素直クールヒロインとツンデレ主人公モノ   作:K@zuKY

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オリジナル作品で評価バーが出るまで評価を頂いたり、感想を貰えたり、此処までお気に入りが増えるとは思っていませんでした。
今後とも宜しくお願い致します。



05:告白と拒否

 グッタリと力無く机に突っ伏しながら海斗に恨みをブチ撒けて、始業式前後の騒動で0付近まで削られていた精神力をどうにかこうにか回復させた俺は上体を起こして、ヘラヘラと笑っている海斗を軽く睨み付けた。

 

「何なんだよ、あの修羅場とか恋の鞘当とかさぁ、マジで頭わいてんじゃねぇのかお前」

「そう見えてもおかしくないだろ、アレは。手を繋ぐ主人公と幼馴染に嫉妬した生徒会長が冷ややかな声と目線で割って入り、主人公を悪く言ってしまって心の中では凄ぇ後悔しながらも生徒会長として見過ごせないので言い続ける複雑なO・TO・ME、みたいな?」

「悪い普通にキモイ」

 

 周囲にまだ人がいるからか、主人公とか置き換えて配慮してまーすアピールをしてくる海斗だが、そんなのあんまし意味がないだろう。

 スッパリバッサリと切って捨てた俺に、つれねぇなぁ、とヘラヘラと笑いながらしきりに何度も頷いて肩を叩いてくる海斗。ウザイ絡み方すんな。

 無視して鞄に筆記用具やらプリントやらをせっせと詰め込み始めた俺に、海斗は尚も、

 

「いやでも、あったら面白いだろ。ツンツン冷たい生徒会長、実は素直になれなくてそういう絡み方しか出来ない、とかな」

「海斗、エロゲのやりすぎだ。もうちょっと現実的に考えろよ。そんな人なわけないだろ。俺だぞ? 自分の噂ぐらいキチンと把握してる」

「夢がねぇなぁ。もうちょっと夢見ても良いだろうよ」

「お前ちょっと最近高山先生に似てきたから気をつけろよ」

 

 クリティカルな一撃を与えて黙らせ、俺は鞄の中に詰め込む作業を終える。チラッと海斗の方を流し目気味に見やると、険しい表情を浮かべて左手で顎から口許を覆っていた。そんなにショックだったなら口に出さなきゃ良かったのに。

 まぁ良い。そんな事よりも石動さんを真っ赤にさせた原因は一体何なのかが気になって仕方ない。泰然自若そのものといった風な人を動揺させた内容、普通に気になる。

 

「で、いい加減答えろよ、お前何て書いたんだよ」

「言ったろ?」

 

 聞いても無駄だという意味の言葉を告げる海斗は、本当に答える気が無いというサインだ。気になるなら本人から聞けって事。

 石動さんに「あの時何で顔真っ赤にして怒ったんだ?」なんて聞けるわけがない。聞いたら絶対に「やはり伊佐美君はプライバシーを侵害してくるタイプでしたか。あの噂は火が有ってのもの、と言う事ですね」とか言ってくる。言ってくるに違いないとか、だろうとか、そんなモンじゃない。やはり、とかしたり顔で絶対に言ってくるのだ。嫌味にも程がある。

 毎回毎回絡まれるのはウザいまでは思わないが、正直めんどい。何せ此方は潔白も潔白なのだ。そういう事をする相手が居ないし、クーラと付き合っているわけでもない。恋人は一瞬だけ居たけどアレはノーカンだ、お互い騙されたようなもんだし。

 

「――圭吾」

「ん?」

 

 右手を向くと、涼やかな美貌の幼馴染が、鞄を持って立ち上がっていた。周囲に女子生徒……まぁ、顔見知り程度の知り合いがチラホラと居るから、一緒に帰ろうと誘われたんだろう。こうなると明日以降におじさん達の事を聞くしかないな、コレは。

 その意図を了解して、

 

「あぁ、またなマッカートニーさん」

「――あぁ、また」

 

 言葉少なく返すクーラの眉が僅かながらに八の字を描いた事には気付いたが、まぁ、何だ。クーと呼ぶのはちょっとな。

 手をヒラヒラさせて見送り終えた俺達は、

 

「この後どうするよ?」

「チャリ直してお米買いにいくよ。そろそろ切れる筈だし」

 

 パンでも良いのだが、やはり日本人ならお米だろう。真っ白なお米にワカメの味噌汁、納豆に焼き魚、副菜はサラダで箸休めに浅漬け。これだけ有れば幸せってものだ。肉なら牛は避けたい。安いのだと美味しくないし。鳥と豚はその落差が牛と比べて余り無いから良いんだけど。

 

「そっか。ちと聞くけど、後で会うとかはないよな?」

 

 トントン、とクーラの席を指で叩いて、誰の事かを伏せる海斗に若干の違和感を覚えるが、何時もの奇行だと考え直し、

 

「約束してない。電話番号も知らないしな」

「え、マジで? 番号交換とか無し?」

「してるわけないだろう、今朝方鉢合わせたんだぞ。どのタイミングであったんだよ、こっちの携帯持ってないだろうし」

 

 そっかそっか、と頷いた海斗が、ギターケースと鞄を一緒に担いで立ち上がった。俺もそれに追従して、鞄を持って立ち上がり、教室を出た。今週の洋楽ランキングで13位が熱いとか、技巧派なV盤が増えて完全に俺得とか海斗から聞きながら下駄箱に辿り着き、靴を変えて校門へと出たわけだが。

 

「……なぁ圭吾。俺の見間違いじゃなければ、石動が立っているように見えるんだけど、オマエから見てどうよ?」

 

 流石に校門の中央に陣取るのは迷惑だと判っているようで、隅っこに居るのだが、どう見ても誰かを待っているように見えるので、他の生徒達から奇異な視線を送られていた。

 変な言い方だが石動さんが人を待った事は無いんじゃないか。大抵呼び出すか、誰かに呼びに行かせるかだし、そもそも下校の時間になると生徒会の仕事が無ければさっさと車で帰る人だ。勿論、彼女は免許を持てる年齢じゃないので、家のお手伝いさんやら執事やらに任せて、だが。そうそう、人生で初めてお手伝いさんやら執事やらを見た。タキシードとかじゃないのな、アレって。

 ともあれ、誰か……というかどちらかを待っているのは明白だ。何せ心当たりがありすぎて困る。コレで外したのなら赤面ものだが、どう見てもこっちを向いている。オーラまで出ている。殺気めいた感じの。

 

「……奇遇だな海斗。目の錯覚じゃなければ、お前をロックオンしている気がしないでもない」

「何言ってんだよ、オマエだろロックオンされてんのは」

「お前が渡した紙の内容と、しでかした変顔によるだろそれは」

 

 それが割と、海斗にとってはクリティカルなダメージだったようで、苦笑して「デッスヨネー」とか言ってきた。反省0かよ。

 そんな会話をしながら俺は、静かな湖のような雰囲気を纏っている石動さんの横を通過しようとして。

 

「待ちなさい。五木君、話があります。私の家に来て頂けるかしら」

「やっぱ俺かい」

「ぃよしっ!!」

 

 海斗の声と、ガッツポーズを取りながら思わずYES!!とばかりに言った俺の声は、周囲が巻き起こしたどよめきによって掻き消された。

 和風美少女で生粋の御嬢様な生徒会長からのお誘いだしな。

 普通に見てお似合いだろう、外見的には釣り合ってるし。海斗が弄る側、弄られる側に石動さんという良い感じの凸凹コンビになれるだろうし。まぁ、そういう意味で呼び出しじゃないだろうけど。

 ざまぁみやがれ、バカイト。

 

「あいよ。悪いな圭吾。ちょっと茶飲み話してくるわ」

「あぁ、頑張れよ」

 

 精々追求されとけ、という意味の言葉を正しく理解したのか、ニヤニヤっと笑った海斗が、

 

「まぁ、オマエも後々苦労するんだけどな」

「は?」

「じゃあな」

 

 手をヒラヒラとさせて、石動さんの後ろについて歩き去る海斗の去り際の言葉が、どうにも引っかかった。あの言い方だと石動さんが俺に好意を寄せていると解釈も出来るが、それはないだろう、流石に。逆にハメて来る事も無いだろうけれども、どちらにせよちょっと不安だな。

 まぁ、良いか。理解出来ないものは理解出来ないものとして処理した方が良いし。

 たまぁに海斗わけのわからん事を言って俺を振り回すからなぁ……それさえなければ良い奴なんだが。

 のんびりとした足取りで、景色を眺めながら歩く。

 桜の花びらがヒラヒラ、ヒラヒラと舞う景色は一年でも数日しか見れない貴重なものだし、何よりも父さんと母さんが好きな花や景色でもある。

 

「母さんが生きてればな……」

 

 独り言をぽつり。

 もうその時の事は思い出せないけど、きっと笑顔だった筈。少なくとも、はしゃいでいたという事実は、頭の中に残っている。どんどんこうやって忘れていくんだろうな、と思うと、少しだけ哀しくなる。感傷だ。

 写真だけではどういう表情をしていたかがハッキリ判らなくなるものだ。その瞬間瞬間を撮っても、動画でない限り、想像する事も、思い出す事もどんどん難しくなってくるものだし。現に俺がそういう状態だ。

 

「まぁ、取り合えずはチェーンを……あれ?」

 

 湿っぽくなってきた思考をバッサリと破棄したんだが。

 一つ先の曲がり角、自販機の傍に何か居る。というかクーラが居る。ブロック塀に背を預けているけど、汚れるぞ。洗うのメンドクサイだろうに。

 いや、あれ、そもそも先に帰っていたんじゃなかったっけ?同級生はどうした。

 

「……何してるんだ?」

「キミを待っていたんだ」

「は? あいつらは?」

「途中までは一緒に帰ったぞ。私だけこっちだったから、そこで別れた」

 

 別れた道を指差して淡々と返してくるクーラに、俺はそうか、とだけ返して脇を素通りしようとして、立ち止まった。丁度良かった、何処に住んでいるのか聞かないと。

 

「あぁ、クー。お前今何処に住んでんの? ほら、アーサーおじさんや優美おばさんに挨拶しないといけないし」

「圭吾、何を言っているんだ? 私しかこっちには来ていないぞ。パパもママも仕事があるからな」

 

 は?

 いや、え?

 じゃあ、コイツ、単身留学なのか。よくまぁそんな勇気が出たもんだ。俺がやるとしても精々大学からだ。

 素直に賞賛の気持ちを込めて小さく拍手しながら、

 

「ええっと、取り合えず理解した。凄いなお前。それで、今クーラは何処に住んでいるんだ?」

「――圭吾、まさか、勇助さんから何も聞いていないのか?」

 

 ピタリと、拍手していた手が急速冷凍された。ついでに嫌な予感がドッカンドッカン湧き出てきた。

 何を、言っている。

 え。あれ、こういう展開は漫画とかでしか俺は知らないが、まさかそういうオチか。

 いやいや、待ってくれよ。父さん、アーサーおじさん、優美おばさん、何を考えているんだよ。

 いやいやいやいや待て待て待て待て、待てよ俺。これは俺の早とちりかもしれない。流石にアーサーおじさんが赦さないだろう、大事な一人娘を、そんな、ねぇ?

 と、大分混乱の極地に叩き込まれている俺に、クーラは形の良いスッキリとした眉毛を寄せながら、爆弾を投下した。

 

「今日からキミの家に下宿するんだが」

「うん、あぁっとちょっと待ってくれ、少し待ってくれ少しで良いから待ってくれ良いな?」

 

 制服の内ポケットから携帯を取り出して、電話帳を呼び出して『と』の行を検索し、父さんのアドレスをクリック。

 7コール目で『...hello?」と俺よりも高い声の父さんが出た。あぁしまった、そうだった、あっちは夜中だった。ちょっと悪い事したなぁ……

 

「ごめん父さん」

『...ah...hm……あぁ、圭吾か。どうした?』

「ええと、父さん、クーが転入するのはエアメールで知ってたんだけどさ、何か俺に伝え忘れてない?」

『……んん? ちょっと、待ってくれ』

 

 シーツを剥がした音やら、スタンドをつけた音やらが聞こえ、ペラペラとスケジュール帳を捲る音が微かに聞こえた。あぁ、このパターンか。書いてなかったんだな、やる事リストに。

 父さんは根っからのマニュアル人間だ。それを自覚しているが故に、考えうる限りのパターンを大量に作って覚えているんだが、プライベートになるとどうもそこら辺を徹底しなくなるようで、伝え忘れたり、デートの約束をすっぽかしたりとか色々トラブルに事欠かない困ったチャンなのだ。

 それにしても普通伝え忘れるもんじゃないだろ。同居ってお互い凄い神経使うってのに。

 

『あぁ、圭吾、その、何だ。寝惚けているのもあるが、多分忘れているんだ、何かあったっけ?』

「あったっけ? じゃないよ……クーが下宿するって俺に伝えてなかったでしょ……」

『…………おぉ、すまんすまん、つもりだったつもりだった』

「いや、うん、もうね……仕事の時はちゃんと出来ているのに、何でプライベートだとザルなんだよ……」

 

 ハハハ、と朗らかに笑う父さんに、俺は力無く突っ込みを入れた。少なくとも褒められる事じゃない。

 壁に背を預けて頭を抱えながら通話している俺の頭をポンポンと二度軽く叩いて撫でるクーラに、苦笑して右目をパチンと閉じる。別に大丈夫だってサインだ。昔俺がやってやった事を真似してんのかな。

 

『うん、ごめんな』

「良いけど、別にさ。とにかく、過ぎた事は仕方ないとして、今度からちゃんと徹底する事、出ないと今日みたいに夜中に叩き起こされるかもしれないだろ? オッケー?」

『OKDK。しかし圭吾、正直父さんはごねると思ったんだけどな』

「ゴネて叩き出せと? 幼馴染を? 治安が良いとは言え、頼れる人も他にいない状況で?」

『怒るなよ。ただ、お前位の年齢だと、反発するかと思ってなぁ』

 

 そうそう反発してないから普通にOKだと思ってたんだった、とあっけらかんと言ってくる父さんは何処かネジが飛んでいるんじゃないか、ホントに。

 俺は今日から急激に溜息と親密になりつつ有る事を自覚しながら、幾らかの反論を告げる。

 

「此処まで来て俺一人だけ反対なんて馬鹿な事出来るわけ無いよ。それに、クーだって俺を頼ってきたんだろうし、幼馴染をほっぽりだすほど我侭でもない」

『――物分りが良すぎるのも考え物だなぁ。反抗期が遅れてくるタイプか』

「考えてる事が駄々漏れしてるよ、父さん」

『おっとごめんごめん。まぁ、こっちも色々あってな。アーサーと優美ちゃんと俺で協議した結果、一人暮らしをさせるよりは圭吾と一緒が良いだろうと結論が出てな』

「……いや、うん。色々突っ込みたいけど、まずね。取り合えず俺の年齢16歳。思春期真っ只中の野郎、家に親が居ない、幼馴染が物凄い美人になっている、とヤバイフラグ立ちまくりなんだけど、良いだろうじゃないよね? 全然良くないよね? 普通は許可しないよね?」

『ハハハ、そこまで考えているなら手は出さないだろう? 仮に手を出したとしても合意の上だろうし、問題ないよ。そこはアーサー達も理解してくれてる。というかね圭吾、お前がフラグなんて言葉を使うとはなぁ……あ、エロゲでもやっているのかい?』

「黙らっしゃい」

 

 問題大有り通り越して山積みだ馬鹿。あのツルペッタンギャーギャー星人がムチムチボインのクールガールにジョグレス進化してんだぞ。それも、ドストライクな感じで。間違わない方が難しいわ。

 と言えればどんなに楽な事か。隣にそのジョグレス進化を果たしたクーラが居るので言えない。全然言えない。身体目当てな感じな言い方なので失礼だし、俺も嫌だ。でも言いたい。何だこのフラストレーション。

 というか待て、近い。近くなってきてる。何だ、一緒に聞きたいとかそういうアレか?いや、何か凄い良い匂いがするんだが。女の子って不思議だ。

 

「って、ちょ、クー、近い近い」

「駄目か?」

「どちらかと言えば駄目な方だろ。ええと、父さん、取り合えず詳しい話は後日。父さんが使ってる部屋で良いの?」

『いや、母さんの部屋を使わせてやってくれ。そっちの時間で13時過ぎに彼女の荷物が届く。それと同時にハウスクリーニングも来るように手配しているから、手間はかからない筈だ』

「……本当に俺だけ知らなかったとかどうなんだよ……」

『ん? どうした?』

「ああいや、何でも。また電話するよ」

 

 電子音と共に通話を切って、溜息をつきながら取り合えず身体を離した。

 近すぎだろう幾らなんでも。cm単位ってレベルじゃなかったぞ。心拍数が大変な事になったじゃないか。

 

「圭吾、そろそろ行かないと。荷物が届く時間だし」

「あぁ、判ったよ。あのさ、クー。流石に今日飛行機でついたわけじゃないだろ。何処に住んでいたんだ?」

「駅前の城川ホテルだが」

 

 ここにブルジョアジィな奴がいる。いや、アーサーおじさんの職業からすれば当然かもしれないけど、あのホテルってよく雑誌に掲載される位有名なところだった筈。何日泊まっていたんだコイツは。いやいや日数なんて関係ないか。

 御嬢様、そんな言葉が脳裏を過ぎったのは当然のことだろう。

 

「……そうかい。しっかしなし崩し的に同居ってどうなんだよ、ホント」

 

 と、俺はぼやきながら歩き出したのだが。

 10歩歩いても靴音が聞こえなかったので振り向いてみると、いつも以上に気難しげな表情を浮かべいるクーラが立っていたわけで。

 

「クー、どうした?」

「いや……この場合、同居となるのか、同棲となるのかを考えていた」

「……いや、すまん、違いが良く判らない」

 

 取り合えず歩きながら話そうか、と促して俺達は家路へとつく。

 日本語は難しいからまだそういうものが良く判らない、と呟いたクーラに俺は苦笑する。表面が変わろうとも、話し方が変わろうとも、真面目一辺倒というか真っ直ぐな部分は変わっていない。その事が、少しだけ嬉しかった。

 

「婚姻届を出していない男女でも両方当て嵌まる。が、世間的に多用されている方を取れば同棲が上、法的に有効な言葉を取るならば同居が上、と少しあべこべでな」

「いや、どっちでも良いんじゃないか? というかあべこべてお前……よく知ってるな」

「言っただろう、圭吾。キミに逢いたかったから私は日本語を学習したんだ」

 

 何でコイツ臆面も無く真正面から言えるんだろうか。恥ずかしくないのかコイツは。いやマジで。

 気恥ずかしさが熱となって、顔を覆う感覚に俺はクラクラしてくる。胸の奥がくすぐったい。

 

「なぁ……恥ずかしくないの?」

「何故恥ずかしがる必要がある? 好きなら好きと――」

 

 突然、クーラは言葉を切って立ち止まった。

 僅かにだが目を見開き、口許を両手で覆っているが、何だ、何に驚いたんだ?

 クーラの視線の先を辿っても、誰もいないし、風変わりな景色というものはない。というか俺に焦点があっているのだから、俺の顔か?

 顔に何かついているのかもしれないと思い、手の甲で顔を適当に拭うが、何もついていない。

 

「……すまない圭吾」

「は? 何が?」

 

 唐突に。

 俺は幼馴染に頭を45度下げられたわけだが。何かあったか?心当たりがまるでない。

 

「キミに伝えていなかった事があった」

「はぁ……伝えていなかった、事?」

「そうだ、大事な事だ」

 

 何かあったか?

 頭捻っても出てこないんだが。同居のルールとかはまだだろうし。

 申し訳なさそうに顔を上げ。深呼吸を一度して首を二度振ったクーラが、俺の眼をしっかりと見て合わせた。

 

「私、クーラ・リン・マッカートニーは、伊佐美圭吾を愛している」

「……は?」

 

 脳に言葉が入ってきたと思ったら、告白されていた。

 人通りが少ないとは言え、外で。

 止めよう、と考えるよりも先に、聞き入る姿勢を取ったのは、きっと――

 

「キミに助けられてからずっと、気になっていた。キミに守られていた時の私は、胸がポカポカしていた。キミが帰国すると聞いた時、あの気持ちが恋だと遅まきながら気付いた。君が帰国した時、私は心が張り裂けるという事が本当にあると知った」

 

 その顔が穏やか過ぎたからだ。

 その眼が、真っ直ぐに俺を見据えているからだ。

 その声が、熱を持っていたからだ。

 

「でも、帰国する間際に、キミは言ってくれた。また会えると。そして、どうしても会いたくなったらくれば良いと。また守ってあげると」

 

 胸に手を当てて、何時かのような微笑を浮かべたクーラは、とても綺麗で――

 

「とても……そう、とても、嬉しかったんだ。私を気にかけてくれていると知って。パパやママからお願いされていたのは知っていたから。義務感だけではないと、教えてくれたから」

 

 …………そう、だった。

 

「キミが帰国して直ぐ、私は日本語を覚える事に腐心したよ。それこそ一生懸命という言葉通りに。その甲斐あって通訳出来る程度にまで、話せるようになれた」

 

 ……あぁ。

 

「そして、日本に来て、キミに再会して、私は凄いドキドキしたんだ。あの時よりも、キミがずっと格好良くなっていて。あの時のように、キミは優しくて」

 

 うん。

 

「嬉しかった。多分、今まで生きてきた中でも、一番に。でも――」

 

 取り合えず。

 

「逢ってすぐ伝えようとしたんだ。でも、嬉しさと愛しさでどうにかなっていて、ちゃんと伝えられていなかった。だから、改めて言わせて貰う」

 

 言わないと。

 

「ずっと前からキミの事が好きだった。再会してからは大好きになった。キミが良ければ付き合って欲しい。勿論、恋人として」

 

 断らないと。

 クーラは、俺への想いを打ち明けてくれた。俺はそれに応えなければならない。返答をしないなんて事は出来ない。

 だから、俺も。

 

「ごめん。今は付き合えない」

 

 頭を下げて、断る。これが今の俺の、クーラに対する精一杯の、誠意。

 恋愛に臆病になった俺の、くだらない逃避行動。




素直クールによるドストレートな告白一回目
別名:軽めのジャブ一発目。

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