宮永咲の白糸台生活   作:タマアザラシ

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宮永咲と多治比真由子

・・・いつからだろうか、自分が麻雀を打つ時に周囲が怯えた顔を浮かべるようになったのは

 

・・・前からあの顔を浮かべる人たちは存在していた、だけど全国ではそんな顔を浮かべていた相手が居なかったから気のせいだと思いたかった

 

・・・だけどどれだけ私はそれから目をそらそうと、どれだけ気づかないふりをしていようと、私は嫌でも気づかされた

 

 

 

・・・この世代に、私という存在は異物でしかなかった

 

________

 

西東京都インターハイ地区予選会場

 

今年も白糸台の圧倒的優勝とマスコミから思われているが他校の学生たちはそうは思ってはいない

 

当然だ、自分たちは麻雀が好きだからここまでやってきたのだ誰も負けるつもりで卓上に座る選手たちはいなかった

 

それに白糸台高校は宮永照が入学するまでは決勝戦に残るまでがやっとのチームだったのだ、それはつまり宮永照を抑え込めば自分たちにも勝機があると、そう思いたかった

 

「お疲れさまでした」

 

そういって卓上から立ち去る白糸台高校の制服を着た一年生を横目に多治比真佑子は白糸台の最終結果をその弱り切った目で見た、そしてそこには

 

 

 

 

白糸台高校 400000

 

400000点というありえない数字が表示されているのだった、団体戦での一校の持ち点は100000点であることから白糸台高校は地区予選とはいえ決勝戦で三校の持ち点を0にしたのだ・・・それもトビ終了ではなく半荘二回を終わらせてだ

 

白糸台高校であれば三校トビはそう珍しいことではない、今年から先鋒の宮永照は一、二回戦とも三校トビをしており、これだけでも彼女はとてつもない化け物であることが理解できる

 

だから宮永照が親番になった時には他校に振り込んでもいいから全力で流した、その成果か宮永照は地区予選の結果の中では最小の点数に抑えることができた

 

だが白糸台は宮永照を抑えれば勝てるほど甘くはなかった、彼女たちも普段から宮永照という怪物と練習を重ねてきた、弱くないはずがなかった、そのことももちろん真佑子も他のメンバーも理解していた

 

予想外だったのは一年生コンビの方だった、もちろん白糸台のレギュラーメンバーに選ばれる点から例え一年でも弱くないはずがないがそれでもまだ高校生になって数か月、付け入るスキがあると思っていた

 

それがとんでもない思い違いだった、彼女たちは間違いなく宮永照と同じ『牌に愛された子』に違いない、特に大将に任された『宮永』の姓のチャンピオンと似た顔つきの少女は宮永照と同等、もしくはそれ以上の存在であることを真佑子は本能的に理解してしまった、なぜなら

 

「・・・綺麗だったな」

 

恐怖よりも『綺麗』と思わずにはいられなかった、そんな打ち手だったのだから

 

西東京都代表・白糸台高校

 

先鋒 宮永照(三年)

 

次鋒 弘世菫(三年・部長)

 

中堅 大星淡(一年)

 

副将 渋谷尭深(二年)

 

大将 宮永咲(一年)

 

控え

亦野誠子(二年)

氷室空美(一年)

 

__________

 

『・・・勝てるわけがないでしょ』

 

宮永咲は真っ黒な空間の中で顔が分からない相手から怯えた声でそう言われた

 

『持ってるものが違いすぎる』

 

『天才に凡人が勝てるはずがない』

 

『お前なんか人じゃない』

 

『無理だ敵わない』

 

咲の周りの顔が見えない存在たちは怯えた声でそう言いながら咲から遠ざかていった、咲にはそれが苦しみにしかならなかった、咲にとっては麻雀とはみんなと一緒に楽しむものそれなのに咲の周りに居るものたちは誰も楽しく打とうとしなかった

 

『楽しいでしょうね、周りを圧倒できるんだから』

 

そんなことはない!!咲は全力でそう叫びたかった、だけど周りの嫉妬の、恐怖の視線が咲に何も言わせなかった言えなかった

 

(苦しい、苦しい苦しい苦しいくるしいくるしいくるシィくルシイクルシイクルシイ)

 

楽しかったはずの麻雀が優しすぎた咲にはただただ苦しいだけの存在になりはて、そしてその苦しみから逃げるように咲自身も顔が見えない存在になりかけた、その時だった

 

『『咲!!』』

 

大きく、明るい二つの声が咲の心に響いた、一つは幼い少女の声、もう一つはずっと聞いている自分に麻雀の楽しさを思い出させてくれた声だった

 

『『麻雀って楽しいよね!!』』

 

______

 

咲が目を覚ました瞬間、目の前に咲の顔を覗き込む淡の顔がドアップに映り、咲は思わず目を大きく見開きながら驚いた

 

「淡、ちゃん?」

 

「あ、サキよーやく起きた、ちょーどサキを起こそうとしてたんだ」

 

咲は夢の中で淡の顔を見たせいか夢と現実が混ざり合って一瞬混乱したが、咲は地区予選の決勝が終わって部長である菫と照がマスコミのインタビューを受けている間に少しの間眠ってしまったことに気づいた

 

「監督がインタビューが終わったからそろそろ移動だって言ってたよ?」

 

「そっか、淡ちゃん起こしてくれてありがとう」

 

「別にいいけど・・・今日そんなに疲れることあった?」

 

「あはは、さすがに久しぶりの公式戦だったから少し疲れたかな・・・それに、ちょっと昔を思い出してね」

 

咲はそう影のある笑みを浮かべ、淡は咲の過去については何も知らない、だからどうして咲がそんなに弱っているのかは淡にはわからない、だけど

 

「サーキー」

 

「何、淡ちゃ・・・」

 

淡は突然咲に抱き着いたのだ、咲自身は淡の突然の行動に顔を真っ赤にして戸惑うだけだった

 

「あ、淡ちゃん急にどうしたの!?」

 

「うーん、なんとなく?」

 

「なんとなくって・・・」

 

淡自身もなんで自分がこんなことをしたのか分からずに首を傾げた

 

「でも、なんか咲を抱きしめないといけないなって思ったんだー」

 

淡のその直感による行動に咲を驚いた顔を浮かべながら顔を伏せるのだった、淡はおそらく自分が苦しい思いをしていると気づいた、だからこそその苦しみを言葉ではなく行動で和らげようと咲を抱きしめたのだ

 

「淡ちゃん」

 

「んー?」

 

「・・・ありがとう」

 

淡は咲のお礼に一瞬キョトンとした後にニパーっと笑みを浮かべ

 

「どーいたしまして」

 

_____

 

「やっぱり咲を大将にしたのは間違いだった」

 

インタビューを終えた照はいつもと違って明らかに不機嫌そうな顔をしながら隣を歩く菫を睨み付け、菫はそれに怯むことなく照を見据えるのだった

 

「・・・そうだな、このままだとインターハイで大きなミスを犯す可能性があるな、だが淡と比べて大将を任せられるのは咲のほう・・・」

 

「私が怒ってるのは試合の結果じゃない、咲の立ち位置について怒ってるの」

 

菫は咲がトビ終了できた場面で試合を終わらせなかったことを問題視している発言をしたが、その言葉に照はより一層鋭い目をして菫を睨み付けていた

 

「あの子が強いことは私もよくわかってる、だけど咲の心は決して強くはない、試合の結果が決まる大将というポジションは・・・咲を昔の状況に戻しかねない」

 

淡という同年代で同じ存在と巡り合うことができたものの、周りの相手と比べても咲の実力は圧倒的すぎた、部活内では改善されつつあるが、公式戦という過去を思い出させるような状況になれば嫌な記憶が嫌でも呼び起こされる。事実、圧勝した咲が控室に戻ってきた際には精神的に消耗していた点からトラウマがいまだ残っている事が分かったのだ

 

「咲は副将、もしくは中堅に置いた方が咲にとってそれが一番良いのに」

 

「そうやってずっと逃げさせるつもりか?」

 

照は咲の大将というポジションを変更することを望んで発言したが、菫の凛とした声で押し黙った

 

「咲はお前と同じ王者になるべき存在だ、その王者は常に嫉妬や嫉みといった感情を向けられる存在でもあることをお前が一番分かってるはずだ」

 

ずっと照の隣にいた菫だからこそ照に向けられた嫉妬や嫉みといった感情を向けられていることを知っていた、だからこそ咲も同じ状況に陥っていることも一番理解しているのだ

 

「もちろん私も悩んださ、咲を大将というポジションに置くことで咲のトラウマを思い出させるんじゃないかと、だが咲は、そのトラウマを乗り越えなければいけない」

 

それは白糸台の三連覇のためでも、ましてや咲を王者にして白糸台の栄光を守るためでもない

 

「咲は麻雀のことが本当に好きだからな、だからそんな周囲の嫉妬(くだらないこと)で牌を置くことはあってはならない」

 

咲が麻雀から離れないようにするためだ、菫は部長として知っている、咲がどれだけ麻雀が好きなのかを、どれだけ麻雀という競技を愛しているのかを、そんな彼女を周囲のくだらないことで潰されることを菫は納得できなかったのだ

 

「だから私は咲に強くなってもらうために大将に抜擢した、例えその結果咲に恨まれようとも、私はそれで構わない」

 

菫のその強い覚悟に照は驚いた表情を浮かべ、そして自分の親友はやっぱり男の人より漢らしいなと思いながら笑うのだった

 

「菫ってやっぱりカッコいいね」

 

「なんだ急に」

 

「別に、ただ男の人より漢らしいからかっこいいなって思っただけ」

 

「・・・それは喜んでいいのか?」

 

「さあ?」

 

お互いに目を見ながらそう語り合い、そしてお互いに笑みをこぼしながら控室へと入っていくのだった

 

「咲、淡、インタビューが終わったから部屋を片付けて・・・」

 

菫はそういって部屋の中にいる咲と淡にそう指示を出したが

 

 

 

 

・・・・お互いに抱きしめあっている咲と淡の姿に目を点にしながら固まるのだった

 

「・・・何やっているんだお前たちは」

 

「ひ、弘世部長!?」

 

菫たちの登場に咲は顔を真っ赤にしながら慌てて淡から離れるが、菫は隣にいる照の様子を窺おうとしたが麻雀を打っているときと同じ雰囲気をだしており、淡もそれを察知しているのか顔を真っ青になるのだった

 

なお尭深と誠子が戻ってきたときには菫によって羽交い絞めされている照の姿と咲の後ろに隠れている淡の姿が発見されるのであった

 

_____

 

「「あ」」

 

会場から帰りのバスに乗り込もうとしたときに咲は大将戦で戦った真佑子とばったりと出くわしたのだ

 

真佑子の目には泣いたような跡が残っており、真佑子は咲から目をそらし、咲はどこか気まずそうな顔を浮かべていた

 

「・・・咲、行くぞ」

 

このまま気まずい空気で立ち止まるわけにはいかないため菫はそういって歩き出し、咲もそのあとに続こうとしたが

 

「み、宮永咲さん!!」

 

真佑子は突然咲の名前を呼び、咲は驚きながら真佑子の方に振り向いた瞬間

 

真佑子は咲の手をぎゅっと握りしめるのだった

 

「私の、私たちの夏はここで終わりました!!悔しいて、悲しいて、胸がいっぱいです!!だけど私はあなたと、王者白糸台と勝負したことを誇りに思っています!!だから、だから

 

 

 

 

 

私たちの分まで頑張ってください!!」

 

咲は真佑子のエールを受け、そして震えている手を感じながら気づいたのだ、この人は本当にインターハイを目指して頑張ってきたんだと、周りから無理だと言われても努力し続けた人なんだと

 

それに気づいた咲は自分の弱さに憤りを感じた・・・自分はなんで全力で戦わなかったんだと、もう大丈夫だと思っていた過去に縛られて昔と同じようになるのではと恐れて、だけど負けるわけにはいかないと中途半端な打ち方をして相手を苦しめて、だけど真佑子はそんな自分を応援してくれた、ならば自分はその応援に全力で答えなければいけない、いつまでも姉や親友に甘えている自分では駄目であると、そう覚悟を決めた

 

「・・・わかりました、多治比さん」

 

咲は少し目を閉じ、その瞬間咲の纏う雰囲気が変わったことを照や淡たちが気づいた瞬間、咲の目は試合終了の時に浮かべていた弱い目ではなく・・・覚悟を決めた強い目になるのだった

 

「私たち白糸台は誰にも負けません、例え相手がどれほど強敵であろうとも王者として

 

 

 

 

 

 

全員、倒します」

 

咲の纏う雰囲気が気弱な少女から照と同じ王者の雰囲気になった瞬間、菫と照は笑みを浮かばせるのだった

 

今ここで、インターミドル二連覇のチャンピオンとしての宮永咲が完全に目覚めた瞬間だった

 


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