「圭吾、少し聞きたい事があるのだが」
「ん? どうした?」
家から出て、幸運にも誰とも会わずに笹子町に着き――満員電車でも無いので何らかのトラブルなんてものも一切無かった!!――駅から直ぐ近くの場所にある携帯電話の販売店に入って数分もしない内に、クーラは微かにだが眉根を寄せてそう話しかけてきた。
多少なりとも困惑しているように見えるけど、何かあったのか?
「此処で携帯電話を買えば良いのだな?」
「そうだよ――ん? あー、お金の事は心配しないで良いよ」
「いや、そうではない。正直驚いていてな」
「どういうところで?」
「私が使っていた携帯は基本的に通話とメールだけのものでな。こういう風な機能過多な携帯電話は持たない」
あぁプリベイト携帯って奴か……随分とまた古いものを。
今の時代、ウェブ無いと検索できないし、マップとかのアプリもクーラには必要だろう。流石に土地勘がまだない状態ではマップアプリを使えないのはちょっと致命的過ぎる。いつでも俺が一緒ってわけにはいかないだろうし。
「……まぁ、あれば便利だし、機能沢山ついている携帯にしとけよ。最近のは全部防水だから風呂にも持っていけるし」
「? お風呂に持っていっても使いどころが無いだろう」
「そうか? 手軽に小説読めたりするし、暇潰しでゲームアプリやったり、誰かの日記の更新を見たり、呟きを見たりと色々便利じゃないか?」
「ずっとシャワーだったからだと思うが、私はお風呂に入ってまでそれらをやろうとは思えないよ。そういう事をするなら自室があるし、そもそも私はそこまでその手のものを必要としていない」
バッサリと切ってきたクーラに苦笑を返す。まぁ、確かにそうだな。そもそもクーラのみならず、あっちでは風呂の概念が殆ど無い。シャワーで済ますのでそういう発想が浮かばないだろう。
こうして俺達はこっちとあっちの文化の違いに四苦八苦していくんだろうなぁ、きっと。多少なりともクッションになるのも、まぁ悪くは無いな。昔からそうやってきたんだ、今の俺でもあの時程ではないけど、やれるだろう、きっと。
もう殆ど覚えていないけども。
「圭吾?」
「あぁ、考え事。ま、そうだな、デザインで決めるのもアリなんじゃないかな」
「デザインか……圭吾のとお揃いで良い」
「俺の? いや、やめとけよ。俺のは黒だからお前には似合わない。イメージじゃないよ」
ブレザーの内ポケットから艶消しされた黒一色の携帯を取り出して見せた。
我ながら見れば見るほど、全くもって女子……というかお揃いで持つ系統ではないと今自覚した程、無味乾燥な色合いとシンプルなデザインだ。まぁ最近のってシンプルな形と一色か二色がメインだからどれも同じっちゃー同じなんだけど。デコるのもめんどくさいのでしてないけど、案外やらないならやらないで普通だと思っている。
ただクーラには黒は似合わない気がして仕方がない。持ってしまったらもう何というか声や見た目の相乗効果でアンドロイド系美女になってしまうだろう。特に黒や白だと無味乾燥すぎてもうね。ターミネイトな外装骨格的なり、まんまなロボットなアレになってしまうのではないだろうか。
……つまり携帯がリモコン的なサムシングになるわけで。
『――パンチだ、クー!!』
『MA!!』
……いや、絵面的に今許されない想像をしてしまった。
思いのほか酷い意味で似あっているのもあって、頬が引き攣っていくのを感じる。だめだ、堪えろ俺。今吹きだしたら確実に変人な上に内容を知られれば説教されるぞ、俺。
咄嗟に顔下半分に手を這わせて気難しい顔をしています的な表情を作ってどうにか誤魔化す方向へシフト。
「圭吾?」
「――あぁ、いや、うん。もうちょっと……いやまぁとりあえず青というか空色というか、群青というか。いやいっそピンクってのもありかもしれない。とにかく黒とか白はあまりオススメ出来ないなーと」
「そうか。なら、選んで欲しいのだが」
「いや流石にそれはダメだろ。自分で使うモノは自分で決めないと。店員に機能を教えて貰って判断するのが一番だ」
窘めるように言うと、それもそうだと納得して、すぐに実行に移すクーラ。
――俺はこの時よりも前から、既に選択肢を間違えていたのだ。
「ん? 着信?」
ピロリロンと初期設定のままの着信音が僅かに響いている事に気付いた。
この時間だと誰だと思って見た瞬間。
反射的に俺は電源キーを押しこんで画面を消してしまった。
いや、なんというか。
こう、海斗かなーとか、夏海さんかなーとか、そういう系を思い浮かべていたのだが、違った。全然違った。
着信名:魔王()
いやいやいやいやいや。
いや、おかしい。
本当におかしい。
だって、お前電話かけてくるの今日が初じゃねぇか。なんだ、なんでだ、なんなんだ。
慄きながら電源キーを再度押し込み、未だ着信が鳴りやまない事に覚悟を決める前に、俺は。
「この電話が終わったら、俺……あぁダメだ、思いつかない」
海斗がいたら「案外余裕があるのか全くないのかわっかんねぇよ」と笑われそうな言葉を発して、電話をとった。
「――はい、伊佐美です」
『随分と時間がかかりましたね』
のっけから全開である。間違いなく不機嫌ですという感じ。
俺だって嫌だよ、何で電話かけてくるんだ、なんて流石に言えない。クーラなら言えるだろうけど俺は日本人なのだ、ノーと言えない系とは言わないけれども、今は事なかれ主義を気取りたい系なのだ。それに「何で電話してくんだよ」とか言ったら最後、多分きっと俺は社会的に抹殺されてしまう。
「ええと、その……所用の腹痛がありまして」
『プライベート用の腹痛もあるということかしら?』
「腹痛とはプライベートな事柄なので……」
「『そう。それで、その所用の腹痛とやらは治ったのかしら?』」
「あー、まあ、先ほど治っ――」
――待て。
なんか、おかしい
こう、ステレオな感じで聞こえる……気がする。
振り向くな、絶対振り向くな。
という心の声と。
いやもう諦めなよ……
って声が同時に聞こえる。
どちらにせよこれってゲームオーバー的な流れだと思うんだけども。
意を決して振り向いてみれば、超絶美少女型魔王系石動雪華生徒会長様が、すぐ傍まで歩み寄って来ていた。笑顔で。とてもすごいきれいな。
俺は人生初めて、しろめをむいた。感覚的な意味で。
「あぁ、ええと、その」
「『御機嫌よう、伊佐美君。トイレはあちらですよ?』」
綺麗な笑顔なのだが、まぁ、その……人はマジギレした時、笑顔になると聞いた。海斗が「追い求めていた仇が目の前に現れた時、激怒するか? いいや、違う――『笑う』んだよ」とか尤もらしい顔してなんかイケボっぽい声出してそういう事を言ってた。そしてその体験記をアニメで見せられた。アレには引いた。何だよあの『見つけたァ……ッ!!』という笑声。こえーよ。そしてそういう意味では今回は絶対にそれだ。
いや……やめよう、現実逃避は。
正直これは俺が悪かったし。
「その、いつから」
「貴方の姿が見えたので電話を」
「……いやそんな携帯流行り始めのスイーツ小説つーか昭和ドラマでも殆ど無かったことを何故今になって……」
「何か?」
思わず素でツッコミを入れてしまうも、笑顔のまま首の角度を倒されていくと何も言えなくなる。
海斗を呼ぶか?いやいや、目の前で携帯ポチーはちょっと無理があるし、何というか、困った時の海斗頼みにはなりたくない。逃げたい。でもクーラをここに置いていく事に……あ。
それはやばい、クーラと一緒にいる事を説明無しに悟られては……修羅場るかもしれない。こう、俺が絡まれるのを目撃したクーラが颯爽と登場して第二次和洋舌戦になる流れが何となく見えた。咄嗟に俺は、
「ま、まぁ、石動さん。それよりもどうして此処に?」
「私が誰かに任せて機種変更をするような人に見えますか?」
ですよねーいつも自分で出来る事は自分でやる人ですもんねー、としか言えない返し言葉に、一層の冷や汗と脂汗がミックスで出てくる。
冷静に観察してみれば、石動さんの右手には真新しい携帯電話、そして左手には此処で購入したのだろう一式を入れた紙のバッグがあった。
つまり、これはアレだ、偶然此処で携帯の機種変をしていた石動さんと、偶然この時間に携帯を購入しに来たクーラとつきそいの俺がかち合ったと。
何だこのミスターバドラックな感じ。
いや待て、呪うのはまた後でだ。まだ今なら誤魔化せる。別にこちらにやましい事は無い。無いのだ。無いったら無い。
クーラが携帯を持っていないと言っていたので、案内した。
この線で行こう、これなら普通だ。幼馴染だし、案内するのは俺の役目っぽいし、何ら問題は無い。無い筈だ。
「そ、そうだよな、石動さん自分でどうにかしようとするタイプだし……あぁ、こっちはマッカートニーさんが携帯を持ちたいと言ったので、また俺が案内する事になってさ」
「成程」
「うん。別に普通だろう?」
言ってから気付いたんだけど、絶対何かあると思われるような発言を仕出かした感満載過ぎて涙が出てきそう。
……話題を変えよう。
そうだ、意味不明な電話を仕掛けてきたところとか。
幾らなんでも変だからなぁ、もしかしたら此処が攻めの起点になるかもしれないし。
「そういえばさ、何で電話から? 普通に話しかければ良いのに」
「……私としても不本意な事ですが……少し、事情が有りまして」
ついっと目を逸らして、いつものようにハッキリとした言い方ではなく、何処か言葉に詰まった印象を受けた。
なんだろう、凄い『らしくない』言い方だ。
言葉を濁すにせよ、この人はもっと、そう、俺に対してはどちかと言えば大攻勢な性質を持っていた筈だ。
けど、どうしたって疑問は残る。
この人は完璧の上に立つ側の人間だ。歴史もある名家と海斗から聞かされているので、脅しをしようものならコンクリートの基礎工事の材料か他国の海底に沈むか溶鉱炉にぶちこまれる事間違いなしだろう……いや流石に本当にそんな事しないと思うけどさ。本当にやらかしたら凶悪犯罪だよ。
公明正大……いや俺に関しては本当に当たりが厳しかったけど、少なくともそうあるべきという信念はあるように思えたし、そういう意味でも視認してからの電話ってのは、本当にらしくない。そう、誰かに言われて仕方なくやったとしか。
だから、何か酷い違和感を感じたのは俺の気のせいなんかじゃない。
「石動さん」
「なにかしら?」
「万が一も無いと思うけど……何か脅されていたり、とにかく何かそういう系があるなら……まぁ、本当にあるなら海斗も呼ぶけど」
なので、海斗に丸投げする事にした。あいつそういう事に強いんだよな。とにかく昔は凄く喧嘩っ早かったし。頭も回るから色々立ち回り上手だったし。あいつのバンド仲間に弁護士と検察と警察と救急救命一家がいるし。あいつだけ仲間外れなんだよな。
別に俺が心配だからで動くことは無い。そういう事が得意な人に任せれば良い。下手に動いて回りを巻き込んで自爆とか目も当てられない。
と、考えての発言だったのだが。
一瞬で作り笑顔が立ち消え、変わりに出たのは眉間に山脈。そして手を頬に当てて溜息。
いや、何で怒るの?あ、違う、どちらかといえば怒りゲージ減少になるのかこれ。解っていたけどこの人相変わらずめんどくさいなぁオイ。
で、深々ともう一度溜息を吐くと。どうしろってんだよ俺に。
「私がそのような事をされるとでも?」
「いや、万が一だってば。心配でさ。そう、犯人の社会的な意味でも生命的な意味でも凄く心配」
「そう言うと思いました――まぁ、お気持ちは有り難く受け取りますが、貴方が考えているような事は一切ありません。なので、絶対に五木君には告げ口しないように」
告げ口て。
そしてそれはフリか?フリなのか?フリなんだよな?いっそ目の前で携帯ぶっぱした方が良いのかコレ。マジで。マジでッ。
と思うけど、流石に本当に実行は出来ない。ネタで人生かけてられるほど自殺願望は無い。
怖いし。
「解ったけど、なら何で電話――」
「コメントは差し控えさせていただきます」
うわぁなんというロクデモナイ方向にバッサリと。
呆れ顔になるのは自覚するけど、これだと表情変化を止める気にもならない。
そして、黙っていようとは思ったけどちょっと指摘だけはしておこうと決意し、口を開いた。
「取り敢えず、何で海斗だけはダメなのさ」
「だけ、とは言ってませんよ。には、とは言いましたが。そうですね……高山先生ならば相談しても良いかもしれませんね。尤も、今回の件は私一人の問題ですので誰の手も借りるつもりはありませんが」
「なら高橋先生に連絡を……ああ、はい。余計な事しないようにしとくよ」
というかそれ、なんか問題を抱えているという事にならないんですか生徒会長。うっかり失言ですかそうですか。流行るかもしれませんが似合ってませんよ完璧さにドジ入れる手法。
いや良いけどさ。誰かに言う事も無いし。そこまで関与する関係でもないし、此処まで言って拒否るなら助ける義理も無いし。
「まぁ、石動さんがそれで良いなら良いけどさ。で、結局何の用で?」
「明後日、私達も参加します」
「……え、あ、悪い、今なんて?」
「ですから、明後日のお花見は私達も参加します、と」
誰だ情報の発信者。海斗か?それとも夏海さんか?というか二択しかないんだが、まさかの裏切りか!?
そういうのがあからさまに顔に出ていたのかどうかはともかくとして、いつも通り冷ややかな眼でこちらを見てくる石動さんに、俺は意を決して口を開いた。
「いや、別に良いけども、私『達』?」
「ええ、高山先生と私で」
「何だぁその組み合わせ!?」
「何だ、と言われましても」
逆に何を言っているのだという風に首を傾げる石動さん。あれ!?おかしいのは俺の方なのか?
まぁ待て。まぁ落ち着け俺。
理由もそうだけど、とりあえず誰が流したかだ。海斗か、それとも夏海さんか。
夏海さんなら仕方ない。夏海さんだし。
けど海斗だったらぶっ飛ばす。
「ま、まぁ良いさ。で、誰から連絡を?」
「五木君ですが」
「はい海斗だったぶっ飛ばす」
「何を言っているのですか貴方は」
頭を抱えて呻く俺に対して呆れ気味の声を投げかけてきた石動さん。
しかし何で高山先生と石動さんなんだ?組み合わせとしては、学校内では余り違和感が無いけど、学校外ではマジで有り得ない組み合わせ。
……いや、まさか、そんな。
閃いた可能性に戦慄を覚え、俺は恐る恐る石動さんに質問を投げた。
「あー。ちなみに石動さん。もしかして高山先生とつきあ――あ、はい、そんなわけないよね、うん、ごめん、俺が悪かった」
返事すら無い、笑顔だけで読み取れるレベルの「殺しますよ?」だった。怖ぇよ何だそのタキオン砲ぶっぱレベルの表情。なまじ顔が整いすぎているだけあって恐怖が半端ない。
傍から見ればコントとも取れなくないやり取りをしていると――自覚はしていたが止める気にはならなかった――視界の隅に目立つ美女、もとい、クーラが戻って来るのを見て、色々諦めて溜息を吐く。
右手に持っているのはカタログか。ページを指で挟んでいるのを見るに、そこには俺に確認して欲しいものがあるのだろう。
となると機種の値段……は無いな、アレカタログには『オープン価格』としか書いていない筈だし、そもそもが店内の機種本体の説明に書いているものだし。てなると、何だ?
俺の視線の動きで把握したのだろう、石動さんが振り返る。
そこで二人の視線が合い、バジッという火花が一瞬だけ見えた気がした。おいまさかやめろよこんなところで。
そういう懸念を払拭するかのように、二人は全く同時に頭を軽く下げた。仲良いのか悪いのか。
いやそうじゃない。まぁ、そうだよな、流石にケンカしないよな、店員さん待ってるし。けど挨拶が無い。やめろよ本当に。俺の胃に穴が開くぞ。泣くぞ。マジで。全力で。
「圭吾、サービスに関して幾つか確認がある」
「クーじゃなかった。マッカートニーさん、確認って?」
「あぁ。それについては説明を受けながらでも?」
言外に「こいつ邪魔」はやめて差し上げて。すっげぇ怖いんだけども。何この和vs洋。いや、俺の取り合いではないので純粋な相性だとは思うけど。
そしてわざわざすぐそばまで来て極自然に手を繋ぐのはどうなのだろうか。ここ学校じゃない。案内する側だからな?アレか、説明場所までの誘導か?いやいや何処で説明受けていたかは把握しているから。
ひくり、と一瞬だけ眼を細めた石動さんは、しかし何も言わない。コレってセーフなのか、アウトじゃなくて?という言葉が喉元まで出かけたけど、我慢をする。そこまで突っ込んでしまえば遠慮なくやりこめられて謝るか、クーラと衝突するかだ。そんなド阿呆な事はしたくない。
「……まあ、なんだ。石動さん、またな」
「えぇ、また」
溜息交じりに呟いた言葉に、若干の白い目線と言葉を返して石動さんは外へと出ていった。
それを見送ってから、俺は盛大に大きい溜息を吐いて、流し見するようにクーラを睨み付けた。
「あのなクー……流石にあの対応はどうかと思う」
「――確かに、我ながら酷いとは思っている。今度会う時に謝っておく」
「明後日謝れよ……来るんだからな」
花見に、という事を言外に告げると、僅かながら顔を顰めるクーラ。いや、本当に相性悪いのな。
そこまで嫌な顔せんでも良いだろうに。
というか何でそこまで気に入らないのかが解らない。まだ会って二日だぞ?
「一応聞くけど、何であんなに敵対心持ってるんだ?」
「敵意を持たれていればこうもなるさ」
「……え。何で?」
「今度それも聞いてみよう」
「いや聞かんで良い、良いから聞かんで」
いつでも真向勝負なクーラを必死で宥めながら俺は考えた。
敵意を持つって……クーラに、なんだよな。何かしでかしたのか?けど流石に公式2日目でそこまで敵意を剥き出しにされるのは理解できない。少なくとも俺にベッタリな状態だったのだ、その合間を縫って何かが起きたとするのは考えにくい。
なら例えば、クーラが俺の家を訪ねる前はどうだろうか?高山先生が知っているが、必要なら連絡がいっているというのなら、既に知っている可能性もある。何せこの学校の生徒会は普通じゃない。伝統と歴史に定評のある――俺は全然知らないが――人々が集っている場所らしいし。そこで何らかのトラブルがあったとしたら――まぁ、仮定だけど有り得なくはない。
石動さんの俺を見る目が厳しいのは、決して恋愛のそれではないのは嫌でも理解できる。というか逆だった場合が捻くれ過ぎていて涙が出てくるレベルだ。こちらから願い下げたい。そう、海斗がクーラに関して言っていたような言葉しか出てこない。面倒くさいのだ、とにかく面倒くさい。
そういう風にして、俺は海斗が言っていた言葉の意味を思い知った。確かに置き換えればこりゃ面倒くさいわ。俺と石動さん、海斗とクーラ。ここら辺は相性が悪すぎる。
溜息一度。ため息の親御さんって誰になるのか。嘆息?そいつにブン殴られれば俺は赦されるのだろうか。言っていて意味がわからんけど赦されたいのは確かだ。その、この運の悪さを。
まぁでも、結局は俺次第なのだ。そこは間違いないし、間違えない。ただ……先延ばし位は良いと思い込みたいだけで。
良いじゃないか先延ばし。今日やれる事は明日やれば良い。明日やれる事は誰かがやれば良い。自分でしかやれない事ならやるしかないけど、そんな事人生において何度もあるわけがない。
例えば、この案内も本当は俺じゃなくても良い筈なのだ。アーサーおじさん一家が日本で仕事する事になって、そこから再開される近所付き合いとかだったらそりゃもうブン投げてたさ。父さんがこっちにいるなら喜んで投げて俺はバカイトのギター演奏を適当に聞いて適当に「そこなんかモヤっとする音が入った」とか適当に言っていた筈だ。ぶっちゃけ高山先生でも良かったかもしれない。
でもまぁ、仮定は未定で決定ではないので。
俺がこうして案内しているってわけで。
ままならないな……と溜息を一つ、丸めて磨き抜かれた床にそっと転がして後を追ったのだ。