本陣を出た橙矢は家に戻ることをせずにぶらぶらと散歩をしていた。
「ったくあんな用で呼び出すんじゃねぇよくそジジイ共がよ。………今さら行ったって遅いよな。………ハァ、言い訳考えとくか」
愚痴を溢しながらあるところへと向かう。先日鬼によって破られた北の門。夜だからと門番は置いていないため念のために来ていた。応急用に穴は塞がれているが橙矢でも破れそうだった。
「……………明日から始めてほしいもんだな。本格的な工事を」
門の上に跳び乗ると辺りを見渡す。
「………一応侵入者はいない……か」
侵入者がいないことを確認すると門の上で胡座をかく。
「もうちょっと上の方から見れば良い景色なんだろうが……まぁ無理だよな」
上の方には烏天狗や鞍馬天狗がいる。立場が一番下の白狼天狗では行けないところがある。
「所詮狼は狼、てことか」
苦笑をして目を細める。すると奥で微かに動く影を捉えた。
「…………」
ゆらりと立ち上がると足を強化させて影の真上まで跳んで目の前に降り立った。
「よぅ、何のようだ。ここは妖怪の………ってお前……」
呆れたように額に手をあてがってため息を吐いた。彼の前には舟幽霊の少女が。
「お前なぁ……なんでここにいるんだよ」
「………………だって橙矢がいないんだもん」
「俺にも都合ってもんがあんだよ。分かってくれ」
「分かってるよ。分かってるけどさ……」
「あ?」
「………橙矢に会いたかったから」
「………馬鹿。そういうのは軽々しく言うんじゃねぇよ」
「あの白狼天狗はいいよ。……ずっと橙矢の近くにいられるんだから。けど私は……会えるときが限られているだから……だから」
「……………まぁ確かにそうだが………とりあえず今日はもう遅い。朝まで俺の家にいろ。妖怪とはいえ夜中に出歩くのは何かと危険すぎる」
「橙矢の家?里の近くの……」
「いんや、今は山にある家に住んでる」
「へぇ……そういえば私が入ってもいいの?進入禁止じゃ……」
「特例は別だ」
「そっか、ならお邪魔させてもらうね」
「はいはい、じゃあ他の奴等に見つかる前に行くぞ」
踵を返すと来た道を戻って行く。
「………うん!」
笑顔を作ると橙矢の背を追いかけていった。
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家に戻るなり夕食をとり、風呂をとっとと済ませる。
橙矢は壁にもたれながら座り込んで、村紗は寝転がっていた。
「驚いた。橙矢って料理出来たんだね」
「あのな……俺だって家事くらい出来るっての。じゃなきゃ他の奴等にもっと迷惑かけてる」
「そっちの方が予想しやすいよ」
「それは酷いな。人間の時だって一人暮らしは出来てたんだ」
「されど橙矢ってね」
「訳分からねぇよ」
「……………ほんとに」
「ん?」
「ほんとに、白狼天狗になったんだね」
「なんだよいきなり」
「うぅん、何でもないよ。ただ橙矢が遠く感じて」
「…………………」
「ねぇ橙矢……やっぱりあの白狼天狗が一番大切なの?」
「…………何言ってやがる」
「だって橙矢が種族を変えてまで……あの白狼天狗と一緒にいたかったんじゃ……」
「………あのなぁ」
めんどくさい質問が来たなと後頭部をかく。
「別に………いや、まぁそれもあるが、それと並行に足を治すために、というのもあったんだが」
「治す?」
「何回目になるかなこの説明。まぁいいか。あの異変の後でな俺は足の神経が千切れて使い物にならなくなった。人間の身体では快復する見込みはなし。だが妖怪となれば話は別だ」
「それって……」
「そうだ。それに元々椛との付き合いは長い。その時の妖力が憑いたために俺は白狼天狗になる他なかったんだ。まぁあくまで俺の意思だがな」
「……………」
「別に後悔はしてないさ。さっきも言ったが俺の意思だからな」
「結局あの白狼天狗が関わってるじゃん」
「…………大丈夫かお前。ちょっと酔ってるか?」
「…………私だって……橙矢と付き合いは長いのに………」
「おい?」
先程から何やら村紗の様子がおかしかった。
「………村紗、何考えてるか知らねぇが深入りはやめておけ」
「だって……だって!」
「……寝ろ。疲れてるんだろ。明日になれば落ち着く」
「橙矢……」
「寝ろ」
「私だって……!」
「落ち着け」
「私だって………!橙矢のこと好きなのに!」
急に村紗が壁にもたれている橙矢に近付いて壁に手をつく。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………何のつもりだ村紗」
「何で橙矢はいつもいつも………拒絶してくるの?」
「まずは質問に答えてくれるか。もう一度言うぞ、何のつもりだ」
双眸を細めて村紗を見る。それでも怯むことなく、それどころか村紗は妖艶な笑みを浮かべた。
「…………橙矢。逆に聞いていいかな。なんでこんなことすると思う?」
「おいおい、俺の自由権……」
「私でも分からないんだよ。何でこんなことするのか」
「………………」
「今、この時だけでいいから……私だけ………私だけを見てよ……橙矢」
「………ッ!」
「ねぇ……いいでしょ橙矢…」
「ちょっ、村紗。落ち着けって」
段々と近付いてくる村紗に対して逃げようとするが逃げ場はすでに防がれていた。
「ほんっと、いい加減にしろよお前!冗談ならまだ済ませておいてやる……!」
「冗談だったらこんなことしないよ。……もう諦めて私に身を委ねてさ。……流されようよ………ね?」
次いで腕が首に回され、より近付く。
「村紗……!?」
鼻が触れ合うほど近くなった時――――
橙矢の家の戸が開かれた。
「橙矢さーん。……もう帰ってま―――」
椛が家の中に入ってきて二人の姿を映す。
「え……あ…………」
「椛………」
「………チッ」
「な、なな………何してるんですか!」
「……うるさいよ。橙矢は今貸し切り中なんだから」
「……いつの間にそんなことになったんだよ」
「そんなこといいじゃん。橙矢が受け入れてくれさえすれば」
「……………」
「何……言ってるんですか!早く離れてください!」
椛が二人の間に入って引き離す。
「橙矢さんも、ハッキリ断らないといけませんよ!」
「いやあのな………」
「橙矢さん。それよりも部外者は山に入れてはいけません。分かってますよね?」
「……あー、その事なんだが……」
「橙矢が今日は泊まっていけって言ってくれたんだよ。だからアンタがとやかく言える権利はないよ」
「………!」
助けを求めるように橙矢を見るが気まずそうに視線を剃らした。
「悪い椛。村紗が来たときはもう暗くてな。一人で帰らすのも気が引けたからな」
「……橙矢さん。明日はあれもあることですし……。船長さんは私の方で引き取ります」
「……いいのか?」
「えぇ、構いませんよ。明日は大事な仕事があるんですから」
「そうか……なんか悪いな」
「気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かる」
「………では船長さん。行きましょう。拒否は許しませんよ」
「………………どうしても?」
「どうしてもです」
「…………うー」
村紗が恨めしそうに椛を向ける。そんな村紗を見てか橙矢が口を開く。
「村紗、どうしてもってんなら別に泊まっていってもいいぞ」
「橙矢?」
「橙矢さん!ですが貴方は……」
「無理してまでのことじゃないさ。寝るまでのことだからな。それに後は寝るだけだ。何も迷惑にはなりやしねぇよ」
「………………そうですか」
「………さて、そろそろ頃合いだし寝るとするか。村紗、布団準備するから待ってろ」
「……手伝おうか?」
「大丈夫だ。やり慣れてるからな」
チラと椛を見ると立ち上がる。
「椛。来てもらってそうそうに悪いが帰ってもらえるか」
「橙矢さん……ほんとに大丈夫ですか?」
「あ?何がだよ」
「いえ……大丈夫ならいいのですが………」
「大丈夫だよ。思ってるほど俺の身体はヤワじゃない」
「そう、ですか………では………」
椛が立ち上がって戸へと向かう。
「俺なら心配いらない。さすがにこの生活には慣れたからな」
「……………………」
しかし戸に手をかけてから椛が止まった。
「…………椛?」
「………あの…………橙矢さん……」
「ん?」
「……万が一もありますし………あの……その……」
ゆっくりと振り向くと顔を真っ赤にしながら言い放った。
「わ、私も泊めてもらってもいいですか!?」
村紗ちゃん暴走気味
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では次回までバイバイです。