(や――殺っちゃったァァァァーー!!!)
丸焦げとなったフランドールの死骸。
それを無表情で眺めている(と思っている。嬉々としたある種の狂気的な表情をしているがその自覚はない)博麗霊夢だが、その反面困惑で濁流の如くダラダラと汗をかいていた。
フランドールが死んだ。
全身丸焦げ。
これは絶対に死んだ。
ていうか博麗霊夢が殺してしまった。
(どうしよう、どうしよう……っ!)
どう姉のレミリアに己は無実であることアピールしたらいいか考える博麗霊夢だが、混乱した頭ではいい案が浮かぶはずもない。
だけど――よく考える前にこの現状、最弱の巫女である博麗霊夢が生み出せるものではない。博麗霊夢はそれに気がついた。
(そうよ、まず前提に、私がこの吸血鬼を殺害できるはずないじゃない……っ。だってコイツ、単純な力では魔理沙をも圧倒的に上回るのだから――)
少し冷静になって思考した。
そして、"どう考えてもコレを殺ったのは博麗霊夢ではない"という結論が導き出された。
フランドールが勝手に丸焦げになり、勝手に死亡しただけである――というのは流石に無理がある弁解にしろ、それでも博麗霊夢が無実であることは変わりないはずだ。
フランドールを焼いたあの光弾。博麗霊夢が読んでいた漫画の劇中に出てきた『夢想封印』に似たあの攻撃は、博麗霊夢が行ったものではない。
一見は博麗霊夢が発現させたように見えるかもしれないが、まず前提に博麗霊夢にはあんな必ず殺す技を使用できるほどスペックは備わっていない――故に、博麗霊夢は無実である。
かの閻魔様だってそう判決を下すに決まっているだろう。
「すぅぅぅ、ハァァァァ。
大丈夫、大丈夫よ博麗霊夢。私は何もやってない。私は無実。あ、でも念のため証拠は隠滅しなきゃ……」
「…………」
慌てふためき脂汗をかく博麗霊夢。
対して魔理沙は、急な展開に頭が付いていかないのか、目を見開いたまま停止していた。
まぁ当然な反応だ。さっきまで戦闘を繰り広げていた相手が突如として丸焦げになったのだ。むしろ驚かないほうが驚きであろう。
「証拠隠滅、証拠隠滅……ねー魔理沙ー! この本を魔法で燃やしてー!」
「――えっ、あ、うん」
呼びかけられた魔理沙は一瞬身体をビクッと震わせた。
そして訳がわからなそうな面相を浮かべながらも博麗霊夢の言うことに従い、炎の魔法で漫画を焼却した。
燃やしたのは念の為である。
「よし、とりあえずこれで良いわね。あとは、この死体の隠さなきゃ……ねぇ魔理沙。そこにある大きなタンスに入ってるだろう洋服、全部抜いてちょうだい」
「う、うん……」
魔理沙は相変わらず現状を把握してなさそうなままタンスの中の洋服を全部外に出した。
「オッケーよ魔理沙。じゃあ次は、フランドールの遺体をタンスに詰め込む作業に移行するわ。いいわね?」
「あ、あぁ……わ、わかったぜ?」
博麗霊夢と魔理沙は、丸焦げになったフランドールの遺体を担いでタンスに放り投げた。
そしてその亡骸の上に隠すように洋服を戻した――あとそのタンスには、あまり活用されていないようだが栓鍵機能があったので、鍵をしてからタンスを閉じた。ちなみに鍵は、タンス付近の床に雑に置いてあった。多分、栓鍵をする意味がないと思い、フランドールが捨て置いたのだろう。まぁ、確かに無駄な機能である。プライベートを守るために付けたのかもしれないが、まず前提に、屋敷の者さえも容易に近付かないこの場所には、フランドールのプライベートを侵害するような者など寄らないのだから。
「――ふー、これでとりあえずは大丈夫なはずよね。
いやまだか、まだ足りない――遅かれ早かれ、フランドールが死亡したって事実はいつかは知られるんだから」
「そ、そうなのか?」
「そうなのよ。なら、どうすればいいか……」
博麗霊夢は考える――
「――そうだ、この手があった」
「ど、どんな手なんだ?」
「ふふっ。発想を逆転させるのよ、魔理沙――発見者が現れるのが困るなら、発見者になり得る者共をあらかじめ消せばいいじゃない――ッ!」
「け、消すってお前……」
「レミリア、パチュリー、咲夜――いや、もういっそここに住むみんなを冥界に送りましょ。みんな、ミンナ、血みどろにさせるノ!」
「フランドールの狂気が
「ゲヘヘッ。罪は罪で洗い流せば清潔なのよっ!」
「完全に悪役のセリフだな」
博麗霊夢の発言に、頬を引き攣られている魔理沙。
誤解しないでほしいが、普段の博麗霊夢ならば恐らくはこんな非人道的な発言はしなかっただろう。
今はただ、混乱して思考回路がおかしくなっているだけ。
多分、きっと、そのはずだ。
(大丈夫、私は正しい。私はただヒャッハーして汚物を消毒しただけ。罪はない罪はない――いや、逆に考えよう。罪に塗れても構わないと。閻魔にうちの魔理沙をけしかけて罪を帳消しして貰えばいいさと。
それにそもそもの話、幻想郷は自由の場所なんだがら『罪』という概念はないわ。
そうだ、そういうことにしとこう!)
人間、追い込まれたらつい自分を正当化してしまい、目の前の問題から逃げてしまうものだ。
博麗霊夢の根底にあるものが『人間的なモノ』なのかはいざ知らず、一応種族上は人間の博麗霊夢なので、つい罪から目をそらしてしまうのだ。
まぁ、フランドールを殺害した『かもしれない』ことに対する罪悪感がまったく存在していなく、あくまで悪魔の殺害罪を負う『かもしれない』ことだけを懸念しているところが、博麗霊夢の人間的ではないところなのだが。
――そう、『かもしれない』という、どう考えてもあり得ないだろう可能性を博麗霊夢は心配しているのだ。
『なにを勘違いしている』――まだ身体は成熟していないにしろ仮にもフランドールは『不死の種族』。
確かに博麗霊夢はフランドールを殺害した。
だけど。
それは、無限に等しい残機を一つ減らしただけだ。
吸血鬼フランドールの本領発揮は――一度死んでから始まる。
「――うっ、ああああアアアアアァァァァッ!!!!!」
「――っ!」
さて証拠隠滅したことだし帰ろうかと背を向けていた博麗霊夢だったが、突如として鳴り響いた怒号で反射的にタンスのほうに目を向けた。
――そこには見覚えのある火柱が顕現していた。
「……鍵かけた意味なかったな……このまま閉じ込めてとんずらしようと思っていたのに」
ボソリと呟く博麗霊夢。
だがその言葉は、フランドールの絶叫でかき消された。
「テメェぶッ殺してヤラァこの反則巫女ぉぉぉ!!!!」
完全に頭がぶっ飛んでいるフランドールは、レーヴァテインを顕現させて博麗霊夢を斬りかかろうとする。
今日一番の危険な匂いがした――なのに不思議と、死の匂いはしなかった。
今この瞬間の博麗霊夢は、この場にいる誰よりも冷静沈着だった。