繋いだ手と手が 紡ぐもの   作:雪宮春夏

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もう少し、体育祭編続きます。
しかし賑やかな雰囲気とは一転、全体的に不穏になりそうな雰囲気を感じて頂ければ幸わいです。
出久の書き方が少し難しい。
出久が嫌いなわけでは無いんですが……。



自覚

久しぶりに尋ねたそこにはいると思われた姿は無かった。

「死柄木は?」

思わず俺を連れてきた黒霧さんに尋ねると含み笑いで、「気になりますか?」と尋ねられた。

「黒霧さんを使って俺を呼んでおいて、呼んだ本人は出てこないんだなって、苛ついただけだよ」

わざとらしく顔を顰めて見れば、俺の演技などお見通しなのか、微かな笑い声を上げて、黒霧さんは答えた。

しかしその内容はこちらにとっては思いもしないもので、そもそも俺の欲した答えでも無かったが。

「先ず始めに、貴方を呼んだのは死柄木ではありませんよ」

目を眇める俺を見て、黒霧さんは続ける。

「言ったはずです。先生からの要請だと」

「俺を簡単に動かすための方便じゃなかったんですか?」

諺を交えて、嘘だと思っていたと遠回しに告げると、黒霧さんは苦笑を零したように感じた。……実際に見えることはないが。

「心外ですね。我々は仲間である貴方に嘘はつきません。……たとえ貴方はそうでなかったとしても」

含みのある黒霧さんの言葉に自然と俺も眉を寄せる。

「俺が先生に逆らうと?」

そんな事は出来ないと、彼らも知っていると思っていたが。

「……いえ。ですが、貴方が逆らい、裏切ろうとする自覚が無くても……無自覚にことに及んでいるのではないかと思っただけです。あの……隣家の住人などには特に」

思わせぶりな口調で発せられた言葉に、俺は黒霧さんを鋭く睨みつけた。

「……あそこに雄英生が住んでいたのは俺だって想定外ですよ。第一俺の住処を整えたのは先生の筈です」

「それは分かっています」

幼子の癇癪を宥めるかのような黒霧さんの口調に俺の苛立ちは増していく。しかしその俺の様子には頓着する事無く、彼は続けた。

「ですが……必要以上になれ合うことなどあってはならない。現に……貴方の近辺には監視がついているようです」

「監視?」

そこで俺は、ここに来る前に家の中で、傍受云々と黒霧さんが言っていたのを思い出した。ついで、一度会った時の、出久の驚いたような表情を。

「心当たりはありませんか?」

思案する俺に被せるように尋ねる黒霧さんに俺は迷うことなく首を振る。

「あの家の住人とのかかわりは単なる近所づきあいだけですが……切り捨てろと言うならそうしますけど?」

変に疑われるよりは切っておいた方がよっぽどマシだ。そう思っての問いだった。俺からしたその提案は黒霧さんからすれば意外だったのか、興味深そうにこちらに目線を向けてから、フムと一言言葉を零す。

悩む彼の思考は分からないが俺としては別に構わないと言ったところだ。

(成り行きで続いていただけで、喜々として付き合っていた訳じゃ無い……寧ろ、口うるさいとも言えるほどのあれは、少しだけ)

己に対して、言い聞かせるかのように続けた思考は、しかしそこで途切れてしまった。ズキンと、心の奥で何かが痛みを訴えているように感じたからだ。そのほんの僅かな感覚に俺は息を吞んでいた。

「……ではおねがいします。こちらとしても、少しでも危険は減らしたいので」

黒霧さんはオレの異変に気づく様子もなく、事務的にそう言いきってから背を向ける。彼からすれば、ここからが本題なのだろう。

俺としてはもう立ち去りたい所だったが。

「……ヒーロー殺しでしたっけ。アテはあるんですか?どうやって探すんです?」

ここへ連れて来られる直前、黒霧さんが言っていた名前を思い出してオレが尋ねると、黒霧さんは関東近郊の日本地図を広げていた。

「アテはありません。彼は神出鬼没。自らの掲げる理念の為に、彼の意にそぐわないヒーローをその資格無しとして排斥する人物と聞いています」

黒霧さんの説明に、自然と俺の表情は険しくなる。

(なにそのかなりの危険思想……)

彼の理念とやらは、黒霧さん達も詳しくは知らない……死柄木に至っては興味もないらしいが、先生の提案故連合には迎え入れるとのこと。

「それで、具体的にどうやって探すんです?」

再び問いかけた俺に差し出されたのがさっきの地図である。

 

その日俺は、俺自身も知らなかった俺の中の力の一端を、身をもって実感することとなった。

それが、俺自身の意識を大きく変えたことに気づいたのは、その結果をこの目で見てしまった後だったけれども。

 

(クロ君……お泊まりなのかしら?)

体育祭翌日。新聞を取りに玄関先へ出てきたインコは、昨夜隣の家のドアノブにかけておいたビニール袋がそのままになっているのを発見した。

(連絡先も知らないし、聞いたのも用事があるってだけだけど……)

それでもここへ越してきてから、知っている限りでは、一度も外泊などしていなかった少年の突然の行動に、インコは僅かな不安を感じていた。

(一人で何かトラブルに巻き込まれたとかで無ければ良いんだけど…)

両親が共に暮らしているのなら、インコもここまで彼を気にする事は無かっただろう。

しかし現実に、彼の面倒を見てくれる両親……それに値する大人は彼の身近にはいないようだった。

それならばせめてと、己が親代わりになろうと思ったのは、以前彼や、出久に打ち明けた気持ちが根底にあるのは確かだ。だがそれ以上に、彼の様子を見ていると、どうしても脳裏に「育児放棄」という言葉が過ぎるのだ。

別段お金に困っているわけではないだろう。家の中を見たことは無いが、綺麗な服を毎日着ていることから、必要な家電用品も揃えられてはいる筈だ。

しかしインコはそれ以上に、人の温もりが彼には必要だと思っている。

始めにあった時のあの目は息子である出久に似ていて……それを口実にして、彼に関わってきたが、時折彼はこちらのやることにどう反応すれば良いのか分からない。そんな素振りをすることがある。

本来なら両親や友達、周囲の者達との交流の中で自然と身につくはずの知識が、彼には圧倒的に不足していた。

(いけない!そろそろ朝ご飯の支度してしまわないと……!)

新聞を持ったままの格好で物思いに耽っていたインコは慌てた様子で玄関を閉めようとした。

昨日雄英高校が体育祭だった影響で息子の出久は振替休日である。

しかし去年から始めたトレーニングの影響で休日でも早起きの癖がついたのか、出久の朝は普段通りだ。

体育祭の第三種目中に負った怪我が原因で、出久は利き腕が不自由になっているので早めに支度をして手伝った方が良いかもしれない。

(……あ!昨日かけておいたビニール袋、どうすれば良いかしら?)

インコが知らなかっただけで知り合いの家が近くにあるというのなら、おそらくそこで朝食まで食べてきている可能性はある。そうでなくても、あのビニール袋は昨日の夜からずっとあそこに置いたままになっている代物なのだ。

中身とて、すっかりさめているだろう。

(朝ご飯はそんなに手の込んだ物を作るつもりはないし、作ってからもう一度外へ出た方が良いわね。もしかしたら、その頃にはクロ君も帰ってきているかもしれないし……)

そう心に決め、インコは心なしか早足で台所へ向かう。

出久が起きてくるまで、後数分と言った所だった。

 

「……これは」

掠れた声が漏れ出た呟きに、答える者などいない。

平日とはいえ、まだ日は早い。寝ている者も多い時間だろう。

ドアノブにかかっていたビニール袋の中を覗くと、いつものように食料の入ったタッパーと、紙切れが一枚。

昨夜の内に、かけたのだろうか。

「何でこんな……」

その時、俺が呟いた言葉は、何の因果か、最初にこのような贈り物を貰った日……死柄木達と、USJという施設を襲撃し、出久と玄関先で鉢合わせた日と同じものだった。

それに気づいて俺は、堪えきれなくなった涙を溢していた。

「っ……うっ……!!」

ぐしゃっと袋を握りしめた場所から、歪なしわができあがっている。だが俺にそれに構う余裕はなく、ただ声をたてないように唇を噛みしめるのが精一杯だった。

胸に迫り上がってくるこの感情が何なのか、俺にはよくは分からない。……いや、本当は分かっているのかもしれない。

『必要以上になれ合うことなどあってはならない』

そう俺に喚起した黒霧さんの言葉の意味は、今なら分かる。

(少なくとも、俺は……彼らからすれば大事な手駒で)

『何故、俺がここにいると分かった……?』

ギラリと目を向けた殺人鬼……ヒーロー殺しの言葉が、俺が黒霧さんに言われて行った、荒唐無稽なやり方が実際に彼の所在地を割り出してしまったのだというこの上ない証左だった。

(これからの行動には欠かせない……重要な道具だ)

俺のこの力は、黒霧さん曰く「個性」ではないのだと言う。

ならば一体何なのかという俺の問いかけに、黒霧さんは答えなかった。彼も答えられなかったのかもしれない。

自分の住処を見破られたヒーロー殺しは、こちらの話に興味を持ったのか、時間をおいてから改めて落ち合うことを選択した。次は死柄木も交えて。

黒霧さんからすればあれは自分達の自己保身から出た言葉なのだろうが、俺からすればこの言葉の意味合いは大きく変わる。

『必要以上になれ合うことなどあってはならない』

そうだ。なぜなら。

(緑谷出久はヒーローで、俺は敵だから)

たとえ俺が否定しようとも、俺の目の前にいるヒーロー志望をいつまでも野放しにしてくれるほど、先生は甘くない。

それは俺と積極的に関わろうとするインコさんにも言えること。

(先生に目をつけられたら殺される……!いや、あの人のことだから、最初から出久達を殺すために俺をここへ入れたのかもしれない)

普通ならば、どうやってというだろう。少なくとも契約当初は、まだ雄英高校の結果は出ていなかった筈だ。()()()()()()()()()()()の特定など出来るはずはない。……俺の力が無ければ。

「……っ!」

ギリッと、唇を噛みしめた。先生がいつ俺の力を使ったのかはしらない。いつ知ったのかも。

分かるのは今日俺が知った力……その効果のこと。

広げられた地図の上で、指を這わせた瞬間、気になった町の名前と、ヒーロー殺しが出た町が同じだった。それだけなら単なる偶然で済ませられた筈なのに、次の黒霧さんの要求は時間で。

何時に事件は起きるか。分からないとしか答えようのない情報だと思っていた筈だが、時計を睨んでいた俺の口は自然と一つの時刻を口ずさみ……その事件はその時間に起きた。

「予知能力、なんですか……?」

その俺の問いに、黒霧さんは含み笑いだけで、答えてはくれなかった。

そのまま、俺はこの建物の付近までワープで戻された。

「必要となったらまた部屋まで飛びますので」

暗に部屋の中で待機しろと言う黒霧さんの言葉に、俺は苦笑した。

(言われなくても……あそこを尋ねることなんて、もうしないのに……出来るわけないのに……!!)

 

子どもの泣き声を聞いた気がして、出久は目を見開いた。この家には子どもはいない筈なのに、耳元で泣かれたかのように、やけにはっきりとしていた。首を傾げながらも起き上がると、良い匂いが漂っていることに気づく。

(母さんかな?)

ふと、そう考えながらもゆっくりと着替えを済ませ、台所へ向かおうとすると……ビニール袋を持って玄関を出ようとする母さんの姿が目に入った。

(……また、か)

それを認めた出久は、自然と溜息を溢していた。

「あら出久。おはよう」

玄関を出る前に廊下へ出た己に気づいて、母さんが笑顔を向ける。

だがその顔には幾ばくか疲れが見えていた。

(もしかして、寝てない?)

その事に目敏く気づいた出久は、彼にしては珍しい僅かに苦い顔となる。

気の小さい母の今回の不眠の原因は、出久にも分かっていた。隣の部屋に住む、吊空真黒が昨夜から帰っていないことだ。

母さんが最後に彼と会っていたのはちょうど出久が体育祭に出場していた時だという。出久の活躍を第二種目まで共に見たと言っていた母の、彼に対する警戒心の無さには、思わず出久は目を覆いたくなった。

(母さんが気にすることじゃないのに……!)

今回のことに関しては内心どこか腹立たしい思いで出久は母を見つめていた。

出久からすればこの事はそこまで心配にすることではない。寧ろ、警戒するべき行動ではないかとさえ思う。

なぜなら相手は、敵連合と、ひいてはオールマイトを殺そうと企んでいたあの敵達と繫がっているかもしれない超危険人物なのだ。

報告を聞いたオールマイトが、すぐさま警察に相談することを決めるほどの、すぐさま監視が敷かれるほどの、超危険人物。

その事を心の中で再度思い起こし、警戒を強める出久ではあるが、その考察は少しばかり、行動を起こしているオールマイトや塚内の思惑とはズレていた。

彼らが動く理由は吊空真黒個人の危険度と言うよりも、未だに尻尾を掴ませない敵連合に繫がるかもしれない重要性や、敵連合に対する危険度からなのだ。

しかし、それを知らされることのない出久は愚直に彼への警戒心を強めていた。

そんな出久は昨夜の内に、吊空真黒が帰っていないことをオールマイトに報告した。しかし彼らが動いた様子はない。

オールマイトの話では証拠が無いから捕まえる事は出来ないのだという。

冤罪を防ぐためにも、敵は基本実行犯で無ければ逮捕は難しいという不文律がある。現状はそれを上手く利用されていると言っても良かった。

(注意しなくちゃ……また敵連合が動くようなことになったら……)

クラスの誰にも明かすことは出来ないものの、出久の中の危惧は消えることは無い。そんなもやもやとした心地でいた出久は玄関先から聞こえた母の声で意識を取り戻した。

「クロ君!出てきて!!ちゃんとお話ししましょう!?」

焦りを含んだ声音の中に出てきた名前に、出久は一も二も無く駆けつけていた。

 

 

玄関を開けた先には声を殺して泣く子どもがいた。

思いがけない姿に、取りあえず話を聞かなければと駆け寄ったインコに向けられたのは拒絶だった。

気を高ぶらせる子どもを落ち着けようと声を落とそうとしたインコの横に駆け寄ってきたのは息子の出久で。

「……っ!待って!クロ君っ!?」

彼を認めるや否や駆けだした彼は、己の部屋へ駆け込み、そのまま扉を閉ざしてしまったのである。

「クロ君!ねぇっ!?」

声を上げるインコに、子どもは鋭い声で言い放っていた。

「おねがいします!……もうっ……!!」

その声に、背後にいた出久が息を吞んだことを、扉に縋るインコも、その言葉を発した子どもも、気づく事は無かった。

「もう俺に……関わらないで下さい……!!」

 

その涙声を、出久は知っていた。

(どういう、ことだ……!?)

それはまるで、既視感のように、出久の中に存在していた。

(なんで……!)

洗脳では無い。それは、己の意志には何の変化も及ぼしていなかった。

(この声は……!)

しかしこの声は、出久の耳に、しっかりと残っていたものだった。それは……子どもの泣き声。

出久が今朝、目を覚ます直前に耳元で聞いたものと、全く同じ声だった。

 




今回の題名には色々含んでいます。それが何かはどうぞ想像してみてください(丸投げ)(*´∀`*)ノ

ではここまでの読了ありがとうございました。

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