小町ポイント クリスマスキャンペーン 作:さすらいガードマン
ポワポワポワンと、どう考えても非現実的な効果音を立ててピンクの煙が広がり俺の視界を埋め尽くす。自分の指先も見えないほどの濃い煙だが、不思議と息苦しさは感じない。
立ち尽くすこと数秒。ゆっくりと霧が晴れていくと、そこは……
おい、元の部屋のまんまじゃねーか。
違っているのは、コマチエルの羽と頭の輪っかが無くなって、かわりにサンタ帽子をちょこんとかぶっていることぐらい。というか、羽と輪の無いコマチはもう小町ですね。
しかもなんか、ステージの端の方にその輪と翼がまとめてちょこんと置いてあるし……せめて見えないところに隠せよ……。
「じゃ~ん! お兄ちゃんの恋人はっ、可愛い可愛い小町ちゃんでーす!!」
小町はステージ上でくるんと回って右目の横でVサイン、バチーンとウインクをきめる。
「そっかー、最高にうれしいなー」(棒)
「え、何その態度、ごみいちゃんのくせにっ。 ……小町じゃ不満だって言うのねっ、この浮気者っ!」
そう言って小町はよよよ、と大袈裟に泣き崩れるふりをする。
「いや、浮気ってなんだよ」
「そこはほら、ノリで『そんなことはあるはずがないっ、俺は小町一筋だゼ(キリッ)』とか言うところでしょーに、そんなんじゃ、小町的にポイント低いよ~」
「……今の台詞には俺らしさのかけらも無いんだが。しかも実の妹が恋人ってのは……」
そういうのは市内の高坂さん家でもうやってるから、二番煎じって言われちゃうだろ。
「そう、それ」
「いや、どれだよ」
「だいたいいつもお兄ちゃんは、千葉の兄妹は~とか言ってるけどさ、『お兄ちゃんと私、実は血がつながって無いんじゃないか』とか考えたこと無いの?」
そんな事は……
**********
「そんな事、考えたこともねーよ」
俺はここで一度言葉を切る。
「それにその、感謝してんだよ。……小町が妹でいてくれたことには。お前がいなかったら、きっと今の俺は相当ヒドイ人間になってたと思うからな」
「いや、お兄ちゃん十分ヒドイから。人間としてけっこうダメだから」
ぐはっ。クリティカルヒット!! 八幡に精神ダメージ大。
「……でもね、そんなダメなところも小町は大好きだよ。あ、今の小町的に超ポイント高い!」
「なあ、この世界でもポイントって貯まるの? 使うだけじゃなくて?」
あまりに感覚がリアル過ぎて忘れそうだが、ここはポイントありきの夢の世界みたいなもんのはず。
「あったりまえじゃん。しかもお兄ちゃん! 今ならクリスマスキャンペーン中だから、なんとポイント5倍だよ、5倍!」
そうか、5倍じゃしょうがねえな……。
「お兄ちゃんも、いつもの5倍、小町を愛してるよ! ……今の、八幡的にポイント高い」
「はいはいありがとー、お兄ちゃん(棒)」
くっ、渾身の愛の告白が棒読みでスルーされた件について。
「じゃ、今日は可愛い小町が一緒にいてあげるから、お家帰ってご飯でも食べよっか」
ご飯て……。
「お、おう。 ……けど、これ、どっから出るんだ?」
俺は、一見出入り口のないこの空間を見渡す。
「あ、えっとねー、なんか呪文があって……」
そう言って小町はポケットから小さなメモを取り出す。
おいおい、呪文って、『バルス』みたいなヤバいやつじゃねーだろうな……。そう思ってハラハラしながら見ていると、小町は頭上に掲げるように右手を上げ、
「せいぞんっ、せんりゃく~」
と、その可愛らしい声を張り上げた。
ふと、背後に何かの気配。
振り返ると、いつの間にか現れたぬいぐるみのようなペンギン?が、床についている小さな赤いスイッチに手?を伸ばしているところだった。
「おい、やめ……」
ポチッと、音がして、パカンと俺の足元の床板が開く。
「のわあぁあぁぁぁあぁぁぁぁ~」
落ちていく、どこまでも……、そう言えば、あいつらも兄妹だったな……などと考える間もなく、俺は何か柔らかい物の上にぽすんと着地していた。ほとんど衝撃もない。
見れば、ここは自宅のリビングのソファの上。
「いったいどうなっt ぐえっ」
俺に遅れること数秒後、小町が俺の上に降ってきた……。
*********
「じゃあお兄ちゃん。改めて、」
小町がシャン○リーの注がれたシャンパングラス(の形をしたただのコップ)を高々と掲げ、
「メリー・クリスマ~ス」
と声をあげる。
「おう、メリクリさん」
食卓には、ケンタのパーティーバーレルとやや小ぶりのクリスマスケーキ、それからちょっとしたオードブルが並べられている。
比企谷家にとっては例年通りのクリスマスの食卓。
「しかし……小町、これ夢みたいなもんなんだよな? なんで俺たちいつも通りのクリスマスしてるんだ?」
そう、俺がぼやくように言うと、
「えー、でもねお兄ちゃん、小町はうれしいよ」
と、意外な答え。
「え、なんで?」
「だって今年はお兄ちゃん、イベントとその打ち上げで帰り遅かったじゃん。だから、今日はお父さんとお母さん、小町の三人で食べたんだよね……」
「おう……」
「小町ね、なんだか寂しかったよ。 ……それでよく考えてみたら、クリスマスイブにお兄ちゃんと一緒じゃなかったのって初めてじゃないかなって」
そういえば……そうかもしれんな。
親父やおふくろの片方、場合によっては両方が仕事でいないことは、何回かあったが、こと、クリスマス・イブの夕食に関する限り、俺と小町は毎年必ず一緒に過ごしてきた……。
「だからね、小町は、お兄ちゃんといつも通りのクリスマスが出来てとってもうれしいんだよ。……あ、今のも小町的にポイント高い!」
ああ、ほんと、そうだな。小町と二人、
「小町、愛してるぞ」
俺が言うと、
「はぁ~、……お兄ちゃんは、どうしてその台詞を小町に言っちゃうの? 他に言うべき相手がいるでしょーに」
「何言ってんの小町ちゃん。俺が小町以外にそんなこと言ったら気味悪がられてすぐに通報されちゃうだろうが。なんなら黙ってその辺にいるだけでもこの目を見られて通報されちゃうまである」
他に言える相手がいるとすれば戸塚だな。あと、彩加とか戸塚とか。……文化祭のときに誰かに言ったような気もするが、川……島? うん、記憶に無いな。
「妹に言ってる時点で十分気持ち悪いってば。……ほんと、発想がごみいちゃんだよね~」
「おい……」
「でもさ、小町も愛してるよっ、お兄ちゃん!」
うちのあざとくて
まあアレだ。やっぱり兄妹で過ごすクリスマスは最高だな!
……さっき、小町は、血のつながりがどうとか言ってたような……
**********
「いやまあ、何回かは、な。……なんつーか、この目とか違いすぎるだろ……だから、」
俺がそう言いかけた時、
突然、ダン、ダン、ダン、と重い効果音を響かせながら空中に一文字づつ文字が出現していく。
……おいおい、どこのフルダイブゲームだよなどと思いつつも、次々に浮かび上がってくる文字から目が離せない。
『小町ポイントの使用と特定条件の達成により、
一瞬、世界がフラッシュするように光り、どこからともなく、「ガラーン、ガラーン」と、鐘の音が重く鳴り響く……。
なんだ……これ? 鐘の音は脳を直接揺さぶるように響きわたり、俺の意識はその音の波に喰われるようにして闇に溶けていく……。
……なにか……大事なことを忘れ…………。
**********
「ただいま」
そう奥に声をかけながら玄関のドアを閉めると寒気が遮断され、室内の暖かい空気が俺を包みこむ。
ふとこんな時にも、家に帰れば小町がいてくれるという幸せを感じる。
…………あれ、俺は今、
「お兄ちゃん、お帰りっ」
可愛らしいサンタ服に身を包んだ小町が、てててっと小走りに駆け寄ってきて、そのまま飛びつくようにして抱きついてきた。
「っと。そんなに勢い良く突っ込んできたら危ないだろ。……もう子供じゃないんだから」
「子供じゃないから……だよ?」
俺に抱きとめられ、すっぽりと腕の中におさまった体勢のまま、彼女は熱っぽい瞳で俺を見上げてきた。
少し拗ねたような態度が可愛くて、俺は小町の肩の辺りに腕を廻し、彼女の桜色の唇に優しくキスをする。
「えへへっ、やっぱり大好きだよ! お兄ちゃん」
サンタ帽子のポンポンがぴょこんと揺れる。……俺の愛しい妹は、いつものように頬を染めて微笑った。
**********
従兄妹同士だった俺と小町が、俺の母親と彼女の父親との再婚によって義兄・義妹の関係になったのはもう六年も前の話だ。
もともと近所に住んでおり、年も近いせいか物心ついた時にはもう仲良しになっていた俺たちは、一つの家族になるということをあまり抵抗なく受け入れていたように思う。
再婚したばかりの両親が共働きで忙しい事もあって、俺と小町は仲の良い兄妹――一番近い家族としてずっと過ごしてきた。 …………あの時までは。
きっかけは、去年の春。俺の交通事故だった。
高校の入学式当日に、犬を助けようとして車にはねられたという出来事。幸い怪我が脚の骨折程度で済んだこともあり、俺にとっては間抜けすぎて黒歴史の1ページとして封印してしまいたいようなその事件は、しかし、小町に特別な想いを起こさせるスイッチになったらしい。
彼女が事故の知らせをどのような形で受け取ったのかは知らない。
俺が知っているのは、俺が運び込まれた病院の、処置室の隣の部屋(控え室とでも言うのだろうか)に顔面蒼白で駆け込んできて、俺がガラス越しに「よう」と片手を上げたのを見て……安心して泣き崩れた小町の姿だけ。
俺が急にいなくなるかもしれない、という恐怖。かつて一度、実母をやはり交通事故で失い、親しい人間が急にいなくなることの喪失感を知っている小町にとっては、俺の事故はとても笑い話に出来ない大事件だったのだろう。
入院中、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれていた彼女は、俺が無事退院を迎え、自宅に戻った日の夜、
「小町ね……、お兄ちゃんのこと、好きなの」
と、いつになく真剣な表情で言った。
「おう、お兄ちゃんも小町が好きだぞ」
と、努めて軽く返した俺に、
「違う、の。 ……小町はね、お兄ちゃんが……お兄ちゃんとしてももちろん大好きだけど、でも、男の人として……好きなの。 ……もう、ずっと前から」
リビングのソファー。きちんと揃えた膝。小町は、両手でスカートの裾をぎゅっと握り締め、恥ずかしそうにしながらも……はっきりとその想いを口にした。
「……なんで、急に?」
俺は驚かなかった。
もとより血がつながっていないことなど最初から承知の上。その上で、小町が俺に親しげに見せる表情の、態度の端々に――ただの兄に向けるとは思えない熱を感じることも、決して少なくなかったから……。
「あのね、小町はお兄ちゃんが事故にあったって聞いて……いっぱい怖いこと考えちゃったの……」
その時のことを思い出しているのか、小町は沈鬱な表情を見せて視線を足元に落とす。
「今回は骨折で済んだけど……でも……でも、ね、小町の気持ち、お兄ちゃんにちゃんと伝えておかなきゃってそれで……」
そう言って彼女は再び視線を上げ、
「ね……お兄ちゃん、こんなこと考える小町のこと、嫌い?」
そう不安げに聞いてくる。
「あのな、天地がひっくり返ったって俺が小町を嫌いになるとか無いから」
まったく何を心配しているのかと思えば。……けれど、彼女はさらに言葉を続ける。
「じゃあ……じゃあ、ね、小町のこと、妹じゃなくて……その、一人の女の子として見て欲しい、って言ったら……?」
それは……俺が俺自身に投げかけていた問いでもある。
中学生になってから急速に女の子らしくなってきた小町――血の繋がらない魅力的な女の子。いくら家族として暮らしてきているとはいえ、まったく意識しないというのは不可能だった。
まして――ここで白状してしまえば、まだ従妹だった頃の小町は、俺の……まだ初恋とも呼べないような幼い恋の相手でもあったのだから。
けれど、お互いの気持ちを認めてしまったら、いずれ家族が壊れてしまうのではないかという不安もある。ひとつ屋根の下、ご近所的・社会的には普通の
堂々と恋人とは名乗れないし、少なくともしばらくは両親にも秘密にするしかないだろう。 ……きっと苦しい恋になるであろうことは想像に難くない。 ……それに……。
「……小町は、俺の大事な妹だ」
しばしの沈黙の後にようやく紡がれた俺の言葉に、小町の顔は悲しげに歪み、その双眸にはみるみる涙が溜まってくる。
「……けど、俺の一番大事な女の子でもある」
「え」
小町は目を丸くする。限界を超えていたなみだが
「おにいちゃん、それって……」
「なあ、小町。 ……両方じゃ駄目か? 俺にとって小町は大好きな女の子で、けど、大事な大事な妹なんだよ。 ……だからその、な、ずるいかもしれんが今はまだ……」
小町はそんな俺のしどろもどろな様子を呆れたように見てクスリと笑い、
「しょーがないなぁ。ほんと、このお兄ちゃんてばシスコンなんだから~」
そう言ってようやくいつもの小町らしい笑顏を見せてくれた。
「おう、千葉の兄貴を舐めるなよ!」
「ぷ、なにそれ……でも
そう言って小町は俺にぴったりと身を寄せ、いたずらっぽい顔で俺を見上げてきた。 ……彼女のほんのりと上気した顔と、かすかに震える手に、俺は気付かないふりをする。
俺と小町は、その日初めてのキスを交わした。
**********
「ね、料理もう並べてあるから一緒に食べよ」
小町に手を引かれ、二人きりで囲むクリスマスイブの食卓。未だ仕事中の両親には悪いが、俺は幸せだと思う
リビングの真ん中にどんと置かれた家具調の大きな炬燵。その上に、ケンタのパーティーバーレルとやや小ぶりのクリスマスケーキ、それからちょっとしたオードブルが並べられている。
比企谷家にとっては例年通りのクリスマスの食卓。
俺たちはいつものように向かい合わせの席で食事をとる。
しばらくして、小町は何を思ったか突然席を立ち上がると、
「へへ、お・に・い・ちゃんっ」
そう言って俺と炬燵との間にすっぽりと潜り込み、座椅子にもたれかかるかのように俺に背中を預けてきた。
最近の、両親のいない時の小町の定位置なのだが……。
「小町、ちょっとメシの時は……」
そう、小町は可愛い。愛しい妹で恋人だ。が、流石に食事のときに目の前に座られるのは困る。つーか邪魔。すぐ目の前で揺れるサンタ帽のポンポンとか超鬱陶しい。
「えぇ~、もうけっこう食べたじゃん。 ……小町、お兄ちゃん帰ってくるのずっと待ってたのに~。だから、少しだけ、ねっ」
そう言って小町は上半身をよじるようにして振り向き、俺にキスをせがむ。
俺はかぶさるように彼女を抱き締めて唇を合わせる。時々舌先が触れ合い、お互いの呼吸が熱を帯びてくる。
「ふわぁ、あんっ……」
長いキスから開放され、ぽうっとした表情の彼女が、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。やがて小町は頬を真っ赤に染め、意を決したようにして口を開いた。
「……小町ね、その……お兄ちゃんに……小町をあげたいの……クリスマスプレゼント。 だから、小町には、お兄ちゃんを……そのプレゼントして……ほ、ほしいなって……そのね」
「え、そそそれって……そのあのアレだ……エ、エッチ……しちゃって……いいの?」
「ちょ、……お兄ちゃんのばかっ。ぼかして言ってんのにそこ聞き返さないでよ恥ずかしいじゃん!!」
「お、おう、なんかスマン……」
「まったくホントにいつまで経っても八幡なんだからっ」
「いやだから、八幡は悪口じゃ…………」
「えいっ」
最後まで反論する前に、小町に押し倒された。
「えへへっ、大好き。大好きだよ、お兄ちゃん……」
炬燵で温まった小町の手が俺の頬に触れてくる。俺は彼女の背に腕を廻し……二人、抱き締め合うようにキスを交わした……。
他のキャラの平均の倍の尺、二段構成……えこひいきですね。でもこれは「小町ポイント」の話だから仕方がないのです。
5月28日 誤字修正 報告感謝です