「――――と、まぁそういうわけだから東雲さんを外界に帰すことになったわ」
「そう、分かったわ」
紫の言葉に素っ気なく答えたのは博麗の巫女。
「拒否しないのね。貴女、気にかけていたようだけれど」
「私は博麗の巫女よ。誰にも干渉はしない」
「そう、それならいいわ」
「私は何処かの妖怪みたくある一人に固執しないわ」
まるで彼の、東雲橙矢のことについてはどうでもいいとでも言うように切り捨てた。
「それに、あいつは人から妖怪になるという最大の過ちを犯した。………何か問題でも起きれば殺すだけよ」
「………………そうなれば彼女達が黙ってないわよ」
「知らないわそんなの。相手が妖怪であれ何者であれ私は負けない」
「…………ッ」
一瞬溢れ出した濃すぎる霊気に思わず紫は身体を震わせる。霊夢の台詞は尤もなことだった。博麗の巫女は幻想郷のバランスを保つため、すべてを制し、操らなければならない、天秤そのもの。その為にはすべてを凌駕する力が必要となってくる。四ヶ月前の異変以来霊夢はそれを手に入れた。
「それは頼もしいわね」
「心の底から言ってるのかしらそれは」
「当たり前じゃない」
「ふん、ずっとそうだったでしょ。それで、具体的に橙矢はいつ還すの?」
「明日マヨヒガに連れて翌日帰すわ」
「思ったより急ね?」
「今彼は幽香のところにいる。だから彼のそばには邪魔物がいる。間違いなく止めに入るはずよ。貴女だけで充分だと思うのだけれど念のため、一人こっちについてもらうわ」
「そこまで危険視するほどかしらあいつ」
「いい?独占欲が強い者は何がなんでも縛り付けようとする。故にどんな手段も選ばないはずよ」
「…………そうならなければいいのだけれど」
「あら、貴女でも情が湧いたのかしら?」
「馬鹿言いなさい。面倒だからよ」
「………もう今日は遅いわ。悪いわね呼び止めて」
「まったくよ。少しは時間を考えなさい」
「ごめんなさい。今後は気を付けるようにするわ」
「直す気はないくせに」
「分かってるじゃない。それじゃ、アデュー」
足元にスキマを展開させるとそのままスキマに潜っていった。
▼
橙矢はずっと幽香の家の中の椅子に腰かけながらこの数日間あったことを思い出していた。
「………………能力が使えなくった、か」
腕が切られてからなのか山から追放されてからなのか急に能力が使えなくなった。再生能力を強化どころか普通に身体の強化もままならない。
何か特定の条件を満たしてないから発動しないのか。それとも精神が不安定だから発動しないのか。
「………能力がないと…………俺は………」
「橙矢、どうしたの?」
そんな橙矢の近くにあるベッドに幽香が腰をかけた。家の構造としてはかなり狭く、リビングと寝室がひとつになっているため、さらに元は幽香が一人で住んでいるため椅子がひとつしかない。故にベッドに座る他なかった。
「あ、あぁ幽香…………。能力がなんで使えないのか考えてたんだ」
「………………深く考える必要はないと思うわよ」
「え?」
「能力が使えなくったって貴方が貴方であることには変わりない」
「…………………」
「橙矢、いつもの貴方みたくしなさい。そうすれば直るわよ」
「幽香…………」
「……………私が好きな人はそんなもので挫けたしないわ」
「………………………」
「…………ねぇ、橙矢」
「なんだ」
「……さっきの紫のことなんだけど……」
「あぁ、八雲さんなんだって?」
「……………」
ふと、幽香が黙り込んで俯く。
「幽香?どうしたんだ?」
「……………………」
「おい、なんだよ――――」
痺れを切らして橙矢が立ち上がって肩を掴んだ瞬間その腕を取られてベッドに押し倒された。
「え……ぁ……幽香?」
「…………貴方を………外界に帰すって……………」
「…………は?」
「そう言ってたのよ、紫は」
「ちょっ、なんでそんな話…………」
「幻想郷のバランスが崩れる……って」
「……………何だよ……それ……」
すると幽香が指を絡ませ、顔を近付けてくる。
「けど橙矢。……貴方を外界へは行かせない。貴方の居場所はここ、幻想郷なのよ。絶対………絶対に行かせないわ」
「…………お前……」
「必ず貴方を護ってみせる。例え紫が相手でもね」
「幽香……何する気だ……」
「………貴方は私を信じてくれればいい。それだけで私は誰にも負けない」
「けどそれでお前が傷付いたら――――」
「橙矢ッ」
「………ッ」
「……………橙矢。侮ってもらっちゃ困るわ。私は風見幽香よ?」
「……………………」
「信じて、私を」
「……………………………あぁ、信じてるよ。幽香」
微かに笑みを浮かべてそれを見た幽香も笑みを浮かべた。そして残った手で橙矢の頬に手を当てる。
「任せなさい。貴方を縛ろうとする鎖は……私がすべて払い除ける。貴方を拒絶した世界に貴方を任せられないわ」
「…………………」
握る手が強くなり僅かに顔をしかめるがそれは自身を護ろうとしてのことなので甘んじて受けた。
「……………貴方が矮小な存在に見えてしょうがないわ」
「………能力が使えなくっただけで酷い言われようだな」
「けど橙矢、弱いことは何も悪いことではないわ」
「何が言いたい?」
「好きな人を護れるのだもの。これ以上に誇れることはないわ」
「…………平気で恥ずかしいこと言うなよ」
「ふふ、そんな貴方を見るのも悪くないわね」
「…………………………」
「………………どうしたの?」
「………いや、お前がそんな風に笑うのは珍しいなって思ってさ………」
「私だって妖怪である以前に生き物なのよ?表情くらいあるわ」
「それもそうだな」
忘れてたよ、なんていい加減な台詞を吐いて目を閉じた。
「………今日はもう寝よう。俺はいつも通り下で寝るからどいてくれるか?」
しかし幽香は橙矢に体重を預け、動けないようにする。
「あのなぁ、悪ふざけはやめてくれ」
「……………橙矢」
手を押さえられてるため何も抵抗できず、ついには目を開けた。視界いっぱいに幽香が映っていた。
「ひとつ、いいか」
「?」
「お前は今、何をしようとしてる?」
「橙矢、これは私の中でのケジメなの。……少しじっとしてなさい」
この上なく、橙矢とかつて死闘を繰り広げていた時と同じくらい真剣な顔で言ってきたので渋々諦めて再び目を閉じた。
「…………………………」
「……………橙矢、貴方を愛してる」
「……………そうか」
「だから………私の前から…………消えないで」
「それは……分からないな。さっきはいなくならない、なんて言ったが所詮俺は流されるだけの存在だ」
「なら私が貴方を流す障害をすべて叩き潰す。貴方は誰にも渡さない」
橙矢の手を握る力がより強くなる。
「ッ……ゆ、幽香、痛い……」
「謝りはしないわ。それだけ貴方を想ってるということなの。だから橙矢。もういちど言わせて?」
互いの鼻が触れ合うほど近付くと妖艶な笑みを作り、ゆっくり近付いていく。
「………貴方のこと、愛してる」
そのまま近付いて―――――――
▼
夜中、紫はあるところへと来ていた。
「貴方と会うのは久し振りね。元気にしていたかしら?」
「………………」
「……えぇ、分かってるわ。まぁ今日私が来たのは他でもない貴方に頼み事があるからよ」
「………………?」
「貴方なら知ってると思うわ。東雲さんよ」
「………………」
「興味ないって顔ね。それでも手伝ってもらうわよ。それに貴方にも得があるわ。彼が幻想郷からいなくなる」
「………………!」
「あら、ようやくやる気になってくれたみたいね。なら頼むわよ」
「………………」
「決行は明日。いえ、今日と言うべきかしら?とりあえず日が昇ってからよ」
「………………」
「誰も貴方には敵わないのに、どうして貴方があの人のこと気にかけるのかしらね」
「………………!」
「じゃあ頼むわよ。日が昇ってから、迎えに来るわ」
「…………」
「分かってるわよ」
扇子を広げると歪めた口元に当て、相手に見えないようにする。
すべては幻想郷の為也―――――