繋いだ手と手が 紡ぐもの   作:雪宮春夏

23 / 30
約三ヶ月ぶりの投稿となりました、雪宮春夏です。
最早お詫びの言葉も出ない現状……。
ひとまずこれで「職場体験」編は、完全に終了となります。

次回は少々違う世界を挟む新章となる(予定です)。
では、長らくお待たせいたしました。(苦笑)
楽しんで頂ければ幸いです。



フレイアの正体

平行世界(パラレル・ワールド)……と言う言葉を知っているか?出久よ」

あの後、混乱から立ち直った出久が最初にしたのはⅨ世(ノーノ)と呼ぶのは止めてほしいという頼み事で。

首を傾げるⅠ世(プリーモ)に、「譲渡する」個性である「ワン・フォー・オール」の詳細と、それが知られる事で起きる個性の強奪を企む悪しき者達の危険性を訴えた。

「成る程……隠蔽のみが確実な防衛手段となるわけか……」

そう、渋々ながらも納得してくれた。

「しかしそれでは、いざ明るみに出てしまった時はどうするつもりだ?その言い分では、心を開ける仲間さえ、お前は作れないと言うことではないのか?」

それが力を受け取る者の宿命なのだから仕方がないのだと、出久が宥めようとするが、目に見えて彼の眉間の皺が増えていく。

「……機会があれば、一度お前の前任であるⅧ世(オッターグオ)と、しっかりと話をしてみたい所だな。……その様な方針では、芽吹くものも芽吹かんぞ」

何とも含みのありそうな笑みを浮かべながら呟くⅠ世(プリーモ)の姿に薄ら寒さを感じながら出久は素肌を摩る。

「さて、お前達の世界のことは分かった。……次は俺達の世界のことを話す番だな」

場の空気を切り替えるかのように話題を変えたⅠ世(プリーモ)は、しかし次の瞬間、困ったように眉を寄せた。

「ふむ。これは困ったな……いざ話すとなると、どこから話したものか検討がつかん」

そう呟き、悩むように唸り始めたのである。

「えっと……じゃあまず、貴方が言っていた、別の世界から来たって所を詳しく聞かせて貰えませんか?」

見かねた出久がそう助け船を出し、それに乗ったⅠ世(プリーモ)が発したのが今し方の言葉である。

平行世界(パラレル・ワールド)……超常が起きるよりも以前に提唱された世界概念の一つですよね。この世界は幾つもの可能性の集まりによって成り立っていて、その選択一つで全く異なる世界に行き着く……って言う……」

出久が引っぱって来た情報はネットの流し読みの副産物と言って良いガバガバな内容だった。このようなオカルト系にはまるで興味を持てなかったのもあって、詳しい事は改めて調べてみなければ分からないだろう。

その為、どこか自信なさげで届けられた出久の答えに、しかしⅠ世(プリーモ)は声色一つ変えることなく、頷いて見せた。

「その通りだ。この世界に起こりえる「もしも」の数だけ、分岐する世界が存在するという考え方。……この時代で分かり易く言えば「超常」が起きたか否か。それだけでも全く違う世界が生まれるだろう」

何かに思いを馳せるように言葉を紡ぐⅠ世(プリーモ)を眺めながら、出久も彼の話した情報を咀嚼し理解する。

「それで……その理論とその別の世界って、どういう関係が……。……あれ?まさか……!」

自らの思考に浸っていた出久は一つの可能性に思い当たり、たちまちの内に顔を強ばらせた。

それを見ていたⅠ世(プリーモ)も、出久がその答えに辿り着いた事に気付いたようだ。

微かに咽を上下させた後、覚悟を決めたようにまっすぐに出久に視線を向けた。

「もしかして、Ⅰ世(プリーモ)さんの言う別の世界って……」

もたらされた僅かな沈黙に耐えきれずに、声を上げた出久にⅠ世(プリーモ)は黙って頷いて見せた。

「そうだ。俺は……この世界から見た「もしも」の世界の一つから来た……何者かの手によって、この世界に浚われたⅩ世(デーチモ)を追ってな」

Ⅹ世(デーチモ)と、出てきた名前に目を見開く出久には当然気づいているのだろう。苦笑を浮かべたⅠ世(プリーモ)は沈んだ声音で続けた。

「誰の責任と、一概に名をあげることは出来ないことだ。おそらくこの世界に起きた超常によって生まれた、何者かの個性によるものだろう。……本来ならあり得ない筈なのだ。平行世界(パラレル・ワールド)から人を連れてくるなどと言うのは、只人がやってはならない神の領域を侵す行為。……当然、無理矢理連れて来られたⅩ世(デーチモ)もまともな状態にはなり得ない筈だった」

淡々とした口調で説明する彼の表情は俯いているせいか窺えない。

沈んだ声音も相まって、出久は言葉をかけることが出来なかった。

「しかし、連れ去った相手もバカでは無かったらしい。おそらく早い段階で、Ⅹ世(デーチモ)をただこの世界に連れてくるだけでは奴らにとっての使いがっての良いものにはならないと言うことは予測できていたのだろう。……俺から見ればかなり非人道的な手段でⅩ世(デーチモ)を囲い込んだのだ」

「非人道的……って」

沈痛な面持ちのⅠ世(プリーモ)に、出久も二の句を迷うこととなる。

元々、出久は平行世界(パラレル・ワールド)云々には詳しくは無い。

個性が発達した世界であってもそのような多次元的な世界の証明など出来ず、おとぎ話のようなものとされている風潮がそれに拍車をかけていた。

「……平行世界(パラレル・ワールド)とは、もしもの数だけ存在する似て非なる世界だ。……そこに住まう人々もな」

どこか論点がズレた所を話題にし始めたⅠ世(プリーモ)に、思わず首を傾げると、要領を得ていない事は分かっているのか、本人も苦笑する。

平行世界(パラレル・ワールド)と呼ばれる世界に住んでいるのは何も怪物では無い。その世界に違いは多々あれども、住んでいるのはお前と変わらない人間だと言うことだ。出久」

「……まぁ。そんなんでしょうね?」

未だに言いたいところの着地点が分からず、戸惑いを前面に押し出す形となってしまった出久の言葉に、

「そう。何も変わらない。だからこそ、平行世界(パラレル・ワールド)の間においては、「もう一人の自分」という物が存在し得うる」

あっさりと言い切ったⅠ世(プリーモ)に、それでもまだ出久は話の方向性が理解することができず、生返事を返していた。

そんな出久の姿に、どこか懐かしそうな、それでいて悲しそうな顔を見せるⅠ世(プリーモ)が放ったその一言が、超弩級の爆弾だった。

「お前達が「吊空真黒」と呼ぶ存在。……それこそが、Ⅹ世(デーチモ)の「もう一人の自分」だ」

「……へ?」

放たれた爆弾の内容を、数拍遅れで理解した出久は次の時点では、返す言葉を探す事さえ暫し忘れ、大きく目を見開いたまま、アングリと口を半開きにしていた。

「……出久は少々、ポーカーフェイスとやらを覚えた方が良いのではないか?」

その様子を思いだす度に、Ⅰ世(プリーモ)に何度もそう揶揄されるようになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

「何だって!?」

同じ頃、出久達がすっかり寝入っている深夜、雄英高校仮眠室にて、「平和の象徴」と呼ばれるナンバーワンヒーロー「オールマイト」は彼曰く、一番親しい警察官、塚内から俄に信じがたい話を聞かされていた。

「「吊空真黒」が……亡くなった?!」

突如伝えられた訃報に、しかしオールマイトが感じたのは悲しみではなく、釈然としない感情だった。浮かべた表情から、対面した塚内にもその感情は分かったのだろう。

「敵連合」の貴重な手がかりとして部下に監視を任せていたであろう彼は、沈痛な声音で謝罪してきた。

「おそらく……偽装だろう」

そう塚内が続けた根拠はいくつかあるが、一番はタイミングが良すぎることだった。

ヒーロー殺し逮捕のニュースは、夕方に速報が流れ、夜にはそこに敵連合との繋がりがあるのは明らかと、どの放送局も声高らかに取り上げている。

ヒーロー殺し、ステインは多くのヒーローに、被害を出し、その犯行が明るみに出る度に、正体や目的など、多くの推測が飛び交っていた。

当然、高視聴率が見込めるほどの内容を見逃すほど、テレビ局の人間も甘くは無い。

そんな背景も手伝って、雄英を襲撃していた敵連合の一人と酷似した個性と類似する個性を持つ複数の者達が同時刻に、同じ保須市内で暴れ回ったこと。他ならない類似した個性を持つ敵連合の本人がヒーロー殺しと共に、ヒーローに目撃されたこと。更に、敵連合の主犯とされている男も市内で目撃されていることなどからヒーロー殺しと敵連合が繫がっているだろうという憶測がまるで周知の事実であるかのようにテレビの電波に乗せられた。

夜が明ければ更に出回るであろう情報を見越して、おそらくあちらが先に手を打ったのだろうと言うのが塚内の予測であった。

「フレイアに対する人質……今までそう考えていたんだが、この一件を調べて新たに分かったことがあってな。……伝えておくべきだと思う。警察の方でもおそらくこの子供に対する扱いが変わってくるだろう」

「それで突然、今から会えないか等と……でも良いのかい?塚内君。君の立場が悪くなるようなら、こちらとしても無理には聞かないよ?」

暗に重要機密だとほのめかす塚内に対して、オールマイトは逆に戯けたような口調で語りかける。それが彼なりの友を案じての行動だと、塚内も分かっていた。

「心配要らないさ。それに……君も彼の存在には引っかかっていたのだろう?」

元から雄英の生徒を襲った敵連合の一人に繫がる人物だ。甘い目で見るわけでは無いが、同時に緑谷出久との繋がりを知っているからこそ、彼自身を悪とは言いたくは無かった。

「範囲自体はごく狭いものであるにも関わらず、焼け方が酷い。全焼だ。家具も黒焦げ。遺体も見つかっちゃあいない」

主観を入れずに状況証拠のみを連ねる。

そのやり方で説明を始めて改めて、塚内はその現状をおかしな事と思いいたる。

「だが黒焦げにはなりはしているが、家具は原型を止めてている。それならば、遺体が残らず焼けているはずが無いんだ」

「つまり、証拠の隠滅のみ行い、本人は逃げたか、連れ出されたか」

塚内の言葉を引き継ぐように、思考を言葉に変えながらも、オールマイトは子どもの行方が、完全に行き詰まったという事実については消沈せざるを得なかった。

それはあくまで、敵連合の手がかりが潰えた事に対するものでしかなかったが、それは仕方のないことだろう。

オールマイトは子ども、吊空真黒とは面識を持たない。その為人も、不審の類も全て、己から、個性「ワン・フォー・オール」を受け継いだ少年、緑谷出久から告げられた代物でしかない。

また、そんな彼と何らかの関わりを持っていたと思われる、雄英の襲撃に関わっていたフレイアは、幼い生徒達や、同僚である二人に危害を加えた敵である。彼には間違えても、好感情は持ち得ない。

「確かに、行方についての手がかりは白紙に戻ったと言っても過言じゃ無いだろう。でも……全ての手がかりが潰えた訳じゃ無い」

消沈するオールマイトに向けられた塚内の声はどことなく高い音だった。

「新たに分かったことが有ると言っただろう。それは「吊空真黒」の、……敵名、フレイアの身元だ」

 

敵予備軍。そう呼ばれる者達が存在する。

その多くは、「敵指定団体」と呼ばれる団体に属する構成員やその血族で、その危険度によっては警察組織などから監視を受けることもあった。

「最も、中には血族の中に敵が居ても、本人が警察組織に協力的なケースはあってね。そういう人には念のため、DNA……遺伝子や指紋の登録をして貰うんだ。敵予備軍の穏健派に当たる彼らは、得てしてその真逆にある、過激派……警察組織に非協力的な、敵に近しい者達に狙われる事があるからね。吊空真黒……フレイアと名乗っている少年の母親も、その一人だったようだ」

「ちょ……ちょっと!待ってくれ!塚内君!!」

湯水が湧き出るかのように話し続けていた塚内の言葉に、漸くオールマイトは制止をかけた。構わず続けようとしていた塚内は、ん?と一声対面しているオールマイトに促してくる。

逸る鼓動を抑えながら、オールマイトは塚内の言葉を反芻し、聞き違いでは無いことを確認した。

その上でも、困惑は隠せない。

「緑谷少年の会った子どもと、フレイアが、同一人物だって言うのかい?!」

あり得ない。オールマイトが反射的に抱いた感情は、その表情に要約されていた。

塚内とて、その気持ちは分かる。

この結果を知ったとき、彼もまた、そう思った一人だったからだ。

どう見ても中高生でしかない容姿を持つ吊空真黒と、成年に達しているであろう「フレイア」。

しかし。

「保須にてフレイアとエンデヴァーが、対敵している。その時の戦闘で出たであろう血痕中のDNAと、その子どもが出入りしていた隣宅の緑谷家に残っていた指紋が、警察組織に登録されていたものと一致した」

確定事項のみを述べる塚内の表情は、一見いつも通りに見える。だが、長い付き合いのオールマイトには、あえて無表情を保っているようにも感じられた。

「何者、だったんだ?」

核心のみを問うたオールマイトに、塚内は無言で一枚の資料を手渡した。

それは簡潔に記されている、一件の未解決事件の資料だった。

「容疑者死亡の誘拐事件か?」

概要の部分を斜め読みしながら、オールマイトは塚内がその資料を出した意味を目だけで問う。

資料に書かれている事件は今から六年前、小さな町で起こった、個性を使われていない誰にでも出来そうな誘拐、及び殺人事件だった。

「六年前に、並盛町という町で地方医院を営んでいた佐和手(さわで)夫妻が何者かに殺害、金品と共に当時七歳だった彼らの息子が連れ去られる事件が起きた。その町は過疎化も進んで住民も少なく、ヒーローは無住。警察の方も地域に根付いた交番が一件ある程度だ」

そこで一度口を閉ざした塚内は、何かを確かめるようにオールマイトに見せる為に置いた資料に目を向ける。

「……それから数日後、隣町の黒曜から一人の男が遺体となって発見された。彼の所持していた刃物から、佐和手夫妻のものとのされる血液反応が検出され、状況証拠から、この男が佐和手夫妻殺害の犯人と確定された。だが……」

ふっと息を吐き出した塚内の言葉を引き継ぐように、オールマイトは言葉を連ねる。

「誘拐された子どもは……見つからなかったのか?」

頷いた塚内に、オールマイトも反応は無い。資料に視線を向けたまま、ジッと何かを考え込んでいるようでもある。

「容疑者死亡で、この事件は迷宮入りした。……ここまでが今まで分かっていた()()()の話だ」

その言葉は暗に、まだ続きがあることを語っている。

目線で促すオールマイトに、塚内は置いてある資料を掴み、語り出した。

自警団(ヴィジランテ)……と言う者達を知っているか?」

いきなり飛んだように感じる話題の転換に、流石のオールマイトも首を傾げる。

だがジッとこちらを見つめてくる塚内に話題を変える気は無いと分かるようで、迷うこと一瞬、現在多くいるそう自称する集団を指して頷いた。

「ヒーローとは異なり個性使用許可を持たずに自らの私情だけで犯罪者を裁こうとする犯罪者集団の総称だろ?数は少ないが居ないわけじゃ無い。今は随分形骸化しているがね」

兇悪な敵で無い分、警察やヒーロの警戒心も少ないが、それは偏に彼らの活動は眉を顰める事こそあれ、どちらかと言えば愉快犯と言って良いほど悪意が感じられないことも原因の一つだろう。 

褒められる事では無いが、おおっぴらな事件とするには彼らの行動は弱すぎるのだ。

そんな彼らが敵連合と関わっているとは俄に信じられないが、塚内を疑うと言う考えはオールマイトには無い。

塚内に目を向けると、彼は目を丸くした後……ほろ苦い笑みを浮かべた。

「あぁ……済まない。言い方が間違っていたな」

ふっと息を溢した塚内は視線を外に向けた。暗闇に包まれている外からは、時間も時間なだけに生活音さえほとんど聞こえない。ただ微かな風の音が拾える程度だ。

「「始まりのヒーロー」……そう称される、自警団(ヴィジランテ)と言う()()を、知っているか?オールマイト」

 

超常黎明期。原因も判然としない内に広がった個性を持つ存在と、持たざる存在の際に司法は意味を失い、文明は停滞した。

中でも個性の有無によって起きる差別も凄まじい物であったと聞く。

現在においては人口の八割が個性を持つ超人社会であるが故に起こらないそれらは、黎明期には歯止めをかけるものなどいなく、況してや政府もそれを後押しする部分さえあったと言われている。

そんな中で、数少ない個性を持つ者達を救うために立ち上がった者、それこそが自警団(ヴィジランテ)だった。

数の暴力によって個性を持つ者達を虐げようとする者達に個性の力をもって応戦する、彼らの行動を正しいと言うことは不可能だが、あの当時の世界情勢ではそうしなければ個性を持つというだけで、罪の無い人々が大量に虐殺されていたこともまた確かだ。

どちらが悪と言い切る事は出来ない。時代によって生まれた矛盾の中で生きるしかなかった者達は、時の経過と共に世の中が落ち着けば、それまでの好意が一転、犯罪者という烙印を押された。

中でもその中心にいたジョット、G(ジー)と名乗る二人には、かなり厳しい監視がつけられたと言う話だ。

しかし箝口令までしかれた彼らの存在は同時に、ネットや口伝で「始まりのヒーロー」と銘打たれ、人から人へ伝えられていった。

ジョットは、霰も無い暴力によって荒んだ人々の心を護る「救い」のヒーローとして。

G(ジー)は、暴力をふるう人々を打ち倒す「勝利」のヒーローとして。

「第一、第二世代の個性発現者にとって、彼らは真実英雄だった。国から見放されていた分余計にね。第三世代では知る人も少ないが、それでも都市伝説のように語られることは無いわけじゃない」

それはまるで希望のように。たとえ公では敵とされようとも彼らの功績は悪と一刀両断するにはあまりにも()()()()存在が多すぎるのだ。

「それが……件の誘拐事件とどういう関係があるんだ?」

一段落した昔語りに終止符を打つようにオールマイトが口を挟めば、塚内も心得ているように一つ頷いた。

佐和手(さわで)夫人の旧姓は火迸(ひばしり)火迸(ひばしり)奈々。……ジョットとG(ジー)の孫娘だ」

 

「吊空真黒が……もう一人のⅩ世(デーチモ)さん?!……で。Ⅰ世(ブリーモ)さんの世界から浚ったⅩ世(デーチモ)さんを真黒君の体に入れたって……!?」

掻い摘まんでされた説明だったが、それでも出久には訳が分からなかった。

「あれ?つまり……真黒君がフレイアって事ですか!!?」

出久が驚愕も露わに言い放った言葉は、Ⅰ世(ブリーモ)からすれば今更何をと、言わんばかりの内容だが、気づいていなかったのだから仕方がない。

「……と言うか、人の中に人を入れるって、どうやって……?」

次いで再び疑問も露わに首を傾げる出久に、Ⅰ世(ブリーモ)もなるべく、分かり易いようにと、噛み砕いて話す。

「正確には、Ⅹ世(デーチモ)の肉体を分子状態にまで分解した形で保管していたものを、真黒……この世界のⅩ世(デーチモ)の体に注ぎ込んだのだと思う。理の異なるこの世界の中で存在を保つにはこれが一番危険度の無いやり方だったのだろうからな。最もそれが原因でこの世界のⅩ世(デーチモ)に元々あった人格がどうなったのか、俺にも分かりようは無いが」

「元々の……人格って……!」

その言葉の意味に思い当たり、出久の表情は青ざめる。

彼の実年齢が幾つなのかは出久には分からないが、生まれた時は少なくとも、どこにでもいるありふれた子どもだった筈だ。Ⅰ世(ブリーモ)の世界のⅩ世(デーチモ)に体を奪われた、と言うのが適切とは言い難いだろうが、彼らの敵対者の狙い通りにⅩ世(デーチモ)の意志とは関係なく体を乗っ取らせられたと言うのなら。

「何で……何でそこまでして、Ⅹ世(デーチモ)さんはこの世界に連れて来られたんですか?死柄木が、死柄木の上にいる奴がそこまです程の何がⅠ世(ブリーモ)さんの世界にはあるんですか!!」

たとえそれを聞いても、出久は己が納得できるとは思えなかった。納得できるわけが無いのだ。

Ⅰ世(ブリーモ)の語った事が全て本当ならば、フレイアには、その肉体の持ち主の意志も、その人格の意志も何も作用されていない。

それを看過できる程、出久は人でなしではなかった。

「それはおそらく……Ⅹ世(デーチモ)が、出久と、その師であるⅧ世(オッターグオ)と同じだからだ」

()()?」

唇をかみ締めるⅠ世(ブリーモ)に、出久の鼓動も大きく脈打ったように感じられた。

コクンと、知らず知らずになった嚥下の音が大きく聞こえた。それに視線を向ける事無く、Ⅰ世(ブリーモ)は続けた。

「縦の時間軸……「受け継がれし力」」

端的な一言に、出久は目を見開いた。

『個性を“譲渡“する個性……それが私の受け継いだ“個性“!』

思いだすのは今から一年前。個性の譲渡を持ち掛けたオールマイトが己に向けた言葉だ。

「一つの世界の中で、どれほどの時を経ても姿を変えることなく受け継がれていく力……それこそが、どの世界にも形は違えど例外なく存在する、「縦の時間軸」の本質だ」

淡々と言葉を吐き出すⅠ世(ブリーモ)の心情に慮る余裕も無く、出久の思考は目まぐるしく回っていく。

同質の力。それは必ずしもその威力……力の大きさと同等になるものではない。それは分かっていたが、それでも出久は体が怖気で冷たくなるのをヒシヒシと感じた。

己の恐怖を宥めるので一杯一杯で、淡々と吐き出したⅠ世(ブリーモ)が何を考えているのかまでは掴むことは出来なかった。

(縦の時間軸、トゥリニセッテは世界を作った礎になったと言われているもの。その核となる大空が抜けた今、あの世界がどうなっているか、想像することも難しくはないがな)

難しくはないだけに、想像したいとは今は思わない。それが一種の逃げだと分かっているものの、それでもⅠ世(ブリーモ)は自らの意識を逸らすためと言う理由も重なり、殊更明るい口調で出久への会話を続けた。

「まぁ、この世界のⅩ世(デーチモ)の体を外殻に使った事で、敵には大きなハンデをつけたという点では、怪我の功名とも言えるかもしれないんだがな」

「……ハンデ?」

ピタリと忙しなく動いていた体が止まる。その動きに

目を瞬かせながら、Ⅰ世(ブリーモ)は頷いた。

Ⅰ世(プリーモ)が転じる視線の先には何もない。しかし、そこにある何かを見据えるように、Ⅰ世(ブリーモ)は目を眇めている。

Ⅹ世(デーチモ)はまだ……己の炎を使えていないのだ。この世界に来てから、一度もな」

「……へ?」

その告白に、出久はとうとう思考の停止に陥った。

 

 

そこは、幾つもの医療器具が所狭しと並べられた、小さな部屋の中だった。

「結局、今回の試行も失敗と言わざるを得ないな。注入した以上の炎の放出が見られることは無かった。残念なことだ」

現状を確認するように溢すその声には、落胆の色は無い。

「これでは折角の血筋も、そこらの塵芥と変わらないね。体内の細胞活性に炎を喰う分、そこらの塵芥の方がマシなのかもしれない」

そう呟く男は、椅子に座った体に、幾つもの点滴を通していた。

その表情は窺うことは出来ない。……その男には顔が無かった。

顔面のほとんどが、焼け爛れたかのような引きつり跡のみを残し、顔にあるはずの器官がまるで見えなかったからだ。

「世界の壁を超えたことによる後遺症と言った所かの。しかし炎を灯すだけにここまで手間取るとは……折角道具を使う事無しに力を奮える唯一の血筋と言うのに……ここまで使い勝手が悪いのでは優位性も何も有ったものじゃ無い」

やれやれと失笑混じりに挟まれたのは、傍に立つ相手のしわがれたもの。

年老いた声の主が向けた視線の先には、細長いガラス製のケースがあった。

厳重に鍵をかけられたそこには、いくつかの機械と共に、棒状の機械に支えられた、一つの装置が鎮座していた。

「装置の維持費だけでも大層な費用がかかっている。……道具の方も手に入ったし、そろそろ見切り時かも知れないな」

そう言った男が目を向けた先には、テレビ画面があった。その画面に映っているのは一人の子ども。それが仰向けで眠っている姿だ。年老いた声も同調するように続ける。

「そうだな。先日の戦いもPRとしては十分なものだった。そろそろ苦しまずに殺してやるのも手なのかも知れないね」

二人が画面に向ける視線には暖かみなどまるで無い。あるのは道具をどう使うか、それを見定めようとする計略家としての視線だけだった。

 

 




ここまでお読み下さりありがとうございました。
後で細かい所は修正するかも知れませんが、大筋は多分変わりません。

何やら大分きな臭い事になりそうですがこのまま走って行きたいと思います。 

かなり不定期更新となりつつありますが、それでもよければ次回もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。