素直クールヒロインとツンデレ主人公モノ   作:K@zuKY

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まだ抑え目。
素直クール・悪友系親友・ツンデレ主人公・温和系教師と徐々に揃いつつあるテンプレキャラ達。
本領はもう少し先。
クーデレにはならない、筈。
素直クールとクーデレは別物。


03:羞恥と注目

 未だざわめく教室だったが、手をパンパンと叩いて注目させた高山先生によって、会話は途切れた。こういうタイミングの取り方は本当に凄いと思う。

 

「それじゃ、席も決まったから、後ろの席の人はプリントを回収して。もう少ししたらマッカートニーさんへの質問タイムにしよう」

 

 次々とプリントが回収されていくのを見ながら、俺は誰も余計なツッコミを入れないようにと切に願っていた。いや無理だろうけどさ。願うのはタダだろう。

 纏めたプリントを1枚1枚丁寧に捲ってメモを取っていく内に苦笑していく高山先生を見て、やっぱり無理だよなぁ、とは思ったけれども。

 

「――それでは、マッカートニーさん、壇上へ」

「はい」

 

 ピンと背筋に芯が入っているような、真っ直で綺麗な姿勢を崩さず、スッと席から立ち上がって、ミドルネームと同様に凛とした姿で壇上へと歩むクーラは、贔屓目に見ても見なくても、モデルのような足捌きもあって、大体の人は見惚れていた。俺もまぁ、少しは見惚れたんじゃないかな。後ろに居る海斗も口笛吹いたし。

 ただ、俺からしてみれば思春期真っ只中の俺らに対して凶悪的かつ魅惑的な胸を張って歩かない方が良い気がするんだが。

 歩くたびにタユンタユンと。ホントにタユンタユンという擬音が似合う位揺れる揺れる。

 視線釘付けで生唾飲む奴絶対居ただろ。気持ちは判らんでもないけど。俺は3秒位見てから視線逸らすタイプだったから予測だけど。

 

「プライベートな質問も結構あるけど、答えたくなかったら答えなくても良いからね」

「判りました」

「ん、良い返事だ。あぁ、それと、余りにも酷い質問がチラホラあったから差っぴいたよ。あんまりそういう事書かないように」

 

 何を書いたんだ、そいつらは。高山先生を呆れさせる質問とかどんな下世話な事書いたんだ。

 例えば、そうさな、有り得そうなのは『処女ですか』とか『カップサイズを教えて下さい』辺りか。

 いるよなぁ、匿名扱いだからってやらかす奴。それともまさか『俺の子供を生んでください』とかか?いやいや、流石に問題あるだろ。

 

「それじゃ、一番多かった質問からいこうかな。ええと『伊佐美君とは幼馴染なんですか?』という質問だ」

「その通りです。10年前、彼と彼の両親がイングランドに引っ越してきた時からの縁です」

 

 ……一応気を遣って『両親』と言ってくれたのは助かるな。母さん既に鬼籍に入ってたし。

 余計な事も言わないようで、ほっと一息つく俺。舌打ちが背後から聞こえたが、完全にスルーだ、スルー。

 というか今気付いたがアイツ、丁寧語使えるんじゃねぇか。何であんな男口調にしたんだ。アレか、クールを何か間違えて訳したのか?

 

「二番目に多かった質問は『恋人はいますか?』という質問だけど――」

「恋人はいません」

 

 間髪入れずに答えたその言葉に、おぉ、と野郎達の声が上がった。まぁ、テンション上がるだろうな、普通は。

 後ろから舌打ちがチッチと二連射してきやがった馬鹿が居るが、華麗にスルーする。海斗、俺が恋人なわけないだろ。何年ぶりだと思ってんだよ。

 俺は頬杖をついて、ぼんやりと天井を見詰めて今後の予定を考え始めた。学校が終わったらクーラにアーサーおじさん達が何処に住んでいるかを聞かないといけないな。

 

「『趣味を教えてください』」

「今は読書です」

 

 取り合えずこんな性格や言動になった原因はおじさん達にもあるだろうから、説教しないとなぁ。でも、俺も責任の一端はあるから謝らんといかんし。

 あ。そういや、お米がそろそろ切れるんだった、買いに行かないと。

 

「『クラブは何処に入り――」

「特には決めて――」

 

 お米買うならチャリのチェーンもそろそろ油差してやらんといかんよなぁ、ギーコギーコ音出すのは格好悪いし、煩いし。

 でもめんどくさいんだよな、その後の手洗いとか、服についたら洗濯せんといかんし。

 まぁ、海斗の家に行く前にやっとくか。つーか油まだ残ってたっけ?

 夏海さん対策は……何やっても無理だろうな。夏海さん居ない時に行きたいんだけどなぁ……彼氏さんに見られたら俺殺されるんじゃなかろうか。

 と。

 此処までツラツラと考えていたら、いきなり背後から小突かれて、ハッと現実へと戻ると、

 

「圭吾、前、プリントプリント」

「――あぁ、すまん」

 

 ようやく俺は前の席の男子が早くプリント取れよと言わんばかりに差し出していたのに気付いた。

 深く考えると注意力が散漫になる癖は子供の頃から。御陰でテスト中や勉強中は捗るんだが、ふとした弾みで考え事を始めると、ちょっと危ないのだ。この前、車に撥ねられそうになったし。

 プリントを受け取り、背後に回し、何書かれてんだと眺めてみれば、今後の行事の日程が書かれていた。5月に修学旅行って結構珍しいと思う。行き先は京都か。いや、京都好きだから良いんだけどさ。

 ペラリ、と紙を捲る音が右手から聞こえてきたので、視線を向けると、ナチュラルにクーラが座っていた。

 

「あれ、クー、何時の間に席に戻ってたんだ?」

「質問タイムが終わった後、すぐだが」

「……気付かなくてすまん。もしかして話しかけてた、のか?」

 

 何となく謝らなければ、と思ったのは、凛とした表情を殆ど崩さずに、頬をほんの僅かだが膨らませて『私少し怒ってます』と主張しているからだ。

 いや、まぁ、謝る必要なんて何処にも無いと思ったんだが、クーラの表情を見て何となく、本当に何となくで謝ってしまった。なんか、こういう会話、昔にあった気がする。

 

「別に良い。考え事してたのは判っていたし、そういう時の圭吾は反応しないのは昔からだろう。だから、良い」

 

 あー、怒ってるんじゃなくてコイツ不貞腐れてんのか。確か昔、似た様な事あったぞ。あの時の言葉はええと……

 

「『良いもん、何か考えてたんでしょ、別に話したくて話しかけたんじゃないし、だから結構よ』だっけか」

「……良く覚えているな」

「いや、忘れてた。クーラが似た様な事言ったから思い出しただけで」

 

 どうにかこうにか、錆び付いた英語でポソっと呟いてみると、チラリとこちらを見て反応するクーラ。

 言葉遣いが変わっただけで、中身あんま変わってねぇなコイツ。というか今考えるとこいつ、アレか、ツンデレって奴だったのか?

 と思った矢先。

 朧気ながらに、断片的に昔を思い出した。

 

『私に構わないで』

『ほっといてよ』

『アナタ馬鹿じゃないの? 助けても意味が無い事なのに、何で庇うのか理解出来ないわ』

『別に良いの。というか同情しないでくれる? 私は私の意志で学校休んでいるの。大きなお世話だからさっさと学校行けば?』

『日本人なんて大嫌い!! ママも嫌いだし、アナタも嫌い!! ハーフじゃなければ皆と仲良く出来たのに!!』

『アナタが傍に居ると惨めになるの、だから早く出て行って!!』

 

 ……蜘蛛の巣張っている記憶の中には殆どデレが無かった。むしろツンしかねぇって今気付いた。いや、褒められた言葉よりも悪口とかの方が人間残りやすいのは判ってるけど、コレはスゲェ。

 良くコイツと付き合えてたな昔の俺。今の俺だったら絶対助けない自信があるぞ。

 きっと初っ端から「あぁそうかい、なら勝手にしろよ」とか吐き捨ててそれっきりだったろうに。

 

「圭吾?」

「……あぁ、悪い、考え事していた」

「悩み事か?」

「いや、昔のお前を思い出してた。今と全然違うのは置いておくとして、よく俺見捨てなかったな……ってクーラ、どうした?」

 

 そう俺が告げた言葉で。

 クーラが俯いて両手と金髪で顔を隠した。

 何だ?と思ってじっと見てみると、首筋が赤い。コイツ、もしかして……

 

「え。恥ずかしがるのか、今の流れで?」

「穴があったら入りたい心境にさせてくるのはやめて欲しい。あの時の私は世間知らずの大馬鹿者だったんだ」

「ふぅん……ええと確か『同情しないでくれる?』から始まって」

「本当に、圭吾……黒歴史なんだ、後生だから勘弁して欲しい……」

 

 顔を覆っていた手を外して、視線を合わせて懇願してくるクーラに、俺はドキッとしてしまった。

 ベコベコに凹むというよりは、真っ白い肌が羞恥で真っ赤に染まり、眉根を僅かに寄せて眼を潤ませたクーラに色気や儚さを感じてクラリときた俺は本当に死んだ方が良い気がしてきた。いや、眼を潤ませては俺の主観だが。

 どんだけ溜まってんだよ、俺。

 

「あ、あぁ、悪い、そういうつもりは――」

「あー、伊佐美君、マッカートニーさん。もう少しトーンは抑え目で話そうね」

 

 高山先生のやんわりとした指摘で、俺達はようやく目立っていた事に気付いた。中学からの同級生達は白けた以上の視線を、高校からの同級生達は面白そうな視線を、特に男子生徒からは早くも嫉妬混じりの視線が来ていた。

 ……あー……やっちまった……

 

「……すいません」

「申し訳ございません」

 

 素直に謝り、クーラも羞恥の残滓を即座に消して何事も無かったかのように、俺に追従するように謝った。

 いや、ホントヤバイ。中学組の視線がヤバイ。悪い意味でターゲットロックオンが確定じゃないのかコレは。

 苛められなくなったが、それでも関わり合いを持たないようにしてきたってのに、何自爆してんだよ俺。馬鹿か俺。

 溜息を小さくつく俺に、トントン、と背中を指で叩いてくる海斗。チラッと振り向くと、手に小さく折り畳んだメモ帳が載っていた。

 首を傾げて取り合えず手にとって広げた俺のこめかみに、ビキリと青筋が立ったのは仕方ない事だろう。

 何故なら、渡された紙にはこう書いていたのだから。

 

 

≪バカスwwwwwww

  ワロスwwwwwww

   テラバロスwwwwwwwwwwwwww

 五木海斗 心からの HAIKU≫

 

 

 振り向いて殴り倒したい衝動を堪えきれたのは、奇跡に近い。

 こんなん俳句じゃねぇ。

 五・七・五と季語が入ってねぇ。

 いやもうそれ以前にコレはイラッときた。凄いイラっときた。でも殴れない。クソが。

 歯軋りしながら、海斗が渡してきた紙を親の仇とばかりに散り散りに千切ってから気付いた。今千切って捨てようとしてもホームルーム中だから捨てに行けない事に。

 ぐぬぬ、と悔しがっていると、

 

「テーラバッカス」

「うるせぇ馬鹿死ね」

 

 笑いを堪えて囁いて来る海斗に、俺は万の悪意を伴った呪詛を返した。ネットスラングをリアルで使いやがって。腹イテェよとか小声で言われてもイラッとするだけだっつーのにコノ野郎……

 

「そろそろ始業式の時間かな。チャイムが鳴るまで自由時間にしておくから、鳴ったら講堂に移動するように」

 

 そう言って高山先生がドアを開けて職員室に戻ったのを契機に、ザワザワと生徒達が話し出した。

 俺は後ろを振り返って海斗を殴り飛ばす前に、立ち上がって前列の隅っこにあるゴミ箱にゴミを捨てに行った。手の中で握りこんでいたからか、少し湿っぽくなって剥がれ難くなっている紙にまでイラッと来ているのはどうなんだよ俺。だが自重は出来ない。

 

「あーもうホンットに……」

 

 と聞かれないのを良い事に独り言を放ってストレスを僅かなりとも軽減させ、海斗の席へと歩いた。

 睥睨しつつ、俺は低い声で処刑宣告をした。

 

「……で。何か、言い残す事はあるか?」

「ボクは死にまてんッアナタの事が、てゅきだからグフェッ!?」

「複合させんじゃねぇ。古いんだよ」

 

 もう殴られる覚悟はしていたようで、それでも阿呆な事をのたまった海斗に、俺は容赦無くレバーブローを放った。

 オォオォオォオ、と呻いて肝臓を抑える海斗。痛かろう、俺が味わった精神的苦痛の代わりだ、有り難く貰っとけドアホウ。

 

「コレは……」

「あ?」

「圭吾のパンチじゃねぇかオグォ!?」

「俺とお前しか判らんネタ出してんじゃねぇよ。装備出来んのか、ん?」

 

 体温まるスキンシップをしている俺らの横では、クーラが質問攻めにあっていた。が、別段気にする事でもない。好きとか嫌いとかには言及しないと言い聞かせていた気がするからだ。そんな事よりもこの眼の前のドアホウをぶちのめしきらんと俺の気が済まん。

 

「で。どうしてあんなん送ってきたんだよ」

「だってお前、アレだぞ、あんなベタな会話されたら誰だって突っ込むだろうよ」

「……ベタかぁ? 今の少女漫画とか少年漫画ってそんな展開多いのかよ」

「昭和でも通用するぜ、アレはよ」

 

 思わず、ハッ、と鼻で笑いながら無い無いと首を振って、

 

「アレが漫画やアニメの世界でしかない展開なわけないだろ。そうだとしたら何だ、俺は漫画の主人公か」

「いやぁエロゲ主人公じゃねぇの?」

 

 フルスイングでブン殴られてもおかしくない発言をかましたコイツを今すぐにでも殴ってやりたい。が、海斗の言葉には致命的に足りていないモノがあるので、俺は肩を竦めて言ってやることにした。

 ふふん、甘いな海斗。エロゲといったら抜いてスッキリするハーレムの事だろう。俺に相手がいない以上、それは成立しないんだよ。

 

「エロゲだのギャルゲだの知らんがな。つーか、アレだ、相手がいないし、仮に居たとして大体1対1のエロゲなんざあんのかよ? ねーだろ。だから俺はエロゲ主人公じゃ――」

「あるに決まってんだろ」

 

 あれ?

 

「……え? あんの? い、いやいやいやいや、お前、ソレはアレだ、嘘だろ流石に。アレだろ、一対多数ばっかなんだろ」

「1対1もあるし、純愛系のエロゲもあるぜ? オマエ、エロゲなめんじゃねぇぞ」

「……う、うっそだぁ。お前、俺がエロゲやらんと吹いてんだろ」

「TアフターとSの唄貸してやっからやってみろ」

「いや、やらんから。というか、あるのか……」

 

 俺の認識ではエロゲー=抜きゲー+ハーレムゲー、ギャルゲー=エロ描写抜いたハーレムゲーだと思っていたんだが……違ったのか。そうか、日本は……広いんだな……

 と地味にショックを受けていた俺と、呆れ顔の海斗に、クーラが混ざってきた。

 

「海斗、エロゲーは18歳未満購入禁止の筈だが」

「あぁ、俺18歳だから」

「……何?」

「あー、クー。心は18歳以上と言いたいんだ、つまり適当吹いているからスルーしとけ」

 

 言外どころかドストレートに、コイツ適当な事言ってんだよと言ってやった俺の言葉を吟味するように、クーは腕組みをして首を傾げた。

 おい胸。盛り上がってっから。微妙に注目集めてるから。

 と言えれば楽なのだが、そうするとセクハラ野郎だの夜王だの過去のトラウマが甦りかねないので、指摘できない。俺には同情を、クーラには眼福だと言う眼で俺とクーラを交互に見ている海斗は……まぁ、ほっとく。

 俺に代わって言ってくれれば良いんだが、流石にまだ余り親しくないから言えないんだろうしな。変なところで常識人気取るよなぁ……

 と、結論が出たのか、クーラは腕組みを解いた。タユンどころかブルン、と落ちたぞ今。痛くないの?

 

「海斗、やはりどう考えてもダメだろう」

「へいへい、善処いたしますよっと。そいや圭吾もエロ本は持っているけどさぁ、それは処分すんの?」

「何?」

「おいお前今ナチュラルに何をバラした」

 

 人様の個人的嗜好までバラす気かコイツは。

 咄嗟に全力のアイアンクローで異議申し立てをしながら、俺はクーラに対して引き攣った笑みを浮かべて、華麗な言い訳を試みようとして。

 まぁ、盛大に混乱していたので無理だった。

 

「あああ気にすんな、今のは、その、ええと、何だ、あぁそうッそうだ、コイツなりのジョークって奴なんだジャパニーズジョークってめんどくさいよなそう思うだろ思ってくれ頼むから」

「イダダダダダ!! 嘘付けオマエパツキンボインが好きじゃだだだだだ!? もげる、顔が、もげるッ!!」

「もげてしまえクソ野郎」

 

 全部バラしやがった。

 大事な事なのでもう一度言うが。

 コイツ全部バラしやがった。

 心境的には今すぐに膝を着き、項垂れたい。OTZでもorzでも何でもいい、とにかくそうしたい。ついでに言うと逃げたい、この場から逃げ出したい。明日から昔のクーラのように不登校児童として華麗にニートデビューしたい。

 全力で締め上げた結果、悲鳴が細くなっていく馬鹿はほっとくとして。

 

「成る程」

「いや、納得しないで貰えますかねクーラさん。いやマジで、本当に、コイツが言ったのは単なる妄想だから。そう、コイツ虚言癖があって俺も迷惑してるから」

「圭吾、質問があるのだが」

 

 俺の言葉全スルーかよ。マイペースなのも本当に変わりないなオイ。昔の俺はどうやってコイツのペース崩してたんだ、マジで。あぁしかもクーラとか言っちまった。マッカートニーだろ俺の馬鹿。

 

「……なんだよ」

「以前添付した私の写真は使ってくれたのか?」

「使うかッ!!!!」

 

 俺の絶叫が教室に響き渡った。

 御陰で要らん注目を集めてしまい、もう泣きたくなってきた。大人しく慎ましやかに、平々凡々な学園生活が二年目開始にして早々に崩れていく音を、俺は幻聴として聞いた気がした。

 海斗の悪乗りに付き合ったら、クーラが更に倍加させるような状況になるとは夢にも思わなかったのだ。

 もうちょっと対応を変えないと、必要以上に悪目立ちしてしまう。なら、変えるしかないな、と決意した俺に、何故かクーラが落胆した様子で、

 

「そうか……使ってくれなモガッ!?」

「あーなんか抓らないといけない気がしたので、つい」

 

 変えるしかないと決意した直後にやらかそうなんて、何と言う配慮だろうか、涙がじわりと出てきそうだ。

 しかも落胆気味に言う事じゃないよなそれ。普通の女子なら「最低」とか蔑むシーンだったよな。現に周囲の女子からは冷ややかな視線が俺だけに集まってきているし。

 海斗はイケメンだから「最低」というよりは「残念」という感じで済むのは仕方ないし、クーラは留学生というのもあるが絶世系の美女、となると美醜で言えば普通よりやや上程度の、ぶっちゃけ一束幾らな俺に来る視線が厳しくなるのも当然だろう。

 当然過ぎて涙っぽいナニカが出てきた気がしないでもない。貧富の差よりも判りやすいな全く。

 そこで、チャイムが鳴った。

 ガタガタと立ち上がって割と一斉な感じで講堂へと向かう生徒達を尻目に、俺はクーラの頬を抓っていた左手とアイアンクローを決めていた右手を離して、机に突っ伏して呻いた。

 

「何でこんなに疲れないといけないんだよ……」

「圭吾、ほっぺ痛い」

「俺はこめかみが痛ぇな」

「うるせぇよ俺は胃が痛ぇよバカども」

 

 さっきから俺、蔑ろにされてないか、さっきから。さっきからっ。いや、うん、もう良いけどさ。

 それよりもそろそろ移動しないと高山先生や菊池先生に怒られてしまう。そうなるとメンドイので俺は立ち上がって溜息をつきながら歩こうとして。

 クーラに腕を引かれた。

 

「圭吾、一緒に行くぞ」

 

 一緒に行こう、でも、行っても良い?でも無いあたり、コイツすげぇなホント。断ったらどうするんだろう……あぁ、ついてくるだけか。

 どちらにせよ結果が殆ど変わらないのなら、

 

「好きにしろ」

 

 こう言っても問題ないだろう。

 

「ん、判った」

 

 そう言って立ち上がったクーラが、

 ぎゅ。

 と、何故か、手を握ってきた。恋人繋ぎじゃないのが救いだ。

 まぁ、そんな事をされたらだな、当然ながら少ないながらも残って会話しながら此方を観察していた生徒達が「おぉぉお!?」とか言っているわけだ、これは困ったなぁってオイ。

 いや待て、待てよ。そうじゃないだろうクーラ。お前は一体何をしているんだ。

 

「おい、何故に手を握った」

「講堂の場所が判らないし、手を握りたかったからだ」

「……成る程。なら海斗の手にしとけ」

「嫌だね」

「断る。手を握る理由が無い」

 

「俺と手を握る理由もなくね?」と言いかけて、その後の展開が読めた為「そうかい」で済ませるしかない。

 離せと言えば、どうせクーラの事だ、ああいえばこう言う系で返してくるだろう、とも読み切ったのもあって、スルーする事にした。

 思い返せば、何でもかんでもスルーする癖のせいで酷い目にあったというのに、学習してなかったんだな、と数年後の俺は思ったんだが、まぁ、それは追々。

 

「いやぁ、お前らお似合いだわ」

「ありがとう」

「うるせぇよ」

 

 からかい混じりの言葉に、俺とクーラは対極的な反応を示した。クーラは照れもせずさらりと、俺は羞恥でぶっきらぼうに。

 つーかな、海斗。俺と居ると孤立しやすいの判ってんだろ、多分コイツちゃんと判ってないからお前がまず諭せよ。俺が言ったら角立ちまくりなんだぞ、いやマジでマジで。

 という視線を送っても、クッと口の端だけ持ち上げ、八重歯を剥き出して笑うコイツには本当にこの瞬間だけは殺意しか沸かなかった。

 

「つーか、クーラさん、恋人繋ぎはしないのかい?」

「おい海斗、お前マジお前ふざけ――」

「恋人ではないからしない」

 

 にべもなくバッサリと切ったクーラに、海斗はへぇ、と感心した素振りを見せる。

 ……こうもバッサリ言われると少し凹む気がしないでもない。

 

「それに、学び舎に居る間と登下校中は好意や嫌悪を表現する言葉に関しては隠匿しなければならない。そう圭吾と約束したからな」

「は? え、あぁ、アレでした事になるのか……だったら話しかけてくるのはどうなんだよ」

「周りの人と打ち解けているだろう?」

 

 フッと涼やかな笑みを浮かべてみせたクーラに、俺は空いている左手で頭を抱えた。アレ、そういう意味じゃねぇだろとツッコミを入れたいが、確かに俺とクーラの距離は『周りの人』だ。それに、さっきまで俺以外の生徒達に質問攻めにあっていたからキチンと実行していると言えばそうだと言わざるを得ない。

 賢いつーか、賢しいつーか……

 いや待て、こいつら本当に初対面か?あの3000円とか具体的な金額と言い、グルじゃないだろうな。

 

「一応、本当に一応確認するけど、お前ら初対面だよな?」

「初対面だが」

「あぁ? こんな美人と知り合っていたら自慢するに決まってんだろ」

「……なら良い」

 

 流石にそれだったら出来過ぎか。まぁ、クーラは俺に嘘をつかない、という妙な信頼感はあるからなぁ。

 ただ。

 こういう質問を飛ばしたので。

 

「あぁ、そうそう昼飯奢れよ。3000円はチャラで良いからよ」

「……あいよ」

 

 こうなるわけだ。

 いや、判ってたんだよ。有耶無耶にしないと決めていたから質問しただけだし。

 ただ、クーラはやはり飲み込めていなかったようで、

 

「3000円?」

「クーラさんが圭吾の隣の席に座るかどうか、って賭けをしてたんだよ」

「成る程」

「でもコイツ馬鹿だよなぁ、高山先生以外誰が面倒見るってんだよ」

 

 ……何?

 今コイツ、何て言った。

 怪訝な表情を浮かべてみせると、まだ気付いてねーのか、と溜息をつく海斗。え、何、そんな当たり前レベルの事なのか。

 

「高山先生て何教えてんだよ」

「あぁ? 英語だ……あ、え、いや、そんな決め方?」

「そりゃそうだろうよ。何、オマエ菊池先生が受け持つとでも思ってたのか?」

 

 丸刈りおむすび顔の国語教師にして生活指導の壮年の域を駆け抜けている先生を例に挙げられても、その何だ、困る。

 が、言いたい事は判った。高山先生位だった、ネイティブスピーカーなのって。そう考えると確かに辻褄が合うけど……え、マジでそんな決め方?

 

「まぁそういうわけだ。教えてやった俺に感謝して飯奢れ」

「……9杯も奢らんからな」

「おうよ」

 

 何だかんだ話しつつ、俺達は講堂へと向かったんだが。

 始業式終了後には俺の胃がキリキリと痛み、机に突っ伏してグッタリとするなんて思いも寄らなかった。


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