前回、次から体育祭編と言いつつも、まだ入っておりませんが。
体育祭編は結構のんびりペースになると思います。
それでも良ければどうぞ。
USJ襲撃とオールマイト殺害計画は、失敗に終わったらしい。
形が伝聞なのは、俺はその時のことを覚えていないからという理由に尽きる。
黒霧さん曰く、俺の個性を安定して使えるようにするための副作用なのだと聞いたが、どこまで本当なのかはあまり考えないようにしている。
(いや、まぁほとんど嘘くさいけど……)
大体、自らの個性を安定して使うために、意識が飛ぶなどどこに聞いても聞いたことのない話だろう。
そんな嘘を垂らすだけの黒霧さんと、何故か不機嫌な死柄木。……しかも両手に銃創を拵え治療中。
雄英襲撃の際の負傷だというそれは、何故か俺の腕にも軽く掠めていて。
(俺の意識が飛んでいる内に、何やらせてたんだろう。この人達…)
ふと、そんな疑念はわくが、いつもの事なので意識的に思考から追い出す。
先生の紹介の時点で、彼らの俺に対する価値観など、分かっているはずだった。
『寂しくはない?』
ふと、隣家の女主人の顔を思い浮かべてしまい、俺は慌てて思考を打ち消して、表情を取り繕った。
俺の挙動不審な一部始終を、黒霧さんが見つめていることに、俺は最後まで気づかなかった。
「……これ」
手当を終え、住処に戻ってきた俺は、ドアノブの所につり下げられているビニール袋を見つけた。ビニール袋には、料理の入ったタッパーがいくつか入っており、小さな紙切れが添えられている。
《作りすぎてしまった余り物ですが、良ければ食べてください。 緑谷インコ》
緑谷、と言うのは隣の家の表札と同じ名前であり、自分宛だろうそれは、おそらく先日会った女主人からの物だろう。
「……何でこんな」
思わず零した俺の声に答える者はいない……そう思っていた。
「君は……!」
……その声を聞くまでは。
飯田君達と駅で別れてから、電車で最寄り駅まで戻ってきた出久は骨折した腕に苦戦しながら通い慣れた家までの道を戻り……そこで隣家のドアの前に立つ一人の少年に気づいて、目を見開いた。
(あの人……!)
癖のついたように逆立った赤茶色の髪、それと同色の丸みを帯びた瞳。母の言ったように、己よりも年下なのだろう、小柄な体。
背丈も、瞳の色も身に纏う空気も違うのに。
(似ている……!)
その髪の色と、感情の乏しい瞳が被った。
敵連合。そう名乗った三人の内の一人、仮面を被ったあの敵に。
「君は……!」
相手に向けて言葉を発した直後、バクバクと爆発したように出久の心臓が鳴り響く。背丈も瞳の色も違うのだ。おそらく別人だろうとは思う。しかし、無関係と言うには似すぎている。
(親族か?それが何で家の隣に!?偶然か……それとも……?!)
グルグルと頭の中で思考が回るが、まともな考えは浮かんでこない。これはあまりにも、出久一人で解決するには大きすぎる問題だった。
「もしかして……雄英生?」
言葉に迷う間に、逆に問われたことで、出久は息をのんだ。
(こちらのことを知らない!?無関係か?……それとも鎌かけ?!)
答えられないで黙った出久の目の前で、ガチャリと扉が開いた。
「あら、出久!……に、クロ君っ!」
扉から出てきた母さんは、その少年を目にした途端、明らかに顔を緩ませた。
(母さん……!?)
予想外の出来事に混乱しつつあった出久はその少年の方へ近寄ろうとした母を咄嗟に引き留めてしまった。
「出久?どうしたの?」
キョトンと、こちらを見る母の顔は、何も分かっていないようだ。いや、正確には出久にとて確証はない。
どころか本人で無い可能性の方が現状では高いだろう。それでも、今不用意に母を近づけさせることは出来なかった。
襲撃で重傷を負った相澤先生や、13号先生。オールマイトの怪我をした姿が目に浮かんだせいかもしれない。
「その……その人は?」
母を押しとどめる為の時間を稼ぐように、尋ねた質問にまるで疑う事無く母は答えた。
「もう出久ったら、昨日話したでしょう?お隣の子よ。
そう続けて母は次にそこで自分達を呆けて見る少年に対して声を上げた。
「クロ君。息子の出久よ。仲良くしてあげてね」
その言葉に少年は何かを思い出したかのように、持っていたビニール袋を掲げて見せた。
「あの!これっ……!」
出久には分からなかったが、母には伝わったのだろう。フルフルと首を振りながら、にこやかな顔で母は言った。
「良いのよ。食べて食べて。作り過ぎちゃった私が悪いんだから」
どうやらそのビニール袋は母から彼に送ったものらしい。言葉から察すると、中身はおかずだろうか。
「あら?怪我したの?」
普通の会話に思わず胸を撫で下ろしていると、怪我の具合が気になるのか、母がついに少年の元へ近付いていく。咄嗟に引き戻すことも不自然に思えて出来ずに、出久はのろのろと二人の方へ近付いていく。
「……大丈夫です。掠っただけなんで」
どこか焦ったような少年の声に母の心配そうな声も被る。
「本当に……大丈夫ですから」
まるで逃げるように、少年は扉の向こうへ消えていった。
その怪我が、雄英教師の一人、スナイプ先生が、敵に撃った銃創場所に近いと気づいたのは、その数分後、自室にてオールマイトに相談の電話を入れた直後の事だった。
先生のすることには何らかの意味がある。
それは分かっていたつもりだったが。
「どうなっているんだ……一体……!」
扉を閉め、出入り口を全て確認してから、俺はベットの上で布団を被っていた。
突然体中に走った悪寒にどうすることも出来ず、俺は両腕で、自らの体を抱きしめるかのように包み込んだ。
「……なんで隣に、雄英生がいるんだよ……!」
雄英生というだけなら良い。注意は必要だが、過度な警戒は逆に違和感を持たれる。
しかし。
(あの人の目……俺を見る目が、鋭かった……!)
明らかに、初対面に向けるものではない。何故か分からないが、そう感じるのだ。
(もしかしたら……知られているのか?)
そんなはずは無いとは、言いきれない。
あの当時の記憶は俺の中には無いんだから。
(でもそんな失敗……死柄木が、黒霧さんが……)
……あり得ない事じゃ無い。
ふと、頭を奥で誰かが俺に囁くように聞こえた。
……彼らにとって、俺は……。
「落ち着け……まだ証拠は無いはずだ。彼らにとっても、俺の使い勝手が良い限り……」
先生は言った、俺は手駒だと。
死柄木は言うだろう。使い勝手の良い道具だと。
(その通りに生きれば良いんだ……そうすれば死柄木は、先生は俺を守ってくれる……自らの利益の為に……!)
グッと体を抱きしめる腕に力を込める。大丈夫、大丈夫と繰り返し、まるで呪文のように唱えていた。
「隙を見せるな……隙を見せなければ俺は……」
(死なずにすむ……!!)
ふと何故か、この時生前の最後の記憶が俺の脳裏に浮かんだ。
辺り一面に広がる白と黒の服の波。
白髪、白服の男の手の中にある拳銃。
鉛玉が己の体に入る感触と、怖いぐらいの熱さ。
自分を殺した男は……ただ愉快そうに笑っていた。
……憶えているのは、それだけだった。
次からは間あくと思います。
ゆっくりペースで、どうしようかな?