どちらの主人公の面影もまるで無い新章編、始まります。
どこかで入れないととは思っていましたが、おそらくシリアス多めになると思います。
それでもよろしければどうぞご覧下さい。
“大空“のいない世界
誰が間違っていた訳では無いと思う。
あの人を止めるにはあれ以上の最善は無かったし、運が味方しなければ、彼女があれほどの決意を持っていなければ、きっとこのような奇跡は起きなかった。
それに見合うだけの代償は確かにあったけれど、これ以上の結果を望むのは贅沢と言うものだろう。
だけど、こうなってしまった今だから思う。
こうなる結果を、彼はどこかで分かっていたのでは無いかと。
だからこそ、彼はあの時、敵であるはずのあの人に、あんな言葉を言ったのだ。滅多に見せなくなった彼の、何の含みも無い笑みで。
「大丈夫だよ。白蘭」
(笑って
「俺もお前も……落ちるのは地獄だ」
その答を僕は未だに見つけられない。
「……っ!どういうことだ!?入江正一!!」
獣の咆哮のように声を荒らげ、掴みかかってきた嵐の守護者には、真剣以上に鋭い殺気が宿っていた。
「落ち着け!たこヘッド!!」
絞め殺さんばかりの嵐の守護者を力尽くで押さえつける晴の守護者にも、困惑の色が濃い。
圧迫され、急激に拡張された気管支の動きを落ち着かせるように、膝をついたまま咳き込むのは、入江正一と呼ばれた男だった。
彼……入江正一と、嵐と晴の守護者達のボスであるボンゴレの「大空」、沢田綱吉。そしてボンゴレの守護者の中では最強と謳われる雲の守護者、雲雀恭弥が協力して、この時代から十年前の世界の彼ら……ボンゴレの十代目ファミリーを呼び、世界を滅ぼそうとしていたミルフィオーレファミリーのボス、白蘭を倒そうと画策したことは、今ここにいる彼ら……現在の十代目ファミリーにも既に共有されている情報である。
作戦が行われていた当初は、何一つ知ることもなく、煙に包まれた記憶を最後に、気づけばこの場所に立っていた。大空のアルコバレーノ、ユニの残した記憶がなければ、目の前に立っていた入江を視認した直後に、何らかの攻撃を加えようとしていた事だろう。
作戦の詳細がボンゴレ内部では雲雀にしか明らかにされていなかったことには不服を覚えるが、それが十代目の決定と言うのなら責めることは出来ない。紆余曲折は有ったものの、元凶である白蘭は倒れ、彼の悪事は全て歴史を遡り白紙になったというのなら、万々歳な筈なのだ。……本来は。
「何で……何で十代目がいねぇ!!」
晴の守護者、笹川了平に羽交い締めにされたまま、牙をむくように、嵐の守護者、獄寺隼人は叫んでいた。
「装置の中に内蔵されていた筈の分子貯蔵装置が、十代目のもんだけ消えているなんて……どういうことだ!?入江っ!!!」
怒り狂うように、縋りつくように吠える彼の言葉に答えられるだけのものを、入江正一も持ってはいなかった。
「落ち着け。おめーら」
鶴の一声。その役割を果たしたのはかん高い、子どもの声だ。しかしその声はファミリーのボスである沢田綱吉がいない今、この場では最も強い決定権を持つ存在のものでもある。
「アルコバレーノ」
その時、彼らの背後にある大きな機械と向き合っていた唯一人の存在、金髪に眠りかけているような半開きの碧の瞳、口に自作の棒付きキャンディーを咥える青年、元ミルフィオーレファミリーのメカニック、スパナが端的にその存在を呼び表した。
「リボーンさん……」
入江正一に掴みかかっていた獄寺も、毒気を抜かれたかのように、呆然としている。
そんな彼を含む綱吉の守護者達……その大なり小なりの腑抜け顔を眺めやって、やれやれと黄のアルコバレーノ、リボーンは溜息を吐いた。
「全く……揃いも揃ってボスがいねぇだけでこの有様か」
端的に言い放った言葉には何よりも明確な呆れと失望が籠もっていた。そこにいる六人の守護者達全員に思い当たる節があったのか、全員が神妙な顔つきに変わる。
「小僧……」
咄嗟に、謝罪の為か。リボーンに向けて言葉をかけようとしたのは、綱吉の雨の守護者、山本武。しかしそれを視線だけで制して、リボーンはスタッと一人の少女、この場にいた数少ない一般人の一人、三浦ハルの肩から飛び降りた。
「今京子の奴が他の奴らに事情を説明するために並盛基地に走ってくれてる。雲雀は既に風紀財団を動かせるように並盛の基地へ戻った。……んで、テメェらはいつまでここに立ち往生しているつもりだ?」
ギロリと、全員を睨むその姿は、十年前から変わることの無い赤ん坊のもの。しかし、この場にいる面々の中では、誰よりも現状を理解しているのもまた、彼である。
「スパナ。その装置の中には、もう誰もいねぇ。それは間違いねぇな?」
睨む視線を逸らさぬまま、問いかける赤子の姿の王者に、スパナは、微かに声を漏らす。
「ここにはいない。ただ……システムとしてはまだ繫がっている可能性があることは否定できない」
ピクリとリボーンの眉が動く。それを画面越しに見たのだろう、スパナは淡々と現状分かっている装置の状況を説明した。
「この装置の中には、確かにボンゴレの肉体を構成していた分子の貯蔵装置は入っていないけれど、その装置の電源はまだ入っている。……起動状態。つまり、現状はまだ装置の中で分子状態を維持している可能性がある」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ!スパナ!!」
血相を変えてスパナの説明に割りこんだ入江は、目を見開いたまま、信じられないと言うように首を振った。
「十年前の世界に綱吉君を帰すために、確かに僕は全ての装置の起動状態を解除した。十年前の世界に綱吉君達が帰れているのだからそれは間違いない筈だ!つまり綱吉君の装置だけ起動状態を維持している筈はないんだ!それならば十年前の世界に綱吉君だけが帰れていないと言う事になってしまう……!」
十年前の世界に十年前の沢田綱吉が、彼のファミリーと帰った事は、見送りの為に来ていた者達と、一時的に十年前の世界のマーレリングを封印するためにその世界に行った五人のアルコバレーノ達が証明出来ると言えるだろう。つまり、スパナのその仮説は入江の視点では眉唾以前に巫山戯ているとしか言えないものだった。
「だが現実に装置は起動状態の数値を示している。データは嘘をつかない。それは正一も分かっているだろう?」
スパナのはっきりと見開かれた瞳が正一のそれとぶつかる。
しかし、それが明確な火花を散らす前に、リボーンが二人の視界に飛び込んだ。
「その状況の可能性としては、何が上げられる?正一」
トンと、着地したのは装置の前に座するスパナの肩。
「……リボーンさん?」
言外に、スパナの肩を持つような素振りを見せるリボーンに、正一は疑問の色を浮かべる。
それを読み取りながらも、リボーンは言葉を続けた。
「本来なら消えるはずがねぇと思っていたもんが、実際に消えてんだ。常識はこの際置いといて良い。ヴェルデの奴も言ってたろう?トリニセッテが関わる時点で、人の理解の範疇は超える。俺はスパナの考えも入江の読みも間違っているとは思ってねぇ」
あえて両者に言い聞かせるかのような言い方に、自然と正一の頭は冷えた。
そう。この装置を作ったのは他ならぬ正一自身だ。己が作ったこの装置に、世界の命運を託し、綱吉を説得した。その装置のデータを己が信じなければ何を信じる。
「……そうだね。済まない。スパナ。僕も冷静じゃ無かったみたいだ」
軽く頭を下げた正一に、スパナも冷静さを取り戻したのか軽い様子で頷いている。そんな彼の様子に安堵を覚えて、改めて正一はリボーンに言われた条件を満たす可能性に思いを向ける。
「よしっ!」
沈黙を破ったのは、嘗てボスである大空に、どっぴーかんと呼ばれた男だった。
「腹が減ったな!基地に行って食事にするぞ!山本!たこヘッド!ランボ!クローム!!」
その場にいたいきなり呼ばれた四人は、その予想外の言葉に思わず目を点にした。
「なっ!芝生頭!テメェ十代目の安否も分からねぇこんな時に何言ってやがる!!」
「こんな時だからこそだ!たこヘッド!!腹が減っては戦は出来ん!!」
唸り声まで上げそうな獄寺と、鼻息荒くする了平にクロームがオロオロと二人を見比べる。
「……小僧、俺等どうすりゃあ良いのな?」
考え込むエンジニア二人を見つめていたリボーンに縋るような視線を送る山本のらしく無い気弱な言葉に、リボーンは思わず眉を顰める。
(……今までは感じてなかったが、ツナ一人いねぇ事態がここまで影響しちまうとはな)
それはボスがいきなり生死不明で行方不明になったからだけなのか。
(……いや、地味にアイツが決行したミルフィオーレファミリーによる殺害偽装が未だに尾を引いているのかも知れない)
あの事件は正一がすり替えた特殊弾によって仮死状態になっただけの茶番劇だが、知らなかった守護者達には関係は無い。
その上今回は実行犯も手がかりも未だに無いのだ。
彼らの不安も尤もだが。
(……いい加減、うぜーな)
それもまた偽りないリボーンの本心であった。
「リボーン!俺達は一度基地へ戻って食事にしてくるぞ!それで良いか!?」
「待て!勝手に決めんじゃねぇ芝生バカ!!俺は十代目の傍にいんだ!!」
彼らが呆けている間に穴を埋めていた晴の守護者は気鬱の心など感じさせない晴れやかな声音でリボーンに尋ねる。
それに言い返す獄寺の言葉に、リボーンは思わず溜息をついた。
その溜息は、思った以上にその空間に反響した。
「こ……小僧?」
「……リ、リボーンさん?」
山本と獄寺。沢田綱吉に最も近かった二人が、思わず声を揃えた。
沢田綱吉に近いと言うことは、即ち彼の家庭教師であったリボーンとも、近い距離を保っていたと言うことである。
そしてそれは、その分彼の怒りに触れる頻度も多かったことを指す。
そんな彼らの観測装置が警報を鳴らしていた。
今彼がこれ以上無いほどに起こっていることを。
「……てめぇら」
次の瞬間、発せられたリボーンの声に、他の二人も息を吞み……その場にそのまま居合わせていたハルもびくっと体を震わせていた。
「……一度基地に戻って体を休めろ。ここにいた所で邪魔になることはあっても、役には立たねぇぞ。それと……獄寺」
名指しされた瞬間、獄寺の体を襲ったのは突き刺さるような冷たい気配だ。
「ここに、ツナはいねぇ……!それ位分かれ!!」
「よしっ!行くぞお前らっ!!」
決断が一番早かったのは、了平だった。
生まれながらに鋭い本能……所謂野生の勘から、ここにいてはまずいと察したのだろう。
固まっている獄寺、山本を引くように歩きながら、クロームとランボにも目配りをする。
リボーンの本気の殺気に当てられた二人は泣きかけのハルを連れながら、せき立てられるようにして、その空間を出ていった。
「…………チッ」
流石のリボーンも、らしく無い事をした自覚はあったのだろう。特にあの場所には守護者だけで無く、一般人だった三浦ハルも居たのだ。常のリボーンならばあそこまでの殺気は出さなかっただろう。
「……焦っても変わらない」
機械に残されているデータから視線を逸らさずに呟くスパナに、答えることも出来ずに、リボーンはボルサリーノを被り直す。このまま己も一度ここを出ようかと、まだ結論が出なさそうな二人を眺めたリボーンは、口元を手で隠したまま、大きく目を見開く正一の姿に、目を丸くした。
「入江?どうした?」
何かに気づいたのか、明らかにさっきまでと異なる入江の姿に、リボーンが声をかけると、漸くスパナも異変に気づいたのか、「正一?」と問いかけてくる。
「そうか!それならば、矛盾は生じない……!」
こちらの声は届かなくなっているのか、小さく呟きながら
正一の目はその不安定な感情を表すかのように不規則に揺れる。
「いや……ただ……そうなると……」
ピタリと、入江の目の揺れは止まった。先刻までとは異なる、ミルフィオーレファミリーの六弔花の一角を担っていた時を思いおこさせる据わった瞳。深慮を湛えた目の色で、入江は、一つの結論を出した。
「……スパナ。その装置は、止められない」
「……何が分かったんだ?」
チラリと視線だけで尋ねるスパナの問いをくみ、リボーンが尋ねるも、正一はそれに答えず、呟き続ける。
「いや、正確には出来ない。綱吉君を見つけるまで……
「正一!?」
「入江!一人で納得すんな!要点を話せっ!!」
完全に一人の世界に入り、そこで完結させてしまっている入江の姿に、取り残された二人の行動は早かった。
掴みかかり、言い募る二人に、構うこと無く、漸くとっかかりを掴んだ入江正一は、大きく声を張り上げる。
「
「は?」
「……?」
しかし、端的すぎるその言葉は、全く意味が分からないものだったが。
「簡単なことなんだ!……おそらく、今の綱吉君は……」
本来なら、考えもしないこと。それを行える見えない相手に入江が感じたそれは、間違いなく怖気に近いものだった。
「……
リボーンの怒りによって守護者を含む数名が装置の置かれた空間から並盛基地へと追い立てられた頃、並盛の町に入る一つの影があった。
「……なるほどの。
そう呟くのは一人の老人だった。人気の無いながらも綺麗に整備されている街並みの中で、まるで一人だけどこか違う場所から紛れ込んだかのようなボロボロの着衣を纏っている。しかもそれはこの国ではあまり着る者のいない、異国風の衣装であった。
そんな目立つ出立ちの老人はブツブツと一人手元の何かに向けて呟きながらも杖をつきつつしっかりとした足取りでどこかへ向けて街の中を進んでいく。
「しかしながら、流石に「理」の異なる異界……一筋縄じゃあ、行かぬじゃろうて」
呟くその言葉の中にはどこか哀れみのような、憐憫の色があった。
漸く視線を僅かに上向けた老人の目には黒い布が巻かれている。
……そう。彼は目が見えていなかったのだ。
しかしそれにしては迷いの無い足取りで、老人は再び歩き出す。
その手元には古ぼけた布袋。そこには細かい破片がが入っているのか、歩く度に細かな音がなる。
「さてさて……楽しみじゃのう」
ククッと、その老人は布の巻かれた目で笑う。
「あやつらに……リングを蘇らせるだけの覚悟があるか……のう?お主ならば何というたかのう?……
笑いながら歩き続ける老人が並盛基地に辿り着くまで、あと少し。
この話では初、ボス以外のボンゴレメンバー登場となります。
……筆が乗ったの、それが理由じゃ無いだろうか?(苦笑)
取りあえず、どの時代でも最強はリボーンさんです。