博麗育成計画   作:伽花かをる

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一話 『本当にそれでいいのか?』

 

 

 博麗霊夢は、『歴代最強の博麗』という泊を押された巫女である。

 

 その噂の信憑性は皆無。妖怪の山に住まう天狗共が面白がって流した噂だろう。

 博麗霊夢は荒唐無稽な噂について、嫌悪感もプレッシャーも抱いていなかった。

 無条件で崇められて、博麗霊夢的には気持ちが良い。

 博麗霊夢が住まう博麗神社から人里への道は若干長いから、あまり人里に下ることは無いので総合的なカリスマは歴代の博麗巫女と比較して劣っているかもしれないが、それでも基本的に何にも巫女らしい活動をしていない博麗巫女に『人望』というものが少なからずあるのは奇跡と言ってもいいほどである。

 

 だが、その人望は偽りのもの。『歴代最強の博麗』という肩書きから成せたことだ。

 その前提が虚偽な以上、一度化けの皮が剥がれてしまえばこの名声はすぐに失墜する。

 

 ――『博麗霊夢は本当は弱い』という真実。

 

 それが事実が明るみに出てしまえば、おそらく幻想郷の定理は崩壊してしまうだろう。調停者である博麗の巫女が弱小だったなんて知られてしまえば、今まで博麗霊夢という存在で抑制されていた魑魅魍魎が本格的に跋扈し始める。その未来は、誰もが想像できる。

 

 だがその未来が想像できたとしても『ま、どーにかなるだろ』スタンスを貫くのが我らが博麗霊夢だ。

 実のところ、その最悪な未来が訪れたとしても何とかなると楽観的に思っているし、そもそもそんな未来は訪れないと確信に似た直感を抱いている。

 悪運だけは最高に強いと自負している博麗霊夢なのだ。多分、自分が本気で困るようなことは起こらないし、起こったとしても不利益を被ることは絶対にない。根拠はまったく無いのだけれど、博麗霊夢はこれが世の真理であるとも思っている。変なところで自信満々なのが、我らが博麗霊夢の生き様なのだ。

 

 それ故か博麗霊夢は、己の弱さについても自信満々なのだ。

 劣等感ではなくあくまで自信を感じているところが博麗霊夢が博麗霊夢である所以なのかもしれない。

 多分、妖怪と戦ったら三秒で負ける。そんなことをドヤ顔で言うのが博麗霊夢なのだ。

 

 だが、博麗の巫女の主な仕事は『妖怪退治』。一応課された仕事だけはこなそうと思っているので、これには頼まれたら出陣する。

 あくまで出陣するだけである。実は大体の事件は、博麗霊夢ではなく、彼女の友人が解決している。

 別に、弱いから替え玉を使っているというわけではない。彼女の友人、『霧雨魔理沙』の救済はいつも偶然によるものだ。たまたま通りすがって、博麗霊夢の困っている姿を見たから助けに入った。大体、このパターンが常である。

 

 おそらく、だから博麗霊夢は強くなろうと修行しようとしないのだろうか。自分がやらなくても他の人がどうにかする。そんな根拠のないことを本気で信じ切っているから努力を全くしないで弱いままでいる。

 彼女の自称保護者、八雲紫曰く『霊夢には才能がある』らしいが、そもそもその才能が開花されなくても何とかやっていけるのだから問題ない。

 博麗霊夢は決して『だるい』だとか『めんどくさい』だとか、そんな理由で強くなるための努力をしないわけではない。いや、根本的な理由はそれに集約されているのかもしれないが。博麗霊夢は本気で必要ないと思っているのだ。現状に不満はあれど、満足していないわけではないから。

 

 『だるいから』とか『めんどくさいから』とか、そんな理由で修行をしないのではないと語る博麗霊夢だが、結局のところ本心は、『だるい』とか『めんどくさい』とか、そんな自堕落的な想いしかないのだろう。頑固そうではない、必要になれば努力すると語る博麗霊夢氏であるが、多分、痛い目に遭わない限り絶対にやんないんだろうなぁと思ってしまう。日頃の行いが悪いせいか、そう思わずを得ない。

 

 とはいえ謎の幸運故か、そう簡単に痛い目に遭うことはないだろう博麗霊夢。

 

 少なくともこれまでの人生、博麗霊夢はどんな苦行もラックのみで乗り越えてきたのだから――

 

 ――故に博麗霊夢は、楽天的に今日も生きる。

 

 

 

 

 

 

 

   ☆

 

 

 

 

 

 ――が、その今日は案外すぐに終わりそうだった。

 

 

 

 

 (魔理沙ァァァァァ早く助けに来てぇぇぇぇぇ!!!)

 

 

 

 博麗神社の本殿の外。

 石が敷かれた地面の上で、博麗霊夢と『異型の巨体』は対峙していた。

 

 

「ガルゥゥ……」

 

 

 重く響く獣の声に、博麗霊夢は恐怖で失禁しそうだった。

 見るからに強そうな姿形をしている妖怪を前に、完全に震え上がっている博麗霊夢。襲われるにしても、もっと弱そうな見た目の妖怪が良かった。ハズレくじを引いた。そう思い、悲観していた。

 とは言え、表情筋が死んだ同然の博麗霊夢の顔面なので、一見余裕綽々に見えてしまうのだが。

 異型の巨体、もとい異型の妖怪は、ぐちゃぐちゃで鋭利な歯並びをしている口を開き、喉を震わし声を出した。

 

 

「オレ、ミコ、マルカジリ」

 

 

 溶解性のある唾液を溢しながら、異型の妖怪は確かにそう言い放った。

 対して、博麗霊夢は――

 

 

「…………」

 

 

 無言。とくに動じることもなく、余裕そうに無言を貫いている。

 だが内心は――

 

 

(えっ? 巫女食べたいんですかやだー! じゃあ私巫女やめます! やめるっつてんだろ近づくなよボケカス! 服脱ぐからこっち見んなよ殺すぞハゲ!!)

 

 

 錯乱していた。

 無感情的な表情からは読み取り難いだろうが、物凄いビビりようである。

 博麗霊夢自身、なぜ内心こんなにも狼狽しているというのに余裕綽々な態度を維持できているのか疑問に思っている。幼い頃はもっとこう、喜怒哀楽を鮮明に表せたのだけれど。

 

 が、今更そんなことを気にする場合ではない。適当に放置したらいつかは勝手に治っているだろう。今にも殺されそうな状況だと言うのに、生き残ること前提の楽観視をしている博麗霊夢。絶対に誰か助けに来てくれるよなぁと確信を持っている思考だ。

 

 とはいえ目前に『死』がある現状で、簡単に己の楽天的な思考を完全に信じ切れるほど肝が据わっている博麗霊夢ではない。怖いものは怖いし、どうせ何とかなると分かっていても恐怖してしまうのだ。

 

 考える。博麗霊夢は考える――数分後、遊びに来ることが確定している博麗霊夢の大親友、霧雨魔理沙が助けにくるまでに、どう時間稼ぎをしたものか――恐怖と動揺で思考回転速度が低下している頭で、精一杯思考する。

 

 

「ギィ、ぎぃぎぃキィ」

 

 

 しかし異型の妖怪がこちらの事情を汲んで、思案が浮かぶまで待ってくれる訳がない。

 タコのような八本の足を器用に動かし、じりじりとゆっくりと霊夢に接近してくる――瞬時に近づいて攻撃行動を起こさないところ、多少なりとも警戒しているのだろうか。己の貧弱さを誰よりも知っている博麗霊夢的には都合が良い。だって、警戒しているということは恐れを感じているということである。

 ならば、()()()()()()が使える――

 

 異型の妖怪はじりじりと追い詰めるかのように迫ってくる。

 すでに博麗霊夢と妖怪との間の距離は、目測一メートル辺り。

 多分、もう少しで博麗神社に遊びに来るだろうと思っていた、霧雨魔理沙はまだ来ない――そろそろ、異型の妖怪が攻撃を仕掛けてくる頃だろう。

 それまでの時間稼ぎ――どうするべきかと案を考えていたが、確実性が乏しい案しか思いつかなかった。

 

 新案など無い。故に博麗霊夢は、考えることを止めた。

 止めて、()()()()()その場の雰囲気で乗り切ることにした。

 

 

「ギャ、ギィぃ!!」

 

 

 異型の妖怪が、ついに大きく動いた。

 突如出現した無数の手。それらを固く握り、博麗霊夢に打とうとする――その前に、博麗霊夢は()()()

 

「――ほ―――の―か――」

「――――ッ!?」

 

 拳の一つが当たろうとしたところで、異型の妖怪はピタリと停止した。

 博麗霊夢には隙しか無かった。おそらくあのまま突き進めば拳は直撃していた。

 だが、攻撃を止めた。

 拳を振り下ろした直前に博麗霊夢がボソボソと呟いた言葉を聞いたから――

 

 

 ――本当に、それで良いのか?

 

 

 その意味深な呟きを聞いて、刹那的な、だが局地的な恐怖が、電撃のように身体の芯に走ったから――異型の妖怪は、その突き進もうとする拳にブレーキを掛けたのだ。

 が、無論博麗霊夢が言ったその言葉には特に深い意味はない。経験上、それっぽいことを言えば勝手に過大解釈してくれると知っていた故の言葉であった。

 

 でもあくまで、これは時間稼ぎ。ほんの十秒程度、先延ばしにしただけである。

 これで慄いて逃走するような繊細な心の持ち主の妖怪ならば良いのだが、まぁ、流石にそれに期待するほど愚かな博麗霊夢でもない。この稼いだ約十秒間で、魔理沙が来たら博麗霊夢の勝ち。来なかったら、妖怪の勝ちだ。

 だが侮るなかれ博麗霊夢を。

 なぜこれまでに、妖怪退治が主な仕事である博麗の巫女を続けられているのか――弱き博麗の巫女が生き抜けているのか。

 

 驚異的な『豪運』。たったそれだけの要素でこれまで生きていけた博麗霊夢が――こんなところで負けるはずかない。

 

 

 ――霊夢の視界に、『黒白』が映る。

 

 

「ギゥゥ!?」

 

 

 異型の妖怪から血が吹き出る――()()()()()()()から血が噴出する。

 

 

「――つったく、今回もギリギリセーフ。ってわけか? 霊夢」

 

 

 異型の妖怪の空いた大穴の奥。そこにはずっと待ち望んでいた霧雨魔理沙の姿があった。

 

 

「……遅いわよ魔理沙」

「わりぃわりい。ま、でもヒーローって奴ぁ遅れるのが常だろ?」

 

 

 そう言いつつも、致命的になるほんの寸前には颯爽と登場してくれるので、真の意味で遅れたことは一切ない魔理沙だった――今まで三桁の数字に届くほど、魔理沙には毎回助けてもらっている。危うい状況になると、いつも魔理沙と奇跡的に出会うのだ。今回は前日に遊びの約束をしていたから魔理沙は来たのだけれど、おそらくそれが無かったとしても、偶然野暮用ができ、博麗神社に向かい博麗霊夢を襲う妖怪を倒したことだろう。

 流石は運命力だけは一級品、博麗霊夢と言ったところか。巫女ゆえか、神に愛されている。

 

 運も実力の内。この決闘、私の勝利だ!

 

 と、目前の死ぬ瀬戸際という感じに背面に倒れ痙攣している妖怪に、そのような言葉を心の内で吐き捨てるように言った。

 

 

「って、こいつ邪魔だな。退かすか」

 

 

 魔理沙は異型の妖怪の足の一本を鷲掴み、「よっと!」と言って身体を捻り、そして鳥居の方向に回すように投げた。

 

 

「キィ、キュイ!?――ってちょっ!」

 

 

 弧状の線を描くように鳥居を通り過ぎ石段に落ちる異型の妖怪――否、狸の尻尾を保つ女性の妖怪。

 彼女は甲高い声で叫びながら、重力に従い石段の上をグルグルと回りながら落ちていく。だんだん「ギャー!」だの「ひぃー!!」など、バリエーション少ない悲鳴が遠くなっていき、やがて無くなっていった。

 魔理沙が口を開く。

 

 

「いやー、妙に脆い妖怪だなぁって思ってたけど、なんだ化け狸だったのか。まぁその中での低級だな」

「えっ、弱かったのアレ」

「あぁ。あの幻術、ただの見かけ倒し。弾幕一発であんな大きな穴が空いたくらいだし、多分綿くらいの強度だったんじゃないかな。人里の子供でもひと捻り。その程度だぜ」

「えぇ……」

 

 

 なんだ。では怯え損ではないか。

 ハズレくじを引いたと思っていたけど、実のところは当たりくじだったようだ。妖怪に襲われる時点で、当たりくじと言えるのかどうかはわからないが。

 

 

「まぁ何がともあれありがとう魔理沙」

「いや、別にそれは良いんだかな。お前にちょっかい掛けようと思い至る妖怪って、大体頭の悪いの雑魚だから処理に手間は掛からないし――それに、さ」

 

 

 照れくさそうに魔理沙は言った。

 

 

「親友が困っているなら、助けるのは当然だろ? ナハハ、ちょっち恥ずかしいな……」

「私の幼馴染が可愛すぎてヤバイ」

 

 

 これが、これが『乙女力』か――胸のトキメキが大爆発で、理性が沸騰し蒸発しそう。積もる熱き恋情を解き放ち、意味のない言葉を狂気的に叫び走りたい。そんな気分だ。魔理沙の乙女力は53万です。

 が、これは衝動的な想いであり数秒後には冷める恋情だ。博麗霊夢は同性愛者ではないし、無論魔理沙もそうではない。ここで本能に従い魔理沙にアレヤコレヤしてしまえば、友情に亀裂が入ってしまう――そうなってしまえば、博麗霊夢の命が危ない。親友兼、博麗霊夢のメインウェポンである自立型魔法掃射機、通称『MARISA』を失ってしまえば、おそらく博麗霊夢は死ぬ。助ける者は来ず、霊夢は妖怪らにメチャクチャにされる。

 エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!――グチャグチャのメラメラにされてしまう。

 そんなあらぬ想像(あってはいけない想像)をして、霊夢は寒気に震えた。博麗の巫女は、純潔の身でなればならない。

 

 

「――い、おーい! 起きてるか霊夢ー!」

 

 

 魔理沙が霊夢を肩を揺らしていた。

 どうやら意識か遠退いていたらしい。乙女力の圧力に潰されていた。 

 

 

「あ、私のメインウェポンの『MARISA』――じゃなくて魔理沙。おはよう」

「おはよう、じゃねーよ。誰がメインウェポンだよ。ネイティブに発音すんな」

「ゴメンゴメン。でもさー、実際私のメインウェポンだし良いじゃん。今日から魔法使いからメインウェポンに転職したら?」

「よくねーよ。一生魔法使いを貫くよ私は」

 

 

 外の世界曰く、三十歳を越えたら魔法使い。一生貫けば賢者と呼ばれるらしい。魔理沙は賢者にはならないのだろうか。

 

 

「ま、とりあえず家に上がりましょ。お礼に出涸らし淹れてあげるから」

「出涸らしならいらねーよ。棚の奥にしまっている高級のやつ使えよ」

「えー」

「私に対する常日頃からの感謝を込めて、棚の更に奥にしまっている最高級の奴でも構わんが?」

「なぜお前はその存在を知っている。出涸らしで充分よ」

「もう助けに来てやんねーぞおい」

 

 

 多分どちらにせよ、人が良い魔理沙のことだし困っている友人の姿があったら助けに来てくれるだろう。

 それに出涸らしを淹れるというのは冗談で、今日は魔理沙が言った最高級の茶葉を使うつもりである。

 日頃の感謝の念を表そうとしているわけではない。出涸らしと言いつつも最高級の茶葉を使ったものを魔理沙に出したら、魔理沙は茶の違いに気づくのだろうか――そんな、ちょっとした計画である。

 

 ともあれ博麗霊夢と魔理沙は、雑談しながら神社に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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