東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第五十話 去るもの何も言わないこともない

 

 

 

 

 

 冷ややかな目を橙矢に向けて総隊長は配給される剣を橙矢、ではなく幽香に向けた。

「久しいな風見幽香」

「貴方…………!」

「……知り合いか?」

「………顔見知りよ」

「おいおい、そりゃないぞ。一回殺り合った仲じゃないか」

「お前と幽香が………?」

「………………ッ」

「あの時よりかは……強くなってるか?惨敗者さんよォ!!」

 姿が消えた、かと思うと幽香に接近していた。

「しま―――――」

 剣を振り下ろして、しかしそれは弾かれた。

「お………っと」

 幽香の前には緋想の剣を振り抜いた体勢でいる天子が。

「あんた、急になによ」

「邪魔するなよ」

「天人である私をシカトするなんて良い度胸じゃない」

「天人ごときが俺の邪魔をするな」

 拳を振り上げ、それを緋想の剣で受け止めるが予想以上に重かったのか吹っ飛んだ。

「きゃ……!」

「天子!」

「貴女程度じゃ太刀打ち出来ないわ!私もだけど……!」

「幽香!?」

「あの男には絶対に勝てない……!」

「………ッ!」

「どれだけ強くなっても……あの男には敵わない……!」

「どれだけ自分が小さい世界を見ているか分かったようだな風見幽香」

「まさか紫……あいつまで取り込んでいたなんて……!」

「取り込むだなんて言い方やめろよ。まるで俺があいつの下になったみたいじゃないか」

「………」

「互いの利が一致したから俺は奴についてる。それだけだ」

「貴方………!橙矢は貴方と同じ白狼天狗じゃない!」

「違うな。そいつは元人間の白狼天狗だ。根本的に違う」

「今のことを話してるのよ!過去なんて過ぎたこと言わないで!」

「そいつのせいでどれだけこっちが迷惑してると思ってる。……俺はそいつを正直殺したくて堪らない」

「「…………ッ!」」

 幽香と天子が橙矢の前に立ち塞がる。

「貴方に橙矢は殺らせないわ」

「そうね、珍しく花妖怪と同意見よ」

「お前ら………」

「「貴方(あんた)は私が倒す、でしょ?」」

 まったく同じことを言う二人に苦笑いしながらそうだな、と答えた。

「天人、貴女は霊夢と猫を相手取りなさい。妖怪の私はさすがに霊夢の相手は辛い」

「分かったわ。……あんたは大丈夫なの?狐とあの白狼天狗って。……狐をこっちに渡してくれてもいいのよ」

「あら、天人も橙矢の前ではカッコつけたがるのかしら?」

「…………なんでそこで東雲が出るのよ」

「さて、なんでかしらね。とりあえず――――――来るわよ」

 各々の得物を構えて迎え撃つ。

「私は猫と霊夢ね、任せなさい!」

 はじめに突っ込んでくる橙を弾き返して霊夢の祓い棒を手で掴んで受け止める。

「甘いわよ霊夢」

 緋想の剣を振り抜くと橙と同じ方へ吹き飛ばした。

「さて、楽しみましょうか!」

「天人……!邪魔をするなッ!」

「それは無理よ霊夢!こちとらリベンジも兼ねて挑ませてもらうわよ!!」

 祓い棒と緋想の剣が同時に振り抜かれて甲高い音を響かせて弾いた。そのまま回転すると腹を蹴り、その足を軸に身体を捻り、逆足で蹴り抜いた。

 着地すると緋想の剣を後ろに構え、そこに橙の鉤爪が振り抜かれ、受け止める。

「そんな………!」

「通じると思ったかしら!?」

 そこから半弧を描くように地に叩き付けた。

 左腕を振り下ろすとそれに合わせて橙に要石が落ちてくる。

「ニャァァ!?」

 慌てて上空へ飛ぶと要石を避けて回転して上から鉤爪を振り抜く。

「うざったいわよ!!」

 鉤爪、ではなく腕を掴んで止めると頭突きをかまし、怯んだところを蹴り飛ばす。

 気配を感じて緋想の剣に力を込めるとそちらに全人類の緋想天を放つ。

 気配のした方には霊夢がおり、すぐさま防ぐため陣を張り、やり過ごすが吹っ飛ばされた。 

 天人を横目に幽香は藍と総隊長を正面から睨み付けた。

「こっちもはじめましょうか」

「お?お前、俺だけじゃなくて九尾まで相手取る気か?」

「確かに貴方達二人の相手となると辛いわ。けど……だからと言ってはいそうですか、って橙矢を渡すわけにはいかないの」

「………愚かだな」

「好きに言いなさい。………簡単に倒せるとは思わないことね」

「ふん、紫様に逆らう奴は全員、潰すだけだ」

「やってみなさい式神ごときがッ!」

 総隊長と幽香が同時に駆け出してそれぞれの武器が激突して辺りに衝撃波が響く。すぐに傘で刀を地に叩き付けさせるとその勢いで総隊長の上を通過して後ろを取ると蹴り飛ばした。

「おっ、と」

 宙で体勢を整えて着地する。その隙に傘の先端を藍に向けると閃光を放つ。陣を張って防ぐとそれを崩して弾幕とする。

「そんなんじゃ私には届かないわよ」

 傘を広げて防ぐと直線上に弾幕を撃ち、牽制すると総隊長に駆け出す。

「まず貴方を先に潰した方が早いわね!!」

「やってみろ雑魚がッ!」

 総隊長の足元に弾幕を放って煙幕を上げ、その中を突っ込んでいく。

「ここで貴方を殺れば……!」

「面白い冗談だなそれは」

 一瞬にして煙が晴れた。

「な………!」

 総隊長の脚が迫っていた。それはどうしようもない距離にあった。

「残念だったな」

 強烈な衝撃が幽香の腹に直撃して、突き抜ける。吹っ飛んで今まで育ててきた花に突っ込む。

「ぅ…………」

「関係ないんだよ俺には。花妖怪だろうがスキマ妖怪だろうが、結局はお前らの狭い世間の中での話だ。もっと広く見ろ」

「お前!よくも幽香を…………!」

 橙矢が駆け出して片手で刀を抜くと総隊長に斬りかかる。

「何も出来ないやつは黙ってな!!」

 振り向き様に殴り付けた。

「ッ!」

 口から血を吹いて地を転がり、それきり起き上がれなくなる。

「とう………や…ァ……!」

 一撃もらっただけで意識が朦朧としてくるなか、総隊長を捉えて構える。

「貴方だけは………貴方だけは!!」

「身の程を弁えろクソがッ!」

「全人類の緋想天――――!!」

「何……!?」

 緋色の閃光が横から飛んできて総隊長に直撃した。

「天人……」

「何してるのよ!早くケリつけなさい!」

 橙と霊夢の同時攻撃をいなしながら叫ぶ。そこに藍が入っていき、天子を吹き飛ばす。

「チ……!花妖怪、私が抑えておくから決めなさい!」

「言われなくても……!」

 飛ぶと上空から狙いをつけて力を傘の先端に集める。

「覚悟しなさい、これで終いよ!!天人!橙矢を連れて離れなさい!!」

「急ね……!」

 緋想の剣を大きく振りかぶって振るうと三人を吹き飛ばす。そして後退すると橙矢を担いで上空に離れた。

「……私の愛しい花達と共に………散りなさい。最大火力!マスタァ…………」

「なら私もやらせてもらうわよ!全人類の………」

 天子も橙矢を担いだまま総隊長に標準を合わせて緋想の剣を構えた。

「スパアアアァァァァァァァァァァクッ!」

「緋想天ッ!」

 幻想郷の物理スペルの中では最大火力を誇る二つスペルが一匹の白狼天狗目掛けて放たれる。かつて東雲橙矢を止めたこのスペル。

(これで止められなかったら……もう打つ手は……!)

 不安が頭をよぎるがそれはないと首を振った。

「……これで最大火力か?」

 ボソリと呟いた総隊長を言葉は、二人の耳に嫌に酷く聞こえた。と、同時に二つの閃光は、かき消えた。

「―――――――」

「な、ん…………」

「確かにお前らのスペルは強い。けど俺には届かない」

 飛んで二人に追い付くと幽香を掴んで地に投げ飛ばされる。

「次はお前だ天人」

「ふざけないで!」

 緋想の剣を振るうがその前に持つ手を蹴られて思わず放してしまう。それを総隊長は下に蹴り飛ばした。緋想の剣の切っ先は下に向き、そのまま速度を上げて落ちていく。その先には何とか宙で体勢を整えた幽香が。

「マズイ……花妖怪!」

「―――――――――」

 すでに避けられる距離ではなく、胸に突き刺さり、地に倒れ込んだ。

「あんた……!」

「お前も堕ちろ」

 胸ぐらを掴んで刀をまっすぐ構えると投げつけて肩に突き刺した。

「アァ!?」

 痛みに思わず橙矢を放してしまった。すぐ追おうとするがその前にいつの間に来たのか霊夢が割って入った。

「霊夢……!」

「悪いわね天子。あんたはここで退場よ」

 放たれるは弾幕。避ける気力すらない。

「残機……もう零よ」

 直撃すると地に激突して二度と立ち上がれなくなる。

「天人………!」

 胸に刺さってる緋想の剣を抜いて近くの花を掴むと傘と成る。

「後は………任せなさい……」

 息を切らしながらも未だに立ちはだかる。それは風見幽香という強者だからだろうか。否、そんなくだらないことではない。

「橙矢が信じてくれてる限り………私は倒れない………!」

 どれだけ苦しくても、痛みが生じようとも、いくら不利になろうとも。

「橙矢を裏切りはしない………!」

 足が震えるが知ったことか。そんなの戦うことをやめる理由にならない。

「貴方達なんかに……好きにはさせない!」

「……じゃあ死んでもらうか。このままだと邪魔だしな」

「は、はは………面白い………冗談……ね……」

 幽香の前まで来ると頭を掴んで後ろに押して倒す。

「……あばよ、最後の最後に馬鹿な男を庇ったもんだな」

「待て!」

「あ?」

 トドメを刺そうと刀に伸ばしていた手を止め、声のした方に視線を向ける。そこには息を切らした橙矢が跪いていた。

「なんだ東雲橙矢。よもやこいつを殺すな、なんて馬鹿なこと言わないだろうな?」

「………!頼む……こいつを……殺さないでくれ……!」

「…………何を言い出すかと思えば………馬鹿かお前は」

 心底呆れたようにため息をつくと刀を掴んだ。しかしその手を橙矢が掴んで止めた。

「頼む…!やめてくれ!」

「くどいぞ、何回言わせるつもりだ」

「分かった、分かったから、外の世界に帰るから!だからこいつらは……殺さないでくれ!この通りだ……!」

 総隊長から手を離して地に頭をつけた。所謂土下座をした。普段の彼からは想像できないほど深く、頭を下げていた。

「……とぅ……や………やめ……な……」

「…………おい、スキマ妖怪。こいつ外の世界に帰るってよ。…………後は頼んだ」

 刀から手を離すと踵を返して歩いていく。その代わりに橙矢の前の空間が裂かれて紫が出てきた。

「ごきげんよう東雲さん。ようやく帰る決心をしたのね」

「……………………あぁ」

「分かってもらえて嬉しいわ。……けど、遅かったせいで二人、傷ついてしまったようだけれど」

「………………………」

 痛いほど拳を握り、理性を何とか保つ。それを見て紫は愉快そうに口元に扇子を当てた。

「もういいだろ。今すぐにでも、俺を帰せ。………だから幽香と天子は傷つけるな」

「分かってるわよ。さすがに約束は守るわ」

「橙矢………!」

 幽香の手が橙矢の足を掴む。前に紫が傘を手に突き刺した。

「ァ―――――」

「幽香!?八雲さん!やめてくれ!幽香はもう……」

「すべて貴方が悪いのよ。貴方なんかの味方なんてするんだもの」

「と………うや………貴方は……何も…悪く…………なぃ………」

「黙ってなさい」

 傘を捻り、深く突き刺していく。

「―――――!」

「八雲さん!!」

「……分かってるわよ」

 傘を抜くと橙矢の腕を掴んで立ち上がらせた。

「すぐ帰すわ。来なさい」

「………分かった」

 紫の後に続くと紫が前方にスキマが開かれる。

「このスキマを潜れば外の世界に行くわ。それと、通れば髪は黒になり、尻尾や耳は隠されるから安心なさい。………戻る場所は貴方の忌むべき場所。故郷よ」

「………………………そうかい」

「………………貴方は、もう二度とこの世界と交わることはないでしょう」

「そうだな」

「向こうではくれぐれも問題を起こさないように」

「………………………」

 もはや話を聞く義理もない。スキマへと一歩歩くと声がかけられた。

「橙矢………!」

「…………………………………………」

 振り向くことは、許されない。自分のせいで傷ついた者をどう見ろと言うのだ。……ただ単に逃げただけかもしれないが。だから……………。

「……………………」

 何も言わずスキマの中に入っていった。

「橙矢!待ちなさ――ぅ……ゴホッ!?待ちなさい!貴方は――――!」

 スキマが閉じられるまでの間。幽香の声が響いていたが反応せずスキマの奥へ奥へと進んでいく。

「…………ごめん、天子……………幽香」

 けどこれで良かったと思っている自分がいた。自分のせいで傷つく人がいなくなる。そして誰にも気にせず生きていける。昔の東雲橙矢に戻れる。

「これで良かった………良かったんだ………」

 ………瞬間橙矢の頭の中で幻想郷に入ってからのこと。それが一気に脳裏に浮かんでくる。

「…………………………」

 一人だった橙矢を拾ってくれた、はじめて家族と呼べるようになった紅魔館の面々。軽口を叩き合って、もう悲しい思いをさせないと誓った妹紅。時に助けてもらい、自分のことを好きと言ってくれた村紗。最後の最後まで自分の味方だった幽香、天子。暴走した自分を止め、足が再起不能に陥った時、道を示してくれた椛。そして護れなかった自分を許してくれた神奈。

 気が付いたときには涙が溢れていた。

「ぅ…………ぅ……………」

 その場で踞り、顔を手で隠すがそんなの関係なかった。

「ぁ……ぁ……………」

 もう、二度と戻れない。あの楽園に。自分を受け入れてくれたあの楽園に。

「寂しい………寂しい……………」

 ここに来て本心が口から溢れる。だがそれはあまりにも遅すぎた。

「一人は……………………」

 不器用な少年が一人。後悔していた。だがそれは遅すぎて、誰の耳にも届かない。

 

 

 

 さようなら幻想郷。さようなら愛する故郷。

 

 

 

「ぅ……ぁ……ぁ………」

 

 

 

 願わくばもう二度と、

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 もう二度と、俺という歪は受け付けないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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