集会は苦手だ。父をはじめとした老人の相手をしなければならないから。
椛は姿勢を崩すことなく話し合う白狼天狗の上に座する者達を一瞥した。ここにいるのは椛の父がその中の一人、というだけではない。本来椛がいるところには椛の兄である総隊長がいるはずなのだが、来ていなかった。なので急遽椛が呼び出された昔からそうだった。兄は総隊長になってから集会に参加しなくなった。そのせいか上からは総隊長を嫌う者が多い。
「……………」
「―――今回の鬼の件、いかがいたしましょう。隊長殿の言葉が真なら哨戒役の白狼天狗は大半が壊滅だのことですが」
「……そろそろ地下へ白狼天狗が派遣される時期ではなかっただろうか。その際に調べてもらえればよかろう」
「しかしいくら白狼天狗一匹といえどされど一匹です。そこまで深入りさせると生死が問われるかと」
「それで娘殿。誰を行かせるつもりですか?」
話が椛に振られてふと目を伏せた。
「…………東雲橙矢です」
「……ほぅ?あの小僧まだ生きていたのか」
「一応は我等天狗の一員となったが所詮ただの人間の小童。彼なら深入りしても問題ないでしょう」
「……………ッ!」
「はっは、いくらなんでも人が悪い。仮にも我等の一員ですぞ。仮に、ですが」
「………………お言葉ですが」
止まらない橙矢への罵倒に我慢できず椛が声をあげる。
「………我等に仮の一員などいません。彼はこの間の鬼の襲撃の際には最前線で鬼と戦っていました。………彼にその言い方はないのではありませんか」
「おっと、すみません隊長殿。彼は貴女の隊でありましたな。だが彼が四ヶ月前この幻想郷を陥れたのもまた事実」
「ですからあれは―――」
「――――はーいやめやめ、両者そこまでにしておきましょうや」
急に場違いな声がしてひとつの影が椛に覆い被さる。顔を上げると兄の顔が。
「お、お兄様!?」
「総隊長……!何故貴方がここに」
「何故って……集会があるって聞いたから来たまでだが?」
「今まで出なかった奴が何を言うか!」
「事が事だからな。……おい椛、お前はどっか行ってろ。元々そこは俺の席だ」
「………はい」
有無言わずすぐに立ち上がると兄に頭を下げてから立ち去る。
「さて、楽しいお話でもしましょうや」
「…………」
「どうせこの間の鬼のことなんだろ?だったらいなくなった分は烏天狗から要請。無理だったら……そうだな。門番は無理に置かなくてもいい。少し可哀想だが……椛の千里眼を使わざるを得なくなる。両方が難しいなら一旦隊を全て解散させて一班二人体制を作り、哨戒させる。どうだ、文句ないだろ?ダラダラ話しているよりも早く終わったじゃねぇか」
「………」
次々と案を出す総隊長に何も言い返すことも出来ずに唖然とするがそんなこと気にすることもなく立ち去ろうとする。
「さぁて、じゃあ俺はお後よろしくやるか。アンタ等は早く寝ろよ、ご老体に気を付けてな」
「なに……!?」
「冗談だよ冗談」
鼻で笑いながら一瞥して集会場から出ていった。
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数時間後、集会を終えた椛はその足で本陣へと戻ってきていた。
「………水蓮さん、橙矢さん。留守番ご苦労様でした」
「隊長もお疲れー。おっさん達の相手疲れたでしょ」
「あぁ水蓮さん。………正直言って今までで一番疲れました」
「おぉ?珍しい。隊長がそれほど疲れてるなんて。何かあった?お見合いとか?」
「馬鹿言わないでください。たとえそんな話が来ても答えは決まってます」
「東雲君だけだって?」
「…………ま、まぁ……」
椛の頬が朱に染まる様を見て水蓮が楽しそうに笑んだ。
「……どうせ東雲君のことをなんか言われたんでしょ?……地下への派遣の話で」
「…………はい」
「言わせたいように言わせとけばいいさ。どうせ東雲君はそんなの気にしないよ」
「………ですね」
そこであることに気付いた。件の橙矢の姿が見えないのだ。
「………橙矢さんは何処なんですか?」
「ん?あ………あー………東雲君はね……」
ちょいちょい、と裏口の方を指差す。
「裏口?……何かしてるのですか?」
「まぁ……行けば分かるよ」
えらく歯切れ悪く言う。何かあったのだろうか。
「………」
奥へ歩いていって裏口の扉に手をかけて軽く捻って開けた。そこには―――
「橙矢さんは私が先に取材するんです!二番手は下がりなさい!」
「にば……ッ!?また言ったわね捏造新聞!アンタはどうせ捏造がほとんどじゃない!さっき撮った写真だけで十分じゃないの!あとはアンタお得意の捏造でなんとかなるじゃない!」
呆れたように脱力した橙矢の両腕を左右から引っ張り合う烏天狗が二匹。
「………あの……大方予想はつくんですけど………何があったんですか?」
「いやぁ……昼過ぎ頃に射命丸さんと姫海棠さんが来て東雲君を取材させろだろなんだの言ってさ。一旦は巻き込まれないようにその場から逃げたんだけどついさっき捕まっちゃって……」
「まぁそりゃあお二人にとって橙矢さんはいいネタになるかもしれませんが……」
「あのままじゃ可哀想だから……そろそろ止めさせます?ボクも何回も止めたつもりなんですけど……」
「頑張ってみますか………。あの、お二人」
「何よ!」
「ん……、あぁ椛か。頼む、助けてくれよ。この鳥頭が何も聞いてくれなくて……」
相当疲弊していたのかもはやなされるがままになりながら椛に助けを求めていた。
「………お二人共」
椛の眼孔に力が入り、二人を睨み付ける。
「新聞の取材をするのは構いませんがお願いですから人に迷惑をかけるのだけはやめてください」
でなければ一瞬で焼き鳥にして喰うぞ、などとのいう意味の篭った瞳で睨み付けられて二人は冷や汗を大量にかきながら渋々手を離した。
「……すみません椛、橙矢さん。我ながら熱くなってしまいました」
「………ふん」
顔を合わせようともしない二人の間で橙矢は萎れた。
「………疲れた」
「橙矢さん、大丈夫ですか?」
「……あぁ…なんとかな……それより椛…ありがとうな」
「………いえ……」
笑みを浮かべて嬉しそうに尻尾を振るう。その様子を見ていた水蓮が二人の前に歩いてくる。
「いやぁお熱いねお二人さん。そんなことは二人きりの時にやってもらいたいよ」
「お熱い?何言ってんだよ。特にこんなの普通のスキンシップだろ」
「ふーん、じゃあ言ったらボクにも同じことしてくれるのかな?」
「はぁ?なんでお前にやらなくちゃいけないんだよ。理由を教えろ理由を」
「んー、嫉妬しちゃったから、は駄目かな」
「それこそ謎だ。お前が俺のことを好いてるなら話は別だがそれは無いだろうからな。むしろ逆だろ?」
「ちょっ……橙矢さんそこまで言うのは……」
「何でだよ。俺は本当のことを言ったまでだぞ」
「言い方があるでしょう!?それじゃあ橙矢さんが水蓮さんのことを嫌いと言っているようなものです!」
「なァんで俺が水蓮のことを嫌いにならなくちゃいけないんだよ。こいつはお前を、隊員や白狼天狗のことを大事に思ってるんだぞ?そんないい奴をどう嫌えってんだ」
「………それってつまり、さ。東雲君はボクのこと……好きなの?」
「恋愛感情とは程遠いがな。友人としては好きだぞ」
「まぁそうだよねー」
はじめから分かっていたかのように二人して顔を見合わせて軽く笑んだ。
「けどあれだな。機嫌が良いときはやらなくもないかもな」
「え?それって………」
「さぁてどうだろうなー」
我知らずのように歩き出して白狼天狗二人に軽く手を背中越しに上げた。
「じゃあな二人とも。俺は先に上がらせてもらうからなー。お疲れ」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「……………………」
「ちょっと!上司である私達には」
「返事も無しですか橙矢さん!」
未だ続くキャットファイツをしながら叫ぶがそれを無視して橙矢は家の方へと歩いていった。
感想、評価お待ちしております。
では次回までバイバイです。