夜鴉と溶けた雪跡①
怠惰性が極まった人格ということで、魔理沙を筆頭とした知人達に定評がある博麗霊夢。
であるが――意外にも、その生活は規則正しい。
早朝に起き、窓を開けて朝の新鮮な酸素を部屋の中に取り込み、その後にめいっぱいに太陽の光を浴びる。それから歯磨きをして、朝食を食べて――そして出涸らしの茶を啜り飲み、太陽が沈む刻を待つ。その後に夕食を腹の中に入れて、21時頃に鈴奈庵(貸本屋)で借りた小説を読み始め、うとうとしてきたら就寝する。
基本的な博麗霊夢の生活は、そんな感じである。彼女の友人であるところの魔理沙は、そんな彼女の生活リズムを、人生を達観した老人のようと言い表している。
幼き頃に八雲紫に拾われて博麗の巫女の地位を得てから、ずっとそのような若き年頃に不相応な生活リズムを維持しているのだ。
我が事ながら、何という青春時代の無駄遣いだろうと、博麗霊夢は思う。だが、好んで続けている生活だ。改善するつもりは全くない。むしろ褒められるべきことをしているのだと思っている。
そして今日もまた、博麗霊夢は習慣通りに、早朝に起床するのである。
ぬるま湯に浸かるような温もりがある布団から惜しむように離れて、寒さで身を震わせながら窓を開けた。
「うわぁ、雪だ」
博麗霊夢の瞳に映るのは、一面の銀世界――そう、冬の時期が訪れたのだった。
☆
早朝の気温は、いつの季節でも比較的低いほうだ。太陽が顔を出したばかりで、地球がまだ温暖していないからだと、博麗霊夢は思った――そう思う前にもう一度、まだほんのりと暖かい布団の中に飛び戻った。
意外なことにも、二度寝という堕落的だが至極の甘美を味わえる行為をあまり実行しない博麗霊夢であったが、今回ばかりは太陽光で地球がある程度ぽかぽかになるまで、布団の中で再度の眠りに就いていたい気分だった。
「……何これ。去年も、こんなに寒かったかしら?」
否。昨年の初冬は、こうまで冷えなかった。
間違いなく、氷点下はいっているだろう。
「絶対に異変よ、これ。しかも、博麗の巫女の弱点を的確に突いた大異変。こりゃあ、妖怪に一本取られたわね」
まぁ、博麗霊夢の弱点を突いたところで、異変解決の妨害になるわけではないのだが――ともかく、これには困った。
異変諸々については半分冗談ではあるが、博麗霊夢にはこの寒さを一日中耐えるすべがない。
「どうしよう……。まさかもう雪が降るなんか思ってなかったから防寒対策してないわ。こたつ、去年壊したのよね……」
例年通りなら、この寒い時期はこたつと暖炉で身体を暖めていた。
だが、今年はそれらの物の準備をしていない。こたつは壊れているし、暖炉の整備にもそこそこ時間がかかる。多分、暖炉だけなら今日中に何とかなるが、稼働するのは午後からだろう。その間ずっと寒いままなことを思うと――ただでさえ身が震えているのに、ゾクリとする。
「くっ。神よ、救いの手を……」
珍しく巫女らしく、布団の中で神に祈りを捧げた。だが都合の良いときだけ神を頼っても、神は助けてくれない。
これが、普段から職務を魔理沙に放り投げて自分は怠けていた罰か――嘆き、寒さに苦しんでいた博麗霊夢だったが、突如として天から声が聞こえた。
「――フフフっ。どうやら困っているようね、博麗霊夢よ」
「あ、あなたは、神!?」
布団に隠れているのでその姿は見えないが、確かにそのような声が聞こえた。
神らしき声の者は同意の言葉を言った。
「えぇ、そうよ。私は女神――胡散臭き――じゃなくて、美しき女神」
「あぁ、やっぱり神様ね! お願い! 今すぐ、こたつと暖炉を!」
「フフッ、そう慌てないで。その前に、あることを誓うのよ」
「誓う……?」
美しき女神は、嘆息して言った。
「えぇ、誓いは二つ――一つは、これからは一日三十分でもいいから巫女の修行をすること」
「えっ、嫌」
「そ、即答ね……」
「もうちょっと楽なことじゃ駄目?」
「ず、図々しい巫女ね……。えっと、じゃあ妥協点として――あなたの家族の八雲紫っていう、女神の如く美しき妖怪がいるでしょ?」
「そんな奴、いたからしら?」
「…………うっ」
一瞬、涙ぐんだような声が聞こえた。
「……居た。居るのよ、そんな美少女」
「うーん。私はそんな美少女を見たことないんだけどなぁ」
「居たと仮定しますっ! えっと、その美少女妖怪に甘えた声で『お姉ちゃぁん♥』って言ってください! さすれば汝の願い我が叶えよう!」
「架空の人物に対して言えと言われましてもねぇ。まぁいいわ。寒くて堪らないし、後で適当に言ってあげるからこたつと暖炉を出してよ、紫」
「…………れいむがいじめた」
しくしくとまるで子供のように泣く、自称美しき女神――ではなく、他称胡散臭き妖怪『八雲紫』。
せっかくの冬の季節の開幕に、この世で一番苦手な奴に会ってしまった。
同じく泣きたい気分になった博麗霊夢であるが、スキマによって用意された防寒具の数々を見て、その最悪の気分も少しは落ち着いた。
☆
「ふぅー。こんな寒い日は、暖かい部屋でアイスを食べる贅沢を味わうに限るわねぇ」
先程とは一転し、身体と心がホクホクに暖まった博麗霊夢。なんと、先程の寒がりようが嘘かのようにストロベリーのアイスクリームを頬張っていた。
同様に、八雲紫も木べらでアイスクリームをすくう。
「こたつと一緒に語られるのはミカンが常だけど、アイスクリームの組み合わせも悪くないのよね。猛暑に食べるよりも、もしや美味しく感じるかもしれないわ」
「今回だけは紫に同意する。なんというか、外は凍えるほど寒いというのに、ぬくぬくのこたつと暖炉で暖まった家の中で冷たいアイスを食べるという状況には、悪魔的な魅力があって癖になるのよねぇ」
博麗の巫女がその悪魔的な快楽に浸かるのは若干背教行為のようにも思ったけど、博麗霊夢は巫女(仮)なので問題はない。
ともあれタイミング良く紫が現れてくれた助かった、と博麗霊夢は感謝する。紫に対して、生理的な嫌悪感を常日頃から抱いている博麗霊夢だが、それでも感謝すべき事には感謝をする。基本的に、通すべき道理は通すことを信条にしている博麗霊夢なのだ。
「ところで紫。もう用はないし、いつまでも私の目の前でこたつに入られても不愉快だし、ていうか邪魔だし目障りだし、私のため幻想郷のため早々に冬眠してもう二度と起床しないでよ」
――まぁ、いくら感謝していようと態度を改めるつもりは全くないのだが。
博麗霊夢の連続する罵倒で、紫は目頭に涙を溜めた。
「…………ぐすん。れいむがいじめる」
「アンタが悪い。嫌われるようなことをするアンタが悪い」
「私、なにもしてないのに……」
博麗霊夢の理不尽な言い分に、八雲紫はただしくしくと泣いた。
――実のところ博麗霊夢の言い分は、ほぼ9割は本当に理不尽なものである。
紫が博麗霊夢に対して直接的な被害を与えたことは一度もないし、間接的な被害とて覚えている限り一度もない。
ただ一方的に博麗霊夢が紫のことを嫌悪しているだけなのである。「なんとなく気に喰わないから」という、曖昧模糊たる勘で一方的に嫌っている。
「(こいつ、いつも言動やらを緩くして可愛こぶってるけど、その姿がなぜか妙に嘘臭いのよねぇ)」
根拠はない。いつも通り勘でしかないのだが、博麗霊夢を目前にしているときの八雲紫の間の抜けた人格は、どこか演技じみている気がするのだ。
本性は、とんでもなく邪悪なような――妖怪の中でもとびき性根が腐敗しているような気配を肌で察知して、紫と対面するとき『決して理解し得ない』と生理的な拒絶感を強制に覚えてしまうのだ。
根本的な理由は不明で、もしや全て博麗霊夢の勘違いということもあり得るが――故に博麗霊夢は八雲紫を苦手としている。
「ねぇねぇ霊夢。約束通り、甘えた声で『お姉ちゃぁん♥』って言って」
「えっ。嫌だ」
「なんでぇぇ! やってやってやって!」
紫はまるで駄々をこねる子供のように腕をジタバタとさせた。
正直、ここまで行くと完全に演技だとは思えない。ある意味、怠惰極まりない巫女の博麗霊夢とそっくりで、ただの残念極まりない妖怪にしか見えないのだが――やはり博麗霊夢の胸中に、一抹の違和感が残る。作り物らしさ、虚飾的なものを感じるのだ。
「――ハァ。わかった。一度しか言わないから耳を澄まして聞くのよ?」
「えっ、ほんと?」
紫はキョトンとした目をする。おそやく博麗霊夢は約束を有耶無耶にすると思っていたからだろう。
博麗霊夢自身も、珍しく約束を果たすつもりでいる自分に驚いている。紫が直感していた通り、約束を結んだ当初では、約束を守るつもりは毛頭なかったのだ。
つまり、完全に気まぐれだった。それ以上の訳は無い。
「えーと、ゴホン」
「……ゴクリ」
博麗霊夢は大きく嘆息する。
紫は生唾を飲み込み、博麗霊夢が次に発する言葉を待望する。
「……オネイチャン、ダイスキ」
「――ゴホッ!?」
所謂、棒読みだった。
だが紫には、それでも充分に致命傷だった。
紫は血反吐で、口の中に残っていたバニラ味のアイスクリームを、ストロベリーの色に変える。その後、こたつの上で力無く上半身が倒れる。痙攣しながら、こたつを自らの吐血で染色していく。
そして、数秒が経過した後。
紫は、伏せていた顔を上げて、博麗霊夢に向けて親指を立てた。
「……イィ」
「うわぁ」
博麗霊夢は明らかな嫌悪感を示す声を漏らした。
自身は気付いていないが、表情筋が凝り固まっているはずの博麗霊夢の頬が、未だ見せたことないほど歪んでいた。
博麗霊夢は激しく後悔した。気まぐれで、紫が気色悪いほど悦ぶ行為をしてしまったことを
「お姉ちゃんって言葉、良いわよね……。姉貴、姉さん、姉様って呼ばれるのもまた別種の魅力があっていいけど、お姉ちゃんって呼び方のほうが一番仲睦まじい姉妹の関係のように聞こえる……」
ぶつぶつと、気色悪い笑みを浮かべながら呟いている。
その姿に、博麗霊夢は嫌悪感しか抱かない。
「……ていうか、私にはお姉ちゃん呼びする人が他にいるんだけど」
「いやほら。そこは、私が長女、先代が次女、霊夢が末女みたいな感じで」
「そもそもまず、アンタは姉というよりも、私からしたらせいぜい親戚の叔母――」
「えっ、なに聞こえなかったわ。お母さん? まぁそれはそれでグッドポジションね」
「……難聴。年寄り」
「年寄りじゃありません!」
「あ、そこは聞こえるのね」
誰の耳にも届かないほどボソリとした微小な声量で呟いたのに。でも逆に、そういうことを気にする時点で自分が年寄りだと意識しているのでは? と博麗霊夢は思う。
「ゴホン。えーと、とりあえずこの話題を続けるのは止めましょう。えぇ」
「えぇ、そうね。すでに結論が出ている議題を続けるのは阿呆のすることだわ」
「そうね。たとえ歳を人並みより多く重ねていたとしても、この若く美しき容貌は変わらないもの」
「…………」
「なにか仰ってくださる?」
紫のその悲しい言葉を最後に、しばらく無言が続いた。
紫と会話することに嫌気が差したとかではない(それもあるが)。ただ単に、特に話すこともなかったからである。
話題を失ってから、互いに一人で時間を喰い潰した。博麗霊夢は、こたつの中で涎を垂らしながらゴロ寝を。紫は、自分で用意した高級な緑茶と書物を嗜みながら、ときたま霊夢のイビキが聞こえる日常的な柔和な時間を楽しんでいた。
そして二時間が経過して、昼寝をしていた博麗霊夢は起き上がった。背筋を伸ばしながら、あくびをした。
「ふぅー。さて、昼食を作ろう」
「私の分も用意してくださる?」
「お小遣いくれるなら」
「……まぁ、たまにはいいですわ」
現金な性格の博麗霊夢に、紫は溜息を吐きながらスキマを開く。
スキマとは、八雲紫の『境界を操る程度の能力』により斬り開かれた空間の隙間のことである。
具体的なスキマの能力といえば、他の座標に空間を繋げたり、道具などを空間の中に収納したり――とにかく、色々と便利な能力なのである。
今回紫は、他の座標に空間を繋げるためにスキマを開いた。博麗神社の居間で座り込んだまま、博麗神社の賽銭箱にいくらかのお小遣いを布施するために――つまり、身体を動かすのが億劫だから、スキマを通じて賽銭を投じたのである。
能力の無駄使いだと博麗霊夢は思うが、おそらく自分もその能力があれば同じように使う。
実は博麗霊夢がこのような怠惰的な性格に育ったのは、本格的に紫の教育の仕方に問題があったのではないかと、時折に紫のだらしない姿を見ていて博麗霊夢は思ってしまう。
さて、昼食が完成した。
「できたわよー」
「わー、炒飯だぁ」
博麗霊夢が作ったのはどこの家でも作られているような――されども、それを作るための調味料が普及されていない幻想郷では、人生で一度食べれるかも分からぬほど希少な料理――簡単な、炒飯だった。
黄金色の米粒の中を、まるで泳いでいるかのように存在している長ネギと豚肉。
外の世界なら別段珍しくもないが、料理の文明が遅れている幻想郷に限っては、ただの炒飯も一級のグルメである。
「美味しそうねぇ」
「えぇ、私も作っていて涎が出そうになったわ」
将来は主婦になり楽して暮らすという目標を密かに持っているゆえ、博麗霊夢は意外と料理上手なのだ。
とはいえ、それでも料理に慣れた一般的な主婦よりは劣るはずである。そのはずだが、目の前にある炒飯の出来前は、博麗霊夢の料理の腕前以上のものになっていた。
「やっぱ、素材が良いのかしらねぇ。紫、アンタどこからこんなよくわからない食材を集めてくるのよ」
「うーん、どこからかしらねぇ」
そう言って、紫は誤魔化した。
聞いてみた博麗霊夢ではあるが、実は食材の出処の見当はもう既についている。
おそらく幻想郷ではない外の世界から、先程のスキマの能力で輸入したのだろう。本来は、幻想郷に外の物を持ち込むことは禁制されているはずたが――それを禁制する立場の八雲紫がそれを行っているのだから、誰も責め立てる者はいない。
強いていうなら、博麗霊夢こそが幻想郷の管理者の一人として八雲紫を罰するべきなのかもしれないが――まぁ、うん。美味しい物を食べるためなら、忌み嫌っている紫と共犯になることも辞さない。そんな博麗霊夢だった。
「……まぁ、どうでもいいか」
「えぇ、どうでもいいの。そんなことより、冷めないうちに食べちゃいましょ」
「そうね、いただきます」
いただきまーす、と遅れて紫も言った。
紫がそう言う前に、博麗霊夢は先に食べた。
「うん。美味しい」
「美味しいわねぇ」
食時の終始に発した言葉は、互いにそれだけだった。
美味しい物を食べるとき、人は黙ると言う。紫はともかく、博麗霊夢は一年に何度かしか炒飯を口に入れないので、じっくりと味わいながら食べていた。
炒飯は数少ない博麗霊夢の好物の一つである。本人に、その自覚はないが。
博麗霊夢はゆっくりと、よく噛んで炒飯を食べた。最後の一口は、特に噛む時間が長かった。
「美味しいわぁ、ご馳走さま」
「ご馳走さま。そしてお粗末さまでした」
「流石。最愛の妹の愛のこもった手作り料理ね! 霊夢が作ったってだけで何が出てきても美味しいわ!」
「はいはい。よかったわねぇ」
普段ならば「なら土でも食ってろ」と言い放っていただろう博麗霊夢であるが、いまは幸せな気分なのでいつものよりも優しい声色でそう言った。
美味しい物は人を優しくするのだ。いずれもし、博麗霊夢の物語にラスボスのような者が登場したとしても、同じ食卓を囲んで美味しい物を食べたら、それだけできっと和解できるのではと思う。戦いは何も生まない。美食による感動を味わい、心を共有することが世界平和の一歩なのだと、博麗霊夢はこの美食を味わって確信した。
「お腹もいっぱいになったし、また寝ようかしらぁ」
そう独白して、博麗霊夢はまたこたつの中に潜り込む。
「ちょっと霊夢。食べてすぐに眠ったらお腹に贅肉が付くわよ」
「大丈夫よ。紫じゃないんだから」
「……えっ。私、肥ってみえる?」
博麗霊夢の戯言を信じた紫は、不安気にお腹周りを確認した。
「うん。大丈夫よね、多分。スキマ妖怪、おデフにならない……」
「……グー」
「ちょっと霊夢!? 寝ちゃだめー!」
紫は、夢の世界に片足を入れていた博麗霊夢を揺すって起こそうとする。
ご機嫌斜めといった感じに、博麗霊夢は紫を睨んだ。
「……別にいいでしょ。今日も特にやることないし。それに私って、どんなにだらだらしても何故か肥らないのよねぇ」
「えっ! まさか、そんな奇跡みたいな体質が……。いやでも確かに、霊夢っていつもゴロゴロしてるのに全くスタイルが崩れないわね……」
「神様に愛された身体なのよ。じゃあ、ということでおやすみー」
と言ってまた倒れるように入眠した。
そして再び、紫は博麗霊夢を揺すって起こす。
「だーめ! どちらせよ、あんまりゴロゴロしてばっかだったらいつか身体を壊しちゃうわよ?」
「私なら大丈夫だって」
「その根拠のない自信が命取りなの! ほんとに! 外の世界の人達も、そう言って不健康な生活をして、病死した人がいっぱいいるの。霊夢がそんなことで死んじゃったら、お姉ちゃん悲しくて自殺しちゃうわ」
「うっ、そう言われるとちょっと……」
「いやでしょ? 霊夢の死は、私の死と同義なんだから」
私の死で、紫がそれを追うように死ぬのはなんか嫌だなぁ、と博麗霊夢は思った。
「嫌ね、紫が死ぬのは……。いや、死んでくれること自体は最高に嬉しいんだけど、死ぬにしても紫一人で勝手に地獄に落ちてほしいな。だって後から死なれると、なんかストーカーされてるみたいで気持ち悪いし……」
「ねぇねぇ霊夢。スキマ妖怪だって、心はあるのよ。こう見えて今、わりと本気で傷ついているからね!?」
いつものようなしくしく泣きではなく、嗚咽を漏らして紫は泣いていた。
流石に言い過ぎたかなぁとは思ったが、博麗霊夢を追うように死なれたら本当に困るので、前言撤回はしない――言うまでもないが、紫に対して言ったことはすべて博麗霊夢の本音である。それ意外の本音はない。きっと。
「ふんだ! 霊夢なんか知らないんだから!」
そう言って紫は、頬を膨らませてそっぽを向いた。
そして、しばらく時間が経過して――
「……あー、そういえば」
棒読みで、話を切り出した。
そのわざとらしい不器用さに、霊夢は溜息をした。そして応える。
「どうしたの」
「霊夢に、急用の依頼があったのよ」
明らかに、いま作った急用だろう。
そう思う博麗霊夢であるが、紫からの依頼料は、正直金銭的な意味でかなり助かる。人里の人から入る依頼よりも、圧倒的に依頼料が高いのだ。
「急用か……。面倒臭い。どうしても今じゃなきゃ駄目?」
「ダメ。今すぐお願い」
「はぁ。なら仕方がないなぁ」
博麗霊夢は再び溜息を吐いた。
外は寒いだろうし、昼食を摂ったばかりで身体も怠いと訴えているが、正式な依頼ならば都合を合わせなければいけない。実に面倒だが、やむを得ない。怠惰的な巫女であるところの博麗霊夢だが、それでも職務を放棄することはないのだ。
博麗霊夢は名残惜しいこたつから抜け出し、外出の準備を初めた。
「で、何の依頼よ。知らないことはないでしょうけど、子供のおつかい以上の難題を解決するのは私には無理だからね」
「あら、駄目なのかしら?」
「まぁ、何とかなると思うけどさ」
幸運だけは一級品の博麗霊夢なので、いつも通りに適当にやっていれば何とかなると思っている。
妖怪に襲われそうになっても、例の如く魔理沙がヒーローのように見参して救済してくれるはずだ――紫からの依頼はこれまでも何度かあったけと、その大体は魔理沙の助けで達成しているし、今回もきっと大丈夫である。
「私は(魔理沙は)いったい何をやればいいの? やっぱ妖怪退治?」
「いいえ、違いますわ。今回は、とてもイージーな任務よ」
八雲紫は、スキマからとある封筒を取り出した。
特に変わったところもない、白い無地の封筒だった。
「この封筒を貴女の手で、とある妖怪に渡してほしいの。妖怪の山を治めし大妖怪――『天魔』に、
紫は、ただ普通のおつかいを頼むように――されど、どこか含むがあるように、微笑んで言った。
今年も宜しくお願いします。