「で、結局貴方なにしにきたのよ……」
パチュリーは、若干本筋から離れていた話題を引き寄せた。
そうである。ハプニングのせいですっかり忘れていたが、博麗霊夢らは紅魔館の地下深くに眠る財宝を追い求めにきたのだ。
「えっと、金銀財ほ――じゃなくて、えーと」
「暇潰しで来たんだよ。私も霊夢も」
危うく口を滑らせそうになった博麗霊夢だったが、すんでのところで魔理沙がフォローしてくれた――そう暇潰し。博麗霊夢は暇潰しで紅魔館に訪れたのだ。そういう設定だ。ちゃんと話を合わせなくては。
「そ、そうなのよ。案外、博麗の巫女の仕事は暇が多くてね。アンタらついこの間異変を起こしたばかりだし、また良からぬことを目論んでいないか監視ついでで来たのよ」
「それ、私達に言ったらお終いよね。まぁ、それなら良いんだけど――ちなみに地下に渡る階段はあっちよ」
「きんギンざいほぉぉぉぉぉ!!」
「れ、霊夢っ! 戻ってこい!」
金に目が眩み、パチュリーが指差す方向に全力疾走する博麗霊夢。
巫女服の袖を掴み暴れ馬の如き博麗霊夢を止める魔理沙は、ペチペチと頬を叩きあちらの世界から此方の世界に連れ戻そうとする――が、その程度の衝撃では、金に盲目になっている博麗霊夢は止められない。
「カネェェェェェェ!!」
「あぁ駄目だこりゃ。目が『¥』になってやがる……」
「……噂には聞いていたけど凄い守銭奴っぷりね。ねぇ魔理沙。この子、表情筋が固くて上手く感情を表せないとか言ってなかったっけ? それにしても乙女にあるまじき、般若のような形相を浮かべるけど……」
「流石は私の霊夢ね! その悪魔顔負けの貪欲さ。流石霊夢だわ……!」
「おいそこの引き篭もりと狂信者! 手ぇ空いてるなら霊夢止めるの手伝ってくれ! こいつ、脳のリミッターが外れてやがる! 人間の力じゃないぞ!」
今の博麗霊夢は人間ではない。
幻想郷に彷徨う
「私、運動苦手なのよねぇ」
「私、今ちょっと貧血気味で……」
「この妖怪共使えねぇ! おーい霊夢! ダンジョンで金銀財宝見つかったら全部お前にやるからさ、今はちょっと待てくれ。なぁ?」
「……金銀財宝、ぜんぶ」
その言葉を聞いた途端に博麗霊夢の挙動は停止した。
金銀財宝。全部独り占め。
想像するだけで口から涎が湧き出る。
「うへぇ。うへへへへへっ」
「キモっ! 表情キモっ! 具体的に言うと殻を外したカタツムリくらいキモっ!」
「つまりナメクジ並のキモさということね。まぁ、そこらへんの好悪は人によるだろうけど……。
ちなみに日陰の魔女の雑学なんだけど、マイマイとナメクジって、生物学的には同じような生き物なのよね。殻の有無で愛嬌があるように見えるんだから、変な生き物よね」
「私、ナメクジは嫌いだけど、カタツムリは特になんとも思わないわね……エスカルゴは嫌いだけど」
「エスカルゴ? なんだそりゃ。カタツムリの別名か何か?」
「食べ物よ。私は好きじゃないけど……気になるなら後でうちのメイド共に調達してきて貰うけど」
「んや、別に良いや。私は好事家だけど、カタツムリの話題から派生した食べ物なんて得体知れないし」
「……貴方、昨日
「あれは不味かったな。今度霊夢にも食わせでやるか。
――で、そろそろ復活したか、霊夢?」
「……一応ね」
二人の魔法使いと一人の吸血鬼がくり広げる異色な会話を清聴していた博麗霊夢――実は、レミリアがエスカルゴなる食材が苦手だと告げた辺りから、我を取り戻していた。
意識が金銭欲に支配されていたのでその間のことは全く記憶にあらず、博麗霊夢の視点からすれば十秒くらい時間が飛んだ感覚があった……それ故か復活を遂げてからの数秒間は混乱しており、状況を整理するまでずっと口を閉ざしていたのだ。
確か、記憶が飛んだ原因――金欲の権化となった原因は、パチュリーの一言だ。
博麗霊夢の思惑を、知っているかのような発言。
「あれ。そういえば何でアンタ、私の目的を知っているの?」
「あぁ、その話に戻るのね……。
えーと貴方達、地下室に用があって来たのでしょ?
大方、そこの探究心溢れる泥棒の甘言で釣られて同伴してるのでしょう?
まぁもしもの保険として、博麗の巫女という最強のカードを用意したわけでしょうし――ということは当然、
ふふっ、知恵人の蛮行ほど滑稽なものは無いわよね。貴方もそう思うでしょ、博麗の巫女」
「……おいパチュリー、話が独り歩きしていないか? 霊夢の質問にイマイチ答えてない解だ」
そう言葉を返したのは、博麗霊夢ではなく魔理沙である。
苦々しい表情で、パチュリーを見据えている。
「あら失礼。犯人を追い詰める探偵役の気分になって、口から言いたいことが流れ出て……つい、ね。
さて、ではキチンと博麗の巫女の質問に答えるとしましょう。
そうねぇ。言うなら――『先の展開を読んでいた』から、かしら」
「……どういうことだ?」
そう言葉を返したのも、博麗霊夢ではなく魔理沙だった。
パチュリーは長々と所感を語り紡ぐ。
「実は魔理沙が前日、地下への階段を発見した頃からここまで展開は予想していたのよ。
探究心が強いという魔法使いの性質。それが並より強い貴方のことだから、きっと立ち入り禁止の看板を蹴り倒して行くだろうなぁと予想していた。ただそれだけよ。
博麗の巫女の同伴に関しても、さっき言った通り。
あ、あとついでに言うと、博麗の巫女は紅魔館のことをあまり良く思っていないってこの間とある泥棒が言っていたから――何か目的が無い限り、私たちとの干渉は拒むと考えてね。まぁその予想については勘の要素が強かったけど、とりあえず鎌をかけてみた。上手くいって良かったわ」
「……私、鎌を掛けられただけだったのね……」
では墓穴を掘ってしまっていたのか――いや、どうせ目論見は最初からバレていたわけだし、遅かれ早かれ計画は失敗していたか。
パチュリーの推測は九割方正解なわけだし。
ちなみに残りの一割は、博麗霊夢を『最強のカード』と称したところから減点した。
「――よし、パチュリー。交渉をしよう」
魔理沙は唐突に言った。
まぁ確かに、このままでは強行突破しか手はない。しかもその場合お荷物(スペカ補給員)の博麗霊夢を抱えてレミリアとパチュリーの二人を相手に立ち回らなければいけない。そんな絶体絶命な未来を予想できてしまう以上、口頭で勝負するという選択もあり得るだろう。
とはいえパチュリーを言い包めれるかは疑問なところだが。
「何かしら魔理沙」
「霊夢のおっぱいを捧げるから、せめて私だけでも地下へ行かせてくれ」
「………………」
「いや悩むんじゃないわよアンタ!」
当人の意志を外した交渉である。ていうかそれでは魔理沙しか得しない。博麗霊夢はただの生贄だ。
顎を触りながら熟考するパチュリー……そこまで同性の胸に興味があるのだろうか。自分の触れやとツッコミを入れるべきだろうか。というかあの秘書あってこの主ありである。
パチュリーの性癖を疑う博麗霊夢だった――
「……いや、それでも駄目よ。確かに博麗の巫女の血肉には、魔術的な価値がありそうで悩むけど」
――と疑っていたが、どうやらその心配は不要のようだ。
むしろ博麗霊夢が身の心配をすべきだった。
「いや、揉むだけだぜ?」
「そうなの、残念ね……まぁどちらにせよ駄目よ。貴方達を地下に行かせるわけにはいかない」
頑固拒否という感じである。
そこまで頑なにされると、魔理沙ほど探究心が高くない博麗霊夢でもつい蓋を開けたくなってしまう。
むぅーと頬を膨らませながらパチュリーを睨む魔理沙。
このままでは埒が明かない。
そう思った博麗霊夢は、将を射んと欲すれば先ず馬を射よという言葉に倣い、まず先に馬を射ることにした。
本をパラパラ捲って遊んでいるレミリアをまず落とす。
「ねぇレミリア」
「う? なーに霊夢」
「私、地下に行きたいなー」
「良いわよ」
「れ、レミィ!?」
あっさりと、こちらが射る前に寝返ったレミリアに、パチュリーは焦りを隠せないでいる。
「別に良いじゃないのパチェ。だって霊夢よ。私の霊夢よ。
霊夢なら安全だって」
「いや、いくら博麗の巫女でも、あの子の相手は厳しいんじゃ……」
「ダイジョーブダイジョーブ。霊夢は私に勝ったんだもん。あの子を制するくらい楽勝でしょう」
「……まぁ、確かに博麗の巫女ならば」
――歴代最強の巫女、博麗霊夢ならば。
そう言いたいのだろうがところがどっこい。
生憎、博麗霊夢は史上最弱の博麗の巫女であり、飛行能力がある以外は普通の人間並の力しか有していない。
だが虚像の存在だとしても、『最強』と謳われる博麗の巫女でも危険と言わざる得ないらしい紅魔館の地下……もしや博麗霊夢が想定している以上に、そこは危険な地帯なのだろうか。
メインウェポン『MARISA』を装備している状態でも攻略が困難かもしれない場所――急激に、ダンジョン攻略してやるぜぇという熱い意欲が冷めていくのを感じる。
「お、何とかなってよかったな霊夢。じゃあ行こうぜ」
「……魔理沙、やっぱ止めない?」
「えー。せっかく来たんだしさ、せめてちょこっとだけでも……」
そのちょこっとで落命したらどうするのだ。
しかも魔理沙の言うちょこっとだ。絶対に五面くらい攻略するつもりである。
「ちょっと。なに魔理沙まで付いていこうとしてるのよ。私が認めたのは霊夢だけで、別にあなたは許可してないわ」
「「はっ?」」
レミリアの追白に、魔理沙と博麗霊夢は驚きの声を上げた。
つまり博麗霊夢の単機プレイ――史上最弱の巫女、博麗霊夢の単身出撃。
死の未来しか見えない無謀な挑戦だ。
「えーとレミリア?」
「なに霊夢?」
「私、一人じゃ心細いなぁ、なんて……」
「大丈夫よ霊夢なら。ボム使用を縛っても攻略可能よ」
「まぁ、どちらにせよ縛りプレイだけどさ……」
でもそれは、スペルカードの使用を自ら縛っているのではなく、単に発動できないだけである。
「えーとレミリア。戦力は多いに越したことないし、私もついて行きたいんだが……」
あくまで霊夢の付き添いというふうに装ってレミリアに懇願する魔理沙。
――本当は魔理沙が主力の癖に、あたかも博麗霊夢が主戦力であるという体で話を進めてくれる。
博麗霊夢は、本当に気立ての良い親友を持った――博麗の巫女は妖怪を灸する調停者としての役割上、妖怪に軽んじられてはいけない。故に、妖怪の目前で失態を晒すことは許されない。
――だが博麗霊夢は、今日この日まで何故失態を冒さなかったのか不思議なくらい弱い。
それはもはや言うまでもないが――少なくとも今この地位を保てているのは、博麗霊夢の幸運もそうだが何よりも魔理沙のお陰である。
彼女に博麗霊夢の真実を黙秘し、しかもフォローまでしてくれるお陰で、博麗霊夢は何とか博麗の巫女の看板を背負っていられている。
魔理沙には下げた頭が上がらない。
――だが逆に言えば、『博麗の巫女』は魔理沙が陰から支えることで初めて成り立つ。
霧雨魔理沙と博麗霊夢は陰と陽。
互いに対立しながら依存し合っている『陰陽』と表すには、対立などせず手を繋ぎ合っている彼女らには少しばかり相応しくない言葉だが――限りなく、この二人は陰陽の関係に近い。
真逆の存在故に同体。
どちらかが欠ければ、博麗の巫女は成り立たない。
だから――霧雨魔理沙が同伴しなければ、『博麗の巫女』にさざ波が立つかも――そんな不安が、二人の心の深奥で生じる。
「なぁレミリア。確かに霊夢は歴代最強の巫女と呼ばれてはいるが、こんなんでも一応人間なんだ。うっかり階段で足を滑らせてそのまま死亡とか、そんな不慮の事故があるかもしれないじゃないか。備えあれば憂い無しって言うだろ? 私はあくまで霊夢の『備え』として同伴したいんだ」
「そうよレミリア。私だって人間だもの。頭を強く殴打すれば死ぬ。まぁ私は史上最強の巫女とか呼ばれちゃってるし? 簡単には死なないけど……それでも、もしも以上のもしもがあるかもしれないでしょ。ねぇ?」
「う、うー。そ、そう言われてもねぇ」
魔理沙だけではなく博麗霊夢からの説得あってか、レミリアの心の天秤は揺れまくる。
だがついに自分では決め兼ねないと判断したのが、隣の相方に判断を委ねる。
「ね、ねぇパチェ! どうしたら良いかしら!」
「……正直、まだ未熟な魔理沙に行かせるべきではないと思うわね」
「わ、私は弱くないぞ!」
「まぁ弾幕ごっこでは、ね。でも通常の戦闘は不得手でしょ、貴方。
――地下にはね、危険な生物が住んでいるの。その子が貴方達のルールに従って弾幕ごっこで遊んでくれるとは限らない。まぁあの子の性格的に、恐らく弾幕ごっこで済むと思うけど――
そのもしもに遭ってしまえば、博麗の巫女はともかく魔理沙は確実に命を落とす。
だから私は、貴方達を行かせたくないのよ。
これは日陰の魔女の、とても珍しい親切心よ」
「……でもさぁ」
パチュリーが地下への道を阻む理由を吐露してもなお、魔理沙は食いつく。
諦めようとしない魔理沙の様子を見たパチュリーは、はぁと腹から出すような重い溜息を吐いた。
「そうね、じゃあチャンスを上げるわ。
――力を示しなさい。私の満足が行くほどの力を示せたら、地下に進むことを認めるわ」
「――それで良いのか?」
「えぇ。まぁ、無理でしょうけどね。貴方の実力では」
ニヤリと挑発的な笑みを、キャラに合わずも浮かべるパチュリー。
「――かはっ。それはそれは、面白いじゃないかパチュリー」
そしてパチュリーに相対し、受けて立つという感じに睨む魔理沙。
「――クックック。面白いではないか」
「――えぇ、面白い展開ね」
そしてそして、完全にガヤと化したレミリアと博麗霊夢は、共に声の調子を良くする。
審判は承ったという顔付きのレミリアは、相対するパチュリーと魔理沙の間に立った。
「簡単にパチェと戦うのでは面白くない――そう思うでしょ、パチェ」
「いえ全く」
レミリアの提案を即断するパチュリー。
が、レミリアは「最後まで聞け」と諭したのちに、ゴホンと咳き込んで仕切り直しをした。
「――何の試練もなく、簡単にパチェと戦うのではつまらない。
なので私は、前座として我が紅魔四天王の一柱にしてソロモンの72柱の序列8位である『バルバトス』をここに呼ぼうと思うのだ。クックック、バルバトスだぞバルバトス。あやつは紅魔四天王の中では最弱だが……まぁバルバトスくらいの奴でなければ、霧雨魔理沙に勝機はない故な。
――まぁ、というのが表向きの理由なんだけどね。
実は実は、昨日、バルバトスが輝く漫画を読んだのよ。だからその漫画の再現をしたいの!
きっと彼なら、最後に霧雨魔理沙に
「……レミィ、あの雑魚まだ飼ってたの? ていうか多分、アイツもう死んだわよ。リンクを感じなくなったし」
「えっ、嘘でしょ……!」
「邪魔だからあっちで遊んでて」
「う、うん……」
お気に入りのペットが死亡したと聞かされてか、涙目でパチュリーと魔理沙から距離を取るレミリア。
そういえば大図書館に辿り着くまでに、バルバトスと名乗る輩と出くわしたような気がする――が、多分気のせいである。
そう思い、博麗霊夢はその思考を追い払った。
「――ねぇ魔理沙、ちょっといいかしら」
「なんだ霊夢」
レミリアと入れ替わり、魔理沙とパチュリーの間に立った博麗霊夢。
さっきからずっと言いたくて、でも場違いな気がして言えなかった気持ちを――博麗霊夢は吐露する。
「よく考えたんだけど、やっぱり無理して地下に行く必要なくない? そこの紫の魔女の話を聞く限り、頭の可笑しい奴が住んでいるくらいで、金銀財宝どころかダンジョンさえも無いんじゃないの?
まぁ、今更後戻りできないのも分かるし、場の流れ、展開的にはそうした方が面白いのも分かるけど……私、利益の無いことに命掛けたくないわ」
「…………霊夢」
魔理沙は博麗霊夢の名前を呼び――そして、満面の笑顔を向けた。
歯がキラリと光る、爽やかな笑みだ。
あぁ、なるほど。この笑顔で察した――つまり魔理沙はこう言いたいのだろう。
『空気読めよ』、と。
――魔理沙同様、博麗霊夢も笑顔を浮かべる。
表情筋が固い故、不器用な笑顔が形成されている。
笑顔を浮かべたまま、魔理沙とパチュリーから距離を取り、涙目で体育座りしているレミリアの隣に座った。
魔理沙は向日葵のような笑顔をもう一度博麗霊夢に向けた。
『それで良い』と、満足しているような笑みだ。魔理沙との付き合いが長い博麗霊夢には、造作もなくその意中を察せれた。
そして魔理沙は、その一連の出来事がまるで無かったかようにパチュリーを見据えた。
「――さて、覚悟は良いか日陰の魔女。せめて中ボスを相手するくらいの手間は掛けさせてくれよ?」
「ふっ、吠えてなさい未熟者。貴方のような人間如きの魔法使いモドキ、赤子の手を捻れるように地に伏せさせてあげる――それに、今日は喘息の調子が良くてね。本気で叩き潰してあげるわ」
「――お前の筋力で叩き潰せるほど、私の星は柔くないよ」
大気が震えるほどの、高密度の魔力を発する二人の魔法使い。
そして二人を、観客席から眺めている博麗霊夢とレミリアは――
「……めんどくさい。早く神社に帰って寝たい」
「……バルバトス、私の友達が死んじゃった……ていうか犯人は誰よ!?
――はっ! まさか昨日の漫画に出てきた伝説の妖怪『素材置いてけ』の仕業か!?」
――と、色々とぐだぐだしていた。