繋いだ手と手が 紡ぐもの   作:雪宮春夏

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導入編を読み返して、矛盾が出ていないか少し心配になってきました雪宮春夏です。
始めは設定ガバガバで始めましたからねぇ。この作品……笑い事じゃ無さそうだけど。
なるべく矛盾には気をつけますが、出てきた時はすいません。
本人の計画性の無さに笑ってください(苦笑)。



決別

洗脳系の個性として出久が真っ先に上げるとしたら、雄英高校普通科、心操人使だろう。昨日の雄英体育祭の第三種目第一回戦で戦った相手である彼は、操ろうと言う意志を持って話しかけた相手が、その応答に答えると、洗脳のスイッチが入り、それ以降は本人が解こうと思うか、若しくは一定以上の衝撃が外部から加えられない限り、洗脳を解くことは出来ない。心操自身の話術が長けていれば、更に強力になったであろうと言うのが出久の考察だった。

さて、何故今出久がそんなことを考えているかと言えば、己が洗脳系の個性にかかっている可能性を吟味する為である。そう言っても、前述の通りに当てはまる個性は心操の一例だけ。そして現在意識を失うわけではなく、移動や細かい動きも己の意志で出きるため、洗脳系という可能性は低い。

(これで洗脳系となれば、心操君以上に、洗脳開始のON、OFFも自由に出来るって事になっちゃうけど……もしそうなら、条件は何だ?)

漏れそうになる声を抑えて、思考する出久だが、それは洗脳に

限らず個性全般に言えること。

(飯田君のエンジンや、かっちゃんの爆破はわかりにくいけど、無いわけじゃない。麗日さんの個性なんて、触れなきゃ発動できないってかなりの条件が求められる。僕と彼がしたのは精々玄関先で話す程度だもの。それで発動するんなら毎日話し込んでいる母さんの方がよっぽど発動するリスクは高いはず……)

考えられるとすれば何らかの意図を持って出久のみに発動させた場合だ。しかし洗脳系で無いのなら……洗脳系だとしても操る時間が余りに短かったことを考えると、ここで発動させる意図がわからない。

(一度違和感を与えれば、警戒されるとわかるはず……まさか、させるために発動させた……!?)

せわしなく巡らせる思案の中で糸口を掴んだように感じて、更に深く出久は己の意識の中に潜っていく。

(警戒させる為にわざと……?囮か!?)

頭の中に浮かぶのはUSJで見た三人の敵。

(何のために……!?)

次いで思い浮かぶのは、今目の前の扉の向こうにいるであろう少年で。

母さんの話だけを聞くなら、物静かで口べたな所はありそうだが、悪い人では無いと思うだろう。

しかし始めからこちらを欺く事が目的だったのならおそらく演技はかなりのものの筈。表情などいくらでも、取り繕えるような。

(でも……!)

疑ってかかるのがヒーローとしての有り様なのかと、己の中で問いかける己がいる。彼の個性が洗脳系である確証も、敵という確証も無いのに。

(だけど……!!)

敵の一人とよく似た面差し。どうすれば良いのか。明らかに出久だけで判断できる事では無かった。

その絡みすぎる思案を弄んでいた時だ。

「出久だって俺を!怖がってるのに!!」

その悲鳴を聞いたのは。

 

己が放ってしまった言葉に、俺は息を吞んでいた。

「……っ!」

インコさんに向けて、言うつもりは無かったのだ。これは誰に言っても、どうにもならないことだと分かっていた。彼が怖がるのは道理が敵っている。

体育祭の映像で、彼がヒーロー科の一年A組だと知った。そのクラスはちょうどあの日、死柄木達が襲撃したあの時間に、標的としていた施設に入っていたはずのクラスで。

(怪我してた……あの日)

簡単に思い出せる。あの日の彼は、骨折をしていたのか腕を吊っていた。その原因はおそらく。

(死柄木達……その中にもし、俺も入っていたら……!?)

いや、はっきりと断じることは出来ないが、あの日の様子からもしかしたら彼と俺は接触していた可能性もあったのだ。つまり……あの怪我を負わせたのが俺である可能性も。

(第一印象だけで怖がっていた俺と違って、出久には俺を怖がる動機がしっかりとあったのかもしれないのに!)

確かめることはしていないが……実際確かめることなど不可能だろう。出来るとしたらそれは俺や死柄木達の犯罪が明るみに出て、俺が刑務所に入れられてからに違いない。

(いっそのこと、そうなった方が楽かもしれない……)

そこまで考えるものの、それは俺の立場では許されない。死柄木がオールマイトを殺すその日まで、俺もまた、立ち止まる事は許されないのだから。

(俺がこう考えることまで予測して俺を死柄木に宛がったんなら、やっぱり先生は凄い)

現状に似合わない何とも気の抜けた思考を遊ばせていた俺に、僅かな間を置いて耳に届いたのは聞き慣れない、しかし聞いた覚えのある声だった。

「僕の……せい?」

 

扉の向こうから聞こえた言葉に、出久は雷に撃たれたかのよう奴な衝撃を受けた。

(僕は一体……何をしていた!)

次いで生まれたのは、恐怖に負けて彼の本質を見ようとさえしなかった己に対する不甲斐なさだった。

(証拠なんて……何もなかったのに!)

そう。オールマイトでさえ、確たる証拠は無いと言っていた。警察の方とて、監視をつけただけだと。

実行犯の一人と似ている。そんな先入観だけで怖がって、遠巻きに距離をおいた。

事情を知らない彼からすれば理由さえ知らされずに避けられているのと同じだ。

母が言っていたことを思い出す。

頼れる身内がいないのでは無いかと言っていた。寂しそうな目をしていたとも。

彼と母がどのように関わり、時間を過ごしてきたのか、出久はほとんど知らなかった。彼に会ってからは話を聞くことさえ乗り気では無く、話を聞こうともしなかった。

「僕の……せい?」

気づけば、母の後ろから、出久は問いかけていた。

今更問うた所で何も出来ないかもしれない。しかしこれ以上、己のやったことに目を背けることはしたくなかった。

『僕は……貴方みたいになりたいんだ…!!貴方みたいな最高のヒーローに……』

海浜公園で、憧れのヒーローに向けたあの気持ちから、向き合えなくなりそうな気がしたしたからだ。

「僕が怖がっているから、母さんと距離を置こうとしているの?関わらないでいようとするの?」

その問いかけに、扉の向こうからの返答は無かった。

母が落ち着かない様子で手に持つビニール袋と出久を見比べているけれど、出久もそんな母に対して何も言うことは出来ない。

扉の向こうは曲がりなりにも一つの住居である分、外に比べれば防音設備は整っている。しかし、扉越しならば大声を出せばはっきりと聞こえる筈だった。

「……違う」

かなりの間が空き、もしかしたら扉から離れてしまったのでは無いかと思い始めたとき、否定の言葉が返ってきた。

「出久のせいじゃない……!インコさんのせいじゃない……!!俺の……せいだから……!!」

続けられたその言葉の意味が掴めずに、出久は目を見開いた。

 

放った言葉の続きは、零すことが出来なかった。

「……っ!」

咽が引きつるように痛い。息を吐き出すことに、重さを感じた。

(やっぱり……言えない……!)

悲しいという感情は、ごく僅かだ。この症状はあくまで、俺が言おうとするから起こるもの。言わないように口を噤み、扉から離れれば、この症状は治まることは知っている。

(……でも、「発作」が起きたことは分かれば、この場所からは連れ出されるかもな)

内心、俺はそうなることを望んでいたのかもしれない。

黒霧さんの言うように、監視を受けているのなら、転居は既に確定だろう。だがどこかの町でここのような暮らしを繰り返す事に、俺は耐えられそうになかった。

(また同じような事が起きるなら……また、こんな思いをするのなら)

ここに来た当初は、一人で過ごす時間が出来ることが単純に嬉しかった。先生やドクターのいない生活がどんなものか、興味もあった。だけれど。

(自由なんて無くて良い……どうせ束の間の、偽りのものでしか無いのなら)

知ってしまった今は、逆に辛さばかりが増えていくのだ。

誰かと並んで何かを楽しむことも、誰かと必要以上に喋ることも……ただすれ違うだけでも、チラリとこちらに向けられる視線が、己を一人の存在として……モノではない何かとして、認識してくれていたから。

「クロ君?」

恐る恐ると呟かれたインコさんの言葉が、別の何かと被った気がした。

(そう言えば、前生の時にも……こんなことがあった気がする)

ふと、浮かんだ断片的な記憶。誰が言ったのかも、何と言ったのかも良く思い出せない。

考えてみればおかしなものだ。自分自身の事は漠然とでも分かるのに、他の人や物の記憶は、瞬く間に曖昧になっていく。

『ーー君』

「クロ君!」

思い出そうとして昔の記憶に意識を集中していた俺の耳に届いたその声は、インコさんでは無かった。

「君のせいな訳ない!君は何もしてないじゃないか!!」

続けられた言葉は、知らないからこそ言える言葉だ。

昨日の体育祭でもかなり消耗しているだろうに、疲れを見せる様子も無く、出久は続けた。

「理由があるならちゃんと聞く!だから……だから、ちゃんと!!」

その先の言葉に、俺は頷く事は出来なかった。

「何も君たちと話すことはないよ……さよなら」

そのまま俺は踵を返した。

動揺が悟られていなければ良い。泣きそうな声音だったことに気づかないで欲しい。口元を覆った掌に次から次へと涙が零れていく寝るためだけに整えられた奥の部屋へ入った途端、俺は狂ったように泣き叫んでいた。

(攻撃を受けている訳でも無いのに……!!)

体中が、燃えるように熱かった。

(傷がある訳でも無いのに……!!)

ズキズキと、酷く胸が痛んだ。

監視されているのなら、おかしな様子など見せてはいけない。頭では分かっていても、涙を止める方法を俺は知らなかった。

 

泣き疲れた俺は酷くウトウトとしながら夢を見ていた。その中で誰かが声を上げて泣いている。聞こえる声は今の俺のように、たくさん泣き続けた後なのか、泣き疲れているかのようにとてもか細い。途切れ途切れに嗚咽としゃっくりを繰り返し、それでもまだ己を苛むかのように泣き続けようとする声は聞いているだけで痛々しい程に思えた。

(誰だろう?なんでそんなに泣いているんだ……?)

首を傾げながらその泣き声の本人を探そうと辺りを見回すが、声とは裏腹にその夢の中には俺以外の人間は出てこない。不審に思って首を傾げると、現実の世界と同じように、夢の中でも俺の手が何かで濡れているのを感じて、目線を移し……そこで頬から手に、何かが落ちるのを感じて、目を瞬き、気がついた。

…俺の頬からこぼれ落ちたのは、大粒の涙だった。

(あぁ。……そっかぁ)

どこかホッとしたような、呆れたような気持ちで、俺は泣き濡れた顔のまま、微笑んでいた。

(泣いてるのは……ここでも、俺なのか)

「本当に……嫌になる」

俺の意識とは関係なく開いた口から、嗚咽と共に言葉が漏れた。夢の中だとここにいる俺と話す俺は別の存在なのかと、どこか感心したような気持ちでその言葉に耳を傾けた。それなのにおかしなものだ。理由は分からないのに、まるでここで話す夢の中の俺の悲しみが、俺にも乗り移ったかのように、再び泣きたくなるような感情の奔流が襲いかかってきた。

「……酷い奴だな。俺は……。本当……()()()()()()()

単なる夢の中の筈なのに、その声はどこまでも己を責めていた。必死で堪えようとする俺の頬に、次から次へと涙がこぼれ落ちていく。……止めることは出来なかった。

『関係の無い相手を巻き込み、己の利益を得ようとする。……僕は()()()()()()()()()()()()()が、一番嫌いなのですよ』

何故かこの時、耳元に聞こえた声に俺は無意識に謝っていた。死柄木の声でも、黒霧さんの声でも、先生でもドクターでも無い声。

(聞いたことの無い声なのに……なんだろう。知っているような、懐かしいような、そんな変な感じがする……)

思考の片隅で、冷静な俺が夢だからかなと結論を出す。

(変な夢だな……これ……)

己を嘲うような笑みを浮かべて、俺は目を閉じていた。

何で夢の中で再び眠りにつこうと思ったのか、それは俺自身にも定かでは無かった。

(でも、なんだろう?)

目を閉じたまま考えるのは微かに覚える違和感で。

いつもよりずっと低い声音。

夢の中で喋る俺はまるで俺が今の意識のまま、体だけが数年間年を老いたような……そんな声をしていた。

(やっぱり……変な夢)

 

 




うーん……。
出久とクロ君ってまだ他人だよなぁと思いつつ、出久の心情が上手く書けたか気になる今回と前回でした。

人の感情って、なかなか書くのは難しい。本人でさえ、理解できていない感情は、断言させるわけにもいかないから特にです。
……と、ではここまでで。
本日もお読みくださり、ありがとうございました。

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