エミリー・ザ・スカイ   作:ムカシヤンマ

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01.深まる謎

 結論から言って、俺がいたのは小さな無人島だった。

 

 より正確に言えば、環礁だった。

 

 あまりサバイバルに詳しくない俺でもかなりヤバイ事態に陥っているのはわかる。

 

 まず真水がない。この時点で致命的である。

 

 

「マジかー」

 

 

 だが、幸運なこともある。

 

 なんと人工物を見つけたのである。

 

 この環礁は視力検査でよくみる一部が欠けた円の形をしているのだが、円内部の礁湖にポツンと浮かんでいる潜水艦。

 

 明確な大きさはわからないが、全長は50メートルはある。

 

 環礁の内側を歩いていれば自然と目に付くため、早い段階で見つけていたのだが、いくら声を張り上げても、短くなってしまった手を精一杯振り回しても、うんともすんとも反応がないため、島の探索を優先していた。

 

 目を放した隙にどこかへ行ってしまうのではないかと不安に思いながら頻繁に目を向けていたが、結局何の動きも見られなかったし、船員が島に上陸している形跡もなかった。

 

 後は大本命であるあの潜水艦を探索しなければならない。泳いでな!

 

 

 

 

 

 今更だが、この潜水艦がどこぞの軍隊の所有だった場合、勝手に中に入ったら捕まるのかな?

 

 そんなことを考えたのは潜水艦の甲板に上った後のことだった。

 

 あの土管のようなところが入り口か。乗って見ると船にしては以外と小さいな。礁湖内の小波でも結構揺れる。

 

 ちなみに今の俺はスクール水着のみだ。学ランは岸において来てある。客観的に見るとかなり精神ダメージの大きい状態だが、とりあえずは気にしないことにする。

 

 もし人がいなかった場合、俺は正真正銘孤独だ。更に、この潜水艦に真水や食糧がなかった場合、最悪、後数日の命となる。それはなんとしても避けたい。

 

 意を決して、バルブに手をかけて全身を使って回そうとするが、滅茶苦茶固い。

 

 錆付いてるのかと思ったが、よく考えるとこの身体が貧弱だからかもしれない。もしくは水密性を保つために元々固い設計なのか。

 

 

「フンッ! ガッー!」

 

 

 体重を乗せて回そうとしてもビクともしない。もしかしたら反対に回すのかと思い実行してみるが、結果は変わらず。

 

 鍵でも掛かっているのかと鍵穴を探すが、見つからない。よくよく考えると海に潜るのだから外側にそんなものがあったらあっという間に詰まるか錆びてしまう。それに気づくのに10分ほど時間がかかった。

 

 が、まったくの無駄な時間だったわけでもなく、あるはずのない鍵穴の代わりに分厚い透明なカバーに守られたタッチパネルのようなものがあった。

 

 カバーを外して何か映らないかタップしてみる。

 

 

「おお?」

 

 

 画面には『指紋が読み取れませんでした。もう一度お願いします』と表示された。

 

 なるほど指紋を読み取るのか。思わず、指の腹をじっくりと押し付けてみる。

 

 

「まあ、開くわけがないか。……ええ!?」

 

 

 俺は目を疑った。

 

 画面には『【乗組員:玉生義美】認識しました。』と表示されたのだ。

 

 何故だ? と考える暇もなく、いつの間にかゆっくりと開いた分厚い水密扉が華奢な少女の身体を殴打する。

 

 全身を横殴りにされて倒れ込みそうになる。何と言うか、自分の身体がこんなに踏ん切りが効かなくて軽いと非常に不安を覚えてきて涙目になりそうである。

 

 

「いや、そんなことよりも、どういうことだ?」

 

 

 俺は潜水艦の指紋登録なんぞしたことないし、表示されている玉生義美という名前にも心当たりがない。おそらくはこの身体である少女の名前なのだろう事は予想が着く。

 

 と言うことは、俺の身体が少女になったのではなく、この少女に俺の精神が搭載されたということなのだろう。

 

 では元の少女の精神はどこへ行ったのだ?

 

 謎が更に増えてしまった。

 

 とりあえず、船の中に入ってみるか。何か手がかりがあるかもしれない。

 

 扉を開けたすぐそこに下へ伸びる梯子がある。船体が小さいから階段なんて大層なものはないのだろう。いや、そもそも潜水艦に階段なんてないものなのか。

 

 梯子を下りきるとまた水密扉だ。幸いこちらのバルブは回すことができた。それでも結構力が要るが。

 

 扉を通ると自動で点灯した。それと同時に最初の水密扉が閉まる音が聞こえた。戸締りも自動で行うのか。便利だと思うが、潜水艦なんて潜行中に浸水したらほぼ確実に死ぬことになるのだからヒューマンエラーが起こらないようにシステムで管理されてて当然か。

 

 潜水艦内部の通路はかなり狭い。幾分縮んだ今の身体でも一人歩くだけの幅しかなく、もし人とすれ違う場合には少々窮屈な体勢にならざるを得ないだろう。高さも2メートルもないだろうし、巨漢は潜水艦乗りには向かないな。

 

 壁には配管などの形が浮き出ていて、なんだか生き物の血管のようである。完全に剥き出しの部分もあって暗かったら結構不気味だ。今は点灯のおかげで明るいため恐怖を覚えることはない。

 

 入ってすぐ二手に分かれる通路に出た。思うに艦首側と艦尾側とに伸びているのだろう。

 

 よくよく考えるとこんな方向感覚が狂いやすい狭い通路ばかりの空間だとあっという間に迷子になるな。ただでさえ遭難を疑う状況なのに、と悲観に暮れていたら近くの壁に案内図が載っていた。大変素晴らしい。

 

 

「右に行けば食堂で、左が発令室か」

 

 

 今、この潜水艦を探索する目的を考えると人間を探す方が先決だ、と結論を出した俺は発令室の方へと行くことにした。

 

 この身体の持ち主がこの潜水艦の所属なのかどうかは現時点ではわからないが、偉い人がいる可能性の高い発令室にいくのは間違いではないと思う。少なくとも食堂で水と食糧を確認してから行くよりかは利口な判断だろう。

 

 

「で、誰もいないと」

 

 

 別に船の事情に詳しい訳でもないのだが、船の頭脳である発令室に誰もいないのは問題なのではないだろうか。と言うか、ここまで歩いてきたが人を見かけるどころか自分の足音と機械の駆動音以外何も聞こえない。

 

 もしかして無人なのでは? と脳裏をかすめた考えに絶望した。

 

 その後も迷わない程度に潜水艦内部を探索したが、全て無駄足に終わった。

 

 操舵室も食堂も空っぽの格納庫も機関室もトイレもメーターや機械が敷き詰められた変な部屋にも人影すら見かけなかった。

 

 そして船員が寝るためと思われる多数の三段ベッドのある部屋にも人はいなかった。それどころかベッドのシーツが新品同様で一度も使われた形跡がなかった。希望はなかった。

 

 だが、幸いなことに真水と食糧の蓄えがあることはわかった。餓死の危機は当面は避けられた。

 

 

「後はここか」

 

 

 俺が最後に辿り着いたのは艦長室と書かれたプレートのついた扉である。ここ以外の人が居そうな場所はすべて探した。意を決して扉を開けた。

 


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