東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第三十七話 鋭い刀より錆びた刀の方が痛い

 

 

 

 

 

「………」

 何かに包まれているような感じがして橙矢は目を覚ました。

「………ん?」

 目が覚めても真っ暗だった。

「おかしいな……もう起きたはずなのに」

 身体を起こそうとしたが何かに拘束されているのか動かない。

「………おい、まさか」

「んー?橙矢………?」

 近くから妹紅の声がする。というより目の前で聞こえた。

「橙矢……起きたのか……?」

「その様子だとお前も目を覚ましたみたいだな。とりあえず何故か俺は視界が塞がれてるみたいだからさ」

「あ、あー……ごめん、私のせいだな」

「うん、大体は分かってたよ」

 どうやら妹紅が寝惚けていつの間にか橙矢を抱き枕にしていたよう。

「一言言わせてくれ」

「一言な」

「………いい加減離れろ!」

 橙矢の怒号と共に身体がようやく自由になった。

 

 

 

 

 

 

 

 逃げるように妹紅の家から出るとすぐさま妖怪の山へと戻った。

 幸いにも起きた時間が早く、集合時刻に間に合った。

「早起きは三文の徳……かしら」

「およ、東雲君今日は早いね」

 橙矢より早く来ていたのか水蓮が気が付いたのか顔を上げる。

「あぁ、絞め殺されるかと思った」

「?」

「いや、なんでもない」

「そう、なら何も聞かないよ」

「助かる」

「いいってそんなこと。それよりもそろそろ隊長が来る頃だから気を引き締めてね」

「お前には言われたくないな」

 丁度その時椛が二人の前に出てくる。

「水蓮さん、おはようございます。…………それと橙矢さんも」

「うん、おはよ隊長」

「おう、今日は間に合わせたぞ」

「元気そうでなによりです」

「…………」

 笑みを浮かべる椛だがなにか橙矢は違和感を感じる。

「………橙矢さん、先日は里へ行ったのですよね?」

「なんだよ急に。……あぁ、行ったよ。それはお前に一言入れたはずだが?」

「そうです、えぇそうですね」

 椛は笑顔のまま装束の袖の中に手を入れる。

「…………女の匂いがするのですが」

「そりゃあ妹紅と話してたからな」

「ふふ、誤魔化しは効きませんよ橙矢さん」

 袖に入れている手を抜くとそこには新聞が。それを橙矢に放る。

「これを見てもまだそう言えますか?」

「あ?」

 新聞を見る。横から水蓮も覗く。

「………おい、これ………」

 載っているのは橙矢が酔って眠っている妹紅を運んでいる途中の写真。こんなの撮るのは一人しかいない。

「射命丸さん………」

 大きくため息をついてから新聞を椛に投げ返す。それを椛ははたき落として踏みつけた。

「ちょっ、それ仮にも上司の作りもん……」

「今はどうでもいいのですよ。それより説明、していただけますよね?せっかくの休みを。本来休暇というものは仕事の疲れを取ることを前提として取っているものであり女性と仲良くするために時間を作っているのではありませんよ」

「いや待て違う。一旦説明させろ」

 何故か浮気のバレた男性が言う台詞になっているが言える言葉がこれしかなかった。

「昨日はな、飯に誘われたんだ。その時に俺は止めたんだが妹紅が呑みすぎて寝ちまってさ……だから妹紅の家まで送ってったんだ」

「ふぅん?それで、その帰りにこの写真を撮られた、ということですか」

「あぁそうだ」

「………………そうですか。ならいいです」

 椛がそっぽを向くと離れていく。追おうとしたが水蓮が腕を掴んで橙矢を止めた。

「待ちな東雲君」

「理由は」

「なんで隊長が怒ってるのかわからないけど今はやめておいた方がいい。下手に刺激したら余計面倒なことになりそうだから」

「……………そうだな」

 追うことを諦めて落ちた新聞を手に取る。

「あの馬鹿烏余計なことしかしないな」

「ボク達の上司だよ。その言い方はやめときな」

「…………」

 肩を竦めてから再び目を通す。

「今回は嘘を書いてないみたいだが………」

「まずそこからなんだね」

「だって射命丸さんだぞ?」

「そうだね。否定はしないよ」

「椛は後々話し合うとして………今日は河童のところでも行くか」

「ん?珍しいね。君が河童のところに行くなんて」

「哨戒中は妖怪の山から原則出るのは禁じられているからな」

「確かにね。なら隊長はボクに任せておいて。どうせちょっとした嫉妬だろうから」

「嫉妬ねぇ………よく分かんねぇや」

「東雲君、君はもう少し人の心を知ろうか」

「…………何のことだ」

「いずれ分かるようになるさ。他の奴等も行ったようだしね」

「それより椛のことは頼む。俺よりかはお前の方が付き合いが長いだろうし」

「うん、任せておいてよ。けどさ、東雲君」

「他になにか?」

 水蓮が近付いてきて橙矢の顔を見上げるように覗き込む。

「このツケは大きいからね。今度ご飯でも奢ってよね」

「はいはい、そのくらいならな」

 水蓮の言葉に苦笑いで応えるとにとりの工房へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで私のところに来たって訳かい。あのねぇ、河城にとりの工房は暇潰しの場所じゃないんだ」

 着くなり不機嫌そうに機械を弄りながら口を開く河童。

「暇潰しなんかじゃねぇよ。どうせ暇してんだろうなって思って来てやったんだよ。礼を言え」

「無遠慮な言葉どうもありがとう。つくづく鼻につく言い方をするね君は」

「すみませんね、白狼天狗になってより悪くなっちゃいました」

「もう末期だね。医者に見てもらうといい」

「俺は一体何回行けばよいのか」

「口を縫い合わせてもらえればすぐに治るよ」

「まず俺よりお前の頭をどうにかしてこい」

「幻想郷随一の頭脳を持つ私を愚弄するのかい?」

「おいおい、科学力と医学力は根本的に違うぞ」

「あっはっは、君は面白いことを言う」

 言葉とは裏腹に目の前ににとりが弄っている機械から鋸が出てきて橙矢に突き付けていた。

「バラすことくらい、わけないさ」

「答えになってない。……何の真似だ」

「粛正さ。馬鹿な君のね」

 瞬間鋸が振り上げられた。

「冗談なら済ませてやる」

「……………椛を、あまり悲しませるものじゃないよ」

「は………?」

 突然の言葉に呆然とし、振り下ろされる鋸の対処に遅れた。

「…………ッ!」

 刀を抜いて体勢を崩しながらも受け止めた。弾くと腕を強化して機械を殴り付けて吹き飛ばす。

「いきなり何しやがる」

「やっぱりガラクタはガラクタだね。まるで使えない」

 壊れた機械に足をかけて蹴り飛ばす。

「お、おい河童?」

「君、椛ともあろう者がいるのに他の女とイチャコラしてるらしいね。新聞で見たよ」

 そう言うにとりの手にはついさっき見たものと同じ新聞があった。

「……………言い訳するつもりはないけどな」

「ひとつ言っておくよ」

 にとりは背から触手型のアームを四本出させた。

「………頼むから死ねとか言うなよ」

「なぁに、簡単なことさ。私は昔からね、いや今日の新聞を見るまではそこまでだったんだ。けどこれでハッキリしたよ。椛を悲しませるやつ。東雲橙矢、君のことが大嫌いだ」

「………………………」

 やっぱりここにもいたか、というようにため息をつくと見下すように睨み付ける。

「好き嫌いは特に何も言わないさ。嫌われてるのは重々承知だからな」

「ほぅ?それは計算外だ。君は嫌われることが嫌いだと踏んでいたんだけど」

「計算外で嬉しいよ。俺はお前なんかに計算されるほど精密に出来てなくてね」

「じゃあその脳味噌を観察させてもらおうかな」

「おい、工房がぶっ壊れるぞ」

「心配要らないさ。……こんな工房、椛を悲しませるやつを葬ることが出来るなら一緒に捨ててやるさ」

「……………………」

 橙矢が刀をに突き付けて構えると殺気がにとりを貫く。

「………ッ!」

「お前が俺をどう思おうが俺にはどうでもいいことだ。それと椛のために憤ることもわかる。………けどな、別に頼んでないことをやろうとするな。処理が面倒なんだよ」

 一瞬でにとりの懐に潜り込む。刀を振り上げるがにとりが履いている靴の爪先から刃物が飛び出て刀を防いだ。

「チッ………!隠し玉か……!」

「こんなの序の口。まだまだ行くさ!」

 跳んで壁にかけてある銃を掴むと橙矢に向ける。

「焼けな!」

 ガスが撃ち出されて次いで焔がガスの通り道を過ぎていく。

「冗談だろ!?」

 身体を捻ってなんとか避ける。着地すると足を強化してにとりに迫る。

「そういやぁここはテメェの領地だったな!フィールドセレクトはするべきだぞ!」

 焔を放射したまま橙矢の方に向けるが橙矢は身体を前方に倒してそのまま駆け出す。

「うぃ!?これを避けるなんてね……」

「伊達に退治屋やってきたわけじゃねぇんだ」

「それもそうだ……ねッ!」

 熱放射器を捨てると先程破壊された機械の鋸を蹴りあげて掴むと橙矢に投げ付ける。

「いくらなんでもそれはないな」

 迫る鋸に合わせて足を振り上げて柄を蹴り飛ばしてにとりに返す。

「残念だけど返品は受け付けてないなぁ」

 触手型のアームではたき落とすとその勢いで橙矢を掴み上げる。それに対し橙矢は能力すら使わず引きちぎった。

「おいおいマジですか……」

「人間の頃とは違って基本的な運動能力が上がってるからな。そんなもの程度に拘束できねぇよ。………さて、こんなもんじゃ終わらないだろ?」

「当たり前。普段から機械を弄っていることだけはあるさッ!」

 アームがひとつの銃に伸びていく。だがそれを易々と許す橙矢ではない。斬撃を放って妨害する。

「チッ………!」

 残った二本の腕の内一本で橙矢に拳を放ち、その間に銃に伸びて掴む。

「上等……!」

 拳を強化させるとアーム目掛けて突き出して激突した。少し拮抗するがすぐににとりごとアームを吹き飛ばす。

「うわ……!?」

「お前はどうやら勘違いしてるらしいからひとつ訂正してやる」

 足を強化させてその場で地に叩き付けるとクレーターが出来る。

「白狼天狗は他の妖怪と比べて物理が強い。だから白狼天狗と俺の能力は相性がいい。そんなガラクタに負けるようなたまものじゃないさ」

「じゃあ、そんな退治屋にはこれで充分だね」

 にとりが銃の引き金を引くと魔理沙のマスタースパークもかくやというほどの威力を持つ閃光が発射された。

「効かねぇっつってんだろうがッ!」

 刀を真っ直ぐ構えて振り下ろすと閃光を真っ二つに裂いた。

「………こんなんでお仕舞いか?」

「いや、前座は上々。こいつが正真正銘最大火力を持つものさ!」

 アームで床を破壊してそこ突っ込ませるとひとつの大砲が顔を見せる。

「そんな大砲ぶっ壊してやるよ!」

「いいや、ぶっ壊れるのは君の方さ!」

 急速に熱が集束してあまりの熱量に辺りが白で塗り潰される。

「頼むから死なないでくれよ。この子は手加減が出来ないから」

「言い訳無用!とっとと塵芥になりな!」

 強化させたままの足で地を蹴り上げて真っ正面から突撃する。防御を捨てた、捨て身の突撃。集束し終えるとにとりが引き金を引いた。

「焼かれてその魂に刻み込みな、河城にとりという名を!」

「断る」

 発射された瞬間橙矢が刀を硬化して大砲の銃口に突き刺す。ふたつの力は激突して爆発を起こす。それは河城にとりの工房を軽々と呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫をどかして何とか立ち上がる。

「……ッくそったれ………。少しは加減しろっての……」

「まさかあれに対して真っ正面から来る馬鹿がいるなんてね………」

 銃口は破裂し、ズタボロになった大砲を捨てた。

「頑丈さは負けない自信があるもんでね」

 軽々しく言っているが服は焼け焦げ、肉も焼かれており、刀を握っていた腕も皮膚の一部が溶けていた。

「先日やられたい放題に焼かれたもんでね、熱には大分耐性が出来た」

「おいおい、耐性なんてそんな柔なもんじゃないでしょそれ……」

「………さ、続けようか」

「その傷でかい?」

「この程度傷がなんだ、こんなん傷の内に入らないさ」

「自分は大切にするものだ、よッ!」

 背中の機械がガス噴射してにとりが一瞬で接近する。

「そいつぁ駄策だエンジニア!」

 にとりに合わせて瓦礫を蹴り飛ばした。いくらエンジニアとはいえ素手で瓦礫は壊すことは出来ない。とそれまでは思っていた。

「誰がエンジニアは喧嘩に弱いって決めた?」

「――――――!」

 にとりが素手で瓦礫を破壊するその時までは。

「……ッ!」

「残念」

 唖然してる間に胸部に拳が入る。それは想像以上の威力で橙矢を大きく後退させた。

「ゲホ……!?」

「ふぅ……久し振りだね肉弾戦なんか。大分鈍っちゃったけど」

「これで鈍ったとか……化け物かよ」

「スペルカードルールが出来てからだね。それまでは無法地帯に近かったからねぇ。生きる術をどうにかして身に付けなきゃいけないわけだ」

「なーるほど………」

「幻想郷の古株は君が思ってるほど脆くはない」

「あーあ、今聞いちゃいけないこと聞いた気がする」

「君は新参者だから所詮その程度ってことさ」

「手厳しいな……」

 口の中に溜まってる血をペッと吐き出すと刀を構えた。

「まだやるのかい?」

「挑発できるほど余裕があるんだな。いやー河童はすごいな」

 軽く言って撃ち出すように刀を投げ付ける。それを手の甲で弾いた。

「……!弾いた……!」

「別に驚くほどでもないでしょ?」

 にとりはいつの間に装備したのか鉄の籠手を橙矢に見せた。

「私はエンジニアだ。だからこんなものも造れるんさ」

「まるでどっかの鉄人だな」

「おっとそこまでにしておきな」

「悪かったよ。ま、退く気はさらさらないんだけどな」

 駆け出して腕を硬化させると殴り付ける。それは籠手で塞がれる。次いで硬化を止めて腕を強化させると皹が入った。

「ッラアァ!」

 力任せに吹き飛ばした。その隙に先程弾かれた刀を拾い、後退する。

「いつつ……少し侮りすぎたか。まさか鉄が壊されるなんてね……」

「どうやら一点集中の力には弱いらしいな」

「うーん、改良の余地ありか」

「エンジニアとしては腕はまだまだか?」

「いやぁ、少なくとも君よりかはあるさ」

「だろうね、俺は学に関しては皆無だからな」

「そういうのを馬鹿って言うんだよ。知ってる?」

「言葉は知ってるぞ。さすがに中学は出てるからな。嘗めてもらっちゃ困る」

「どっちにしろ馬鹿だね」

 互いの拳が激突して弾き合う。すぐ橙矢は体勢を立て直そうとするがそれよりも早くにとりが体勢を崩しながらも蹴りを放ち、橙矢の脇腹に直撃する。

「…………!?」

 体勢が崩れていた状態で受けたので派手に地を転がる。

「ぅ………」

「終わりだね、東雲橙矢」

 飛び上がって橙矢の傍らに着地する。

「………何か、言い残すことは」

「……きゅうりは嫌いだ」

「あっそ」

 胸ぐらを掴み上げると腕を引いて、瞬間放った。

 

 

 

 


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