素直クールヒロインとツンデレ主人公モノ   作:K@zuKY

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02:悪友(≒親友)+幼馴染=完全俺損

 俺が顔を歪ませた事で自分に気付いたと察したのか、唖然としていた表情から一転して、ニヤニヤと嫌らしい笑顔を張り付かせて、こちらに近付いてくる、俺が普通に声を出して話せる数少ない悪友ぽい親友ぽい物体。

 つーか何で居るんだよ。朝錬無い期間に早く出たから、俺の高校の奴ら居ないと踏んだのに。アレか、ベース弾くつもりで早起きか。間が悪いなオイ。

 何時ものポジション(右隣)が空いていないせいか、俺の左隣まで来て、わざわざ右肩に担いでいたベースを左肩に担ぎ直し、

 

「圭吾ちゃんよおぅ。その娘、だぁれ?」

 

 ニヤニヤと、本当に嫌らしい笑みと笑声と共に、顔を覗きこんでくるコイツは、五木海斗と言う。4年前帰国して以来の悪友と言うか親友と言うか、とにかくそんな奴。

 薄茶の地毛にシャギーを入れてアシメにしている軽薄そうなイケメンだ。文武両道とまではいかないが、それなり以上の成績を残してる軽音楽部屈指のベーシストでもある。将来の夢はアメリカにある音楽大学でジャズの講義を受け持つ事らしいが、まぁ、叶うなら叶えれば良いんじゃないか、と答えた記憶があった。多分、こいつなら叶えるだろうし。才能に努力もあるんだ、後は運次第ってところだろうさ。

 

 閑話休題。

 

 とにかく、この話し方の時の海斗はクソウザイ。今からからかうんだよって判らせてんだよ、と言うのは本人の弁だが、何の救いにもなりゃしない。

 全力で俺は嫌がってるからやめろという意味を込める為に、顔を顰めてみせ、

 

「幼馴染だよ。何でも今年からうちの学校に通う事になったそうだ。クー、自己紹介しとけ」

「イングランドから来た伊佐美圭吾の幼馴染のクーラ・リン・マッカートニーだ。一つ宜しく頼む」

 

 そう言って頭を軽く下げたクーラに、へぇ、と感心した素振りを見せる海斗。

 

「クーラさんか、俺は五木海斗。海斗で良いよ。それにしてもアンタ、日本語ペラペラだな」

「当然だ、圭吾に会う為に一生懸命学習したからな」

「あバッカおま――」

「へぇぇぇえええええ? 圭吾の為に? そこんとこクワシク聞きたいんだけど、良いかな? 勿論圭吾抜きで」

「逢引のお誘いか? 申し訳ないが圭吾以外からは受け付けていない」

「まさか。圭吾のコレに手を出す様な事はしねぇよ……やっと来たガチの春かもしれねぇんだ」

 

 あぁこの野郎、最後の最後でシリアス口調やめい。陰入ったツラで演技すんな。

 俺は知ってるぞ、お前のイケメンフェイスでそういう表情にするのは、相手に興味を持たせる時に使ってる手口だって事は。

 案の定、クーラは引っかかった。

 

「どういう事だ? 圭吾が――」

「やめろ海斗。言ったらキレんぞ」

「へいへい。いつかはバレると思うけどな」

「なら、そのバレるまでは黙っててくれ。他人にとっちゃアレはどうでも良い軽いハナシだろうが、俺としては胸糞悪いモンだからな」

 

 思春期にあの手の噂をばら撒かれ、それを信じられるというのは、普通のイジメを受けるよりもキツイ。否定するにも飽きたからその内気にも留めなくなり、それが最悪の選択肢だと気付いた時には遅かった、てのは良くあるハナシ。

 まぁ、良くあるが、本人はいたく傷ついたってのも、良くあるだろうさ。

 通学路をコツコツと歩きながら、俺はとりとめない話をしようとする。

 

「とにかくだ。クーは俺達と同じ学年……だよな?」

「勿論、飛び級はしていない。まっさらな状態でキミと一緒に学ぶのが夢だったからな」

 

 とりとめない話に、ピンク色を混ぜ込むクーラ。

 

「……聞いての通り、同じがくにぇんだそうだ」

 

 言葉を詰まらせた挙句、動揺する俺。

 

「噛ぁんじまったなぁ、けーいごちゃんよぉ」

 

 それを見て、ニヤニヤしながらからかいに走る海斗。

 

「黙れそして死ね。とにかく、出来ればコイツと仲良くしてやってくれ、悪い奴じゃない」

 

 強制的に話を世間話に戻す俺。

 

「おう、手は絶対に出さないって誓っておくから宜しくなクーラさん。圭吾に関してなら何時でも駄々漏れしてやんよ」

「そうか、私が知らない圭吾を知りたいからそれは助かる」

 

 強引に話の中心に俺を据えようとする2人。

 何でこうなる。

 こめかみを揉む動作をしながら、俺は力無く2人にツッコミを入れた。あぁもう、ツッコミ属性な自分の性格が嫌過ぎる。

 

「……なぁ、お前ら。何で俺を話に混ぜ込もうとしてるんだよ」

「4年も逢っていなかったんだ、知りたいと思うのは当然だろう」

「面白いからに決まってんだろ。つーか4年かぁ、だったら尚更俺も張り切んないと駄目だよなぁ、圭吾ちゃん?」

 

 もうやだ。

 1対2な上に、俺がガチギレする可能性が殆ど無い以上、勝てるわけが無い。

 これから10分後、つまり校門に着く頃には、制止の声を上げたり、話題を変えようと声を出しすぎてグッタリしている俺と、海外にいっていた頃の俺とクーラの馴れ初めを聞いてニヤニヤしている海斗、表情は変わっていないが海斗から「お似合いの夫婦」と評された以降、表情は変わらずとも会話速度が早口になっていたり、眦が少し下がっていたりしているクーラという、なんとも完全俺損な状態が出来上がっていた。

 

「それではここで」

 

 ぺこり、と頭を下げて背筋をピンと伸ばし、颯爽とした足取りで職員室側に向かうクーラに対し、イケメンスマイルを浮かべながら手をヒラヒラと振る海斗と、ぐったりしつつも手を振る律儀な俺。

 ジト眼をしながら俺は海斗を平手ではたいて歩き出し、

 

「お前マジふざっけんな。何でこっちの味方じゃねぇんだよ」

「いってぇな。てか両思いのキューピット役として最適な俺様ちゃんなんだぜ? むしろ礼を言ってくれよ」

「やかましい。受け止めきれるかあんなモン」

「満更でもねぇ癖に良く言うぜ」

 

 さらっと本心を当てられ、言葉に詰まる俺。だって、それは……仕方ないだろう。

 中学時代に起きた、成田離婚ばりのスピード破局から派生した噂の数々が脳裏にフラッシュバックし、表情を思わず歪めて、

 

「……まぁ、俺だって嬉しいさ。でもなぁ……あんな性格じゃなかったし、俺も変わっちまったし、そもそもいきなり来たから受け止めきれてないっつーか。ぶっちゃけどうすりゃ良いかわからなくなる。それに、ほら……イメージと内面が違うのは、俺が一番判ってるからさ」

 

 俺の言葉に、ポンポンと、あやす様に肩を叩いて苦笑を浮かべる海斗。エロ声だとしても、雰囲気や仕草(はさっき言われたばっかだが)が海斗と違って内面はそうではないって判ってくれる奴ってあんま居ないんだよな、意外と。

 そういう意味では、クーラはまだ良い方だ。男口調なのは意外だとしても、それは日本語の勉強が偏ったからと言えば余り問題は無い。俺はやばい。中学時代一緒だった奴らもチラホラ居る。高校に入学してすぐに噂ってのは広がってしまうものだ。

 それでも今なら判ってくれている奴は中学時代よりは桁が1つ違う程度には居るが。

 取り留めない思考に流されかけていた時、それを判っていたように海斗が声をかけてきた。

 

「んで、圭吾」

「何だよ」

「賭けようぜ、オマエとクーラさんが同じクラスになるかどうか」

「ならないに昼飯を賭ける」

「隣の席に3000円」

 

 高校二年目にしては相当痛い出費になりかねない提示に、俺は思わずぎょっとして視線を向けた。

 

「それはまた、なんつーか……分の悪い賭けに出たな」

「俺のカンだ。絶対面白い事になるって言うカンを信じてな」

「カンて、お前、そんな馬券当たらないタイプの台詞言わんでも」

 

 溜息をついて、俺は下駄箱を開けて上履きに履き替えた。突き当たりの掲示板には既にクラス分けが張られている事をとあるルートで知っていたりする。

 人もまばらな廊下を抜け、掲示板に眼を走らせてみると、海斗と俺の名前がすぐに見つかった。

 

「俺もお前も2-Aか」

「げ、彰も智子も別クラスかよ……」

「うぉマジか。そいつはどんまい」

 

 海斗が良くつるむ軽音楽部(グループ)の面子が全員2-Bになっている事に気付き、俺は肩を叩いて適当に慰めた。まぁ、別にグループつっても放課後から組む面子というのもあり、海斗はあんまりガッカリしていなかった。

 しゃぁねぇなぁ、と言った海斗がニヤっとスカした笑顔を向けてきた。

 何ぞ?

 

「というわけで圭吾、今年も一つ、宜しく頼む」

「やめい」

 

 クーラの口調を真似て、おどけながら海斗がそう言ってきたので、軽く頭をはたいてツッコミを入れた。 

 教室につくと、当然ながらまだ誰も居なかった。部活も無い状態で7:30に来る奇特な生徒なんざ普通いないだろう。

 俺も、クーラが居なければ此処まで早く登校しようとは思わなかったし。

 後ろから二番目、最廊下側左という絶好のポジションを陣取った俺が、鞄からホームルーム用のメモ帳として使っているルーズリーフやら筆箱やらを机にせっせと入れていると、隣の席からジャラン、と弦をかき鳴らす音が聞こえた。普段とは違う音色に疑問が浮かんだので右手を見てみると、海斗がエレキ系じゃないギターを手に取っているのが見えた。見たこと無い形だけど、何だアレ。いや、ギター自体きちんと見たこと無いから良く判らんだけだが。

 

「あれ、ベースは?」

「春休みに姉貴に貸した。今はスパニッシュだな」

「……手広くやるなぁオイ」

 

 呆れと賞賛混じりの声を気にした風も無く、海斗はブリッジ近くで指を弾き、爪を立て、様々な音を奏でている。意外と音が大きく出る事に少しだけ驚きながら、鞄から机への搬入作業を終えた俺はその場に突っ伏した。海斗の奏でるギターの音をBGMにして予鈴まで仮眠を取る為だ。

 気疲れまではいかないが、朝の騒動で少し参っていたからだろう。すぐに、眠りは訪れた。

 まぁ、朝の騒動、という言葉がまだ続くなんて思っていなかったんだが。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 予鈴の音が耳に入った途端、意識は覚醒した。元々寝付きも寝起きも良い方だ、コレ位なら当然といったところ。

 眼をパチリと開けて、突っ伏した状態で軽く全身を伸ばし、上体を起き上がらせると、殆どが揃っている状態だった。

 欠伸を噛み殺して、ぼんやりと1限目のホームルームが始まるのを待っていたわけだ。

 

 ガララ

 

 と、学校の扉特有の音を立てて、高山舞人先生が入ってきた。柔和な雰囲気を持つ、海斗を見慣れている俺ですら海斗以上のイケメンと認めざる得ない顔の作りと、形式に拘らない性格をしている為か、それとも物腰が柔らかいのもあるのか、男女問わず生徒からかなりの人気を持っているのもあって、高山先生が来たのを察知した生徒達が、グズグズする事無く席へと戻っていく。ちなみにこの場合の席ってのは、各々が勝手に決めた席でもある。

 

「ええと、初めましての人は始めまして、皆さん進級おめでとうございます。2-Aと英語を担当する高山舞人です」

 

 ぺこり、と頭を下げる高山先生にパチパチと拍手をする俺ら。一部生徒が「先生可愛いー」とか言ったりして、頭を軽く掻いている先生を見て、俺と海斗は生温かい視線を送った。本性を知らない生徒達には哀れみを送らざるを得ない。

 美人や美少女からのラブコールを「君はとても素敵だと思う。でもごめん、奥行きがあるから……」と言って断った現場を見た事が何回かある俺達からしてみれば、アレは単なる二次元に入り損ねた2・5次元キャラだと言わざるを得ない。海斗に至っては「アレはもう存在自体がありえねぇ」とまで言っていた。

 

「さて、挨拶はコレくらいにして席を決めさせたかったんだけど、その前にプリントを配るよ。何でも良いから席替え終了までには書いておいてね」

 

 ふぅん、プリントねぇ。連絡事項か、一年の行事か?程度にしか思っていなかった俺だったが、前の席から配られてきたプリントの内容のせいで、違和感が嫌な予感となって膨れ上がった。

 ついでに言うと、隣に居る海斗がわざわざ肩を小突いてからニヤニヤしていた理由が判った。更に言えば、教室内のざわつきが倍以上になったのも把握できた。

 ≪留学生への質問≫

 とだけ印字されたプリント。紙勿体無い。

 いやいや、それよりもコレは、10割の確率って奴だ。

 

「では、転入生を紹介するよ。入りなさい」

 

 ガララ

 

 先程よりも静かな音を立てて扉が開いた瞬間、教室全体がどよめき、俺は頭を抱えた。凛とした姿勢でクーラが入ってきたのだ。海斗は「アッハーン、イッツフォーリンラァヴ」とか言っているがスルーしておく。無駄にVEを強調して言うな。

 教壇の中心に立ち、黒板にクーラ・凛・マッカートニーと記したクーラが振り返って、

 

「イングランドから転入してきたクーラ・リン・マッカートニーだ。宜しく」

 

 簡潔にして完結。

 という言葉が脳裏を過ぎった。

 周囲も「え、それだけ?」という表情をしている者が大半で、残りは「何か話し方変じゃね?」とか「凄い美人……」とかだ。

 横でニヤニヤしている海斗が声をドス低くして「ウェッヘッヘ、ムッチムチのボインボインじゃのぅ」とか言ったので右の裏拳を左胸に叩き込み、咳き込ませて黙らせておく。

 阿呆な事言いやがって。

 一切動じていない高山先生が、柔和な笑顔を浮かべて、

 

「そうそう、さっき言った通り、席替えを終えたらプリントを回収するよ。クーラさんは少々口下手というか、こういう事に慣れていないし、留学生だ。何を話して良いか判らないので、聞かれたら答えますと言っていたからね」

 

 とフォローを入れ、それに追従するようにクーラが頷いた事で、成る程、と納得した雰囲気が教室内に拡散した。やるなぁ高山先生。アレで二次元オンリーじゃなければ良物件だったろうに。

 早速、鉛筆やシャーペンが走る音がする。俺は書く気になれず、速攻で放り出したが。海斗も書かないようだ、こういうところは空気読むのになぁ……

 

「さて、恒例の席替えの時間だけど、好きな席に座って良いよ。ただ、出来るだけ早く、相談しながら決めなさい。その後に、クーラさんへの質問タイムを設けるから。さぁ、どうぞ」

 

 パン、と手を叩いた事で、半分以上の生徒達が席を立ち上がってグループを形成していく。俺と海斗は廊下側の後ろから二番目を陣取ったままだった。ぼっちでもないが、そこまで親しくないのでグループに参加しない俺は動く必要なかったし、海斗は友人達が2-Bにいるのもあって動かなかった。

 要は、俺達に関して言えば、誰がグループ形成しようが興味が無かったのである。友人関係を広げる良い機会かもしれないが、俺はこれ以上広げる気にはならなかった。中学時代の噂が広がった理由の1つに、頑張って自分の手が余る程交友関係を広げていた結果というのがあったからだ。これからの時代、狭く浅くなり、狭く深くなりで十分だろう。どうせ卒業したら顔合わせる事も無いだろうし。

 というわけで、俺と海斗にとってはこの時間は会話に花を咲かせるだけのものに過ぎなかった。

 

「――そうそう、圭吾。今週の金曜空いてる?」

「バイトは入れてなかったと思うが、何ぞ? ライブやんの?」

「いやね、姉貴がうちで飯喰えってさ」

「……いや、遠慮しとく」

 

 ワイルド系イケメンな海斗とは真逆の、たおやかとか柔和とか、とにかくそんな言葉が良く似合う雰囲気が特徴の夏海さんが俺を気にかけてくれている事を知っていた。

 決して恋愛的な意味ではなく。あの人、彼氏居るし。

 手のかからな過ぎる弟(海斗)よりも、気難しいけど素直な弟分(俺)に眼をつけているんだよ、とは海斗の談。

 彼氏も海斗とは別の意味で自立タイプなので甘えてくれないとさんざっぱら嘆いていたので、弟分を補給したいのだとか。

 気持ちは複雑である。思春期の男に軽くないハグをするのは勘弁して貰いたい。イングランドで生活していたのもあり、ハグやキスは程度を弁えれば挨拶だと言う認識はあるが、あの人のハグはそういうモンじゃない。

 前に夏海さんの彼氏に現場を見られる寸前だったのを思い出して、溜息をついた。

 

「遠慮なんかすんなよ。俺と姉貴の為と思って、な?」

「……あの人ガチで俺を弟としか見てないのがな」

「お、何、姉貴の事好きでした的な的な?」

「お前わかってて言ってんだろ。そういう意味じゃねぇよ。アレはキツイんだよ」

 

 顔を顰めてみせる俺に、海斗はそりゃなと相槌を打つ。

 まずハグの強さが段違いである。キスが掠めるようにするわけでもなく、1秒超えである。頬を合わせる程度で良いんですと注意してみれば、頬擦りをしてくる等、色々問題があった。

 アレで好意が無いのだ、そろそろ俺は女性不信になってもおかしくはない。役得で済ませられる程、大人でもないし。

 いや、飯代浮くし、誰かと一緒に晩飯を食うのは、正直に言えば嬉しい。

 電気がついていない自宅を見るたびに、何処か寂しさを覚えたり、夕飯時に周りの家に明かりがついているのを見て「良いなぁ」と思わず言ってしまう位には、寂しがり屋でもあるのだ、俺は。

 で。夏海さんはともかくとして、海斗の家で飯を食った後、帰宅すると本気で虚無感が半端無い事になるのだ。今でこそ慣れたが、2年前、知り合いの殆どから距離を取られた中学時代の時は本当に堪えて泣いた記憶が結構ある。

 ただ、今更手放す事も出来ず、海斗に言ってもどうにもならない事なので、黙っているし、これからも話す事はないだろう。

 

「まぁなぁ。ただ、春休みバイト忙しくてこっち来なかったろ? うちの姉貴もだけど、お袋達も心配してっからさ。栄養ちゃんと採ってんのかって」

「……考えとく」

「おう、考えとけ考えとけ」

 

 栄養バランスはキッチリしている。独り暮らしを続けていればそれ位は出来るようになるもんだ。

 ただ、まぁ。

 やっぱり寂しいモンは寂しいので。

 笑いながら言ってくる海斗は、最初から俺が白旗揚げた事に気付いているけど、突っ込まないでくれている。良い奴だよホント。

 と、話していると、海斗の笑顔の質が一瞬で変わった。ついでに言うと視線も俺から一瞬だけ外したのをバッチリ見届けていたので、嫌な予感が炸裂して、視線を前へと戻すと。

 眼の前にクーラが立っていた。周囲の生徒達も何だ?とばかりに此方に視線を向けつつ、ざわめいていた。

 え。高山先生何してんの。駄目だろ留学生放っておいたら。つーか此処に来るのかよ。

 

「あー、俺達に何か用かな、ええと、マッカートニーさん?」

 

 極めて空々しいが、引き攣る顔面をどうにか宥め込んで言った言葉を聞いて、ブフッと鼻から息を噴き出す海斗。テメェ。

 

「海斗、頼みがあるんだが」

「んあ? 俺? あーオッケーオッケー、席変わるわ」

「ありがとう」

 

 ざわめきが、一層大きくなった。窓側や壇上側は気付いていないようだが、いずれはバレるのも時間の問題だろう。

 何でこうなった。

 

「……マッカートニーさんも昼飯は購買に走るタイプか。なら俺が席を譲るよ」

 

 顔を顰めて、少しだけ普段より大きな声を出すも、クーラは首を横に振って、

 

「いや、キミと隣の席で学びたいからだ。それと登校時のようにクーと呼んで欲しい」

「ぶふぉッ!! クックックッグフフゥフェッヘッヘッヘッヘブ!?」

 

 溜まらず噴き出して腹筋崩壊している馬鹿の後頭部に横拳で一撃食らわせた。ざわめきは広がる一方、注目は抜群ときたもんだ。

 俺は心と肺から精一杯の嘆息を吐き出した。もうダメだなコレ。最初に幼馴染云々しか言っていなかったし。

 いや待て、まだ挽回出来るだろう。そう、こいつが俺に明け透けな好意を持ってます的な言葉は言ってはダメと俺は今朝方言った。約束って程じゃなかったから期待するのは微妙だが、それでもそれに賭ける価値はある。

 どこぞの主人公も言っていたじゃないか、分の悪い賭けは嫌いじゃないって。

 

「いや、良いけどさ。幼馴染だからってあんまし俺ばっかに話しかけんなよ。折角留学してきたんだ、経験を詰む為にも友達は沢山作っとけ」

 

 と、自分の半ぼっち加減を無視し、自分の声嫌いを我慢しつつ、やれやれと肩を竦めながら大きな声で言ってやった。

 頼むぞ、クーラ。俺の言いたい事が判っている筈だ。

 幼馴染というキーワードで面白いように(俺からしてみれば面白くもなんともないが)反応する周囲をスルーして、俺は見詰め続けた。

 

「――判った。これから1年間、宜しく頼む、圭吾」

「……宜しく」

 

 言葉少なに頷いて、海斗と席を替わり、最終結果的には俺の後ろの席に海斗が座り、俺が右腕で頬杖をついて顔ごとクーラから視線を外した事で決着がついた。

 幾つかの視線を無視し、ざわめきもついでにスルーした俺の心は。単純に言えば浮かれていた。

 こんな感じで。

 勝った!!

 俺は勝ったのだ。最初こそ被害は受けたが、最小限だろう。後は世間話に終始しつつ、学校では自分から話しかける事をしない、コレで1年間乗り切る。3年次になる前に高山先生にお願いしてクラスを分けてもらえば完璧だ。

 と。

 まぁ、このように俺は、獲らぬ狸の皮算用をして盛大に心の中で快哉を上げていたのである。いや、別に嫌いじゃなかったのだが、それよりも恥ずかしかったし、明け透けに物を言いすぎる事を短い時間で痛感したので、被害は最小限にしたいという、極めて俺個人の我侭ぽい想いによって形成されたこの計算は、結果的に言えば全て無駄になる。


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