東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第三十八話 タブーはそう簡単に口にしてはいけない

 

 

 

 

「隊長、何処にいるのー」

 水蓮は橙矢と別れた後すぐに椛を探しに出ていた。

「拗ねてないで出てきなよ隊長。君が嫉妬してることは知ってるからさ」

「嫉妬なんてしてません」

 すぐ近くの木の上から声がする。どうやら当たりだったみたいだ。

「ビンゴ。なら隊長、どうしてあの時逃げたりなんか?」

「逃げてません」

「別に誰が誰に嫉妬しようと勝手だけどね、痴話喧嘩はやめてほしいよ」

 ため息混じりにそう言うと椛が顔を真っ赤に染め上げた。

「痴話喧嘩でもないです!」

「何を心配してるか知らないけど東雲君は君のことを大切にしてる。それは分かるよ」

「橙矢さんが……?」

「隊長と同じで不器用だからねぇ。素直に伝えることが出来ないんだよ」

「………証拠は」

「あるわけないでしょ、音声記録出来るものがないんだから」

「それはそうですけど……」

「そんなにも東雲君のこと信じられない?」

「い、いえまさか……」

「第一に東雲君が隊長を傷付けるわけないでしょ、まぁ例外もあるけどさ」

「…………」

「まぁそれはともかく、ちゃんと東雲君に謝ることだね」

「………そうですね」

「いやぁ、いい仕事をしたもんだ。隊長達の仲を取り計らうってのは」

「…どういう意味ですか」

「何でもないよ。ただ素直じゃなさすぎるのは面倒だなって思っただけだよ」

「…………だって……橙矢さんが最近よそよそしくて……」

「あー、それで距離が開いているかもってことね。だったら言わせてもらうけどね、東雲君が白狼天狗になった意味。考えてみなよ」

「橙矢さんが………」

「そう。東雲君が人間をやめてまで白狼天狗になった理由」

「足を治すためでは……」

「隊長といるため。東雲君が起きてから初めて来たとき聞いたんじゃなかったの?」

「そ、そういえば……」

「そんなことまで忘れちゃったのかい?ボクも付いていってあげるからほら行くよ」

 水蓮が椛の手を掴む。

「で、ですが橙矢さんはどちらに……」

「河童のところにいるよ」

「にとりさんの?………変ですね。いつもの橙矢さんが行くとは思えません」

「本人から聞けばいいさ。じゃ」

 行こうか、と言おうとした瞬間轟音が響いた。

「………なんだ今の音。また鬼が来たのかな?」

「いや、それはないはずです。……確か音の方は……ッ!にとりさんの工房!」

「は!?なんだよあの狼、ほんと問題に好かれているようだね!」

 二人は同時に駆け出してにとりの工房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工房へと着いた椛と水蓮がはじめに目に映ったのは半壊状態の工房の中央で地に伏せる橙矢だった。そしてその橙矢に追い討ちをしようとにとりが腕を引いていた。

「な……!あの河童何やってるんだ!隊長、ボクはにとりを止めるから東雲君は任せた!」

 振り下ろされた拳を服の裾から取り出した懐刀で受け止める。だが予想以上の力に膝が地に着く。

「………蔓、邪魔してもらっちゃ困るんだよ」

「なんのつもりだ……!」

 その隙に椛が橙矢を抱えて後退した。

「……これ以上の蛮行は許さないよ。にとり」

「……………やめやめ、君達には手を出したくないからね」

「君……なんで東雲君を……!」

「……………嫌いだからだよ。その男のことがね」

「え…………」

「椛を悲しませる奴なんか私が直々に潰してやるさ」

「橙矢さんやめてください!傷は浅くないんですよ!」

「待てよ、まだ終わってねぇだろうが……!」

 椛を押さえながら橙矢が立ち上がり、刀を構える。

「東雲君……」

「水蓮、邪魔するなよ」

「礼のひとつも言えないのかい君は」

「礼は言う。けどそれとこれとは違うだろ。いいからかかってきな河童……!」

「………って言ってるけど?」

「やめてください!」

「黙れよ椛、一方的に言われて黙れって言うのか」

「………いい加減にしろと言っている」

 椛が目の前に迫る。

「――――――――――」

「寝てろ」

 膝が顔面に入り、大きくのけ反る。次いで殴り付けると地に叩き付けた。

「………っぅ………」

「……………………聞こえなかったのか、隊長である私がやめろと言ったんだ」

 人が変わったかのように椛が冷たい目で橙矢を見下ろす。

「も、椛………?」

「……………にとり、お前も大概だ。少し自嘲しろ」

「あ、あぁ……悪かったよ」

「互いに、馬鹿は真似はするな。まだ暴れ足りないと言うなら、私が相手になる」

「「…………」」

 橙矢とにとりは互いに顔を見ると肩を竦めた。

「……………分かった分かった。もうやめるから」

 刀を放って椛に渡す。

「これでいいだろ」

「………にとりさん」

「はいはい」

 椛が呼ぶとにとりは渋々身に付けている機械を全て取っ払った。

「………分かってくれましたか」

 ふと椛の声から重力が抜けて軽くなった。

「……まったく、にとりさん。どうせ仕掛けたのは貴女なんでしょう?それもくだらない理由で」

「…………だって君を悲しませる奴なんか……いなくなればいいと思ったんだよ」

「言い訳無用です。橙矢さんは私達の大切な同士です」

「……………どうだか」

「それに乗る橙矢さんも橙矢さんですよ」

「喧嘩両成敗ってことね。りょーかいりょーかい」

「それで、にとりさん。貴女一体どんなもの使ったらこんなんになるんですか」

「あぁこの工房のこと?いやぁ、最大火力をもつものでやったらこの様さ」

「なるほど、それと東雲君のものが激突してここが吹っ飛んだわけね」

「まぁそういうこと。一応他の河童達はあまりここには近付かないからねー、被害は恐らくない」

「……貴女が損するだけのことで済むならいいです」

「ちゃんと計算してるさ。万が一のことも考えてね」

「で、その万が一のが的中したと」

「アハハー、そういうこと」

「どうやら原因は貴女にあるようですね」

「そーゆーこと。もう隠す気すらしないよ」

「潔いのか馬鹿なのか」

「君には言われたくないな東雲橙矢」

「そう言うと思った。確かに言えてるがな」

「やはり君は馬鹿なのか」

「だーかーら、俺は学についてはほぼないってさっき言ったろうが」

「はいはい、これまでにしとこうか。椛も怖いし」

「……………」

「……………では戻りますよ水蓮さん、橙矢さん」

「あいあいさ隊長」

「……………」

 水蓮と橙矢は頷いてから椛についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命蓮寺

 

 

 ドタドタと縁側を走る音が聞こえて大して汚れてない石畳を箒で掃く手を止める。

「ん………」

 うるさいなぁ、と思い水兵帽を上げて音のする方を見るとぬえがこちらへ向かってきていた。

「ムラサ!今日の新聞見た!?」

 何か慌てた様子で聞いてくるが素っ気なくいや、と言うとぬえが手に持ってる新聞を突き出してきた。

「………何?」

「いいから読めよ!東雲橙矢について書いてあるんだから!」

「どうせ新聞なんてほとんど捏造なんだから……って、え?橙矢の?」

 この間家に泊まった者の名を聞いて目を見開いた。

「ほらこれ」

「う、うん……」

 頷いてから受け取ると新聞を広げる。

「これって……………」

 村紗の目に映るのは蓬莱人を抱えている白狼天狗の写真。そしてその白狼天狗の顔は見覚えがあった。

「橙矢………これって……」

「……何でだろうね。恐らく……というかその新聞に書いてある通り蓬莱人が酔ってそれを運んでいるだけだと思うけど」

「………………そう、だよね」

「まぁあの男がどうしようと私には関係ないんだけどね。………けどムラサ。あんたはどうなんだろうね」

「………別に。どうもしないよ」

「あっそ、あんたがそう言うならいいけどさ」

 何処かつまらなさそうに鼻を鳴らすと足を組む。

「自分の心に嘘をつきすぎるとその嘘が本心になっちゃうよ」

「………いいよ。橙矢が幸せならそれで」

「ふむ、それは本心っぽいね。東雲橙矢が幸せなことは願う。ただその時隣にいるのは……?」

「……………白狼天狗」

「違うだろぅ?あんたは私こそ隣にいるべきだと思っている」

「思ってない」

「いいや思ってるね。いい加減気が付きな」

「やめろ」

「あんたは………!」

 痺れを切らしたのかぬえが村紗の胸ぐらを掴み上げた。

「あんたは幸せになりたくないのか!怨霊になってまでしたかったことはなんだ!」

「私が……したいこと………」

「………やらずに後悔はするなってね。私はあいつのことは嫌いなんだけどね。けどそいつのことがあんたが好きなら話は別だ。出来る限り手伝ってやるさ」

「珍しいね。あんたが手伝うなんざ」

「長い付き合いなのに私はなんて思われていたのやら。とにかく、散々あんたは地獄を見てきたんだ。そろそろ報われてもいい頃だとは思わないかい?」

「もう充分さ」

「いいやまだだ。あんたは無理矢理自分の心に嘘をついている。……もういいんだよ。もう幸せになりなよ」

「ぬえ………」

「東雲橙矢は……まぁあんたは知っているがあぁ見えて意外と人間関係を気にする奴だ。余程酷いことをしない限り奴に嫌われることはないはずだ」

「……何が言いたいの?」

「あんたにその気があるなら力ずくでも奪いなってね」

「けどそんなことしたら……」

「あぁそうだろうね。間違いなくあの白狼天狗が邪魔に入る。運が悪ければ風見幽香や藤原妹紅もだ」

「私が聞きたいのはそういうことじゃなくて!」

「だとしたら逆に利用して互いに潰させればいいじゃない」

「ぬえ!」

「もしの話さ。……あんたにそこまでやる意思はないと思うけどさ。私の賞味期限ももう過ぎたからねぇ、真っ盛りのあんたには後悔してほしくないのさ」

 一見年寄り臭い台詞を吐いているが実際ぬえは普通に、というよりかなり美人の部類に入る。この容姿で賞味期限が切れている、となると世の中の女性はかなり厳しい戦いを強いられる。

「あんたはまだまだだと思うけど」

「誰かさんに比べたらね」

「誰かさん?」

「聖に決まってんじゃん。まぁ特殊な性癖じゃない限り貰い手はないよ」

「けど聖は若さの秘術を使ってるからそのままじゃ」

「そうは言うけどさー、さすがに歳までは誤魔化せないじゃん?だから―――――」

「私が、どうしました?」

「ひゅい!」

 突如背後から声がかけられてぬえが飛び上がった。

「ひ、ひひひ聖!」

「一体どうしたのですかぬえ?」

「い、いや別に………」

「そうですか」

 すると聖の手がぬえの肩口を掴んだ。

「けどいけませんよ。本人の許可なしにタブーを言ってしまうのは」

「ッ!やっぱり聞こえてたんじゃないか!盗み聞きなんて趣味の悪い!」

「それよりかは人がいないところで悪口を言う方がよっぽど趣味が悪いですよ」

「盗み聞きの方が悪いでしょ!」

「貴女とは少し話し合うことが大切なようですね。こっちに来なさい」

「ゑ」

 一片の慈悲なく寺の奥へと引き摺られていくぬえ。村紗はそれを黙ってみていることしか出来なかった。

「む、ムラサ!助けてくれ!」

「え、無理」

「あーこりゃあいっけねぇや。………ちょっ、マジで!?」

「マジで」

「殺生なー!」

 引き摺られながら叫ぶぬえを置いて村紗は空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 


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