博麗育成計画   作:伽花かをる

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紅霧異変EXステージ、攻略

「テメェぶッ殺してヤラァこの反則巫女ぉぉぉ!!!!」

 

 怒りに身を任して、身の丈に合わない紅蓮を纏う巨大な剣を振り回すフランドールは、殺意を宿した瞳で博麗霊夢を力強く睨んでいた。

 先程とは打って変わり、とてもやる気に満ちている。

 まぁこの場合のやる気は、無論『殺る気』ということなのだが――

 

「…………」

 

 対して博麗霊夢は、自身でも驚きを隠せないほど冷静沈着だった。

 ――なぜかはわからない。だが博麗霊夢なら、この状況をどうにかできるような気がしていた。

 つまり、博麗霊夢はいつも通り自分の勘を信じているわけである。ただ、それにしても今回は、異常なほど落ち着いていた。

 

「避けろ霊夢!」

 

 博麗霊夢の隣で、魔理沙が叫んでいた。

 魔理沙は避けろと言っているが――博麗霊夢の勘は、避ける必要はないと告げていた。自分ならば、容易く対処できると思ったからだ。

 

「死ねェェェェ!!!!」

 

 一歩踏んだだけで博麗霊夢を斬り殺せる範囲まで近づいたフランドールは、人間が喰らえば即死確定といった斬撃を放とうと、()()()()()()()()()()()()。  

 

「(大丈夫。この隙を狙えばっ!)」

 

 博麗霊夢は、日頃から一応携帯している『博麗』の印が書かれた札を一枚取り出して、フランドールの胸のところに向けて投げた。

 接客剤を付けているかのように、ペタリとくっつく一枚の札。その札に、博麗霊夢は瞬時に霊力を込めた。

 

「――『夢想封印』!」

「っ!? なっ、」

 

 霊夢が叫ぶと同時に、札に書かれた『博麗』の文字が紅色に発光した。

 その瞬間、フランドールの動きはピタリと止まった。博麗霊夢を斬り殺してやろうと力強く睨んでいるが、その身体は金縛りに遭ったかのように停止していた。

 

「……ふー。うまくいってよかったわ」

 

 安堵の息を吐いた博麗霊夢は、額に滲んだ汗を袖で拭った。

 

「霊力を使うのって、やっぱ疲れるわね。修行をサボって正解だったわ」

「――れ、霊夢。いまのって……」

「ん? あぁこの技ね」

 

 信じられない光景を見て驚きを隠せない様子の魔理沙に向けて、とびっきりの作りドヤ顔を向けた。

 

「えっとね。魔理沙とコイツが弾幕ごっこしている間に読んだお姉ちゃんの漫画の主人公の必殺技を、軽く真似してみたの」

「はっ? ま、漫画?」

「ちょっと待って。えーと、漫画、どこに置いたっけ……あっ! しまった! 証拠隠滅のときに燃やしたんだった!」

 

 あのときは慌てていたとはいえ、あの漫画は燃やすべきではなかった。一応、博麗霊夢の義理の姉が書き連ねた漫画だったわけだし。

  

「まぁ、いいか。ともかくね、さっき読んだ漫画の技を模倣したの」

「へー、そうなのかー……いやいやいや! 納得できるわけないだろ!」

「そう言われてもなぁ」

 

 事実なのだし、これ以上の説明は博麗霊夢にはできない。

 そうだ。博麗神社に帰れば、まだ何冊か姉の漫画が残っているのではないだろうか。ならば、今すぐ帰宅して魔理沙に読んでもらおうか。

 

「魔理沙。もう用も終わったことだし、神社に帰りましょ。金目の物もないし、レプリカの妹はこの通りだし、ここにいる必要なんてもうないでしょ? 帰ったらお姉ちゃんの漫画を読ませてあげるわ」

「いや、まだ用は終わってないし。ていうか私は別にその漫画を読みたいわけじゃなくて――なんでお前のような才能の欠片もないやつが、そんなチート級の技を使えるんだよ!!」

 

 なぜか、血気迫る表情で魔理沙は博麗霊夢を問い詰めた。

 

「お、落ち着いて魔理沙。え、えーと。あ、あれよ! 私の博麗の巫女としての真の力が目覚めた、とか!」

「はっ? 何言ってるんだお前。それは流石に冗談だろ」

「まぁ、そうでしょうけど……」

 

 魔理沙の言う通り、博麗霊夢が実は最強でしたなんて展開はありえない。

 いや、実際はその通りなのだが、長きに渡り博麗霊夢の最弱さを目にしていた魔理沙からしたら、とてもじゃないが信じられない。

 博麗霊夢自身も、「多分まぐれだろうなぁ」とは思っていた――心底では、「でも私って、頑張れば頂点目指せような気がするしなぁ」と傲慢にもそう思っていたのだが、でもやはり今までの経験からして、まぐれである可能性のほうが高いと思っていた。

 まぁきっと、まぐれである。  

 かつての紅霧異変の最終決戦のときと同じで、偶発的に起こった奇跡なのだ。

 博麗霊夢と魔理沙は、とりあえずそう考えることにした。  

 

「グギギ。ぶ、ブッコロォス」

 

 博麗霊夢のまぐれによって発動した技で拘束されているフランドールは、変わらず殺意がこめられてた瞳で霊夢を睨んでいた。

 

「なによ、この雑魚っぱ吸血鬼」

「なんだとこの反則巫女! 弾幕ごっこで殺傷力のある弾幕を放ちやがって!」

「……あー、そういやそんなルールあったわけ」

 

 なにぶん、産まれてから数度しか弾幕を放った経験がない博麗霊夢だったので、すっかりそのルールを忘却していた。

 

「まあまあ。でもあんた不死身の吸血鬼だし、大丈夫でしょ」

「バカ! ルールはちゃんと守んないと『スキマ様』に怒られるんだぞ!」 

「スキマ様? なにその、妙に腹立たしい名前――痛っ!」

「大丈夫か、霊夢!」

 

 突如として、頭上から何かが落ちてきた。

 

「いてて……なによぉ、これ。バケツ?」

 

 どうやら博麗霊夢の頭上に落ちたのは、鉄製のバケツだったらしい。

 なんだこの、昭和的な罰ゲームは。博麗霊夢と魔理沙は、同じことを思った。

 

「ははは! バーカバーカ! この腐れ巫女! ルール違反するからスキマ様に天罰を与えられたんだ!」

「な、何をっ! このウンコ吸血鬼! 馬鹿って言うほうが馬鹿なのよ!?」

「へん! 知るか馬鹿! って、しゃ、しゃめろ! 頬を引っ張るひゃ!」

「馬鹿にお似合いのマヌケ面ね! バーカバーカ!」

「ひっ、ううっ。や、やめてよぉ……」

「――お前らガキか!? ていうかこいつほんとに泣いてるじゃないか! やめてやれよ霊夢」

 

 魔理沙がそう言うので、博麗霊夢は仕方なく手を引くことにした。

 博麗の札によって暫く動けないから涙を拭けないフランドールに同情してか、魔理沙はハンカチを取り出して丁寧に拭いてあげた。博麗霊夢は、善意に満ちた魔理沙を見てなぜか誇らしげな気分になっていたが、そのハンカチで思いっきり鼻水をかんだフランドールを見て、また少し殺意を覚えていた。

 

「おい、反則巫女。いい加減この拘束解けよ」

 

 そろそろ冷静になって戦闘意欲を失った様子のフランドールは、博麗霊夢に口悪くそう頼んだ。

 

「ごめん。解き方わかんない」

「――はっ!? お、おま。じゃあ私、ずっとこのまま!?」

「さぁ、効力が切れたら戻るんじゃない? いやでも、漫画の中ではこの技は、使用者が命じぬ限り永遠に解かれなかったような……まぁ、いいか。じゃあさようなら」

「ま、待って! いかないで!」

 

 フランドールのそんな言葉を無視して、博麗霊夢は一仕事して満足した気分になりながら帰路の階段を昇ろうとしていた。

 

「えっ、うそでしょ。じゃあ私、ずっとこのまま――ま、待ってぇぇぇぇ!!! いかないでぇぇぇぇ!!」

「おい霊夢! 解き方わからなくてもいいから、一応努力だけはしてみろよ! 私、この吸血鬼が色々と不憫で仕方がないよ!」

「魔理沙がそう言うなら、まぁやるだけは」

 

 博麗霊夢は踵を返して、フランドールのところに戻った。

 

「えーと、どうするんだろう。とりあえずこの御札、ひっぱってみるか……えいっ!」

「痛っ! まってこれ、服と一緒に肌にも接着してるから! 痛たたたたっ!! レプリカお姉様よりも発育の良い私のおっぱいも剥がれるぅぅぅ!!」

「霊夢、手加減してやれ! あと霊夢もさっき間違えていたけど、レプリカじゃなくてレミリアだからな!」

 

 魔理沙に手加減しろと言われたので、博麗霊夢は御札を引っ張る力を弱めた。

 だが、もっと強い力で引っ張らないと剥がれないのでは? そう思う博麗霊夢だが、そうするとフランドールが文句を言う。どうしたものだか。

 

「なぁ霊夢。霊的な御札を物理的に剥がすのは無理じゃないか? なんかこう、御札の霊力を霧散させるとか」

「魔理沙、ナイスアイデア」

 

 魔理沙の助言に従って、博麗霊夢は御札に手を添えて霊力の霧散を試みる。

 ――大丈夫、霊力のコントロールなら比較的得意なのだ。私ならうまくやれる。

 もし失敗して爆発したらどうしようと不安になったが、失敗ばかりを考えるのはあまり良いことではないだろう。いまは、成功することを考えよう。

 博麗霊夢は目を瞑り、御札の霊力に意識を傾ける。

 イメージするのは、バケツの中の水を手で掻き出す感覚。バケツの中の水を、多く手ですくうのだ――御札の霊力値が低下すれば、自ずと御札は剥がれる。

 大丈夫だ、博麗霊夢ならばきっと成功する――

 

「おっ、剥がれたぞ霊夢!」

「……っ」

 

 魔理沙の声を聞いて、博麗霊夢は目を開く。

 御札は、重力に負けてフランドールの足元に落ちていた。解放されたフランドールは、身体の動作を確認するようにぴょんぴょん飛び跳ねる。

 

「ふー、やっと楽になったわ。ありがとう、腐れ巫女。いや、感謝の言葉を言うのもおかしいかな?」

 

 フランドールは、もう丸焦げにされたことを怒っていないようだ。疲労した様子で、部屋のベッドの上にダイブした。

 

「じゃ、もう帰っていいよ。人間さん達」

「えぇ、さようなら」

「いや霊夢、まだ用は済んでないからな?」

 

 やっと帰宅できると安堵していたが、どうやら魔理沙はまだ何か用があるみたいだ。

 げんなりとした気持ちのまま、博麗霊夢は魔理沙の用が終わるのを待つことにした。

 

「えーと、金髪の……名前、なんだっけ?」

「霧雨魔理沙だぜ、フランドール嬢」

「あー、そうそう。霧雨魔理沙もといステファニーだったわね」

「……まだそのあだ名で呼ぶのか。ていうかお前、さっきと比べて随分と性格が変わっているが、それが素か?」

 

 それは魔理沙がずっと気になっていたことだった。

 先程までのフランドールは、まるで人形のような幼気があった。だけど今のフランドールは、雰囲気がなんとなく、博麗霊夢のような少しガサツな感じになっている。

 魔理沙の所感だと、正直いまのフランドールのほうが自然体に見える。このフランドールを知ってしまえば、先程までのフランドールの性格が演技にしか見えない。

 

「まぁ、これが私の素だよ。さっきのは私の演技。テーマは『狂気の西洋人形』だったんだけど、なかなかの名演技だったでしょ?」

「なんで、そんなことを……」

 

 事前にレミリアから色々と話は聞いていたが、フランドールがそういう役を作っているなんて話、レミリアは言ってなかった。

 小悪魔もそうだ。フランドールは、自らの『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』のせいで気が触れてしまったと言っていたが、見る限り、そこまで狂っているとは思えない。普通の妖怪としての、人間とは違う常識は当然のように持ち合わせている感じはするが、他の妖怪に疎まれてしまうほど、常識が壊れているようにも見えない。

 ――いや、まだちょっとしかコイツの本当の姿を見ていないし、断定するのは早いか。

 魔理沙は、先入観を捨てようとする。レミリアと小悪魔に教えてもらった情報があるから、情報が違ったことに困惑するのだ。  

 情報をすべてリセットとして、フランドールと会話してみよう。そうしてみれば、フランドールの本質を知ることができるかもしれない。  

 

「なんで、演技なんかをしたかって――そりゃあ、まぁ、決まってるじゃない」 

 

 さぁ言え。今からフランドールが言う言葉が嘘か真実かはともかくとして、その答えを聞くことで少しフランドールの本質を理解できるはずだ。 

 魔理沙は、フランドールが照れ臭そうに頬を掻きながら口に出そうとする言葉を一文字も聞き逃さないように、意識して耳を傾ける――ちなみに博麗霊夢は、フランドールが言おうとする言葉の内容を察していた。同じ穴のむじなだからこそ、覚ることができた。

 

「えーと、その……ひきこもり生活を、永遠に続けるためだよ」

「…………はっ?」

 

 魔理沙は、耳を疑った。

 

「――ふっ。あんた、なかなか分かっているじゃないの」

 

 はっきりとフランドールの口からその言葉を聞いて、博麗霊夢は同族意識を感じてフランドールに握手を求めた。

 

「ま、まさか、あなたもそうなの……?」

「えぇそうよ、フランドール。……秘密なんだけど、あなたには教えるわ。実は私、全然強くないの。さっきあなたを焼いた光弾は奇跡的に発動できたもので、本当の私は歴代最弱の博麗の巫女なのよ」

「れ、霊夢!?」

 

 絶対に誰にも知られてはいけないはずの秘密を、博麗霊夢は簡単に告白してしまった。

 いくらフランドールに対して同族意識が芽生えたにしても、いきなりその重大な秘密をバラすだなんて――あまりにも愚かなことをするものだから、魔理沙は明らかな動揺した。

 

「えっ、ステファニーのその反応を見るに、ほんとの情報? えっ、ウソ。『文々。新聞』に情報提供して拡散しよ」

「ふ、フランドール!?」

「冗談よ、ステファニー。そんな面倒くさいことしないわ」

 

 その言葉を聞いて、魔理沙はほっとした。生きた心地がしなかった。

 

「ふふっ、やはり心得ているようね!」

 

 無表情ながらも、博麗霊夢は嬉しそうに声を弾ませた。

 

「何のことだ、霊夢?」

「私達のようなニート気質の人には、ある共通のルールが三つあるのよ――ルール其の一、『休むためなら努力を惜しまない』」 

「ルール其のニ、『厄介そうなことには関わらない』」

「ルール其の三、『一生寝て過ごすことを目標に生きる』」

「同士よ!」

「友よ!」

 

 博麗霊夢とフランドールはハイタッチをした。

 新たな友情が芽生えた瞬間だった。

 

「……うん。もうわかったよ」

 

 魔理沙は、げんなりとした様子で溜息を吐いた。

 そして、黙って部屋から出ようとする。

 

「あれ。私に何か用があるんじゃなかったの?」

「あぁ。だけど、もういいんだ――同族に幽閉された哀れな姫様が、ここを出たいと願うなら全力で出してやろうと思っていたんだがな。だがどうやら、ここには姫様なんていないらしいから」

「ふーん。つまり、私を使って、『困ったやつを助ける私カッケー!』をしようと思ったのね。それは、残念だったわね」

「……その言い方は気に食わないが、もうどうでもいいな。無駄骨だと知って、私は疲れたよ」

「あら帰るの? もうちょっと霊夢と話そうと思っていたのに」

「残念ね。フランと、あと2時間くらいはグータラ談話を続けようと思っていたのに」

 

 すっかり意気投合して、もうすでにフランドールのことを愛称で呼んでいる博麗霊夢だった。

 

「帰ろうぜ。私、弾幕ごっこで結構疲れてるしさ」

「魔理沙が疲れてるなら、しょうがないわね。じゃ、また今度ね、フラン」

「うん! じゃーね、霊夢! あとついでにステファニー!」

 

 笑顔で手を振るフランドールに見送られて、博麗霊夢と魔理沙は地上に昇る階段へと進んでいった。

 

「……まったく。なんで私、こんなに苦労してまであいつに会いにいったのだか」

「いいじゃない魔理沙。私、魔理沙以外の友達なんて、もしかして初めてかもしれないわ」

「……ま、ならいいか」

 

 魔理沙以外の友達、という博麗霊夢の言葉に少しだけ嫉妬を覚えて、ムスーっとしてしまった魔理沙。だけど、珍しく霊夢の表情が『笑顔』の形をしていたから、フランドールに会って良かったなぁ、と思った。

 

 ともあれ、これで完全に紅魔館を攻略したと言えるだろう。

 

 まだ色々としこりは残っているが、あの紅霧異変で魔理沙が心残りだったものは、大体解消できた。

 

 

 これにて、『紅霧異変―EXステージ―』――END。

 

 

 

 

 




 エピローグを書いて、紅魔郷EXは終了になると思います。

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