博麗育成計画   作:伽花かをる

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十話 天才

 例え極上の柔らかさを誇るベッドがあったとして、そのベッドに音に等しい速度で頭から激突したら人間はどうなるだろうか?

 

 そこの解は『死亡』だ。  

 或いは運が良くて重体。

 

 ――だが運命すらも捻じ曲げる博麗霊夢の運。

 それは如何なる不運が直面しても、必定だと言わんばかりに生き永らえる博麗霊夢の『巫女』としての才能の一端だ。

  

 

「痛たたた……魔理沙め、死ぬかと思ったわよ……」

 

 

 衝撃で脚組が折れたベッドの上、最良の運を誇る我らが博麗霊夢は何か無傷で生存していた。

 心臓の鼓動をバクバクと鳴る。

 短期間で二度も死線に近付いたのだから、いくら博麗霊夢とて狂ってしまいそうになる――尤も、楽観的思考が並外れている博麗霊夢である。狂気に堕ちるような気性ではないだろう。

 

 博麗霊夢は外を見た。

 外――ベッドの上から見た、魔理沙とフランドールの弾幕ごっこ。

 いや、あれを弾幕ごっこと呼ぶには些か雅さが足りないか。弾幕ごっこらしかったのは最初のフランドールのスペルカード発動の時だけで、いま彼女らが行っている遊戯はただの鬼ごっこだ。

 鬼役が吸血鬼なのだから、吸血鬼ごっこと言うべきか。

 どちらにせよ、過激な遊びである。

 だって『ごっこ』と言う割には速度が疾すぎる――両者とも、音速を越えようとする速さで追いかけ逃げている。

 少なくとも博麗霊夢の目には残像しか見えない。

 それでも音速だと判断できるくらいには彼女らの姿を捉えられているのは――目ではなく、()()()()()()()からなのだが――その心眼とも言える技術を知らぬ間に習得していたのは博麗霊夢の天才さ故の結果だった。

 

 さて、ではそろそろ、これからどうするか決めようか。

 

 見たところフランドールの眼中には魔理沙しか居ないようだし――このまま黙ってベッドの上で寝ながら決着を待つというのも一つの手ではある。

 何だかんだ言っても人並外れて精神が図太い博麗霊夢なので、このまま全てが終わるまで、空気読まずに人様のベッドで爆睡することは――無論、容易く行える。

 

 どれ程恐怖感に縛らえてガクブルになったとしても、やろうと思えばすぐに「まぁどうでもいいや」という結論を出せる博麗霊夢なのだ。博麗霊夢、唯一の特技と言っても良い。これがなければ恐らくは、同年代の少女に守護される劣等感に溺れ、博麗の巫女として充分に認められるほどの力を身に着けようと切磋琢磨し、眩しい夕焼けの下で修行に明け暮れていただろう。

 

 何と、惨いIFだろうか。

 

 朝から晩まで修練に励む――その姿を想像するだけで、博麗霊夢は嘔吐しそうになる。

 勉強が大苦手の博麗霊夢だった。

 

 

「――あれ。何だこれ?」

 

 

 博麗霊夢が座る横に、身に覚えがあるような無いような、一冊の読み物が落ちてあった。

 読まれこまれていなさそうな新品同様の本だ。薄いので頁は少なさそうである。あと手作り感がある。

 ……何処かで、こんな本を見たような……そんな気がする。

 ふと博麗霊夢はその本に手を伸ばして軽く一読してみた。

 

 本には文字だけでなく、絵も描かれていた。

 

 霊夢のような巫女服を着た少女の絵。その少女は針や札を怪獣らしき生物に向け、七色のふよふよと浮く珠をその怪獣にぶつけている。

 その技らしき物を使う一連の動作が絵に描かれている。

 

 

「この絵柄、どこかで見たような気がするんだけどな……」

 

 

 外の世界の『漫画』という書物に似ている気がする。

 博麗霊夢は子供の頃、それを読んだ事ある。先代と同居していた頃、先代が趣味で描いた物を呼んだことがあるのだ――

 

 

「あー、これ。よく見ればお姉ちゃんの画風ね。

 でも、何でこんなところに……」

 

 

 もしや博麗霊夢のスキマポケットから零れ落ちたのか?

 そう思ったが、基本的にスキマポケットには退魔用の札や針やスペルカードしか入れていない。というかまず、私的な物はなぜか保管できないのだ。

 

 

「……まぁいいか。暇だし久しぶりにお姉ちゃんの漫画読もうかな」

 

 

 戦線から離脱した今、博麗霊夢にはやるべきことが無い。

 魔理沙とフランドールの勝負をチラ見した。

 戦況を見たところ、僅かに魔理沙のほうが優勢である。

 ……前回フランドールの姉のレミリアに惜しくも敗北した魔理沙だったので、もしや劣勢に追い込まれるのではと懸念していたが……どうやら杞憂のようだ。

 

 博麗霊夢は漫画本を開いてベッドの上で寝そべった。

 漫画と弾幕ごっこ。寝ながら()()()()()を愉しむつもりである。

 

 

(……お茶とせんべいがあったらベストなんだけどなぁ)

 

 

 完全にギャラリーと化している博麗霊夢。

 だが弾幕ごっこは決闘法の一つであるが同時に競技でもあるのだ。

 やるのは嫌だけど、見る分には楽しい。

 それは競技の一つの楽しみ方である。それに本来、弾幕ごっこは観客が居て成立する遊びだ。

 勝利条件に『美しいか否か』という物があるのだから第三者の存在は必要不可欠である。

 

 美しいならどんな悪手さえ許される。

 また、美しさが欠如してるならどれだけ圧倒しても敗北となる。

 

 それが弾幕ごっこなのだ――恐らく観客を愉しませるという一点に限れば弾幕ごっこ以上の競技は無いだろう。

 弾幕ごっこが嫌いな(紫がやるよう強要するから天邪鬼が働いてやりたいと思えないのだ)博麗霊夢であるが観客として見るのはとても好きなのだ。特に魔理沙のパワーとスピードで攻めるプレイングは見ていて爽快なので非常に好きだ。

 もし弾幕ごっこをする機会があれば、魔理沙のようなプレイスタイルで戦ってみたいものだ。

 まぁ尤も、前提として弾幕ごっこをを行える能力がないのだが。

 

 

「魔理沙ー。がんばれー」

 

 

 博麗霊夢は魔理沙に声援を送る。

 完全に観戦モードに切り替わっている。

 先程までぶるっていた者の姿とは思えない。

 だがこのフリーダムさこそが、博麗霊夢が博麗霊夢である証明とも言えるのだろう。

 常に何処かしら()()()()()からこそ、彼女は弱いにも関わらず博麗の巫女の役目から背けずに要られたのだ。

 

 それは博麗霊夢の誰にも真似ることができない長所でもあり――同様に短所でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「――魔符『スターダストレヴァリエ』」

「――禁忌『フォーオブアカインド』」

 

 

 いよいよ弾幕ごっこは終局を迎える、という雰囲気の中で二人のスペルカードはぶつかり合う。

 結局最後まで博麗霊夢はずっと寝転がりながら読書と観戦に徹していた。フランドールは魔理沙(というかステファニー?)に熱中の様子だったので、空気と同化していた博麗霊夢には最後まで気付かずにいた。 

 

 

(それにしても微妙な勝負だったわね。あの金髪の子、最後まで本気を出さなかったし)

 

 

 両者とも金髪の子であるが博麗霊夢が指し示しているのはフランドールのほうである。

 明らかに手を抜いている。根拠がある訳ではないが、()()()()()()()()()

 なぜ本気で戦わないのかの理由……これもまた直感であるが、恐らくは『遊んでいるから』だろう。

 

 

(たまに居るのよねぇ。人間だからって舐め腐って手を抜く輩。まぁ、私からしたら手を抜こうが抜かまいが死ぬんだけど)

  

 

 強者ゆえの余裕という奴だろう。

 大妖怪にありがちな奴だ。歳をとりすぎた妖怪によく見られる、自信から生じる驕りだ。

 

 

(ふむ……じゃあやっぱり、()()()()()()()()()()()()()()()()) 

 

 

 『狂っている』だとか『身体精神と共に幼い』だとか……レミリアやパチュリーから聞いたことだが、それらは恐らく正しいものではない。

 いや、きっと意図的な嘘ではないのだろう。彼女らは本気で、フランドールをそういう存在だと思い込んでいるのだろう。

 

 

(なるほどねぇ……まぁ、その子の気持ちは充分に分かるわね。えぇ、理解できすぎて同族嫌悪を感じちゃうほど)

 

  

 博麗霊夢がそれに気付けたのは、フランドールの思いが痛いほど分かるからである。

 ……多分それは、魔理沙では絶対に理解できない気持ちだ。

 

 

(ま、別にどうでもいいことなんだけど。つーかなるほど。あたかも可哀想に見えるから、魔理沙はあんなにも彼女に会いたがっていたのか)

 

 

 魔理沙が地下に行きたがっていた理由――それを知るに至ったのは七割方勘なので他者に納得させる説明は難しいけど――なるほど、確かに魔理沙らしい理由だと、博麗霊夢は納得した。

 

 

(はぁ、結局茶番ってことだったのね)

 

 

 とはいえ、博麗霊夢が関わる大半の事件の理由は、茶番とまで言わなくても「どうでもいい」と思わざるを得ないもので占めている。それを考えればいつも通りだったと言える。

 この間の異変だって「夏は暑くてたまらないから」という理由でレミリアが起こしたのだ。その姉あってこの妹あり。そういうことでもあるのだろう。

 

 徒労感で溜息を吐き捨てた博麗霊夢は、魔理沙とフランドールの弾幕ごっこから目を外して漫画本のほうに視線を固定させた。

 熱中するほど面白いわけではない。だからといってつまらないわけでもない。

 好んで読みはしないが、暇潰しとしてなら拝読できる――そんな感じの読み物だった。 

 

 だが、主人公が使う数々の必殺技の魅力溢れるものだった。

  

 

「霊符『夢想封印』、ねぇ……」

 

 

 どこかで聞いた覚えがある技名だが多分気のせいである。

 この読み物の主人公の代名詞的な必殺技だったので深く記憶に残ってしまった。

 追尾性のある多色の特大光玉を作り出し、それを相手に必中させる技だ。

 ……もしこれと似たような技を弾幕ごっこで引用するなら、とんでもない有能性を持つスペルになるだろう。

 必中とは言わずとも、それに等しいホーミング性能を誇るスペルカードなんてチートである。低威力ならまだ赦されるが、一撃で試合終了になるほどの高火力スペルだとしたら反則を訴えられるのは必然だ。

 まぁもしこの技をスペルカードの参考にするにしても、ある程度の火力に抑えなくてはならないだろう。回避不可の一撃必殺などつまらない。マナー的にもそうするべきである。

 

 ――と、色々と『もしスペルカードとして使用するならば』というありもしない仮定を考えてしまったが……まず博麗霊夢は、前提の通常弾幕さえも放てないのだった。

 

 

(ま、私なんかにできるはずもないけどね! 奇跡が起こらない限り、マグレが起こらない限りっ!)

 

 

 変に自信満々な博麗霊夢だった。

 自身の脆弱さを誇りとさえ思っている博麗霊夢なのだ。吹っ切れているのか、本心からそう思っているのか。それとも、『才能がないから』と嘆き努力の無意味さを語る凡人のように、弱きままで在ることを正当化しているのだろうか。

 

 それは、当人の博麗霊夢さえも把握していないし――それに彼女は、その他のカテゴリに入る人間だ。

 才能が無いと嘆き哀しむ凡人ではない。

 

 彼女は決して凡人に非ず――博麗霊夢は誰もが妬ましく思うほどの圧倒的な才を生まれ持っているのだから――

 

 

(あ、あれ? この周りにふよふよしてる奴って――)

 

 

 博麗霊夢。

 

 彼女は、天才である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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