妹紅はミスティアの屋台に来るなり酒を頼んだ。
「……おい、飲みすぎるなよ」
「分かってるっての。一人で帰れるくらいの理性は残しておくさ」
「ほんと頼むぞ」
「はいはい。橙矢、お前はいいのか?」
「ん?」
「妖怪になったんだから多少は飲めるようになったんじゃないのか?」
「………俺はまだ二十もいってないんだぞ」
「気にするなよ」
「悪いが俺は飲まないからな。何を言われても」
「つまらないなぁお前は………」
「悪いな。あ、店長、焼きと………いや、なんでもない」
屋台というだけについ禁句を言いそうになってしまったがなんとか堪えた。まぁ大半は言ってしまったようなものだが。
妹紅のつまみを口に運びながら苦そうな顔をする。
「おい、それ私のなんだが」
「いいじゃないか。どうせ減るもんじゃないし」
「だとしたらお前の目は腐ってるんだろう。私には減っていってるように見えるんだが」
「それはそっちの目がおかしいに違いないな」
「……………ふん」
急に拗ねたようにそっぽを向いてチビチビと飲み始める。
「橙矢って私と話すたびいつも弄ってくるよな……」
「そうか?確かに霊夢や幽香だったら口じゃ勝てないからな。その分のものをお前や天子で発散してるのもあるかもしれん」
「隣失礼していいかしら?」
すると暖簾をくぐって二人の女性が入ってきて、橙矢に声をかける。
「ん、あぁ、どうぞ―――――――――ゑ」
つい今しがた出した名の者の声が聞こえて身体を震わせた。
「ゆ、幽香お姉様…………?」
振り返ると夜なのにも関わらず傘をさす幽香とその後ろにボロ雑巾みたいになっている天子が。
「……まずひとつ質問いいか」
「なにかしら?」
「そのボロ雑き……いやいや、天子はなんなんだよ」
「そんなことどうでもいいのよ。難癖つけてきた天人のことなんざ」
「あーはいはい。分かりやすい説明ご苦労」
「それで、隣失礼していいかしら?」
「まぁ………いいけどさ」
「ちょっ、花妖怪!なに勝手に東雲の隣座ろうとしてるのよ!」
「なによ、私は橙矢の許可をもらったのだから座ろうと私の勝手でしょう?」
「で、でも………」
「幽香、あまり虐めてやるなよ」
橙矢が横槍を入れると幽香は意地悪げな笑みを向ける。
「じゃあ代わりに貴方が相手してくれるのかしら?」
「天子は犠牲になったのだ」
「ちょっ……!」
「さぁ楽しみましょう」
「やめなさい……って!それよりも東雲!なんであんた白狼天狗になってるのよ!」
「………あ?」
「ん?」
「……何言ってるのよマゾが」
「え?……な、何よ。何か変なこと言ったかしら?」
「第一になんで俺が白狼天狗になったこと自体知らないんだ?射命丸さんのせいで幻想郷中に……あっ」
「そうなのよ。天界には来てなくてね」
「なら仕方ないか……」
「理由がどうであれ、もうなってしまったものは仕方無いわね」
「珍しく聞き分けがいいな」
「そんなこと知ってるわよ。今さら変わったことにグダグダ言ったって戻らないし」
「そういうことだ。まさかの奴からまさかの言葉だな」
「東雲、それってどういうことかしら?」
「おっと口が滑った」
「じゃあこれで防ぎましょうか」
そう言って天子と橙矢の間にいた幽香は酒瓶を取り出す。
「マジでやめろ」
「つれないわねぇ、少しくらいなら大丈夫でしょ?天狗になってるんだから」
「あいにくと酒には弱くてな。帰れるほどの理性は残しておく」
「ふーん、貴方がそういうならそうしましょうか」
「あぁ、だから酔って俺に酒なんか飲ませんなよ」
「それは分からないわよ」
「妹紅、助けてくれ」
「あー?」
妹紅の方を見ると頬に赤みがかかっていた。
「あぁ任せときなって」
「………なんだろう。すごく嫌な予感しかしないんだが……」
▼
一時間後、案の定橙矢の予測は当たった。
「橙矢ー、つれないじゃんかー」
「蓬莱人、橙矢が迷惑しているでしょう」
「キャー!イクサーン!!」
妹紅は橙矢の肩に腕を回して酒を誘い、それに対して幽香が殺気を込めた視線で貫く。そして天子は幽香を誰と間違えているのか一人で盛り上がっていた。
「……………………ッ」
左右を固められて何も言わずにただ我慢している橙矢は迷惑そうにため息をつく。
「頼むから静かにしてくれ……」
「橙矢ァ、いい加減酒飲もうぜー」
「しつこいぞ妹紅。幽香も落ち着け」
酒瓶を持つ手を押さえながら幽香を宥める。天子は特に害はないので無視。
「なんだよ、私がうるさいっていうのかよ!」
「実際うるせぇんだよ!」
「二人ともうるさいわよ静かになさい」
「いや俺は静かにしてるんだけど妹紅がな」
「橙矢、貴方も大概よ」
「だったらお前の隣で騒いでる頭が有頂天のやつを止めてくれ」
「無視してるのよ」
「同じく」
「ふふ、気が合うわね」
「………そうかもな」
「私には冷たいくせにそいつとは仲良いな橙矢ァ」
「……………お前がうるさくしなけりゃいい話だ」
「あぁまぁ……それは悪かったよ」
「分かってくれたなら何も言わねぇよ。それともう飲むのは止めておけ。帰れなくなるぞ」
「んー………いや、まだ大丈夫」
「橙矢、その子相当な量飲んでるから連れて帰りなさい」
「………だとよ妹紅。帰るぞ、いくら蓬莱人のお前でもこんなところにいつまででも置いておくわけにはいかないからな」
「………」
「蓬莱人、大人しく聞き分けなさい。私ならまだしも店や橙矢に迷惑かけるつもり?」
「…………………」
幽香の言葉が効いたのか口を尖らせながら机に突っ伏した。
「おいそんなに拗ねるなよ。幽香はお前のために言ってくれたんだからよ」
「……………………」
「いい加減にしろっての」
「橙矢」
幽香が橙矢の肩を叩いて宥める。
「あ?」
「よく見なさい」
妹紅を見ると寝息を立てていた。
「……………ハァ」
「さすがの貴方でも寝ている相手に怒るわけにはいかないでしょう?」
「………ったく。寝るほど飲むなって言ったのに」
「そろそろお開きにする?その子を送ってあげなきゃいけないでしょうし」
「だる」
「諦めなさい」
「まったく……妹紅の分まで俺が払わなきゃいけないのかよ」
「東雲ご馳走になりまーす!」
「黙れ腐れ外道天人」
「ちょっ、酷くない!?」
「今のは貴女が悪いわ腐れ外道天人」
「あんたまで……」
「お前らの分はさすがに払えねぇよっと」
代金を置くと妹紅を担ぐ。
「御馳走さん。金はここに置いておくからな。じゃあな幽香、天子」
「えぇ、また今度ね」
「たまには天界にも顔出しなさいよ」
二人の言葉に軽く手をあげて応えると妹紅を担ぎ直して歩を進めていった。
▼
橙矢と妹紅が去った後、残った幽香と天子はスッと真顔になる。
「……………どうなのよ。久し振りに橙矢に会った感想は」
「別に、白狼天狗になっただけで中身は変わらないわね。相変わらずな口の悪さよ」
「正直驚いてないわよね?」
「まぁね。あの東雲だから何者になってもおかしくはないでしょ。それに、神になりかけた時に比べれば、でしょ?」
「それもそうね」
「ねぇ、あんたは悔しくないの?」
「ある程度予想はつくけど、何よ」
「白狼天狗になってあの椛ってやつが東雲の隣を独占してること」
「…………………………確かに。あのチワワちゃんは羨ましく思うわ。けどそれは橙矢が選んだものなんだから私達が何か言える立場じゃないことは貴女も分かってるはずよ」
「ふーん、大人ね」
「貴女が幼すぎるだけよ」
「そういうことにしておきましょうか。それでどうするの?このまま飲む?」
「当然、憂さ晴らしに橙矢に飲ませようとしたんだけど飲ませれなくてストレスが貯まってるのよ」
「うわぁ…………」
「天人、貴女には付き合ってもらうわよ」
「は?」
「覚悟なさい」
「マジ勘弁」
▼
「ぁー、世界が回る……」
橙矢がなんとか妹紅の家にたどり着き、安堵のため息を吐いた時に呻き声をあげて妹紅が目を覚ました。
「回ってるのはお前の頭だ馬鹿」
「うーん………酔ってたのか……悪い橙矢。また迷惑かけちゃったな」
「俺がやってたことに比べればこんなもの安いもんさ」
「けど………うん、ありがとう。家まで送ってもらっちゃってさ」
「……まったくだ。結局俺が金払ったしな」
「いやぁ、ほんとすまない。ちゃんと自分で飲んだ分は返すからさ」
「いらねぇよ。その言葉だけで充分だ」
心底煩わしげに手を振ると妹紅を床に下ろさせる。
「金を取ったって俺の気分が晴れるわけじゃないしな」
「………なんだそれ」
「………………もういいだろ。俺は帰るぞ」
「もう帰るのか?」
「普通帰るだろ」
「今日はもう暗いんだし泊まっていったらどうだ?」
「……女の家にそう易々と泊まれるほど度胸はないんだよ俺は」
「へぇ?つまり橙矢はチキンだと」
「あぁそうだ、なんとでも言えよ」
「なんだ張り合いのない。私の知ってる橙矢はそんなんじゃなかったぞ?」
「だから好きに言えとさっきから言ってんだろ」
「……………」
「帰るからな。じゃあまた今度」
振り向いて扉に手をかける。すると後ろから服の裾を掴まれた。
「…………………」
「橙矢………」
「………頼むから馬鹿なこと言うなよ」
「も、もう少しだけ……」
「……………あのなぁ」
「だって……橙矢と久し振りに会えたのに………」
「……さっき里でも言ったがお前には会いに来てやるから」
「……………」
裾が放されて気が緩んだ時に橙矢の胸に妹紅が倒れ込むようにしだおれてくる。
「………眠いならとっとと寝ろ」
「寝るよ。……すぐに寝るさ」
「それならいいんだが」
「けど橙矢。………お願い、今はこのままでいさせて……」
「寝惚けてんのか」
「………そうだね。今はそういうことにしておいて……」
「はいはい、そういうことにしとくよ」
「うん………ありがとう」
「酔ってんだろ。すぐに寝て明日に備えろ」
「明日特に何もないんだけどね」
「俺があんだよ。いいからとっとと寝ろ」
妹紅の身体を持ち上げると部屋に入ってそのまま横にさせる。
「とりあえずお前が寝るまではいるから。それからは知らん」
「………優しいな、橙矢は」
「はいはい、分かったから」
軽くポンポンと頭を叩く。
「おやすみ、妹紅」
「…………おやすみ、橙矢」