東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第三十四話 帰省

 

 

 

 

 

 

 空の暴走が収まってから約一ヶ月後

 

 今だに痛む身体を押さえながらも起こして立ち上がる。

「………………………」

 身体中包帯を巻かれており、あまり自由に身動きが取れない。

「………………」

「橙矢さん、起きたのですか」

 扉が開いてさとりが入ってくる。

「実際起きてたんだけどな。ただ身体を起こすのに時間がかかっただけだ」

「身体の方は?」

「多少痛むな。まぁけど動けないほどじゃないから」

「けど無理はいけませんからね」

「分かってるよ」

「それでも、貴方は無理をするのでしょう?」

「…………………」

「心配かけないため、と思ってやっているのでしょうけど逆に心配をかけているのですよ」

「お前らが心配し過ぎているだけだろ」

「……………嘘つき」

「…………」

「私達がどれだけ心配しているか本当は知っているくせに………」

「………何度も言うが他人のことなんざ知ったことじゃねぇよ」

「あくまで貴方はそう言うのですね」

「事実を言ってるだけだが。実際お前との約束も自身のためだけに破ったんだからよ」

「………橙矢さん。今はちょうど外では日が頂点にある時です。とりあえず昼食にしましょう」

「…………昼、か。なぁさとり」

「はい?」

「俺ってどれくらい寝てたんだ?」

「三週間とちょっと、つまり約一ヶ月ですね」

「そんなにも寝てたのか………。けど傷口はある程度塞がってきたことだしな。昼飯をいただいてから帰るとするよ」

「動くのが辛いのなら気が済むまでいてもいいのですよ。私もこいしも、大歓迎ですから」

「いや、もう一ヶ月も世話になったんだ。これ以上迷惑かけるわけにはいかないからな」

 歩き始めるも平衡感覚が狂って倒れそうになる。それをさとりが支えた。

「ほら、駄目じゃないですか」

「……………」

 さとりを押し退けるとすぐに二本足で立つ。

「なんともない、今のは久し振りに立ったから立ち眩みしただけだ」

「橙矢さん……」

「…………世話になったな」

 扉を開けて出ていく寸前、何を思ったかふと足を止めた。

「そうだな……この埋め合わせはいつかさせてもらう」

 さとりに振り向いて笑むと部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁を蹴って穴から出ると久々に浴びた陽の光に目を細める。

「…………眩しいな」

 吸血鬼になったら毎日がこういう気分になるのだろうか。まぁもう白狼天狗になった橙矢はよっぽどのことがない限り他の妖怪になることはないだろうが。

「いやぁ、余計なことには首を突っ込まないに限るな。くだらん時間を過ごしたもんだ」

 包帯に巻かれている箇所を鬱陶しげに見ると山に向けて歩き出す。それと同時に起きる前に何があったのか思い返してみる。

(何があったんだっけ……あぁ、空がなんか暴走やらなんやらしたのか。………原因とかそういうのを考えてもどうしようもないんだが………おかしい点がいくつかあったな。ひとつは何故、あいつの能力が発動されなかったか。そしてなんでその能力に負けたのか。普通なら自分と同じ能力なら相殺してもおかしくはない。それが第三者からのものだとすると………おいおい、シヴァの時のような能力じゃないだろうな)

 かつて橙矢は破壊神であるシヴァと戦ったことがある。シヴァの能力は破壊する程度の能力と創造する程度の能力。創造する能力は一度見た力を使うことの出来るというチート能力があり、これに幻想郷の者達は悉く破れていった。

(どういうことだ……。シヴァは確かに俺が殺したはず。まさか復活したとでも言いたいのか?けど神は自身のことが記されてるものがあればどれだけでも生き返ることが出来る………)

 だがシヴァは最終的には橙矢を妖力から解放してくれた。そんなシヴァがこんなことするはずがない。

「誰だ……誰が絡んでやがる」

(あの時俺と烏以外に間欠泉センター最下層にいたのはいないはず。だとしたら外部から?鬼?地霊殿の連中?何の得がある?地下の外は……二ヶ所からしか無理だな。俺が来たところと……昔使っていた螺旋の階段があるところと。とりあえず鬼と地霊殿の連中はない。鬼の方はいくら伊吹さんや星熊さんといえど鬼神長から令無しでそんな馬鹿げたことするか?下手したら鬼が全滅するかもしれなかったんだぞ。地霊殿は……まぁ疑うこと自体が馬鹿らしいな)

 視線をふと下に向けた。と頭の中で何か閃いた。

(いや待てよ。外からの出入りなんてもう一ヶ所あったじゃねぇか!それも間欠泉センターの真上。そこからなら妨害できる!けど………そこの真上って………)

 ここ、妖怪の山。

(天狗の畜生共がやったってのか!?鬼を消すために!?いくら奴等でもそんなことすれば鬼どころか八雲さんが黙ってねぇぞ……!さらに鬼の奴等がそれを知れば最悪また侵攻が始まる……。だが先日の鬼の進攻を考えるとすると……出来すぎている。タイミングも、手段も。ってことはちょっと待て。手引きしたのは俺だと疑われる可能性も零じゃない。もし俺が天狗がそれをするタイミングを計っていてそれを合図するためだけに送られた者だとすれば……。しかも生憎と鬼の中で、というか幻想郷内では俺はかなり悪い意味で有名だ。くそったれ!俺のことはどうだっていい、ただ椛や水蓮に被害が及ぶことがあったら俺は………!だがまだ天狗のせいだとは決まったわけじゃない。天狗がそんなことするはずない)

 激しくなってくる動悸抑え込んで息を整える。

(とりあえず落ち着け。冷静に考えてみろ。天狗にも馬鹿なジジイ共がいるとはいえその数は少ない。さらにそんな突貫する奴等はいない。……………………今は生きてることを喜ぶとするか。椛にもあの夜以来会ってないしな。不機嫌だろうなぁ。どうやって逃れようか)

 物寂しくなった門をくぐるとやっと落ち着いたのかひとつ大きい息を吐いた。

(……一ヶ月近く放置してたが………何もなさそうだな)

 最大三ヶ月意識を失っていたときよりかは幾分かはまだマシだった。あの時は今回受けた傷の何倍も受けていたのだ。普通なら死んでいてもおかしくない。……まぁ結果足を一本失ったが。だが妖怪に成ったことによって自然治癒力が人間の倍にもなり、治ってなんとか今に至るわけである。

「………………あれからまだ……四ヶ月しか経ってないのか」

 今や幻想郷の者の中で知らないものはいない異変のひとつ、『叢雲の異変』。

 今までの異変の中で唯一、直接結界の破壊を試みていた。

「……………」

 首を横に振って思考を霧散させていると目的の場所が見えてくる。白狼天狗の詰所。何も仕事のない白狼天狗が集まるところ。万が一椛が仕事だとしてもそこにいればいつかは帰ってくる。

 別にこのまま妖怪の山を散歩するのも悪くはないが。

「安静にしとけとは釘は打たれたし……戻るか」

 散歩、といっても天狗の里しかないためやめておく。あのエセ記者の餌にならない、という保証もないのに行くのはちょいと勇気がいる。

 見付かったら最後、立場上向こうが気の済むまでの耐久レースになる。それだけは勘弁被りたい。

 どれだけ身体がタフになろうとも精神だけは簡単にブレイクする。

(まぁ戻ってる間に見付かってもアウトなんだが)

 妖怪の山に戻ってもステルスゲームは続くらしい。

「神出鬼没だからなぁ……あの人」

 …………人?

「………あの烏」

 くだらない自問自答してため息をつくと歩く速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一ヶ月寝てても覚えてるもんだな」

 少し先に見えてきはじめた詰所を見ながらそう呟く。まぁたかが一ヶ月くらい寝てただけで人間……じゃなくて天狗様の記憶が消えるほど柔ではないが。これでも記憶力には自信がない。ないんだよ。

 扉の前まで来るとゆっくり扉を開けた。

「よーっす、しばらく留守にしてました東雲橙矢ただいま帰参ですー」

 それまで少しざわめいていてたものが一気に潮が引いたように消えた。次いで橙矢に一斉に視線が集まる。

「…………………どうしたよ」

 東雲橙矢だ、あの東雲だ……、なんていう陰口が聞こえる。

(おーおー、嫌われてやがんの)

 他人事のように思いながら奥へと進んでいく。

「椛は何処だ。……まだ仕事か?」

 すぐ傍にいる白狼天狗に聞くとその天狗は詰所の外を顎で指した。

「なるほど、外ね。ということは仕事か……水蓮も、だよな」

 一旦家に戻って着替えてくるのもいいな、と思い始めた時、扉が開いた。

「ん……?」

 それまで集まっていた視線が橙矢ではなく扉の方へと向いた。

「………あれ、東雲君じゃないか」

「……なんだ、まずはお前か水蓮」

 久方の水蓮は橙矢の前に来る。

「ボクじゃ役不足ってわけか」

「んなこと言ってないだろうが。別に誰が来ようと関係ねぇよ」

「ふぅん、隊長でも?」

「…………………それで、その件の隊長様は何処なんだよ」

「隊長は残念だけど上からお呼びが入ってね」

「上?………ジジイ共か」

「というわけで少しの間は戻ってこないよ」

「……そうか。だったら家に戻っておくか」

「それがいい。君のそんな装束みたら前地底に行ったときみたくなっちゃうから」

「あいつが地底に?どういうことだ」

「あれ、隊長一ヶ月前に行ったんだけど」

「いやいや、俺が気絶してからはじめに目が覚めたのは昨日だぞ」

「うーん…………知らないうちに目を覚ましてたっていうことかな?」

「おい、話についていけないんだが。その言い方だと俺があいつと地底で何か話していたということになるが?」

「だからそうと言ってるじゃないか。確かに隊長は地底で君と話した、と言っていたんだけど」

「あいつの勘違いじゃないのか」

「そうだね、じゃあ本人に聞いてみようかな」

「……そうだな」

「じゃあ東雲君。君はもう行きなよ。隊長の家にさ。待っててあげて」

「いや、俺も上に報告しに行くから」

「馬鹿言うんじゃないよ。もし上で会ったとして周りにはお偉いさん達そんな中で感動的な再会が出来るとでも?君が帰ってきたことはボクが行ってくるから」

「…………悪いな」

「いいって。君と隊長の感動の再会を邪魔するやつなんざボクが相手してやるっての」

 さ、行っておいで。と水蓮が言うともう一度礼を言って詰所を出ていった。

「……蔓、お前……」

 やがて一匹の白狼天狗が口を開く。

「…………まったく、羨ましいねぇ。あんな想い合える人がいるなんて。隊長は」

「東雲橙矢はどんな奴か知ってるのか?あいつは………」

「そんなこと知ってるよ。東雲君は一度この幻想郷を破壊しようとした。けどそれは無惨に死んでいった人のためであってのこと。それほど人のことを想える東雲君をボク達がどうこう言える立場じゃない。それなら君、幻想郷全土を敵に回せるかい?」

「…………ッ!」

「そこだよ。まだはじめて会ってから日が経ってないけどボクが彼を信頼する理由は」

 上に報告しに行くために水蓮も扉に歩いていく。

「ほんと、妬ましいくらいだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天狗の里にある椛の家の前で壁にもたれながら待っていると前方から土を踏む音が聞こえてきた。

「………よぉ、遅かったな椛」

 橙矢が声を上げると暗さで見えない人影が少し跳ね上がった。

「……と、橙矢……さん……?」

 顔がようやく見える距離になってから椛が口を開く。

「あぁ、俺だよ」

 …………あぁ、そうか。

「橙矢……さん…………」

「おいおい、なに亡霊でも見つけたような顔してるんだよ」

 椛が驚愕した目で一歩一歩橙矢に近付いていく。

「だって……橙矢さんが………」

「……遅くなったのは俺だな。悪い椛」

 俺は俺をこんなに思ってくれてる人を。

「本当に……無事で………」

 泣かせるまで心配させたんだな。

「……そうだな。確かに心配させた」

「いつも私の知らないところで傷ついて……」

「………………お前にだけは心配かけたくなくて……けどそれが逆にお前を心配させてたみたいだな」

「う……ぅ………」

「……ったく、いつまで泣いてんだよ。子供じゃあるまいし」

 やれやれ、と呆れた様子だったが何処か嬉しそうだった。

「……何がともあれ。ただいま、椛」

 笑みを浮かべると椛が橙矢の胸に飛び込んできた。次いで背に手を回すと強く抱き締めてくる。そして橙矢につられるように椛も笑みを浮かべた。

「遅い……遅いですよ。……けど、よく戻ってきてくれました………おかえりなさい橙矢さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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