本格的な襲撃は次回からです。
あの一瞬、子どもの額に灯った橙の炎は、たとえ発火系の個性でも、本来ならありえはしない代物だろう。ヒーロー殺しと称される彼、
(なるほどな……もしこの子供が
彼が見た動画は、彼が憧れたオールマイト、その登場
『大丈夫だ……助けに来た』
荒い画像の中でもはっきりと分かる、薄い微笑。
それは彼にとってはオールマイトと同質のものと言っても良かった。二人寄り添う姿は人が見れば比翼連理と呼ばれただろう。
その一方が、この子供と同じように、額に炎を宿していたのだ。
(いや……色素こそ、目の前の子どもの方が濃いが、容貌に、もう一方の面影がある)
時代が時代なら、オールマイトと同じように湛えられたであろうヒーロー。しかし、全ての人間に個性の使用が須く禁じられていたあの時代では、個性を扱う者は誰であろうと犯罪者とされ、個性を持つ者こそが、圧倒的少数であったあの時代では、彼らは犯罪者であった。
動画の見出しにも、まるで人の目を憚るかのように彼らの名は記載されていなかった。その見出しだけで、その当時の個性を発現した者達の立場がいかに保証されないものだったのか、それが目に見えると言うものだろう。しかし彼らの成した偉業は、はっきりとヒーローの歴史として、現在に語り継がれている。公式には、
(……“始まりのヒーロー“。そう称された、
心の中で、静かに思いを馳せる彼の眼前に映るのは、そんな先人達の思いも空しく、私利私欲に走る
「……へぇ思いの外栄えているんだなぁ」
己が潜った黒い靄のゲートから次いで出てきたこの組織の主格、死柄木という男が、皮肉るような口調で言葉を零す。
その様子を気にする事無く、町に目線を向けたまま、己は自らの表情を歪ませていた。
「町の大小は関係は無い。俺がやるべきはこの街を正すことそれにはまだ……犠牲が要る」
ふと、先ほど聞いた、子どもの言葉が蘇った。
その性根は眩いほどに綺麗で、吐き出した言葉は反吐が出るほど綺麗事だった。
この世界はそこまで甘くは無く、滅ぼすことを願って容易に滅ぼせるものでも無い。それ以上に、いざそれを成そうとした時、子どもの行動に牙をむくのは他ならぬ子ども自身の感情だろう。
己を目に映した途端に子どもに過ぎった明確な恐怖。明らかに彼は争い事に不慣れのようだった。背後をそれとなく窺えば、この場にも居合わせていないようである。
おそらく人を傷つけた経験さえ無いに違いない。何故死柄木のような輩と連んでいるのかは知らないが、その場しのぎの言葉であろうそれを、実行できるだけの覚悟を備えているとは思えなかった。そこまで考えた上で不可解なのが、何故己が態々死柄木同様あの少年を見逃したかだ。
死柄木はまだ分かる。
己とはまるで対極な思想だが、唯一重なった現状への怒り。
その思想の芽がどれほどの脅威を産むのか、それが世界にどのような影響を与えるのか、それが己に興味を抱かせた。
しかし、あの子どもにそれは当てはまらない。滅ぼすと言うのが口先だけならばなおのことだ。
(あの炎をみたからか?……いや、たとえ彼の者達の血縁だとしても、俺には関係の無い話。俺が求めるのは……ヒーロー足るべく資格を持つ者のみ)
そこまで自らの考えを纏めて、漸く彼は己の中にある変わらない真理に辿り着く。
(そう、必要なのは資格だ。どのような生まれだろうとも、関係は無い)
「ヒーローとは偉業を成した者のみに許される“称号“!……多すぎるんだよ。英雄気取りの拝金主義者が……!」
高ぶりのままに言葉を紡ぐが、その時間さえも無駄に思える。己の時間は有限だ。数多くの目を覚まさせるために、無駄な時間を浪費するつもりは無かった。
「この世が自ら誤りに気付くまで……俺は現れ続ける」
そう。己の影に怯えるのであれば、それにヒーローの資格は無い。
刻一刻と新たなニュースが入り、古いものを風化させる社会で、人々に思考させるには、風化させなくするには、今の出来事にしなければならないのである。
現状に、起きても不思議ではないということ。
そう思わせることこそが、ヒーロー殺しの目的だった。
(その資格無しと判断すれば殺す……それだけだ……!)
一人悦に入り、ヒーロー殺しとしてその責を果たすべく、男は街の中に消えた。
「あれだけ偉そうな事言っておいて、やることは草の根運動かよ。……健気で泣けちゃうね」
黒霧と二人、その場に残された死柄木は、ガリガリと首筋をかきながら、街の中に消えた同盟者を思い、顔を顰めた。
その表情は、黒霧が次に話した話題によって、更に歪む。
「やっぱり合わないんだよ。根本的に……ムカつくしな」
死柄木にとって、それが何よりも重要な事だった。
先生からの指示とはいえ、何故ムカつく相手と行動を共にしなければならない。何故己が謙らなければならない。総てのことに、納得が出来なかった。
「黒霧……
何か面白い企てを思いついた子どものように、僅かに声を弾ませて、死柄木は続ける。
「上である筈の俺に刃ぁ突き立てて、ただで済むかって話だ。……ぶっ壊したいならぶっ壊せば良いって話……」
狂ったように笑い声を上げながら、死柄木は静かな町並みを眺める。
忌々しいという感情を隠しもせず。
「大暴れ競争だ」
その一言で、黒霧は死柄木の要求するものを悟ったのだろう。
「加減は如何ですか?
義理のように、最初に出てきた相手にそう問いかけるが、応答がないのはわかりきっている。繋いだ空間の向こうにいる先生の話では、前回の戦いを参考にいくつかの改良を加えたと言っていたが、詳しいことはこちらにも教えられていない。
「大丈夫かよ。こいつも入れて」
先生から事情は聞いてはいるもののの、やはり不満なのだろう死柄木は、気にくわないという様子を隠すことも無く、無表情に佇む子どもを姿を睨みつけた。
「前の時みたいに、炎切れは冗談じゃ無いぞ!?
先生から事情を聞き、納得の返事はしたものの、内心では納得出来てなかったのであろう。
苛立つ死柄木を宥めながら、黒霧は死柄木とてわかりきっているであろう事を繰り返す。
「彼らは力を与えられた影響で判断能力が極端に低下しています。無差別の破壊や殺戮にはもってこいですが、
最も死柄木の方も、既に繰り返した問答を再発させる気は無いらしく、黒霧の説明に舌打ち一つで頷いた。
「……フレイア。奴らを派手に暴れさせろ。お前は必要以上に暴れるなよ」
呼びかけに対して反応しないことは死柄木とてわかりきっているので気にしない。従順な道具となった青年は虚ろな目で、提示された
ある者は翼を、ある者は鋭利な爪を、ある者は巨大な牙を持つ、黒衣の装束を纏った大人達。
その共通点は大きく二つ。
彼らは皆、両目が一様に
そして彼らの体から見える異形の個性……そこに色とりどりの炎が燃えているという事だった。
「
黒霧にそう尋ねる死柄木は、フレイアに見向きもせず、新しい玩具を愛でるかのように、異形の怪物達を見つめ言葉を続けていた。
「さて……あんたの面子と矜持、潰してやるぜ?大先輩……!」
それは、どこまでも一方的な、宣戦布告。
布石的なものはありますが、取りあえず一つだけ。
どこの世界だろうが、あの人のやることはそこまで変わらないのですよ。(春夏は遠目で黄昏れています)
因みにこの人の登場が何を示しているか等、種明かしは出来ることならこの職場体験編でやりきりたいなぁとは思いますが……あくまで予定は未定です。
それでは今回はここまでで。
また次も良ければよろしくおねがいします。