマシだな」

「これでまだマシって……。どんなものを想像してたのよ」

「ほぼ壊れていて見る影もないものだとばかり」

「そんなわけないでしょ。………にしても境内がここまで広いとは思わなかったわ。まるで幻想郷の博麗神社みたい」

「………みたい、じゃなくて博麗神社ですね。幻想郷とまったく同じです。大きさも」

「………やっぱりここの結界、かなり危ないわね。さっき見たときはここまで不安定じゃなかったわ。まるで私達に反応して不安定になったみたい」

「なにそれ。つまり私達、もしくはこの中の誰か来たことによって……?」

「まぁそういうこと。………一番可能性がある……って言っても私達全員あるんだけど。やっぱり東雲君かしら?」

「そうでしょうね。俺が恐らく向こうでの滞在期間が長い。それに…………いえ、何でもないです。お二人は下がっていてください。なるべくは階段近くまで下がってくれると助かるんですけど……」

 今はまだ橙矢が妖怪だと隠しているが、とにかく危険がある内は生身の人間を晒すわけにはいかない。人間よりかはまだ頑丈な妖怪である橙矢が調べる方がいい。

「……なるほどねぇ、分かったわ。今は貴方の意見に従うわ」

「もし何かあれば俺のことは構わず真っ先に逃げてください。俺は少なくとも貴女達よりかは丈夫に出来てるんで」

「今更だけど片腕の貴方に言われたくないわ」

「今更ですね」

 薄笑いを浮かべて博麗神社へと近付いていく。それと同時に動悸が激しくなっていく。

「………………」

 この動悸の激しさには身に覚えがあった。それは半年前の退治屋だった頃。嫌に気配に敏感だった頃。その時感じたものと同じだった、嫌な予感が。そして橙矢の悪い予感は当たりやすい。

(結界の一番不安定な場所は何処だ………?)

 首を振って探すが一向に見当たらない。

(くそ!これは思ってたよりもヤバイ……!早いとこ見付けないと……いや、見付けたところで何も出来ない……)

「――――――少年!!」

「え――――?」

 蓮子の声が響いて思わず振り向く。前に横から翔んできた何かに吹き飛ばされた。

「ッ!?」

 勢いを逃がしながら立ち上がり、顔を上げた。

 しかしその前に再び吹き飛ばされて血を吹く。

「東雲君!」

「くそッ!」

 飛びかけた意識をすぐに戻して前に転がると元々顔があった場所に豪腕が振り抜かれた。それだけで何者か、すぐに分かった。

「二人とも!逃げてください!最悪な結果になっ――」

『――――――――――――――――!!』

「ッ!」

 近くで咆哮が轟き、思わず耳を塞ぐ。

「うるっせぇなくそ妖怪!とにかく!ここからいち早く逃げますよ!俺が引き付けますからその内に逃げてください!」

 結界から出てきた歪な生命体、妖怪に飛び付くと殴り付けた。

「こっち向いてろ雑魚!」

 自分の何倍もの丈がある相手にもろともせず足を蹴り上げる。

 だがそれでも人間の身体のせいか。

『――――』

 逆に殴られて地を転がった。

(さすがに……人間の身体じゃ………無理があるか)

 受け身を取って駆け出す。

(殺すだなんて考えるな……。とにかく二人が逃げるだけの時間を稼がないと……!)

「おいお前!幻想郷の妖怪だろ!」

『――――――』

 妖怪の赤い目が橙矢を貫く。それを真っ正面から受け止めると口の端を吊り上げた。

「だったら俺のことは知ってるよな!?半年前、下級妖怪共を狩っていた退治屋の俺を!」

『…………ッ!おいおい、こりゃあ何の因果だ?こんなひよっこが幻想郷の妖怪が恐れた退治屋東雲橙矢だって!?ハハッ!こりゃあ笑い話だ!!』

「そのひよっこに殺られるお前は何っ子だ雑魚妖怪!!」

 拳を握り締めて振り上げる。同時に妖怪も拳を振り下ろして激突する。すぐに橙矢が押し負けて神社に突っ込んだ。

「……ゥ……!」

「少年!大丈夫!?」

「しっかりしなさい!男の子でしょう!」

 傍らに蓮子とメリーが近付いてきて身体を揺する。何とか立ち上がり、二人の前に出る。

「何しに来たんです……!逃げろと言ったはずですよ……!」

「貴方一人を置いて行けるわけないじゃない!」

「貴女達はこの一件に関係ない……!謂わばとばっちりだ……!そんな人を傷付けさせるわけにはいかないだろ!いいから行け!」

 走り出してそれに合わせて妖怪が拳を振り下ろす。橙矢は滑り込んで背後を取ると背に足をかけて首に跳び移り、首を絞める。

「もう少しだけ遊んでもらうぞ!」

『いいぜ……!幻想郷で貶められた分ここで返してやるよ!!』

 橙矢を掴むとそのまま地に叩き付けた。

「ゥ……ッ!」

『どうしたよ東雲橙矢、まったく手応えがないぞ』

「…………へ……お前に使う体力なんざ無駄すぎてねぇよ!」

 口を広げると妖怪の手に思いっきり噛みついた。

『ッ!テメェ……!』

「不味いなお前の肉はよォ!」

 先程突っ込んだところへ行き、いまだに立ち尽くしている二人を階段の方へと突き飛ばし、木材をひとつ拾い上げる。

「何もないよりかはマシだ」

『そんなボロッ臭いやつで何をするって!?アァ!?』

「見てなっての!!」

 木材を振り上げて妖怪の足に叩き付け、砕けた。だがそれが橙矢の狙い。

 砕けた破片を掴んで鋭利になった方を突き刺した。

『―――――!』

「オオオォォォォォ!!」

 怯んだ隙に跳んで妖怪の膝に乗り、そこからまた跳んで腕を掴む。そして腕から走り出して顎に回し蹴りを入れた。

『ゴ……ォ………!?』

 脳が揺れて足元がふらつき、仰向けに倒れそうになる。

「タダで倒れさせっかよ!!」

 顔に飛び乗り、口を掴むと落下の勢いのまま地に叩き付け返した。

「ハァッ……!ハァ………ァ…ッ」

 息を取り乱しながらその場に座り込んで、そのまま倒れる。

「……能力がないと………こんな辛いのかよ……」

「少年!」

「東雲君!」

「…………まだ……いたんですね……」

「それは……ごめんよ少年」

「それより、何よさっきの…………」

「………妖怪ですよ。向こうの下級妖怪です。……ルールも守らない………困った連中です」

「その事じゃなくて!」

「メ、メリー……?どうしたの……?」

「この妖怪もそうだけど……貴方よ!向こうの住人だったとはいえ……どうしてそこまで何て言うか………戦うことに慣れてるの?それにさっきこの妖怪、貴方のこと……退治屋って言ってたけど………」

「………………………さっきも言いましたけど。向こうにはスペルカードという決まり事があります。けど所詮はただの決まり事。下級のくそ妖怪共は守らないやつが多い。向こうがルールを守らないならこちらもそれ相応の処置を取らないといけない。そこで立てられたのがそういう下級妖怪共を殺す退治屋。博麗の巫女が異変を解決する裏で汚れ仕事を承る退治屋。それに何も知らない当時の俺が挙げられたわけです」

「……………何よそれ………」

「………来る日も来る日も妖怪を殺す日々。いつしか人里にも妖怪にも恐れられ、人の知り合いなんか誰もいなかった。俺に残されたのは退治屋であっても俺を一人の生物として接してくれた一部の妖怪達だけ」

 折れた木材を杖代わりにして腰を上げると博麗神社に視線を持っていく。

「俺はそいつらを護るために戻る……!俺があいつらに助けてもらったように!俺もあいつらを!……あいつらが寄り添えれるところであるために戻るんだ!」

「……………退治屋、ね」

「――――――――来る」

「え?」

「早く行きますよ!」

 二人を急かして階段へと駆け出す。瞬間結界から無数の気配が一気に出てくる。

「伏せろ!!」

 叢に身体を伏せさせて隠す。そこから見える光景はまさに地獄だった。

 妖怪が少なくとも五十近く、出てきていた。さらに結界はそれでも開き続けていた。

(このままここにいても見付かるだけだ……だったらせめてこの二人は……!)

「宇佐見さん、マエリベリーさん。逃げますよ。俺が殿を努めます。振り向かずに一気に街に逃げてください」

 二人は頷くと木に身を隠しながら駆け出す。

 橙矢は少し追った後踵を返して神社に足を向けた。

「俺が殺ってやるよ……!!」

 境内に出ると真っ先に目の前にいる妖怪を蹴り飛ばして小柄な妖怪を見付けると腕を掴んで投げ飛ばす。

『た、退治屋!?』

「テメェ等全員まとめてかかってこい雑魚共!」

 腕を振って拳を握り締める。

「テメェ等にそんな気概があればの話だがな!」

 挑発的に笑うとそれに乗ってくる妖怪。

「そうだ……!俺にだけ向かってこい……!」

 いくつもの妖怪を受け流してある一匹の妖怪に突撃して押し倒すと殴り付ける。

「潰れやがれ!」

 顔面に振り下ろすがその前に後ろから掴まれて階段の方に投げ飛ばされた。

「カ……ァ……」

『退治屋が情けねぇ姿してるじゃないか』

「おい……おい……。そんな程度で挑発……してるつもりか…………?」

『それに乗るか乗らないかはお前次第だ』

「乗るしかないだろ!このビックウェーブに!」

 殺気を放って妖怪の群れに突っ込む。

「死んどけ雑魚共!!」

 だがいとも簡単に腕に吹き飛ばされて鳥居に激突した。

「…………!」

『ただの人間に殺られるわけねぇだろ退治屋ァ』

「ハッ………ほざきやが―――――」

 再び駆け出そうとするが、その前に地響きがして足を止めた。

「何……!?」

『結界はまだ不安定。それなら俺達下級妖怪でも開けることは可能。向こうで人間が喰えないなら………こっちでやってやるさ!!』

 スキマが開かれて大量の妖怪が吐き出される。

「……嘘だろ………」

 さすがの橙矢のこれには目を見開いた。

「何なんだよこれ……!」

『オオオォォォォォ!!』

「ッ!」

 橙矢目掛けて突撃してくる妖怪を避けて森林に転がり込む。

「くそッ!能力無しじゃ命がいくつあっても足りない!!」

 この数を相手取れるほど人間としての東雲橙矢のスペックは高くない。だとしたら今は退くしかない。

「…………ッ今は……逃げることしか……!」

 痛いほど拳を握り締めながら博麗神社から街の方へ下りていく妖怪を横目に、橙矢はその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫様、不安定な結界の隙間から下級妖怪共が外へ逃げ出しました」

「あらあら…………馬鹿ばかりねぇ」

「あれほど早めに手を打つようにと言ってましたのに」

「仕方無いじゃない。忙しかったのだもの」

「一日中ゴロゴロすることですか?」

「やめなさい。ちゃんとしてたわよ。外に行った東雲さんの身の回りの処理とか」

「それは知ってますよ。けど東雲か結界か、天秤にかければどちらが重いのか。分かりますよね」

「私からしてみれば東雲さんよ」

「あぁそうですか。私は断然結界の方だと思いますけどね」

「………外の世界には東雲さんがいるわ。……もし、いえ、必ず東雲さんはこの異変に関与するわ。必ずね。人間とはいえ能力があれば東雲さんでも充分事足りる。けど今の東雲さんは能力も妖気もないただの一人の人間。絶対に勝てないわ」

「それで、どうするんですか?外へ行って妖怪共を撲滅させます?」

「しばらく様子を見ましょう。さすがに酷くなれば私が出るわ」

「そうなるとは思いますがね」

「なぁに、この一件が終わる頃にはすべて解決してるわ」

「そんな他人事みたいに………」

「別に他人事にする気はないけれど。藍、貴女は今すぐこれ以上結界に下等妖怪共が入らないよう監視してなさい。もし入ろうなんて輩が出たら何者であろうと殺して構わないわ」

「何者、でも?」

「えぇ」

「それが彼の思い人でも?」

「勿論よ。妖怪が外界へ出ることは決して許されることではないわ」

「…………………了解しました」

「幻想郷でのこの件は貴女と橙に任せるわ」

「………………私独断の判断でも?」

「えぇもちろん。けど藍、やり過ぎないようにね?」

「なに、勿論手加減はしますよ。なるべくは、ですけど。限度が過ぎれば分かりませんが」

「やれやれ、穏便に済ませたいのだけれど」

「私は今は貴女の式であるが故にこうしてくだらない争いをせずにいられたのです。それを解き放てば私やもちろん橙もいくら殺すか分かりませんよ」

「今更に自分の力が心強く感じるわ」

 半分呆れながらスキマを開く。その中に藍が入っていった。

 

 

 

 

 

 

 


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