博麗育成計画   作:伽花かをる

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七話 普通の魔法使いの考察。またはそれを、妄想と言う。

 

 

 

 ――今代の博麗の巫女は弱小。

 

 

 その正しい認識がある者――それは当人の博麗霊夢を除けば、少数人しかいない。

 

 一人は霧雨魔理沙。

 そしてもう一つは、博麗霊夢を博麗の巫女に選定した妖怪の賢者『八雲紫』と――その従者の、九の尾を持つ妖狐。

 博麗霊夢の事情を認知している者は、恐らくその者らくらいだろう。

 

 強いて言うなら先代の博麗の巫女も枠中に入るが――その先代が博麗霊夢の物語に関与する機会は恐らく無いので、頭数に入れる必要はない。

 

 ――つまり。

 

 博麗霊夢の博麗の巫女にあるまじき弱さを認知している者は、上記の者のみ。

 ――()()()()()()()()()()()は、その者らのみなのだ。

 

 八雲紫とその従者、そして霧雨魔理沙は、博麗霊夢の数少ない味方だ。

 絶対に博麗の秘密について口を漏らさない。

 そう思い当人の博麗霊夢は、彼女らを信頼している。

 

 ――否。

 本当の意味で信頼しているのは魔理沙だけだ。

 

 八雲紫が博麗霊夢を裏切り、他者に秘密を教える可能性は必ずしも無いとは断言できない――なにぶん八雲紫は妖怪なので『絶対』などとは言えないのだ。

 

 だが八雲紫の幻想郷に対する愛情が枯れない限り、八雲紫は博麗霊夢を裏切らないはず。八雲紫をよく知っている博麗霊夢だからこそ、万が一の可能性が起こらない限りは無いだろうと断言できる。

 

 それはあり得ない未来だと、博麗霊夢は思っているのだ。

 

 八雲紫が幻想郷に注ぐ愛は恒久的に尽きぬ物だと、まるで人類の滅亡の可能性を否定する人間と同様に――博麗霊夢も、恐らくは思い込んでいる。

 

 とは言え今はそんな仮定はどうでも良くて――つまるところ何を言いたいのかと言えば、それは博麗霊夢の『秘密漏洩の危険性』についてだ。

 

 幻想郷には気性荒々しい妖怪が多く存在する。

 

 その妖怪共を制するのが博麗の巫女の仕事だ――今は博麗霊夢の荒唐無稽な噂が抑止力になっているせいか、無法にも妖怪の不可侵が約束された人里に住む人間に危害を与える妖怪は()()()()居ない。

 

 だが――抑止力になっている噂が無くなって、更には博麗霊夢の弱さが知れ渡れた場合、幻想郷の平穏は乱される事だろう。

 法があっても、裁く者は居ない。

 そんな環境下なら、妖怪でなくても荒れる――火を見るよりも明らかだ。

 

 故に、博麗霊夢が本当は弱いということは誰にも知られてはいけない。

 

 一人にでも知られたら、それが崩壊の亀裂になるかもしれない。

 

 なのに――十六夜咲夜にバレてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

      ☆

 

 

 

 

 

 

(――ドドドドッ、どうしよぉうぉ!?)

 

 

 博麗霊夢は今、一秒間にまばたきを十回も繰り返すほど焦っていた。

 いつの間にか、十六夜咲夜に博麗霊夢の秘密がバレていた。

 元より何となく直感では怪しんでいたけど、まさか当たっていたとは――思いもしなかった、とは言わないが、はっちゃけた咲夜を見てしまって気の間違いだったと断定しつつあった為、油断していた。

 

 

「いててて……咲夜の奴、何も言わずに突き飛ばしやがって――って。れ、霊夢!? お前、汗とまばたきが凄いっ、ていうか気持ちわるいっ!」

 

 

 全身から汗を噴き出している博麗霊夢から二歩距離を取った魔理沙。

 反射的な行動故に避けた先を見ていなく、肘に物が当たった。ポフンと、軽い落下音が聞こえた。

 

 

「おっとしまった。壊したら弁償代が――まぁ払わないが」

 

 

 落下物を確認するため、魔理沙は目を下に向けた。

 そこにはウェーブがかった金髪の、黒のドレスに白のエプロンを着重ねた少女を模した、出来の良く簡単に破れなそうな素材で編まれている縫いぐるみが落ちていた――まるで自分のようだと、魔理沙はそれを見て思った。

 

 

「ぬいぐるみ……だよな? ていうかここ――」

 

 

 魔理沙は部屋をぐるりと見渡した。

 困惑していて気付いていなかったが――博麗霊夢と魔理沙が居るそこは、まるで子供部屋のようだった。

 

 真紅の床に散らばった玩具。

 絵本や魔導書が一緒に入っている整理されていない本棚。

 それと――カーテンが空いた、白いベット。

 

 

(まるで貴族の子供の部屋の見本のようだ――)

 

 

 そんな感想を魔理沙は思った――否、思ってしまったと言うべきか。

 ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。

 

 

(――これが、495年も生きた妖怪の部屋? いや、これは流石に、あり得ないだろう)

 

 

 魔理沙はこの部屋の有様を見た途端、触れていけない禁断の果実に手を伸ばしたかのような錯覚を覚えた。

 恐らくその錯覚は、普通にこの部屋を眺めただけでは感じないモノだろう。

 実は訳あって、この部屋に閉じ込められた吸血鬼の事情を知っている魔理沙だからこそ――感じた戦慄だ。

 

 ――吸血鬼、フランドール。

 

 先天的に持つ『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』の影響のせいか、人格に障害がある吸血鬼。

 俗に言う『サイコパス』的な思考と、元の万物を破壊する能力を危険視されて同族に地下に封じ込められた憐れな吸血鬼。

 

 ――それらの情報は、簡単にではあったがついさっきレミリアが言っていたことである。

 だが魔理沙は、もっと深くフランドールの事情を知っていた。

 

 

(おいおい、これは嘘だろ……495年も生きているんだぞ? なのに、この部屋から伺える精神的年齢は――どう見ても、()()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 

 妖怪は長命なぶん、人間よりも身体の成熟が遅く、そして精神は容姿に引っ張られやすい。

 先天的に妖怪な者は、ある資料によると誕生してから約15歳までは、人間と同じ成長速度で育っていくと言う。それを超えた後は、種族差や個人差もあるがゆっくりと成長していく例が多い。

 一部の妖怪には違う成長の仕方のもいるらしいが――少なくとも生まれおいての吸血鬼であるフランドールはその例外には当て嵌まらないはずだ。

 

 そのはず、なのだが、

 

 ――この部屋の状態から読み取れるフランドールの精神年齢は、明らかに通常の成長をしていない。

 成長が停滞している。

 本来ならば、5歳差の姉と同じくらいの精神年齢であるべきだろう――まぁレミリアもレミリアで、相当子供っぽい妖怪で、500歳というか500歳児と言うべき妖怪ではあるのだが……それは人格が容姿に引っ張られやすいという、妖怪特有の性質のせいでもあるだろうし、それにあんなレミリアだが、全部が全部、子供的というわけでもない。

 あぁ見えて、案外切れているのだ――日頃は間が抜けているレミリアだが、スイッチが切り替わると別人のように貫禄が出る。年齢相当の人格が、裏に潜んでいる。

 

 ――だが、この部屋を見渡す限り、フランドールはどうだ?

 

 レミリアのような側面の人格が、全く無いように思える。部屋は人を表すが、どう見てもこれは純白の幼気。混じり気のない、邪悪なまでの童心の表れ。

 

 

(……多分これは、フランドールが閉じ込められた時点に停止した風景だ。人智を超えた非現実的な能力による結果ではなく――抽象的に画かれた『時間停止』。

 ……余りにも残酷だが、()()()()()が、それを表しているとしか思えない)

 

 

 魔理沙の仮説は、あくまで仮説に過ぎない。

 結局は妄想だと、吐き捨てることは簡単だ。

 

 だが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――魔理沙の思考はどうしても、悲哀的な方向に行ってしまう――

 

 

「――魔理沙、どうしたの?」

 

 

 黙り込んで額に汗を浮かばす魔理沙の急激な変化に気づいた博麗霊夢は、魔理沙の顔を覗き込んだ。

 博麗霊夢が心を落ち着かせていた間に、妙に深刻そうな顔付きをしていた。

 友人の珍しい表情に、博麗霊夢は魔理沙の体調の心配をした。

 

 

「いや、大丈夫だ霊夢。ちょっと、考え事をしていて……」

「何かあったの? 見る限り、子供部屋っぽいだけで何にも無いけど」

 

 

 魔理沙が考え込んでいた最中にぐるりと周囲を確認していた博麗霊夢だったが――魔理沙が感じたような気持ち悪さは、特に感じていなかった。

 

 ――さてはて、

 

 いったい、どちらの『勘』が、正しいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――かーごーめ、かーごーめ。

 

 かーごのなーかのトーリーは――」

 

 

 

 

 

 

 

 


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