東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第三十話 戯け者

 

 

 

 

 橙矢を担いで旧都へと出た萃香はなるべく地霊殿から離れようと街道を駆けていた。

(とりあえず地霊殿から離れれた……さとり達は何処に……?)

 首を左右忙しなく振るが何処にもさとりが見当たらない。

(まさか地霊殿に戻ったのか!?だとしたら最悪だ!さとりが八咫烏を止めるための鍵だってのに!いや、火焔猫がいるんだ、それはないはず……)

「あら、萃香何してるの?」

「……ッ!」

 突然聞こえた声に足を止めて聞こえた方に視線を向けると仙人様が。

「華扇!?」

「貴女どれどけ大きい荷物持ってるのよ。大工だけじゃ飽きたらず運び屋でも始めたの?」

「今はそんなくだらないこと言ってる場合じゃないんだよ!」

「……知ってるわよ。地霊殿のお空さんがどうたらこうたらって」

「それでさとりを探してるんだけどさ。何処にいるか知らないかい?」

「私が?なんで」

「……その様子だとほんとに知らないようだね。もういいよ」

 橙矢を担ぎ直すと去っていこうとする。それを華扇が止めた。

「まぁ待ちなさい。無闇に探し回ってもこの地底の中じゃ見つからない可能性の方が高い」

「……じゃあどうしろってのさ」

「背負っているの、先の白狼天狗なのでしょう?でしたらまずその者を治療する必要があります。……お空さんを戻すためにはその者の力が必要なのでしょう?貴女がわざわざ助けたってことは」

「……あながち間違っちゃいないよ」

「では決まりですね」

「だとしても何処へ行く?この地底にそんな場所なんてないはずだが」

「そんなの何処でも出来ます。ですがこんな公衆の面前で出来ません。はずれに出ましょう」

「分かったよ。じゃあ荷物届けまぁす!」

 萃香は背負っている橙矢を下ろして服を掴むと思いっきり旧都の外までぶん投げた。

「荷物は届けたから回収しに行こうか」

「おい外道丸」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう状況だこれ」

 岩に叩き付けられる寸前に目が覚めて直後強化。何とか間に合ったのか無傷で橙矢の身体は岩から落ちた。

「…………虐めにでもあったのかな」

 身体に残る傷から生じる痛みを感じながら崩れ落ちた。

「……旧都の外れ?」

「とーちゃくっと。あれ、東雲が起きてる」

「……伊吹さん。まさか貴女が俺を虐めてたなんて」

「まさか、私はただたんに運んだだけだよ」

「とりあえず貴女が犯人だということが分かったからそこに習いなさい。たたっ斬ってやる……!」

「まぁまぁ悪かったって」

「危うく怪我するところだったんですよ……」

「けど実際はしてない」

「そうですけど……。もういいですよ、どれだけ問い詰めたって貴女に勝てなさそうな気がします」

「その判断は正しいですよ白狼天狗」

 橙矢の声に答えたのは萃香ではなく後から来た仙人だった。

「仙人」

「…………萃香も、あれはやり過ぎよ。加減くらいしなさい」

「いやぁ、東雲だから大丈夫だと思って」

「確かに今までの彼の事を思えばそうとも言えるけど。だけど今は別。大怪我をしているのだから」

「…………伊吹さんと違って貴女は話が出来そうですね」

「そりゃあ仙人ですから」

「ん?」

 華扇の言葉にわざとらしく首を傾げる萃香。

「………何かしら萃香」

「別に」

「…………今はそんなくだらない話をしてる場合じゃありませんよね………」

 全快でないのに身体に鞭を打って立ち上がると地霊殿に向けて歩き出す。

「おいおい東雲、そんな身体で戻るつもりかい?」

「……………………」

「白狼天狗さん、馬鹿な真似はよしなさい」

「止めんな伊吹さん。……まだ星熊さんがいるんだろ」

「………そんな身体じゃすぐにお陀仏だよ。それでも行くのかい?」

「当たり前だ。早く奴を止めないと………」

「…………馬鹿な天狗。アンタに死なれちゃ困るからここで止めさせてもらうよ」

 萃香が構えると殺気が橙矢を貫く。

「………!」

「例え今アンタが行ったところで勇儀の足を引っ張るだけさ」

「………こっちだって退けない理由があるんだ。……俺の邪魔をするんじゃねぇよ!」

 刀を引き抜くと足を強化させて萃香に迫る。

「無謀なことはするんじゃないよ馬鹿天狗!」

 刀と腕に巻かれた鎖が火花を散らして激突する。橙矢が押し負けて吹っ飛んだ。

「………!ハッ……俺が押し負けるなんざ……年なんざ取るもんじゃないな……」

「東雲、退くなら今のうちだ。これ以上やると言うなら……いくらアンタでも容赦はしない」

「答えの決まってる問題は出すもんじゃないぜ外道丸」

 痙攣のする身体を殴り付けて止めると刀を真っ直ぐ萃香に向ける。

「そっか、なら仕方ないね」

 ユラリと萃香の身体が揺れると姿が消えた。

「え………」

 次いで腹に強すぎる衝撃が走って先程よりも強く岩に叩き付けられる。

「ガ……ッ!?」

「殺しはしないさ。安心しな」

 腕を振り上げると殴り付けてさらに深く岩にめり込む。

「――――――」

 血を吹いて倒れそうになるが踏みとどまって刀を下から振り上げて萃香を裂く。

「チッ、いい加減くたばりなよ」

「悪いがそれは無理な相談だな!」

「救いようのないねアンタ」

 拳を避けて横から蹴り飛ばすと距離を離させる。

「………面倒だね。華扇、アンタ少しはこの馬鹿を止めようと思わないのかい?」

「……別に、直接は私と関係ありませんからね」

「ここにも馬鹿がいたか……」

「好きに言いなさい」

「淫乱ピンク、淫仙」

「そこまで私の沸点は高くないわよ」

「それは失礼」

「………それよりもいいの?お空さんを止めるための大事な人材なのでしょ?」

「馬鹿には躾が必要だと思ってね」

「……ッ…………ッ!」

 切れ切れの息を整えながら橙矢は腕を振り抜いて斬撃を放つ。

「おっと馬鹿のひとつ覚えかい?」

 最小限の動きで斬撃を避けると頭突きをかます。それを予想していた橙矢は予め頭を強化させて防いだが勢いは殺せずに仰け反る。

「さっきのお返しさ!」

 地に皹が入るほど踏み込むと脇腹に回し蹴りを入れた。

「――――――ッ!」

 ミシミシと骨が軋む音がしたが大きく後退しただけに留まる。

「……ッァ!」

 だが堪えきれなかったのかその場に膝をついて血を吐き出す。

「……もう立ち上がってこないことだね。これ以上来るようなら……確実に殺さなくちゃいけなくなる」

「おもしれぇ……やってみ―――」

 挑発的に言おうとした瞬間目の前に萃香が現れる。

「じゃ、そうさせてもらうよ」

 顔面に拳がクリーンヒットし、吹っ飛んで地を跳ねた。

「…………!」

「そこで眠ってな東雲」

「……容赦ないわね、萃香」

「これでも加減してるつもりだよ。それと東雲が死に体状態だったからってのもある。万全な状態だったら止めれるかどうか……」

「私は噂程度しか聞いてないのだけど……その白狼天狗、そこまでなの?」

「まぁね、底が知れない天狗さ」

「ふぅん、そう」

「興味でも持ったかい?」

「まさか」

「少しでも近付くのなら面倒ごとに巻き込まれることを覚悟しとくんだね。東雲はかなりの災難に好かれているんだから」

「………さて、トラブルメーカーは沈めたことだし、これからどうするの?さとりさんを探す?」

「そうしたいのは山々なんだけどねぇ。けど何処にいるか分からないんだよな」

「さとりさんなら大丈夫でしょう。まともな判断が出来ない人とは思えませんし」

「それもそうだね。とりあえず東雲を休ませるところを探さないと」

「でしたら外れでいいわ。ちょうどここら辺でも構わないでしょ」

「じゃあこのままでいいか」

「東雲さんは置いて貴女は地霊殿へ向かいなさい。さとりさんが向かってるかもしれないから。私は彼のことを看てるわ。馬鹿しないように」

「どうせまたやるさ。その狼は」

「少し懲りてくれると助かるんだけど」

「あー駄目駄目。淡い期待を悉く打ち砕いてくれるからねぇ」

「……もう行きなさい」

「はいよ。じゃあ東雲のことは頼んだよー」

「分かってるわよ」

 萃香の身体が霧状になってその場から消えるとひとつため息を吐いた。

「やれやれ、困ったものね。お守りなんて私の柄じゃあるまいし。ましてや狼の世話だなんてねぇ」

 うつ伏せになっている橙矢を仰向けにさせると気道を確保させる。

「後は勝手にやってなさい。私に止める権利なんてないのだから」

「じゃあやらせてもらおうじゃねぇか」

「ッ!?」

 振り向くと橙矢が額に青筋を浮かべながら立っていた。

「……狼さん、寝てなくても?」

「寝れるかってんだ。ったく伊吹さんも余計なお世話だっての」

「仕方ないでしょう、貴方が暴れるから無理矢理止まってもらうしかなかったのよ」

「は?……なに言ってるんですか仙人様よ。伊吹さんのせいで俺は寝れなくなってるんじゃないか」

「………?」

「その様子じゃ話をしてないみたいですね。まったく、伊吹さんも人が悪い」

「何のことなのかしら」

「最後の一撃。あれには威力は込められてないですよ。簡単にいうと一種のドーピング……あぁいや、麻酔みたいなもの打ち込まれましてね」

「萃香が麻酔を?」

「……まぁ麻酔ですね。一時的に神経を麻痺させるものです。それより早く地霊殿に行きましょう。どうせ伊吹さんも行ったのでしょう」

「さぁ知らないけど」

「どちらにせよ、俺は動ける内はあの馬鹿烏の相手をする」

「またやられるわよ」

「知ったことか。……俺が死んだとしてもさとり達が態勢を立て直すだけの時間が作れればそれでいい」

「自己犠牲は美しくないわ」

「誰かに見られるわけじゃあるまいし。あ、なんかの動画サイトに載るんですか?」

「載らないし載ってたとしても絶対見たくないわね」

「言え過ぎている」

「………本当に行く気?」

「今更な台詞ですね」

 足を強化させると先を見据える。

「…………別にやり返そうなんて思ってない。俺は自分のために憤る、なんていう馬鹿はしないからな」

「他人のためになら憤りを起こすことが出来ると?」

「まさか、俺は誰のためにも気持ちは左右されないさ」

「そう、身勝手ね」

「今更なこと言わんでくだせぇよ仙人様」

 呆れたように言って地が窪むほどの威力で跳んでいく。

「…………誰のためにも憤りを感じない、ね。それは少し言い過ぎじゃないかしら狼さん」

 脳裏に浮かぶはかつて一人の現人神のために幻想郷を敵に回した少年の姿。

「………貴方は絶対に自分のためには怒れない。……他人のことを考えすぎているが故に自分に対しての心がなくなっている」

 遠ざかる少年の背を遠い目で見送ると旧都に向けて歩き出す。

「悔いがないようにしなさい。それが貴方が幸せになれる選択肢であることを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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では次回までバイバイです

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