高山先生のターン。
クーラのターンはいつもの事なのでry
飯田上砂通り。
家から歩いて10分以内にある大通りだ。
大型デパートが通りの中心にあり、そのサイドや反対側には専門店がある……というよりも元々商店街の場所にデパートがドーンと建てられたらしいが、奇跡的に棲み分けがキッチリとされているようで、大した軋轢も無いまま既に5年が経過している、不思議な場所だ。
まぁ、5年も此処に住んでいなかったので、そう言った情報は殆ど海斗からなんだが。
おのぼりさんよろしくあちらこちらをキョロキョロと見ているクーラとはぐれないように手を繋ぎ直し、先導するように歩く。
姿勢良く歩く西洋美人に物珍しさも手伝ってか、老若男女問わずに全方向から飛ばされているにも関わらず、クーラは一切動じずに、或いはマイペースに周囲を見回していた。
凄いなオイ、俺なら気後れするぞ。それとも慣れているのか、この視線の渦に。俺にも結構きているが、やはりどうにも人の視線は苦手だ。
ついでに言えば、小説や漫画で良くある、美女とフツメンの組み合わせで起こる「釣り合ってないよなぁ」系の視線が来るのかな、と思っていたが予想以上のモノが来た。
「なーんかパッとしないよねぇ、横のカレシ」
なんて、聞き覚えの有る、軽薄な、或いは甘ったるい声が聞こえてきたらそりゃそっちを思わず見てしまうだろうさ。視界ギリギリの、横目で、という前置きはつくけど。
予想した通りの子が、そこに居た。
中学組で、同級生で、あの子と良くつるんでいる子だ。名前は……ええと……確か、伊村有香さん、だっけな。
見た目は……化粧が濃くて実際がどうなのかはさておくとしても、悪くは無い。むしろ可愛い系とセクシー系の路線を貪欲に突っ走っているようには見えた。
茶髪に浅黒い肌、黒く縁取りされた大きな眼やグロスで艶ややかさを増した唇と第2ボタンまでだらしなく開けた胸元から見える水色のレースが特徴のブラジャーや結構な深さのある谷間、極端に短いスカートから出ている太もも。
雑誌で言うところの小悪魔系を突っ走った美少女だ。が、まぁ、あの手の子は俺の苦手な部類でもある。今近寄ったら香水の匂いで気分が悪くなる。特にあの子の場合、かけすぎなんだよ香水を。
基本的に空間に向けてワンプッシュして通り抜ければ良いんだぞ、香水ってのは。
ただ、あからさまに顔を顰める事もしない。中学組の対処法はスルーに限る。余程酷い事をしない限りは無視をした方が良いと悟っているからだ。余程酷い事をされそうになった時は、人が多く居る所で一発殴れば良いし。
しかし、皮肉気に、悪意が若干見えるような言葉遣いでこっちに絡むギリギリの範囲で言ってくるとは。
性格捩れてるんじゃないか、マジで。
「釣り合っていない、とさ」
「なら、釣り合うように努力し続けるだけだ」
皮肉気に、或いは自嘲気味にそう呟いてみたのだが、クーラは真顔でこちらに向けてハッキリと言ってきた。
いや、意味が判らないんだが。
「……ええと、クー?」
「どうした?」
「いや、ええと。俺とクーが釣り合っていないわけだが」
「そうだとしたら私が努力すれば良いだけだろう?」
ええと。
うん。
待て、違う、そうじゃない。そっちじゃない。
「……ええとな、俺がクーと釣り合っていないという意味だぞ、あの言葉も周りの視線も」
「そうか? 私の方が釣り合っていないと思うが」
「バカかお前は。フツメンの俺と西洋美女で現代版美女と野獣よりはマシな程度だろうが」
「圭吾、解釈が間違っているし、使い方も間違っている。そもそも美女と野獣のヒーローは元々イケメンでも何でもなかったし、ヒロインの成長物語だったんだぞ。現代版はディズ――」
もうめんどくさいので良いや、このままで。
そういう事じゃねぇよ。ズレ過ぎだろうが。こいつ判っていて言ってるんじゃないだろうな。
色々な想いを溜息に変えて、俺はクーラに合わせていた視線を前へと戻した。
その視線を戻す途中で、伊村さんと視線を合わせると、白けた表情をして、目を逸らして何処かへ歩いていた。まぁ、言いたい事は判る。俺もそうなる。むしろ誰だってそうなるだろうさ。
まぁ、伊村さんは正直どうでも良い。
取り合えずとっとと携帯ショップか、デパートにいかんと。
「あぁそうだ。クー、行き先の順番としては何処が良い? 携帯が真っ先に欲しいならショップにいくぞ。出来れば食材関連は最後に回したいけどな。勿論、金の事は気にするな。父さんから許可は出ている筈だし、少なくとも暫くは共有でやり繰りしていくからな」
「判った。なら、ランジェリーショップに行きたい」
「は?」
何いきなりお前そんな事をあぁそうかアレか言ってたじゃねぇかサイズアウトとか。
クーラは聞こえなかったと判断したようで、その誤解に気付いた俺が制止の声をあげる直前に、より大きな声をあげた。
「聞こえなかったか。ランジェリーショップ、下着を販売しているお店に行きたいのだが。ブラがサイズアウトしているから気持ちが悪いんだ。動き回るとすぐ零れるし」
急ぎ足で隣を追い越して行ったサラリーマンのオッサンが凄い勢いで振り返ったのを、誰が責められようか。少なくとも俺は責められない。そして俺は凄い恥ずかしい。
どうしてそういう事を往来で言えるのか。せめて小声で言って欲しかった。
「……頼むからそういう事は小声で言ってくれよ……凄い目で見られるのはお前だけじゃないんだぞ」
「聞こえなかったんじゃないのか? キミは聞き返してきたんじゃないか」
「そういう意味で聞き返したんじゃねぇよ。お前がアホな事を往来で言うからフリーズアウトしたんだよ」
「私にとっては割と重要な問題だ。圭吾、考えてみて欲しい。キミの下着がパッツンパッツンで締め付けが苦しかったらどうする?」
言われて思わず想像してしまう。
例えば昔履いていた白ブリーフがサイズアウトしていたら。ヴォルケイノしたらボロンと出るだろう。ナニがとは言わないが。
例えば今履いているトランクスがサイズアウトしていたら。脇から零れるかもしれない。ナニがとも言えないが。
思わず納得しかけ、いやそうじゃない、そこで丸め込まれるな俺、と思いかけ。
最もアレなのは、俺がそれを想定していないままクーラに「何処行きたい?」とか言っていた事だったと気付いて、盛大に肩を落とした。俺も悪いパターンなので何も言えないとは、もう何だかなぁ。
「……俺が悪かった」
「私も少し配慮が足りなかった。次はもう少し考えてから発言する」
「出来ればそうしてくれ。ええと、ショップはあっちだったな」
決してランジェリーとは言えない。恥ずかしいからだ。
下着屋だとオッサンオバサンくさいし、何なんだろうな、日本人から見て横文字の破壊力は。
そう思いながらも少し重い足取りでランジェリーショップへと向かう。
程なくして辿り着いたので、財布の中から一万円札を取り出してクーラに握らせ、
「それじゃ俺は外で待っているからな。領収書は持ってきてくれよ、家計簿つけないといけないからな。あぁそうそう言っておくが俺は選ばないぞ。水着ならともかく、下着を選ぶなんて普通しないからな、日本では。それと、あっちの事を持ち出しても此処は日本だからな」
と、平静を装って言った俺に、クーラは首を振ってから唇の端を苦く歪ませた。
「圭吾。流石にまだ恋人同士でないのに下着を選ばせるような真似はしないさ」
「え。あ、あぁ……そうなの?」
「勿論だ。ただ――」
「……ただ?」
苦く歪ませていた唇を、今度は意地悪そうな弧を描かせたクーラが、首をこてん、と傾げてから眼を細め。
鋭く言い放った。
「キミが宣言した通り、水着は選んで貰うぞ」
「え……あ。あぁ!?」
「男に二言は無い。武士でも構わないが、日本の諺は良いものが多い。そう思わないか、圭吾?」
フフン、と何処か勝ち誇ったように顎を引き、胸を張ってそう言ってくるクーラに、俺は両手を挙げて降参のポーズを取った。
何で知ってんだよ。いや、知っていたとしても咄嗟に出てくるもんじゃないだろ、その言葉は。あと胸を張るな、推定スィカップがヤバイ事になる上に、動き回ればブラから零れるとか言ってただろうよ。
とか色々言いたかったが、もう此処まで来ると無理だ。
例え話題逸らしを敢行しても、決してクーラは折れない筈だ。昔っから意地っ張りだったのだ、いかに外面も内面もクールビューティになっていたとしても、そういう根っこの部分は変わらないものだろうし。
「判ったよ。言いだしたのは俺だし、水着ぐらい付き合ってやる」
「本当だな?」
「嘘ついたら針でもなんでも呑んでやるよ」
「それじゃ、約束をしよう」
そう言って、クーラは小指と小指を絡め合わせて「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます、指切った」と真顔で歌ってきた。正直言って、金髪碧眼のクールビューティがやる事じゃないので、凄くシュールに見える。
それで満足したのか、何度か頷いた後にランジェリーショップへ入って行ったクーラを見送り、俺は近くにあったベンチに腰掛けて深々と溜息をついた。
周囲からの視線はクーラが居なくなった事で全て消え去り、言い知れぬ開放感を感じる。
本当に、何と言うか。
押されまくっているな、俺。
明け透けな好意は嬉しい。嬉しいが、俺はそれを完全に信じる事が出来ない。
クーラへの虐め、中学の頃にあった噂やあの子との交際で、人ってのは身勝手な幻想を抱いて、勝手に幻滅したり、面白おかしく吹聴する者が多くいる事を知った。
だから、俺は久しぶりに会ったクーラをも、信じることが出来ない。
……いやまぁ、海斗のように「オマエの事は大体織り込みだ。それを踏まえてダチだろ? 今更アホな事考えてるんじゃねぇよバーカ」みたいに言ってくる可能性もあるだろう。
でも、そうなるまでは、そうなったとしても俺が信じられるようになるまでは。
クーラにどれだけ告白されても、きっと俺は応えられない。中途半端な気持ちで付き合えば、お互いが凄く傷つくなんて、眼に見えている。
――これも、自分に対する言い訳、だな。
「あぁ……弱いなぁ……」
溜息混じりに呟いた言葉は、紛れも無く本心から出たものだ。
幼馴染を虐めや言葉の暴力から守りきったり、純粋な暴力を真っ向から崩そうと挑んだりしていた、向こう見ずで無鉄砲で感情的で正義感溢れた子供のような自分が、もう何処にも居ないのだと、改めて思ったが故の、言葉。
どうしてあんなに必死になってクーラを守っていたのか。
未だに良く判らない。いや、判っていた筈なんだ。
あの頃の記憶が薄れているのは、あの子と付き合っていた頃の自分を無くしたいからだ。思い出したくない過去を忘れる為に、俺はクーラとの思い出や母さん達との思い出を捨てて、どうでも良い記憶を大量に作った。
引き出しが多ければ多いほど忘却しやすくなり、忘れたいと思い込む事で、人間というものは本当に忘れることが出来ると知って以来、俺はそれを利用し尽くした。結果、今の俺が在る。
本当に身勝手で、本当に自分勝手な、俺。
クーラをきちんと見れていないのは、そこもあるのだ。
しかし此処まで来ると、二重人格や精神分裂を疑いかねないが。
そう自嘲しながら、俺は項垂れていたのだが。
「おや、伊佐美君?」
顔を上げると、背広姿で通勤用のロードバイクに乗った高山先生が不思議そうにこちらを見ていた。
「あぁ、どうも」
割かしぞんざいな言葉を返した直後に、後悔した。先生に出す言葉じゃないだろ。
けど、高山先生はそんな俺の心境を読み取ったように、
「元気無いけど、大丈夫かい?」
そう声をかけてきた。
「ええ、あぁ一応、まぁ」
「マッカートニーさんの事でも、悩んでいるようだね」
「……判りますか」
「これでも教師だからね。まぁ、伊佐美君は特別、というのもあるけど」
特別、ね。
苦笑を閃かせた高山先生に、俺も苦い笑みを返す。
石動さんと俺がやりあった、というのは周知の事実だ。そして、原因が俺に対する捏造された噂に有る事も。
去年のあの騒動の時に、高山先生は石動さんが開いた会議に参加していた。
周囲を窘め、落ち着かせるように誘導していた高山先生は、一見すると事なかれ主義に見えた。
だが違った。
冷静に周囲を視て、意見の食い違いがあれば『必ず・後で・まとめて』聞くタイプだった。しかも、柔和な表情を崩さずに、断じる事を殆どせずに追い込むタイプでもあった。
あの石動さんですら、予想外の伏兵でしたと評した程の、弁の立つ先生だ。
「あの」
「ん?」
「先生は、どうしてここに?」
「あぁ、昼休みになったからね。モロゾフのケーキが食べたくなったから、此処まで来たんだよ」
そういえばこの人、甘党だった。
しっかしわざわざデパートにまで足を伸ばすとは。仕事終わってからじゃ駄目なのか。
……いや待て。デパートに用があるなら、高山先生は此処まで来ない筈。自宅から真っ直ぐ歩いてきた俺のルートと、学校から真っ直ぐデパートに行くルートは、ほぼ反対だ。
となると、俺とクーラを追って来ていた……いや、そんな事はしないだろう。
此処まで考えて。
俺はある事を思い出した。
「先生」
「何かな?」
「エ……新作のゲームを買いましたね?」
ランジェリーショップのすぐ右隣にある、メッセージサンノウと書かれている同人専門店に視線を飛ばしながら聞いてみると、苦笑の質を変えて、高山先生は頬を引っかくようにして3度、人差し指で掻いた。
そして、その手をそのまま口許に持っていき、
「伊佐美君と僕との秘密、と言う事にしておいてくれないかな」
「まぁ、普段お世話になっているし、それ位は別に。ただ、あんまりそういうの、出さない方が良いですよ。バレると面倒でしょうし」
「気をつけるよ、ありがとう。しかし伊佐美君はツッコミ役として適任だね」
「……何ですかいきなり」
唐突な話題変更、それも最近になって自覚しつつある点を指摘され、思わずジットリとした視線を高山先生に向けてしまう。
それを意に介さないで高山先生は柔和な笑顔を向けてきた。
「前々から思っていたんだ。伊佐美君は自分から余り話したがらないけど、親しい人に限っては、何か変な事を言うと必ず突っ込むよね」
「変な事を言ったら普通突っ込むでしょうよ」
「そうかな、大抵の人はスルーすると思うよ? あぁ変な事を言っているな。僕らの世代を含めた子達はそれだけで済ます傾向があるからね」
「スルーすると余計に被害が増すような奴しか居ないんですよ、俺の周りには」
海斗然り、クーラ然り、夏海さん然り。あぁ、父さんとアーサーおじさん達は疑惑リストの方にぶち込むか。
此処で、身内関連が基本的にダメな発言しかしないという事実に気付いて地味に凹んだ俺に対して、高山先生は、
「確かにね。石動さんや五木君もそうだし」
「いや石動さんは俺とはあんま関わりが無いというか、関わりたくないというか……」
露骨に顔を顰めて、俺はあの子が苦手です、とアピールしてみるも、高山先生はそうかな、と細く尖り気味の顎に細い指を這わせて、
「少なくとも生徒達の中では十分に関わっている方だと思うよ。あの騒動を抜きにして考えても、ね」
「勘弁してくださいよ。俺あの人苦手なんですよ。あの一件はともかくとしても、あんな尖った視線を向けられたら普通ビビリます」
「でも、何だかんだ言って伊佐美君は相手をするんだろう?」
「……それは、まぁ、相手が関わってくるなら、ですけど」
無視は出来ない。中学時代に嫌と言うほど味わったのだ。アレは、きつい。
別に嫌いではないのだ。ただ苦手なだけで。それだけで無視は不味いだろう、無視は。
俺がされて嫌だった事を他の人にやらないようにしているだけなんだけど、これがいけないのかもしれない。でもやめる事は出来ないし。
「伊佐美君が持っているその優しさは、出来ればずっと持っていて欲しいものだと思うよ、僕はね」
「いきなり何キ言ってんですか」
気持ち悪い事を、と言いそうになって慌てて繋げたが、バレていたようで、何時もの苦笑を浮かべる高山先生。これが菊池先生だったら拳骨食らっていた。疲れてるのかな、俺。
一応返事として何か言わないと、と思い、考えてみても何も浮かばず。
誰かから優しいと言われるのは随分久しぶりだ。中学の頃は優しいではなくて、ウザイだったし。そもそも優しいといわれても正直ピンと来ない。
何となく視線を外して、周囲の歩いている人達を見る。忙しなく歩いていくサラリーマンや、数人で盛り上がっている男女。別に何処にでもある風景だが、それを見るのが目的じゃない。何となく視線を外したかっただけで。
小さく溜息をついて、そのついでに俺は答えた。
「よく、判りません」
「今は判らなくて良いよ。大人になっても、そうであって欲しいってだけで」
「そうですか……」
クーラを庇っていたあの頃を高山先生が見ていたら、聖人君子とか言われてしまうのかもしれない、そう思うと何やら笑って良いのか、顔を顰めた方が良いのか判らず、結果的には苦笑へと落ち着いてしまう。
10代で苦笑いが愛想笑いよりも得意になるとか、嫌な人生だろう、コレは。
「それで、伊佐美君」
「はい?」
「君はずっと此処で座っているようだけど、やはり誰かを待っているのかい?」
ギクリ。
いや、ビクリかこの場合。とにかく背中を反射的に震わせて視線を戻した俺に、あぁ、と頷いて高山先生は何処か遠い眼をしながらショップの方に視線を飛ばしながら、
「成る程……苦労しているようだね」
「それはもう……先生からも言ってくださいよ。幼馴染とは言え、年頃の男子をこんな所に連れて行こうとするのは日本ではやらない、って」
「そうだねぇ、ただ、今後の同居生活でキッチリ線引きをすれば、おのずと自然な状態になると思うよ。それまでが大変だと思うけどね」
――は?
え、いや、何で知ってるんだ?
誰にも言っていない筈なんだけど……
そう思って高山先生に視線で疑問を呈すると、高山先生は首を微かに傾けた。
「いや、常識的に考えてみなよ。同居同棲が子供だけで決めて実行していたら大問題になるよ。通常、学生同士の同居は学校側に届け出ているからね? 伊佐美君のお父さんやマッカートニーさんのご両親とは随分前に連絡を取っていたし」
「あー、考えてみればそうですよね。何で知らない前提で考えたんだ俺……うん?」
少し、待て。
フラッシュバックする、少女の顔。
石動雪華という生徒会長の顔。何故か、後光差しの輝度1000%で顔が見えない状態なのに、笑顔というのが判るような、そんな感じのアレが、俺の脳裏を駆け抜け、体中から血の気が引いたのを、幻聴でも感覚でも理解した。
いや、マズイ。何がマズイって。
「ッ先生!!」
「うわ、びっくりした。どうしたんだい、いきなり大声で」
「こ、この事って生徒会には伝わって……?」
「んー、どうだろう。僕からは何も言ってないけど、生徒会が必要だと判断したら情報を提供しないといけないからね」
そ、そうか。まだ判らないって事だな。石動さんの性格上、知っていたら問い詰めてくるだろうし、知らないのだろう。良かった。
でも知られたら、何か、薄ら寒い展開になりそうだ。
無い事無い事を吹聴する奴らはシメル人だが、この場合は不純異性どーのこーので隙あらば断罪してきそうで怖い。
潔白を証明する為に家の中に定点カメラを10台位設置するとか……俺とクーラのプライバシーの侵害で逆断罪出来そうだが、自分から提案したら意味が無い。
頭を抱えて、どうしようかマジで、埋まるのかな俺、と呟いている俺に、高山先生が若干引き気味な声で、
「いや、流石にそこまで怖がるのはどうかと思うよ」
「俺にとって、あの人は天敵ですから」
「んーそうかなぁ……むしろ逆だと思うけどね」
「んな事ないですから。あの人、俺を目の仇にしている節がありますし」
柔和な表情はそのままに、そう見えないこともないけどねぇ、と呟く高山先生。
完璧主義者の経歴に泥を塗ったクソヤロウとか思われているのは、高山先生も知っているだろうに。
「ま、いつか、伊佐美君と石動さんが仲良くなる事を祈らせて貰うよ。生徒同士の不和は、見ていて気持ちの良いものじゃないし」
「一応、努力しておきますよ」
「ん。それじゃ、そろそろ僕は行くよ。また学校でね」
「さようなら、先生」
「さようなら、伊佐美君」
通勤用のロードバイクの籠に鞄を入れて、颯爽と大通りを駆け抜けていく高山先生を見送り、姿が見えなくなると同時、俺はベンチに座り直して、腕を組み、俯いて眼を閉じた。
何か、疲れた。流石に疲れた。
まだこれから携帯ショップと食材買いにいかないといけないのに、どうしてこんなにエンカウント率が半端無いのやら。始業式だからか?
暫く、他人のハイヒールやローファー、革靴等の様々な靴が急いていく音が不規則で妙な音楽を奏でているのをぼんやりと聞いていた俺の耳に、聞き覚えのある規則正しい靴音が入ってきた。
やっと帰ってきたか。まぁ、コレ位は想定内だな、女の子のショッピングは時間がかかるものだと海斗も言っていたし。
「おかえ――」
視線を上げ。
意図せず声が途切れ、ヒュっという音と共に、息が止まる。
クーラから視線を外したその先に、あの子が居た。
何故、お前がそこに居る――
最後のキーキャラぽいの登場。
プロローグを抜いた場合、まだ一日目な件。
どんだけ濃い一日になるのか。