橙矢が目を覚ますと身体が自由になっていた。
「……………幽香?」
近くに風見幽香の姿が見えなかった。
「おい、幽香」
家の何処にいても聞こえるくらいの声を上げるがやはり無反応だった。
「……何だってんだよあいつ、昨晩あんなこと言ったのによ…………ッ」
昨晩のことを急に思い出して自分でも顔が熱くなるのが分かる。
「俺がこんな感情持つなんてな………」
額に手を当ててチラと窓の外を見る。そこに探している者の姿があった。
「こんな朝早くから何してるんだあいつ………」
花に水をやるには時間が早すぎる。それ以外に幽香が外に出るといえば………。妖精達と遊んでいるのか?
「…………………」
すると急に幽香が手にしていた傘を真っ直ぐ何かに向けて構えた。
「ッ!」
ベッドを足場に蹴って窓を突き破って外に出る。強化が使えないため痛みが生じるが今は特に気にすることではない。
音に気が付いたのか幽香がこちらを見て目を見開いた。
「橙矢!?何してるの!?」
「幽香!お前も何してるんだ!」
顔を上げると幽香の先には紫と霊夢がいた。
「……あら、獲物が向こうから食い付いてきたわね」
「…………………八雲さん」
「東雲さん、決心してくれたかしら?」
「ッ!……………出来るわけないだろ」
「当たり前よ紫。橙矢は貴女なんかに渡さないわ」
幽香が橙矢の前に来て肩を抱く。
「とくして退きなさい紫、霊夢。橙矢を外界には行かせない」
「……やれやれ、そうなるとは思ったわ。やるしかないようね」
霊夢が祓い棒と退魔の札を構える。
「橙矢、下がってなさい。恐らく弾幕ごっこでは済まないわよ」
「幽香、けど相手は霊夢で………………」
「言ったでしょ?貴方が信じてくれれば私は誰にも負けないって」
頬を愛おしそうに撫でると霊夢と相対した。
「……幽香、そこをどきなさい」
「貴女が相手でも退けないわ」
「そう、愚かな判断ね」
投げ付けられた札がカーブを描いて幽香に迫る。それを閃光で払う。そのまま密度の高い弾幕を放つ。
紫はスキマの中へ消え、霊夢は弾幕の中を突っ切ってくる。
「甘いわよ」
「チッ……」
「封魔針」
札が針状になり、投げ付けられる。弾くと札に戻り、幽香を束縛した。その隙に霊夢は懐に潜り込む。
「こ、の………!」
札を引きちぎり、霊夢の横から傘で殴り付ける。いち早く気付いた霊夢祓い棒を立てて防ぐが
「…………ッ!」
威力が段違いだったのか吹っ飛んだ。威力を殺すためか宙で回転すると着地する。
「………らしくないわよ幽香」
「貴女もね。こんなに強行突破する攻め方じゃないでしょ?白黒じゃあるまいし」
「悪いけど遊んでる暇はないの」
「あら奇遇ね、私もよ」
同時に地を蹴ってそれぞれの得物を叩き付ける。互いの力は拮抗し合い、しかし僅かに幽香が押し飛ばした。
「相変わらず馬鹿力め………」
「好きに言いなさい!」
飛ばされたことを良いことに起爆する札を放つ。
傘を地に突き刺して身体を浮かせると札を避け、そのまま霊夢に接近していく。
「…………………式神〈藍〉〈橙〉」
「ッ!」
突如横の空間が開いてその中から二つ、影が出でる。慌てて急ブレーキをかけて距離を取った。
「風見幽香、少し落ち着いたらどうだ」
「チィ……!只でさえ霊夢で手一杯だってのに……!」
「なら諦めなさい幽香」
「冗談言わないで!!」
突撃してくる橙を受け止めて地に叩き付けると霊夢に投げ飛ばし、藍を蹴りで迎える。が、霊夢は橙をわざと紙一重で避けて速度を落とさず迫る。藍は蹴りを受け止めて手を翳す。
「お前に私達の相手は務まらん」
弾幕を放つ。
「そう来ると思ったわよ!」
力任せに足を振り抜いて弾幕を逸らさせてその勢いのまま傘を霊夢に向けて閃光を発射した。
「嘘でしょ……!」
陣を張って受け止め、何とか相殺させた。その中を幽香が突っ切って傘を振り抜き、胴に入れる。
「が……ぁ………!」
吹き飛ぶ寸前幽香の腕に封魔針を突き刺す。
「………ッ!」
僅かに苦悶の顔をして気が逸れる。と橙が懐に潜り込む。
「この化け猫が………!」
「東雲さんを返してください花妖怪さん」
爪が突き出され、喉元に迫る。それを掌で突き刺さりにいき、止めた。
何とも言えない痛みが幽香を襲うが耐えきり、頭突いて怯ませた。
「橙矢は貴女達のものじゃない!」
「お前のものでもないだろう風見幽香」
「彼は私を信じてくれた。私が護ることを!今だけは彼は私のものよ!」
「馬鹿言いなさい。宝具〈陰陽鬼神玉〉」
「式輝〈狐狸妖怪レーザー〉」
「ッ橙矢!」
大きすぎる陰陽玉を橙矢を掴んで飛んで避けて藍が放つレーザーを傘を広げて防ぐ。
「橙矢……大丈夫?」
「……何とかな」
「そう、貴方が無事ならそれでいいわ。……それよりこれからもっと苛烈になると思うから離れていなさい。貴方が巻き込まれないとも限らないわ」
「……分かった、気を付けてな」
「貴方もね」
地に降りると密度の濃い弾幕を全体に放って身を眩ませる。
「さぁ行きなさい。……他にも信じられる者がいるのでしょう?」
「あ、あぁ……」
「じゃあ行きなさい」
身を屈めると一気に接近していく。
祓い棒と傘が激突して火花を散らす。その間に横から藍が来るが足で受け止めた。しかしそのせいでノーマークにしてしまった者が。
「がら空きですよ。花妖怪さん」
橙が一瞬で目の前に来ると爪を振るう。何とか身をよじらせて避けようとするが脇腹を深く抉られた。
「………!」
顔を歪めて橙を注意が向く。そんな隙、博麗の巫女が見逃すわけない。
「隙だらけよ、幽香」
「………ッ!」
陰陽玉が腹に捻り込まれ、それが強大化していく。
「しばらく寝てなさい」
あまりに強すぎる衝撃に幽香の身体が浮き、地に落ちた。
「幽香ァァ!」
思わず橙矢が叫ぶ。
「……まったく、手間かけさせるんじゃないわよ」
「………橙矢……………」
幽香の目にはこちらを心配そうに見ている橙矢が映った。
「……何心配そうに見てる……のよ………」
こんなもの、貴方との戦いに比べれば………。
「軽いものよ……!だから安心しなさい橙矢!私は貴方以外に負けるつもりはない!!」
立ち上がると不敵な笑みを浮かべた。
「貴方が信じてくれれば私は誰にも負けない!さぁ、ケリをつけましょう!」
傘を構えて霊夢に弾幕を放つ。
「そんなの効かないわ」
陣を展開させて無効化するが幽香が直接殴り付けて破壊された。
「クッ………!」
霊夢を飛び越えて肩を掴むと背負い投げして地に叩き付ける。
「弾幕ごっこじゃこの問題は解決しないわ。だったらどんな手を使ってでも橙矢を護る!!」
「式神〈橙〉」
橙が自身の名を呼ぶと一気に加速した。
「チッ、強化スペルの類……!」
「覚悟しろ花妖怪!」
「調子に乗るんじゃないわよ幽香!」
背後で霊夢が跳ね起きて祓い棒を振り上げる。
「だったら……!」
前方から迫る橙を避け、霊夢に突撃させた。
「え……」
「あ―――――」
橙の勢いが強かったのか霊夢が押されて後ろへ飛んでいく。追い討ちとばかりに閃光を放ち、周囲を見渡した。
「橙矢!終わったわよ!何処にい―――――」
「私のこと、忘れてないか?」
「―――――――――」
真上から聞こえる声に素早く反応して真上に閃光を撃つが声の主は目の前にいた。
「まだまだ甘いなぁ」
「チッ―――――」
振り下ろす前に蹴り飛ばされる。
「カァ………!?」
思った以上に強く、耐えられなくなり、地を滑る。
「……まだ!まだよ……!」
痛みを妖気で払いのけ、妖力を解放した。
――――――が。
「貴女の好きにはさせないわよ」
四肢がスキマに飲み込まれて動かなくなる。
「ぅ……!」
「終わりよ。藍、橙、霊夢。終わらせなさい」
「はい紫様!」
四方八方飛び回り、橙が身動きの取れない幽香を裂いていく。
「式輝〈プリンセス天狐‐Illusion‐〉」
藍の鋭利な爪で裂かれた肉が抉れていく。
「――――――ッ!」
「………霊符〈夢想封印〉」
七色に光る陰陽玉が霊夢の周りに漂う。
「覚悟なさい。これで………終わりよ!」
「――――――橙矢!逃げなさ――――」
言い終える前に幽香に直撃し、体力を削っていく。直撃したものは爆発を引き起こし、辺りが煙幕に包まれる。
「………………ァ………」
四肢が自由になった幽香はそのまま後ろにに倒れ込んだ。
「――――幽香ァァァァァアアアアアアア!!」
何処で見ていたのか橙矢が駆け出して幽香の傍らに崩れ落ちる。
「幽香!幽香ァ!」
「とう………や………」
僅かに開かれた目に橙矢が映る。
「なに……してるのよ…………早く……逃げ………」
「ふざけるなよ!こんなお前を置いていけるか!」
「……あな……た…………」
「お前を殺させはしない……!絶対……絶対にだ!」
肩に腕を回すと幽香を引きずっていく。
「お前は……この幻想郷に必要な存在だ……だからこんなところで……」
「逃げようなんて甘いな東雲」
「ッ!」
いつの間に来ていたのか藍が橙矢の背後に迫っていた。
「安心しろ、お前を殺す気はない。代わりにその女が死ぬがな」
「大概にしろよテメェ!」
「実際その状況なのよ」
橙矢を挟むように霊夢が前から歩いてくる。
「橙矢……逃げて………!」
「―――私も交ぜなさい!!」
「「ッ!」」
藍と橙矢の間に空から何か落ちてきて地が揺らぐ。
落ちてきた者は藍へと向かい、吹き飛ばす。幽香も幾と踏んだのか一瞬で霊夢に接近すると近距離で閃光を放った。
「風見幽香!あんたのそんな姿を拝めるなんてね!」
「……何しに来たのよ………」
高らかに笑い、手に持つ得物を地に突き刺すと幽香と橙矢とその者が岩の壁に囲まれた。
「ひとまず落ち着きなさい。……これなら多少の衝撃には耐えられるわ」
地から緋想の剣を抜いた天子は橙矢を見るなり目を細める。
「それになんで東雲の左腕がないのよ」
「……………」
「まぁ言いたくないなら別にいいわ。過ぎたこと言ったってしょうがないし」
「………………」
「………黙ってたって分からないわよ。それで、今はどんな状況なのよ」
「……橙矢が外の世界に連れてかれようとしてる」
「ハァ?何言ってるのよ」
「そんなの私が言いたいわよ!」
「幽香、落ち着け……」
「……とりあえず、橙矢と会えなくなるのが嫌なら私達に力を貸しなさい」
「へぇ、いいわよ。やってやろうじゃない。……それより東雲」
「…………?」
「ちょっとこっち来なさい」
「何だよ……」
橙矢が近付くと急に天子が胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「……あんた、私に何も言わずに行くつもりだったの?」
「…………お前には……関係ないだろ」
「…………あんた、私と対等に殺り合える数少ない者なのよ。………私達そんな簡単な関係だったかしら?」
「…………………………」
「私はあんたをこのまま見捨てたりはしない。あんたを必要としてる人妖がどれだけいると思ってるの?」
橙矢を離して緋想の剣を向けた。
「あんたを殺すのは私なんだから。勝ち逃げしないでよ」
「………隻腕の俺に勝ったところで」
「馬鹿言いなさい。そのくらい能力で治しなさい。………そんなことより来るわよ」
次の瞬間壁が崩れた。
「ったくこんな薄い壁も破れないかよお前らは」
橙矢の耳に聞き覚えのある声が届き、どっと冷や汗が流れ出てきた。
「なんで………ここにいるんだよ…………」
天狗装束を身に纏い、白い毛を生やした橙矢と同じ白狼天狗。
「総隊長………………」