そのご縁は前世から   作:丸焼きどらごん

3 / 4
最遊記再アニメ化が作画良くて嬉しい勢いで思わず短編なのに続きを書いてしまうという……orz



そのご縁は前世から 清一色編(前)

 天竺へ向かう旅の途中、ひょんなことから三蔵一行に一人の女性が加わる事となった。その女性の名は碧黎璃(へきれいり)。前世の記憶を覚えており、しかもその前世が下級ではあるものの神だという変わった経歴の持ち主だ。とある神の補佐官をしていたらしいが、その信憑性については観世音菩薩に保証されているので間違いはない。

 しかし当初、それぞれ別の理由で悟空以外の3人は彼女の旅の同行に反対していた。いわく「女性をこんなむさくるしい一向に加えるのは心苦しい」「女性が加わるのは嬉しいが男4人の中に居ては色々勘繰られる」「邪魔」などといった内容である。黎璃はこれについて特に不快には感じていなかった。その理由を理解していたからだ。

 

 理由の本質としては、建前などもあるだろうが最後の“邪魔”という一言が相応しいのだろう。

 

 考えてみれば当然だ。接した期間はごくわずかであり、妙な経歴を持つ女。神の保証があるとはいえ、そんな相手を突然旅に加えろと言われても納得は出来ないだろう。それに建前とは言ったが、前者二つには紛れもなく気遣いも含まれている。これを無下にするのは気が引けた。

 

 なので黎璃はまず、三蔵一行とは別の移動手段を見つける事から始めた。

 

 調達してきたのは何やらごついオフロードバイク。もちろん経費は天界持ちだ。ちなみに少し前に不本意ながら少々解放することになった神通力によって術を施してあるため、必要ない時は巻物にして持ち歩けるという便利仕様である。

 

「私はこれで後をついてまいりますので、あまりお気になさいませぬよう」

 

 そうニッコリ笑って言った黎璃に、最も同行を反対していた玄奘三蔵のしょっぱい顔は見ものだったと後に悟浄が語る。

 

 

 

 

 

 

 そしてなんだかんだで旅に加わった黎璃なのだが、いざ加わってみれば彼女は驚くほど自然に場になじんだ。

 何故かといえば、黎璃は距離の取り方がうまいのだ。けして影が薄いというわけではないのだが、絶妙な加減で人が不快に感じるパーソナルスペースに入ってこない。まるで空気のように「そこに在ってあたりまえ」……黎璃はそんな独特の雰囲気をもつ女性だった。

 

 

 

 

 結果、思ったより煩わしくない。

 そう感じたのは意外にも黎璃の旅の同行に一番反対していた三蔵である。

 

 

 

 

 まず移動手段であるが、彼女は森から町まで移動した時のようにジープの後部座席……悟浄と悟空の真ん中の席に陣取ることもなく、自前でバイクを用意してきたのでジープに乗る面子は変わらない。そのため人数が増えて邪魔だという感覚は特に感じなかった。

 

 更に妖怪が襲ってきた時などは、身を守ることが出来るのか懸念していたにも関わらずそれは杞憂に終わる。黎璃は妖怪をバイクで平然と撥ねてひき殺したり、これも何処から持ってきたのか知らないが銃剣のような武器を用いて遠距離又は近距離からの狙撃、剣での中近接で刺殺までこなした。近接戦にいたっては力こそないものの、太ももに装着しているサバイバルナイフを引き抜いての斬撃は的確に妖怪の命を奪う。おそらく急所を熟知しているのだろう。その所作にはぶれがなく何処か玄人染みていた。

 そんなわけで守ってやる必要が無いどころか、むしろ五人にノルマが分散されたため妖怪の襲撃に対する手間が減ったほどだ。

 

 そして町まで距離がある時は、バイクの機動力を生かして先行し野営地に適した場所を発見したりもする。食べられる野草、薬になる野草の知識も幅広く、悟空が肉が食べたいと駄々をこねれば何処からともなく鳥や兎など狩ってくる……そしてテキパキと調理をする技術も鮮やかなものだ。野営時の食卓は味気ない保存食がほとんどだったので、用意される温かい食事は正直贅沢なものである。

 

 八戒なども知識量でいえば一行の中では多い方だが、彼女の知識はそれを軽く凌駕した。薬草の知識など参考になるのでそれについて聞いてきた時、その知識はどうやって身につけたのかと八戒が問えば「天界人の時間は売るほどあるので、正直いくつか趣味を極めようとすれば可能なのですよ。私、結構多趣味だったんです」とにっこり微笑まれてしまった。そこで八戒は彼女の中身が自分達よりずいぶん年上であることを改めて思い知らされる。

 

「そういえば、黎璃ちゃんて何歳なの?」

「私ですか? 人間としての年齢でしたら18歳ですよ」

「え、年下!? へぇ、大人っぽいから同い年くらいだと思ってたぜ」

「ふふっ、大人っぽいですか。まあ中身の方はあなた方からしてみればおばあちゃんですからね。……中身の年齢もお教えしましょうか?」

「え、あ~…………。いや、イイデス」

「そうですか。まあ教えようにも、覚えていないのですけどね。途中で数えるのが面倒になってしまいまして」

 

 悟空に次いで黎璃と雑談を交わすことが多いのは悟浄だが、女性の扱いに関して長けている彼としても中身が一行の中でも最高齢と思われる彼女に対しては少々接し方に迷っている様子。当初……黎璃の正体を知るまでは気軽に口説くような言葉も投げかけていたが、彼女が旅に同行するようになってからはそれもなりを潜めている。というのも、何処となく祖母が孫を見守るような生暖かいまなざしを感じ取ってしまったからだという。どうにもやり辛いようだ。

 悟空に関しては黎璃に対し出会ったころから変わらぬ態度で、他三人に比べて圧倒的にフレンドリーに接している。むしろフレンドリーすぎて色々と距離が近い。が、子供っぽさが際立つ彼の言動にも黎璃は特に煩わしさは感じていないようだ。

 しかし駄目なことは駄目だとやんわりたしなめる事もあるので、ただ甘やかすだけの人間でもないことも伺える。目端もきくので、好奇心が赴くままに行動する悟空の適度なお目付け役にもなっているのだ。

 

 

 

 そして。

 

 

 

「ん……」

「新聞をお探しですか? こちらが一番最新のものですので、よろしければどうぞ」

「ああ」

「お茶のおかわりはいかがです? それか眠気覚ましに珈琲を頂いてきますが」

「……珈琲で頼む」

「かしこまりました。ああ、煙草をお吸いになるのでしたらこちらをお使いください」

「ああ」

 

 流れるような動作で新聞、飲み物、灰皿をそろえてからすっと自分の席に戻り本を読み始める黎璃。あまりの自然な動作についなされるがままに受け入れてしまったが、最適に整えられたくつろぎの空間を前に三蔵は思わずつぶやく。

 

「…………便利だな」

「言い方は悪いですが、同感ですねぇ。最近ちょっと子育て疲れが減った気がします」

 

 三蔵と同じく黎璃に用意してもらったお茶をすすりながら、ほがらかな笑顔で答える八戒。彼の前にはお茶の他に小皿に乗せられた干した杏子が置いてあり、これも「お疲れでしたら、甘いものでも」という一言と共にさりげなく黎璃が置いていったものだ。これから旅の日程を地図と照らし合わせて考える八戒としては、疲れた脳にこの差し入れはありがたい。

 

 そして八戒の発言に悟浄と悟空が反応した。

 

「おい、誰が子供だって? あ、聞くまでもねーか! この馬鹿猿しかいねぇよなー」

「はあ!? ガキは悟浄だろ!」

「いえいえ、三人ともですよ」

 

 ばっさり切る八戒。なにげなく三蔵もカウントしているあたり、普段の彼の苦労が窺えた。

 

「おい俺までこのアホ共とひとくくりにするな」

「「アホって言うな!!」」

「うるせぇ!!」

 

 騒がしくなってきた二人に三蔵がハリセンによる制裁を加えるが、それが銃でないことを見るに幾分か彼も機嫌がよいのだろう。今いる場所が屋内ということもあるだろうが、部屋の中だろうと機嫌が悪ければ発砲を辞さないのが三蔵という僧侶である。おそらく知らぬものが見れば僧侶って何だっけと辞書を引き始めるだろうが、玄奘三蔵は紛れもなく僧侶だ。それも最高峰の。

 ともあれ静かになった悟空と悟浄を尻目に、八戒は少し離れた席でゆったりと過ごしている黎璃に視線を向けた。ちなみに今いる場所は立ち寄った村の小さな食堂を兼ねた休憩所なのだが、黎璃は三蔵たちから少し離れた位置に座っている。というのも、男性四人に対して女性一人という組み合わせに下世話な目を向けるものが居るからだ。全ての人間がそうではないが、黎璃はそれによって四人が不快な思いをしないようにと配慮し離れている様子である。

 その呼吸をするように自然と行われる気遣いは存外心地よく、結果として今のところ黎璃は一行になじみつつある。「これが年の功ってやつか」とは悟浄の言。便利やら年の功やら言い方は失礼な気もするが、八戒としても助かるので今のところはありがたくその気遣いを頂戴していた。

 

「黎璃さん、補佐官をしていたと言っていましたからね。その時の経験が生きているんでしょうか」

 

 八戒がそうこぼせば、聞こえていたのか黎璃はくすりと笑ってこう言った。

 

 

 

「そうかもしれません。なにせ、放っておくと根を詰めすぎる上司だったもので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして新たなメンバーを加え旅は続き、三蔵一行はその途中で久しぶりに大きな町に訪れていた。活気があり、店も多い。そんな賑やかな町の雰囲気に、真っ先に目を輝かせたのは悟空だ。しかし彼が真っ先に優先させるものと言えば食料である。

 

「三蔵! あれ食いたい!」

「却下」

 

 さっそく露店で売られている肉まんに目を付けた悟空が一行の財布を握っている三蔵にねだるが、それは即座に断られる。八戒が泣きわめく悟空に困り果て「肉まんくらいいいじゃないですか」と言えば、帰ってくるのは「甘やかすと悪い癖がつく」という主婦のような言葉。直後に悟浄が「主婦だねぇ」と突っ込めば、三蔵は真顔で「死ぬか?」と言った。

 ちなみにこの時黎璃だが、そのやりとりに笑いをこらえていた。そしてそれを見とがめた三蔵にぎろりと睨まれる。

 

「おい、笑ってないでお前からも何か言え」

「ふふっ、いえ。三蔵様がしっかり保護者として振る舞っておられましたので、私が水を差すのもどうかと……」

「顔が笑ってるぞ」

「これは失礼」

 

 黎璃は笑いを引っ込めると、こほんと咳払いして悟空を見た。すると期待するようなまなざしにぶつかり、しばし黙る。

 

「…………では折衷案ということで、私も食べたいので私が買いますから半分こしましょう!」

「どこが折衷案だ!」

「結局買うんだ!? 黎璃ちゃん、薄々思ってたけど悟空に甘くね?」

「やったー!」

「よかったですねぇ、悟空」

 

 三蔵と悟浄から即座にツッコミが入るが、黎璃の手には早々に肉まんが入った袋が抱えられていた。早業である。しかも半分こといいながら、一個を二つに割るわけでなく十個ほど買った全体の半分を悟空に与えるつもりらしい。

 悟浄が言うように、黎璃はこと食べ物関係に関しては悟空にただただ甘い。元気すぎる彼をたしなめる事はあっても、食べ物に関してはわざわざ獲物を狩ってくるほど甘いのである。それは過去の悟空を知る黎璃が、旅の途中で偶然聞いた五百年という長き時を飲まず食わずで一人過ごしたという悟空の過去を思えばこそ。甘やかすなという方が無理だった。

 

 

 

 と、そんな時だ。町の喧騒に負けないほどに騒がしい一向に声をかけるものが居た。

 

「もしもし、そこ行くお兄さんとお姉さん」

 

 見ればそこに居たのは、占い師の風体の優男。彼は自分に視線が集まるのを確認すると、一見柔和そうに見える笑顔で続けた。

 

「旅の人でしょ? この清一色(チンイーソー)が旅路の先行きを占ってあげますよ」

 

 その言葉に対し、三蔵一行の反応はドライだ。「興味ない」「麻雀の役を通り名にしてる易者なんざ信用度低い」とばっさりである。悟空はそもそも眼中にすらないのか、買ってもらったばかりの肉まんを口いっぱいに含んでご満悦だ。

 しかし男はめげることなくしゃべり続け、「死相が出ている」などと不吉な事を言い始めた。特にそれは八戒に色濃く出ていると言ったあげく、「偽善者面でごまかしているが罪人の目をしている」などと言い出す始末。これには悟空が怒り「喧嘩売ってるのか!?」と詰め寄ったが、相手にとっては不幸かな。…………肉まんを食べている途中で怒鳴ったせいで、清一色と名乗った男の顔は食べかすまみれになった。控えめに行って汚い。

 

「…………」

「悟空くん、怒る気持ちは分かりますが、ものを食べている途中で喋ってはいけませんよ」

「だって!」

「だってもすってもありません。申し訳ございませんね。よければこちらをお使いください」

 

 悟空をたしなめた黎璃は、申し訳なさそうな顔で清一色に布を差し出した。これでふけ、ということだろう。

 

「これはこれは、お気遣いありがとうございます」

 

 しばし笑顔のまま無言だった清一色は、それを受け取り顔をぬぐった。しかしその一方で、悟浄がこそこそと三蔵に耳打ちをする。

 

「なあ、あれって黎璃ちゃんが俺らの靴磨きに使ってくれてるやつだよな?」

「……あいつなりにあの易者にムカついたんだろう」

 

 三蔵が言うように、黎璃は無礼な男に酷く怒っていた。黎璃は前世の関わりを除いたとしても、今の彼らにも十分な好感を覚えているのだ。それを侮辱されたとあらば、彼らの付き人を自称する黎璃としては不快極まりない。よってささやかな嫌がらせは当たり前であり、むしろ用意できたなら腐った牛乳にひたして絞った雑巾を渡してやりたいところである。

 が、見ていた側としてはその地味な嫌がらせが少々恐ろしい。

 

「俺、出来るだけ黎璃ちゃん怒らせないようにしよっと……」

 

 ぼそっとつぶやかれた悟浄の言葉は、誰にも聞かれずに地面に落ちた。

 

 

 そして清一色が汚布で顔を拭いたことに少々溜飲を下げた黎璃であるが、ふいに鼻をスンスンとならす。

 

「あなた、死相が出ていると申されましたね」

「ええ、ええ。申しましたよ? ですが信じないのは勝手です。ま、(ワタシ)は信用度の低いただの易者なのでねぇ……」

 

 意味深に嗤う男は、ふいにひとつの麻雀の(はい)を手に取る。

 

 

 

 

『災いは汝らと共に』

 

 

 

 

 瞬間、黎璃がサバイバルナイフを引き抜き男の頭部めがけて躊躇なく振り下ろした。しかし男は突如として霧のように姿を消し、同時に背後で轟音と悲鳴があがる。

 

「きゃああああああ!!」

「ぎゃああああ! なんだ、あの化け物は!」

 

 混乱と恐怖に染められた人々の声に釣られてそちらを見れば、そこには天を突くような大きさの巨大蟹。

 

「な、何だありゃあ!?」

「! おい、今の男か!?」

 

 その異様な個体に悟浄が驚愕の声をあげる一方で、三蔵は先ほどの行動に出た黎璃に怒声に近い声で問いかける。問いを受けた黎璃は苦々しい顔で頷いた。

 

「ええ、おそらく。……申し訳ございません。取り逃がしました」

「今の男って……。もしかして、あれ出したのってさっきの奴か!?」

「証拠はありませんが、タイミング的にそれ以外考えられないでしょう。……あの男、体そのものから死臭がしました。おそらく人間ではありません」

「マジ!? 気づかなかった……。俺も鼻は良い方だと思うんだけどなー」

「! 皆さん、おしゃべりしている暇は無さそうですよ。来ます!」

 

 それまで顔色を青くさせていた八戒が警告の声をあげる。そしてその巨体をいかんなく発揮し破壊を繰り返す化け蟹に気功波を放った。同時に悟浄も攻撃に移るが、その硬い甲殻に攻撃は両方とも弾かれる。

 

(かた)ッ!」

「ッ! ずいぶん頑丈なようですね。それにしても、あの腹の梵字は……」

「あれは式神の印だ。……何で出来ているかは知らんがな」

「式神ぃ!?」

 

 三蔵の言葉に悟浄が驚愕の声をあげる。その時だ。

 

 重い銃声が一、二、三、四。合計四発分轟く。見れば黎璃がいつのまにか愛用の銃剣を構えており、その先からは煙がくゆっていた。

 

「黎璃ちゃん下がってろ! あいつにそれはききそうに無いぜ! むしろ今ので狙われたらヤバ、」

「! 待ってください。あれは……」

 

 慌てて黎璃を下がらせようとする悟浄だが、八戒は黎璃が狙った先に気づき声をあげる。見ればどうやら彼女は蟹目がけて発砲したわけでは無いらしく、蟹の進行方向の地面に弾丸を撃ち込んだようだ。そしてその地面からはうすらぼんやりとした光が天に向かって壁のように出現していた。

 

「簡易の結界です。ですが蟹の大きさ的に線でしか構築できず範囲も広いので、長くはもちません。私はこのまま町の方々を避難誘導いたしますので、あとはお任せしてもよろしいでしょうか」

「おお! 黎璃ちゃん器用だな。そんな事もできんだ!? ああいいぜ、そっちは頼む!」

「まっかせとけって! あんな化け蟹すぐに倒してやるよ!」

「では、ご武運を」

 

 元気に応えた悟浄と悟空に微笑むと、黎璃はすぐにその場を後にし逃げ遅れた人間や怪我人の保護に努めた。それは自分にはあの巨体をどうこうするには力不足であり、彼らが戦うためには周囲に人が居ては存分に力を発揮できないだろうと判断したためである。

 途中化け蟹はその巨体を地に沈めたので誰かが倒したものかと思ったが、そのあとしばらく間をおいてから蟹は活動を再開した。そのため黎璃はなおも逃げ遅れた人間が居ないか探索を続ける。ちなみに怪我人であるが、保護した後は他の町人に手を借りて彼らに預けた後だ。

 そして人影を探す途中の事だった。黎璃は家屋の屋根に佇む人影を見とがめると、すぐに銃剣を構えて発砲した。

 

「チッ、逃したか」

「おやおや、怖いお嬢さんだ」

「…………」

 

 すっと目を細めて、黎璃は背後を振り返る。そこには先ほど取り逃がした易者、清一色が佇んでいた。

 

「ずいぶん逃げ足がお速いようですね」

「ふふふっ、お褒めにあずかり光栄ですね。ところで貴女……あの一行にとってなんなのです?」

 

 清一色の問いに、黎璃は迷いなく銃剣を構えてから答える。

 

「付き人だ。お仕えしている」

「本当に? ずいぶん親しいご様子でしたので、てっきり情婦かと。ククク……! あの男、今は猪八戒を名乗っているヒトゴロシ(・・・・・)猪悟能(ちょごのう)。彼とはヤりました? 出来れば感想をお聞きしたいですねぇ」

 

 町の中に発砲音が響く。しかし清一色は頭に穴をあけつつも、変わらぬ笑顔で佇んでいた。その様は酷く不気味である。視界一方で相対する黎璃も笑顔だ。ただしその瞳は酷く冷え切っている。

 

「我が(あるじ)とその仲間に対する侮辱、しかと受け取った。死ね」

 

 言うなり、黎璃が清一色に距離を詰めて銃剣の切っ先を頭部目がけて突き出す。それを紙一重で躱しながら、清一色は余裕の声色でもって告げた。

 

「無駄ですよ。ほら、見てください。(ワタシ)の額、穴が空いているでしょう? でも死なない」

「もとより承知だ。貴様死人だな。臭くてかなわぬ」

「無駄と知りつつ攻撃するのですか?」

「無駄かどうか、その体で試すがいい。すぐさま冥府へおくってやる」

「ふふふふふっ、怖い怖い。ですが、貴女には興味がありますね。情婦でなくとも、あの男の仲間でしょう? …………蟲に犯された貴女を贈り付けたら、きっと彼は妻の事を思い出す。そして彼の顔はどんな風に歪むのか……。興奮しますねェぇ!!」

 

 途中から抑えきれない、と言った風に狂気じみた声で叫んだ清一色が手を振り上げる。すると何処に潜んでいたのか、黎璃の体を瞬く間に大量のムカデが覆いつくした。しかし黎璃は動きを止めず、体をムカデに噛まれることも気にせず清一色に近づきその顎を掴んだ。

 

「!?」

 

 まさかそのまま動きを止めないとは思わなかったのか、それに対応できず清一色は驚愕の表情を浮かべる。しかし不死身の自分に何ができると嘲り、すぐさま口の端を釣り上げた。だが黎璃は構わず、自身の内に秘めた力をその場所から注ぎ込む。すると清一色の顔の半分が土くれのように崩れ落ちた。

 

「な!?」

「お前の今の体にとって、神通力の類はさぞ毒だろうな。待っていろ。次は体だ」

「神通力……!?」

 

 黎璃は更にためらいなく清一色を狙う。が、ようやく自身に訪れている事態に危機感を覚えたのか、清一色は、ムカデにまとわりつかれ、動きが鈍くなっている黎璃から距離を置く。そして顔を歪めながら姿を消した。

 

「待ッ! くそ、また逃がした!!」

 

 黎璃は忌々しそうに歯ぎしりし、操る者が居なくなったからかぽろぽろと体から零れ落ちていくムカデを振り払った。が、今頃になって毒がまわってきたのか体から急激に体温が奪われ、立っていられなくなり膝をつく。しかし彼女にとって重要なのは、主たちに仇なす敵を二度までも逃がしてしまった事だった。

 眉根を寄せて、己の不甲斐なさを嘆く。するとその時だ。化け蟹が居た方向から煉獄から呼び出したかのような炎があがり、同時に化け蟹が焼失した。誰の術かは知らないが、一応あちらの決着もついたらしい。

 

 

 

 黎璃はぽけっとそれを見ながら、ふと呟いた。

 

 

 

 

 

「…………なんで蟹だったんでしょうねぇ……」

 

 ムカデならムカデで統一しろよ。そう彼女が思ったかは定かでないが、ふいに黎璃の腹から情けない腹の虫の声がした。

 

 

 

 何だかんだで、肉まんを食べ損ねた黎璃は空腹だった。そしてその肉まんなのだが、丁度少し前に三蔵一行を襲撃した牛魔王一派の一人、紅孩児の妹である李厘の餌付けに使われていたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。