東方虚言録   作:自己陶酔者

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二話まで投稿して置きたかった。


第一話 「突如に展開」

「此処から、此処まで。お前のスペースな」

 

そう言って、彼女は小さい箪笥くらいのスペースをくるりと周る。

人間一人、入るか否か。という程度のものだが、流石に文句を言うのも気が引けるので、僕は渋々といった面持ちで。苦虫を噛み潰した様な表情で。ゆっくりと寝転がる。床は随分と堅く、朝、腰の痛みから逃れられることはできないだろうと悟った。軽く溜息を漏らしてから、ぎこちなく首と腰を動かしたが、やれやれやっぱり。このスペースから出てしまう。これじゃあ、おちおち寝返りも打てない。

 

「……なぁ。もう少し。もう少しだけ、広くしてくれないか?」

 

駄目で元々。提案を投げ掛けるが、

 

「不許可、だな」

 

予想通りというか期待外れというか、彼女は首を縦に振らなかった。

そして縮こまる僕をちら、と。嘲笑したかと思えば、自分はベットへと飛び込んでいた。

《ベットで寝るなら床全部使っても良いだろう》。そんな不満の声を必死に抑え、僕は眼を強めに閉じた。どうせ、そんな台詞は無視されるか、寝かせてやってる云々と、逆に文句が飛んで来るだけである。彼女と逢ってから、時間は数えるほどしか経っていないが、それでもそういう奴だと認識できたのは、彼女を取巻くオーラが原因だろう。

それが教えてくれた。僕の特技だ、人を見極めるというのは。

彼女が無言を貫いたお蔭で、暫くは寝返りの際に聞こえる衣擦れの音だけ。それだけが部屋に響いていた。それは彼女の生きている音であり、彼女が生きている証でもある。常ならば緊張などという感覚に襲われたかも知れないが、今現在身体の痛みに襲われている僕を更に襲おうという気はなかったらしく、そんな感覚はこれっぽっちも有りはしなかった。

そして気付く。彼女が眠ったのなら別に律儀に約束を守る必要もないのではないか、と。

だが……念の為、

 

「……眠ったかな」

 

眼を開けない儘、小さな声で問う。

 

「眠ったと言ったら、どうする」

 

念の為はよく効果を発揮したようだ。

彼女の無意味な問いに対し、僕は見えないのに、にへらと笑い、

 

「I Love you。と言おうかな」

 

道化のように、適当に、本音をぶつけてみる。

 

「それに対しての私の答えは、こうだ。日本語は素晴らしい」

 

「同感だ」

 

僕は日本人だからな。

じゃあ愛してる。

とでも言って置こうか。

そんな戯言は、静寂に掻き消されたかのように無視されて、間も無く寝息が聞こえた。

煢独という退屈を恐れた僕に、場を確保したいなんて気持ちを持つ必要性は皆無だった。そんなものは忘却の彼方へと追放し、身体を強く縮こまらせ、追い駆けるように想いを消失させ、そうして、夜が過ぎるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 ▲▼

 

 

 

 

 

欲朝。

翌朝ではなく、欲朝。文字通り、欲望に塗れた朝だった。

目覚めの悪い朝とはこのことだ。身体中に激痛が奔る。どうやら寝違えたようだ。湿布のひとつでも、この家には有るだろうか。

寝惚け頭でそんなことを考える。

その直後、僕を襲ったのは魔。睡魔。睡眠欲。そして突如、僕を蝕むのは空虚。空虚なまでの空腹。虚しき食欲。

腹が煩わしい声で鳴いた。瞼がこれでもかと、脳に反発するように落ちて行く。

僕は我儘だった。欲に対して、依存的だった。

一体全体、どれを優先すべきなのだろう。血が循環しているのは確かに感じる。だがまた、睡魔だって感じてしまう。

戸惑う。自分自身が解らず、戸惑いを隠せない。そんな僕を嘲笑するかのように、また腹が鳴いた。

一先ず――僕は嘆息してみた。

何も変わらなかったが、意識的に瞼を抉じ開けることに成功。気分が安定して来た証拠である。

 

「……何やってるんだ? お前」

 

気が付くと、彼女が僕を怪訝な顔で見下していた。

 

「見て分からないかな?」

 

「変な体勢で変な表情をした変な奴が寝ている……、ということは理解できるな」

 

充分だ。

変な体勢で寝ることになったのは君の所為だが――とは言わなかった。

彼女に掌を掴まれた僕は、ようやく身体を起こす。

痛みも随分ひいていた。どうやら一時的なものだったらしい。僕は安堵の息を漏らした。

眠気の方は相変わらず、退却してくれる気配を見せないが、朝飯をかっ込めば何とかなるだろう。

僕は両掌を頬に叩き付け、ぱちん、と良い音を鳴らしてから、彼女の方に向く。

 

「朝飯はなんだい?」

 

「ご飯、味噌汁、煮物に漬物」

 

朝はトーストと決めている僕だが、どうやら彼女は和食派らしい。

寝床を貸して貰い、飯を用意して貰っている身で、文句をいうことは当然できないので、僕は静かに、《そうか》と頷いた。

偶にはそんな日本人らしい朝を迎えるのも良いだろう。

寝室を出る。天板を脚が支えている、模様もなくシンプルな木で出来たテーブルが視界に入る。昨日の晩飯時も、僕が栄養を摂るのを手伝ってくれた、あのテーブルだ。

もっとも、昨日は僕が自分で持っていた菓子パンを食べただけだが。

その上に、先程告げられた朝飯が並んでいた。良い匂いを嗅ぐと、思わず唾を飲み込んでしまう。

僕は前を歩く彼女を追い越して、顔と手を洗いに向かった。空腹に耐えられなくなったのだ。

洗い終わるやいなや、水分がまだ拭き取れていないにも関わらず、さっさと席についた。

 

「……速いな」

 

「もう、限界でさ。早く食べようぜ」

 

彼女は呆れ顔でわざとらしく肩を竦めると、僕の前に腰を下ろした。

ゆっくり手を合わせ、静かに目を閉じる。

再度、唾を飲み込むと、心身が安らぐのを感じた。

 

「いただきます」

 

最低限の礼儀。それでいて、これ以上はないだろうという礼の言葉を口にしてから、僕は箸を左手にとった。

 

「お前……、左利きなのか」

 

何となく、世間話のつもりだろうか。彼女は興味なさそうに問う。

僕が首だけを下げて肯定の意を示すと、彼女はやはり興味なさげに、《ふぅん》と呟いた。

それだけの、他愛も無い会話が終わり、まず手始めに、と。僕はご飯を一口いれた。奥歯で噛み潰してみる。

少し硬めだったが、噛むごとに食感が変わるのは楽しい。そして噛む度に、甘さが広がってくる。

美味しい。素直にそう思った。空腹だからという理由だけではない。このご飯は僕が今まで食べて来た中でも群を抜いて美味しかった。

満足げに、味噌汁を飲む。具は豆腐だ。少し崩れているが、僕はそんなことまで気にするほどに神経質ではなかった。

ただ、それでも気になってしまったのは、汁。味噌汁の命である出汁。口に入れたつゆの濃さだった。

しょっぱい。凄く、物凄く。

ちら、と彼女の顔を覗く。何食わぬ顔で味噌汁を飲んでいた。彼女にとってはこれが普通の味付けなのだろう。

当たり前か。彼女が作ったんだから。無理して飲み込むと、僕は小さく溜息を吐いた。勿論、ばれないように、だ。

 

「どうかしたか?」

 

「あぁ……、何でもないよ」

 

危ない。ばれないように、と言った直後にばれるかとひやひやした。

安堵しつつ、口直しに、ご飯をかっ込む。硬い。まだ口中にそれが残っている間に、つゆを流し込んだ。

すると……どうだろう。味噌汁の濃さはご飯で中和され、絶妙な美味しさになっている。

成程、こうやって食べる前提で作られていたのか。僕は納得し、小さい豆腐を口内で溶かした。

次の標的は当然煮物――ではない。

漬物。胡瓜の漬物だ。

別に理由はない。気分である。

前歯で噛んで見ると、かり、と良い音がなった。この酸っぱさ。調度良い。ご飯にも合う。

一口、二口。何だ、漬物ってこんなに美味しかったのか。

箸がとまらない。時折ご飯も口に入れてみる。最高の味だ。

気がつくと、もう無くなってしまっていた。少し物足りなかったが、満足だ。これからは漬物屋を贔屓にしよう。

さて、味噌汁も飲み終わり、ご飯も後少し。

最後を締めるは煮物である。ジャガイモが、ほくほくとしていて甘そうだった。

甘そう"だった"。

――無い。

煮物がどこにも無いではないか、一体どういうことだ。

先程までジャガイモを入れていた筈の器は、どうしてか空になっていた。

どうして……、いや一つしかないだろう。

僕は視線を彼女へ向けた。

 

「いってなかったか? その器の煮物は、二人でとるようだ。勿論、速いもん勝ち」

 

聞いていない。聞き逃していただけかも知れないが。

僕は静かに、だが大きく溜息を漏らした。

漬物を優先させた、あの時の気分。気分で行動すると身を滅ぼす。そう学んだ。

残ったご飯を全てかっ込み、大きな声で、投げやりにごちそうさまと言った。

にやりと笑ってお粗末様といった彼女の顔を、僕は忘れないだろう、きっと。まぁ文句が有るわけではないのだが。

凄く美味しかったし、腹も一杯になったのに。ただ、何ともいえない、不完全燃焼という感情が、確かに僕を蝕んでいた。

気付けば眠気はもう、覚めていた。

 

 

 

 

 

 ▲▼

 

 

 

 

 

「――なぁ」

 

「どうした?」

 

彼女はがさつに見える、というか実際そういったところは有るが。

知的好奇心並びに探究心は旺盛らしい。趣味は読書らしい。現在も本を読んでいた。

面倒臭そうに一瞥してくる。読書は余り似合わない。

そう思うのは、僕が彼女と知り合ったばかりで、上っ面での性格しか知らないからだろうか。

人間である僕が、人間である彼女の性格、性質を理解するなんてできるのだろうか。

勿論、人間の動きは科学的に考えてしまえば、機械と変わりない。遺伝子に支配されているだけだ。

だがしかし、人間には個性、感情、関心。などといったものが有る。それは人間の魅力だ。

そして人間には関係が有る。機械には決して味わえない。人と人の関係性。僕はそれを愛している。

詰まるところ、人間は機械と違って理解に苦しむ。それは科学なんてものを通り越した確かなことなのだ。

だからこそ、僕はそんな不可解を、不可思議を好む。

本題に戻ろう。僕は彼女に似合っている、似合っていないなどという感情を持っても良いのだろうか。

悪くは、ないだろう。自己陶酔者の自己的な意見だが。

ただ僕は心からそういえるように、彼女を知りたい。分かりたい。紐解きたい。

さて、彼女とそんな長い付き合いになるのも、現在の状況から考えれば困りものだが。

 

「どうしたんだよ、深く考え込んでいるようだが」

 

話しかけて置いてなんだ、というように睨まれる。

このことは後々考えよう。それが一番だ。僕にとっては。

 

「で、何だ?」

 

「いやね。いつ出発するのかな……、と」

 

日が真上にある時間。流石に心配になってきた。

飽くまで彼女の予定が最優先なので、現在まで黙ってはいたが。

 

「あ、忘れてた」

 

「勘弁してくれよ……」

 

「私だって忙しいんだよ」

 

とてもそうは見えない。

これは多分出合ったばかりの僕でも間違っていないだろう。

 

「さっさと僕を届けて、それから読書してくれよ」

 

「うぅん……、仕方が無いな、今回だけだぞ?」

 

心配せずとも、次回はないだろう。

もう彼女と合うことすらないかも知れない。

 

「愛する君と逢えなくなるのは、寂しいなぁ」

 

「はいはい、じゃあ出るか」

 

適当にあしらわれる。僕は静かに肩を竦めてから、彼女の後に続いた。

立て掛けられてある箒を持って外に出ると、眩しさに眼がくらんだ。どこからか声が聞こえる。妖精だろうか。

 

「じゃあ、後ろ」

 

「了解」

 

昨日と同じように、箒の後ろの方に跨り、しっかり彼女を掴む。女の子に触れるというのは、本来緊張や照れを感じなければならないところなのだろうが、掴まり損ねれば思い切り地上に落ちてしまう、命の危険があるこの状況では、そんな余裕はない。そもそも僕は彼女という人間は愛しているが、彼女自身に恋情なんて懐いていないので、照れる道理もない。

 

「……そういえば、その神社って何て言うんだ?」

 

博麗(はくれい)神社」

 

僕達がこれから向かう場所。

博麗神社。彼女と同世代の巫女が一人でやっているらしい。感心する。

 

「それじゃ、行くぞ!」

 

「オッケ……、うわっ!」

 

いきなり飛び上がる箒。僕は慌てて手に力を籠めた。

安定して来たところで、静かに息を吐く。

 

博麗神社の巫女――

どんな人間だろう。

どんな個性を持っているのだろう。

期待を胸に懐きつつ、落下という危殆を心から恐れつつ。

僕は風の流れを感じていた――




読んでくれた方は、有難うございます。空虚なまでの空腹って何だ。
今後は不定期で投稿して行きます
感想、指摘、ご意見など良ければお願いします
では、また

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