博麗育成計画   作:伽花かをる

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八話 カゴの中の人間は。

 恐怖を誘う、白金の声色が鼓膜を撫でた。

 

 ――両者に寒気が走る。

 

 

「――ッ!」

「――っ!?」

 

 

 博麗霊夢と霧雨魔理沙は同時に後ろを向いた。

 幼気が残ったその声は、彼女らの背面から聴こえたのだ。

 脳髄を微動させる囁きに身震いし――その挙動は、反射的なものだった。

 

 

「えっ――」

 

 

 博麗霊夢は背面に振り返り、白金の声色で歌を奏でた者を見た。

 その者は、レミリアを模した人形のような幼子だった――もし金髪でなく銀髪だったなら、恐らく見分けが付かなかっただろう。それほど彼女はレミリアに似ていて、確かな血の繋がりを感じられた。

 

 間違いない――こいつが、フランドール。

 長年地下に監禁された凶悪な吸血鬼。

 

 

「――ねぇそこの白黒い人」   

 

 

 フランドールは歌を中断し、魂から魅了されそうな蠱惑的な声で魔理沙を示した。

 

 

「な――な、何だ?」

 

 

 魔理沙は震える喉で、何とか声を出した。

 緊張して魔理沙の喉は震えているのではない。大妖怪吸血鬼から自然に漏れ出る威圧に当てられ発声が困難になった――そんな訳ではない。

 

 ――ただ、見惚れてしまったのだ。

 

 血液の如し紅眼を直視した途端、一瞬魔理沙の心はフランドールに奪われてしまった。

 吸血鬼の――『魅了の魔眼』。

 絶対服従の眷属を創る、吸血鬼の能力の一つ。

 ……だが魔理沙には魔法使い故に持つ抗体がある。対魔力、対魔素と言われるそれ。

 だから魔理沙にフランドールの魔眼が効いたのは一瞬で、すぐに元の状態から回復した。

 

 ――ちなみに対魔力を持たない博麗霊夢は、

 

 

「お嬢さん。良ければ私にキャミソールと子供パンツをくれないかバシュバッ!?」

 

 

 ――と、魔眼の効能をたっぷり味わっていた。

 

 魔理沙はすぐに博麗霊夢の背中を強く殴打し、博麗霊夢の身体に魔理沙の魔力を流して魔眼の毒素を取り除いた。

 博麗霊夢の身体に流れるのは霊力なので魔力との親和性が無かったからか、体内で自分の霊力として取り込めず博麗霊夢は泡を吹いて前に倒れた。だが、すぐに起き上がり「ぜーぜー……」と疲労困憊という感じに顔を青くしていた。

 

 

「……ま、マリサさん。こ、呼吸が。こきゅうが……」

「我慢しろ。ロリコン百合女って言われないだけマシだろ。多分、霊力を循環させたら治るんじゃないか?」

 

 

 魔理沙の強引な療法だったが、あれはただ魔眼の毒素を魔力の毒素で上書きしただけなのだ。

 どちらも博麗霊夢からしたら害しかないが、それでも魅了され操り人形になってしまえば、いよいよ解決法が無くなっていただろう。なら、まだ魔理沙の毒素のほうが洗い流しやすい。

 博麗霊夢は体内の霊力に意識を向ける。

 汚れた食器を、水で洗い流す感覚。

 血液と共に身体中を巡る毒素を、霊力で洗浄する――生まれつき霊力コントロールが得意な博麗霊夢なので、刹那に毒素を追い出すことができた。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一つ、息を付いた――その、次の瞬間、

 

 

「――危ない霊夢ッ!!」

「――っ!?」

 

 

 突如、魔理沙に押し飛ばされた――かなり遠くまで押し飛ばされた。

 背中を床に強く打った。

 

 

「いっ、たぁ……ちょっと魔理沙っ! なにを――」

 

 

 博麗霊夢は先程まで自分が居た所を見た。

 

 それを見た途端――背筋に冷たい物が走り、恐怖で内蔵が凍り付いた。

 

 

「――炎の、柱」

 

  

 そこには、夥しいまでの熱があった。

 ――渦状に天を衝く、炎の花。

 日本人がよく好む花火とは全く別物で――それは美しくはあるが感動は沸かさず、ただ恐怖を呼び起こす芸術とも言える厄災だった。

  

 

「――なんで、私のはなし、聴かないノ?」

 

 

 白金の声が、博麗霊夢らの鼓膜を撫でた。

 途端――部屋の空気が、凍り付く。

 

 

「無視しないでよ。フランはただ()()()()()()()()()だけなのにっ!」

 

 

 フランドールが指差すところは、先程魔理沙が床に落としてしまった白黒の人形があった場所だ――だがその人形は、炎で既に、灰すらも無くなって完全消滅している。

 

 もし避けなければ、私達もアレのように――博麗霊夢と魔理沙は、回避した未来を想像し肝を冷やした。

 

 否、そうではない。

 

 ――これから訪れるかもしれない未来を想像したのだ。

 

 フランドールが手に持つあの大剣。炎渦巻く剣を振り、あの炎の柱は生み出された。

 炎が天を衝き、部屋の天井の一端を蒸発させた場面を、魔理沙は尻目で見ていた。 

  

 フランドールは「あ、あぁ……」と呻き声を上げた。

 いや、呻き声ではない。

 呻き声と言うには、声色が明るすぎる。

 それに――フランドールの表情は、一転して笑顔になっていた。

 

 

「わたしの、私のお人形が――あった!」 

 

 

 フランドールは魔理沙を指差した。

   

 

「えっ、わ、私っ?」

「うん、あなた。フランは分かるわ。人間になったのでしょう?」

 

 

 ウフフっ、と貴族令嬢のように笑むフランドール。

 そういえばあの人形、私に似てたなぁ――と、魔理沙は思い出した。

 だが、自分は人形じゃない。人形が着そうな服装に、西洋人形的な金髪をしているが、それでも自分は人間だ。魔法使いの人間だ。

 もしや自分は、自覚無いだけで本当は人形なのか?――腕を切れば、綿が出て来るのだろうか?

 色々と、自分が人形である可能性を考える魔理沙だが、やはりどう考えても霧雨魔理沙は純粋な人間という結論が出る。

 人の物を許可なく借りる汚い人間かもしれないが、それでも魔理沙が思うところの霧雨魔理沙は人間だ。魔法使いだが、それでも人間なのだ。

 

 だがフランドールは、魔理沙を人形と言う――

 

 

「ねぇステファニー。フラン、あなたが人間になってくれて嬉しいわ」

「……いや、生憎だがお嬢さん。私はステファニーでもなければ人形でもない。霧雨魔理沙という、魔法使いな普通の人間だ」

「何を言ってるステファニー? 人間になって痴呆になった? 頭が可笑しくなった? 頭に違う綿が入ったの?」

「さぁな。頭を切開してみたら分かるだろうがな」

 

 

 魔理沙はいつもと調子でフランドールと話した。

 魔理沙が好む、冗談を冗談で返す話術。

 この話し方は、魔理沙の癖のようなものだ――だが、()()()()()()()()()()()

 それは、パチュリーから聞いていた事だ。

 フランドールは、素直が過ぎる娘だと。

 

 

(いつもの調子で話すなって注意されていたのに――失敗した)

 

 

「あ、そうだねステファニー。じゃあ、穴あけよっか」

「――ッ!」

 

 

 魔理沙はまだ困惑している博麗霊夢を抱えて魔法具の箒に乗った。

 そして、今いる場から離れる――先程と同じような炎の花が、居た場所にもう一輪狂い咲いた。

 

 

「あっ、間違えた……(これ)じゃあ焦げちゃう。頭に穴を空けるなら、針が一番だよね――いや、まずは、逃げないように閉じ込めなきゃ」

 

 

 そう呟き、フランドールはポケットから一枚のカードを取り出して、堂々と宣言した。

 

 スペルカード発動――

 

 ――禁忌『カゴメカゴメ』。

 

 そう宣言した次の瞬間、翠色の弾幕の籠が、魔理沙と博麗霊夢を包囲した。 

 

 

(――やばい。

 これ、予想していた中で一番最悪な展開じゃないか……)

 

 

 恐らく戦闘にはなるだろうと思っていた魔理沙だが――これでは、()()()()()()が果たせそうにない。

 

 

(何とか、霊夢だけは逃さなくちゃ……)

 

 

 そう思いながら、魔理沙は鳥籠の中で逃げ回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  


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