博麗育成計画   作:伽花かをる

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二話 ここは私が食い止めるっ! お前は先に行け!

「幻想郷に於ける遊戯と言えば、アナログでトランプで麻雀的なゲームが一般的だけどさ。やっぱ女たるもの、童心に返るような泥臭い遊びもたまにはしたいよな?

 ということで今日は大冒険を繰り広げたいと思っています」

 

 

 最高級茶葉を使ったお茶を、出涸らしと信じ込んで啜っている魔理沙は言った。

 

 

「ふーん」

 

 

 博麗霊夢は、言葉のボールを魔理沙に投げ返す前に、音を大きく立ててお茶を啜った――のちに生温い吐息を溢す。

 

 

「ふぅー。で、大冒険? なにそれ馬鹿なの死ぬの。今どき人里のガキ共でもやらないわよ。遊び金を作るため、子供が博打で荒稼ぎするような時代よ最近は。つーか冒険って言っても、狭い幻想郷なんだからちょっと飛び回ればすぐに一周できるわよ。そんな環境下で、魔理沙さんは大冒険を繰り広げたいとおっしゃるの? ――はっ」

「えっ。なぜ私、無表情で嘲笑する高等テクを見せられてるんだ? ていうか、よく無表情で蛮心を擽る顔を表せるな。超絶ウザいよ、霊夢――よし、ちょっと歯ぁ食いしばれ」

 

 

 連続で繰り出される博麗霊夢のウザ顔百面相(無表情)に怒りを覚えたのか、魔理沙は笑顔のまま立ち、下に敷いてある座布団を持って霊夢の隣に寄った。

 魔理沙は座布団を敷き、そこに座る。変わらず笑顔のままである。

 表情筋が固まっているゆえ表情は出せないが、霊夢も向日葵のような笑顔を返すように向けた。その途端、連続で拳が飛んできた。博麗霊夢は心の中で形成された笑顔を崩さずに、これを回避し続ける。

 

 

「っで! 具体的には大冒険ってなによっ!」

「大冒険ったら大冒険だよっ! 大海を渡り大冒険っ! 海賊王に私はなるっ! とかっ!」

「意味分かんないわよっ! つまり海賊王になりたいわけっ!?」

「ならねーよ私がなるのは魔法使いだけだっ! それに海も渡らん、ていうかまずそも幻想郷に無いしさ! まぁどちらにせよ危険な道を渡ることには変わりないがっ!――もっと具体的に話すと紅魔館のダンジョンなんだ」

「紅魔館……?」

 

 

 博麗霊夢的にはもう二度と聞きたくない、ある単語を魔理沙が言った刹那、嵐のような拳撃はひそりと止んだ。

 

 『紅魔館』。その名前は、博麗霊夢によって忌まわしき名である。

 つい一週間前のことだが、その紅魔館に住まう吸血鬼どもが『異変』と呼ばれる幻想郷を巻き込むレベルの大事件を起こしたのだ――『異変』は100年に1回の頻度で起こると言われているだけあって、博麗霊夢&博麗霊夢のメインウェポン『MARISA』の手腕でも、非常に解決困難と言わざるを得ないほどの事件だった。

 

 可能ならば、もうそこの屋敷の住人共とは関わりたくない。なにやら屋敷の当主に気に入られてしまっていた博麗霊夢なので、異変後から何度か博麗神社にそこの当主はメイドを連れて訪問してきているのだが、それも博麗霊夢は居留守を使って無視しているのだ。

 

 頼むから魔理沙だけで行ってくれ――そう言おうと思って口を開いたが、その前に魔理沙はあることを付け加えた。

 

 

「冒険と言えば金銀財ほ――」

「行きましょう」

「おう」

 

 

 急須と茶碗を台所に置き、博麗霊夢は外に出る支度を始めた。

 

 金のためなら即出陣。

 博麗霊夢は万年金欠なのだ。博麗の巫女の仕事は案外少ないので、稼げるときに稼いでおきたい。

 ちなみに博麗の巫女の主な仕事は世のため人のための『妖怪退治』なのだが、なまじ名声があるせいか、博麗霊夢の恐れて人に仇す度胸ある妖怪はあんまりいない。

 強いて言うなら先程のような面白半分で博麗霊夢にちょっかいを掛ける不埒者がいるのだけれど、ああいう輩はあくまで博麗霊夢個人に用があるわけなので、残念ながら依頼料は出ないのだ。    

 それだからつい偶に、あー誰か人里の人間襲わねーかなーと、そんな博麗の巫女らしからぬことを思ってしまう。とはいえ攻撃手段を持たない博麗霊夢なので、その際には先程と同じように魔理沙の救済を待つしかないのだけれど。

 

 どちらにせよその場合、博麗霊夢の手柄にはならないので依頼料にはあんまり期待できない。重い腰を持ち上げて博麗の巫女が出動したんだから金寄越せやと、武器の札と針を依頼主に見せながら交渉すれば、おそらく全く貰えないということはないだろうが。 

   

 故に無償で金銀財宝にありつけるなら、多少の危険くらい問題ないと博麗霊夢は思っている。笑って死地に赴いてやろうとも。

 

 博麗霊夢は、無限に等しいほどの金の山を想像し、ゲヘヘと下品な笑いを漏らした。

 この時だけは、固い表情筋は緩やかだった。

 

 

 

 

 

   

 

   ☆

 

 

 

 

 

 支度を終えた博麗霊夢は、魔理沙が操る魔法の箒に同乗し、高速で空を移動していた。

 向かう先は紅魔館。魔理沙の飛行技術は非常に高く、博麗神社に出てから一分後――博麗霊夢らは、紅魔館に到着した。

 

 

 

「――よし、付いたっ!」

「相変わらず速いわね」

 

 

 移動に便利なので飛行の術『は』一応習得している博麗霊夢なのだか、それでも魔理沙の四分の一程度の速度しか出せない。

 人間が飛行の術を使える時点で充分凄いのだけれど、魔理沙の飛行技術は魑魅魍魎の類を含めても群を抜くものがある。少なくとも博麗霊夢は、魔理沙以上の飛行速度を誇る者を一人しか知らない。一人というか、一妖だが。

 

 博麗霊夢は魔理沙の箒から降り、紅魔館の庭辺りに着地した。そして、ぐるりと周りを見回した。

 

 

「で、金銀財宝はどこよ」

「まずその前にダンジョンをだな……って、その前にとりあえず中に入ろうぜ。紅魔館の地下にあるんだよ。そのダンジョン」

「へー。なんかそれっぽいわね。ていうかここに地下なんてあったんだ」

 

 

 でも、紅魔館は内装も外装も西洋の城っぽいので、幻想郷では珍しい地下という存在があっても不思議には思えない。 

 見た目が『悪魔城』って感じの屋敷なので、地下にはダンジョンというか、ラスボス的な存在が住んでそうだ。とはいえもう紅魔館のラスボス、当主『レミリア』は打ち倒し終わっているので、おそらくラスボスはもういないのだけれど。

 『ラスボスがラストだなんて誰か言った?』的な展開が無い限り、ありえない可能性だ。

 

 

「ついこの間さ、紅魔館を探検してたら地下に続く階段を見つけたんだよ。下りてみようと思ったらパチュリーが邪魔してきてさ、『絶対に行くな』って言われたんだよ。こりゃあもう行くしかないよなぁ!」

「よね。それ絶対誘ってるわよ。『行くなよ? 絶対に行くなよ?』って奴よ」 

「だよなー」

 

 

 パチュリーがどんな奴かは忘れたが、そいつは馬鹿な真似をしたものだ。やってはいけないと言われて、霧雨魔理沙が止めるはずないだろう。魔理沙の天邪鬼気質を知らなかったのだろうか。知っている上での発言だとしたら、そいつは本物の阿呆である。

 

 

「あれちょっと待って? 魔理沙の言い草だと、金銀財宝がある保証も、ダンジョンである保証もないように聞こえるのだけれど」

 

 

 確かにお屋敷の地下と言われたら、お宝ザックザクのダンジョン的な存在があるようが気がしてしまうけど、それはあくまでそんな気がするだけで必ずしも存在するとは限らない。というかフィクション上の話である。

 博麗霊夢は金銀財宝目当てで魔理沙に付いてきたのであって、童心を燃焼させて魔理沙曰くの大冒険をしたいわけではない。ここの住人にもあまり悪い印象は植え付けたくないので(手遅れだが)、何の利益もない不法侵入はしたくないのが本音である。

 そんな博麗霊夢の思いを察してか、

 

 

「ダンジョンでもない保証も、金銀財宝が無い保証だってないだろ? レミリアの性格的に、なにか金目になるものは隠してあると思うけどなぁ」

 

 

 と、魔理沙は言った。

 確かに紅魔館の当主のレミリアならば、ゲーム性のあるダンジョン的な仕掛けを張り巡らし、そして苦難(笑)なダンジョンを乗り越えたあとにはそれ相応の報酬が入った宝箱が用意している可能性も……無くは無い、かもしれない。

 だが、運命操作レベルの豪運を持つ博麗霊夢。

 博麗霊夢の『無くは無い』は、確実に『ある』ということである。

 

 

「――うん。多分あるわよね。ていうか最悪、無ければ直接レミリアから金銀を奪い取る。あんなチョロい糞ガキ、簡単に詐欺れるわ」

 

 

 神職にあるまじき外道発言。これが博麗霊夢だ。 

 

 貴族でお金持ち。しかも当主のレミリアは子供なので騙しやすい。

 幼気な子供を騙すことになってしまうので博麗霊夢の良心(笑)が強く痛んでしまうが、金のためならば仕方があるまい。金のためなら、悪魔に魂を売る所存の博麗霊夢なのだ。

 もっとも、騙そうとしているそのレミリアこそ、本当の意味での『悪魔』なのだが――

 

 

「霊夢さんよ。そこらへんの話は、後でまたするとして――あとで私も行くから、先に紅魔館に入っててくれ」

 

 

 突如、らしくない神妙な顔付きを浮かべた魔理沙は――大きな黒いとんがり帽子から『ミニ八卦路』と呼ばれるマジックアイテムを取り出した。

 戦闘準備をしている。

 

 

「どうしたの魔理沙」

「いやー……門番が、殺気立てながらこっちに来てるからさ。お前、弱いんだし先に行って待っててくれよ。紅魔館の玄関のすぐ右横辺りに、ちょうど良い隠れ場所があるからさ」

「うん、分かった」

 

 

 素直に頷く博麗霊夢。

 戦闘能力皆無の博麗霊夢が居たら戦う魔理沙の邪魔になるだろうし、ここは魔理沙の言う通りどこかで身を隠したほうが良い。

 

 

「じゃ、頑張ってね魔理沙」

「おう。三十秒で終わらせてくる」

 

 

 そう言って魔理沙は高空に上昇し、流星が落ちるが如く門辺りに下りていった――その直後、虹の気弾と星の魔弾が空に飛び交う。

 その花火のように美しい、『弾幕ごっこ』と呼ばれる決闘の開幕の狼煙を見送った博麗霊夢は、踵を返し急いで紅魔館に侵入した。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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