素直クールヒロインとツンデレ主人公モノ   作:K@zuKY

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まぁ、気長に。


EX-C

 圭吾と海斗が教室から出た瞬間、空気が変わった。残念と言った風な感じに。

 方々から「なぁんだ、一緒に帰んないのかぁ」とか「アイツ何時まで持つかなぁ」とか、そういう声があがっている事を自身の耳朶で直接確認する事になったクーラが微かに唇を開いて、フゥと一つ、吐息を机の上に置いた。

 本当は一緒に帰りたかったのだが、初日に交わした約束事がある。この状況では殆ど意味を為さないし、そもそも近い未来に同居している事が知れ渡る。自分からバラす事はしたくはないが、やはり友人が出来たのなら家に招いて遊びたいと考えているのだ、これは譲りたくは無い。

 そう言う風な思考を巡らせながらも、周囲に居る新しく出来た友人達との会話に混ざる事は忘れない。暫くの期間は留学生である自分が主役になっている事を自覚しているし、圭吾が言っていた通り、最初で躓けば詰まらない事で足を引っ張られる事もあるのは判っていた。

 ただ、こういう会話で曖昧な笑みを浮かべたり、わざとらしく笑ったりはしない。そうした方が楽だと母からは教えられてはいたのだが、元々持っているクーラの気質からして全くと言って良いほど合わないし、納得がいかないのだ。

 勿論、今後アルバイト、それも接客業に就くのなら当然愛想笑いを浮かべるし、口調を改める事は当然だとは考えているが、それは今ではない。

 そうして他愛も無い雑談に興じていると、クーラの横に居た、席替え直後に、いの一番で話しかけてきてくれ、今現在は噂話を提供している薄めの栗色に髪を染めた女子生徒の長谷川八重――クーラとしては綺麗な黒髪を何故染めるのか理解しかねていた――が、首を傾げながら元気な様子で、或いは無邪気な様子で、こう聞いてきた。

 

「ねぇマッカートニーさん。やっぱり伊佐美君の事好きなんでしょ? 直ぐに判ったよ?」

「そういう質問に対してはノーコメントだ。言える事は私に恋人は居ない、それだけだ」

 

 バッサリ切ってみせたクーラに、あらら、と苦笑いを浮かべる八重達。

 ただ、クーラも自覚はしているのだ。自分が圭吾に対して好意を持っている事なんて周囲からすれば直ぐ判るものだという事は。それを改めはしないし、する気も無いのだが、圭吾との約束がある。故に、自分が妥協出来るギリギリの所を突いた結果が先の言葉である。

 圭吾が聞いたら「詭弁だ……しかも沈黙による誤解にもなっていないし……」と力無いツッコミを入れるだろうけれども。

 

「でもねぇ……伊佐美君ねぇ……」

 

 と、苦笑しながら周囲を見渡す八重に、グループ全員が似た様な表情を浮かべて頷いているのを見たクーラは、大小はともかくとして嫌悪感を抱かざるを得なかった。昔の噂を鵜呑みにしているのか、という疑念を抱いたが故に。

 なのだが。

 

「もうちょっと愛想良ければ、ねぇ?」

「だよなー。もうちょっと壁作んなくても良いのになー」

「勿体無いよなぁ……あいつコンプ持ちすぎだしさぁ」

「まぁわかるけど。私達だって聞いてたし? でも流石にね?」

 

 圭吾が話していた事と、八重達のグループの圭吾に対する印象が全くといって良い程、噛み合っていない事に気付いたクーラは、疑問を抱いた。

 少なくとも彼等は圭吾に対して悪い印象を抱いていない。むしろ、惜しむようなそれだと。

 椅子を圭吾の机がある方に向けて座って話していたクーラは、左を見た。海斗の隣の席に座っている田中をだ。圭吾とクーラが素直な会話を繰り広げていた頃、海斗は親しげに田中と話していた。という事は有る程度の親交はあるだろうし、情報も持っているのではないか、そうクーラは考えたのだ。

 その田中が言う。

 

「ちょっと昔、伊佐美君に色々な事があってさ。そのせいで皆と距離を取ってるんだ」

「あぁ、圭吾から聞いたよ」

 

 クーラは此処で迷わずに答えた。田中の眼に、試すような色が浮かんでいた為に。そして、こちらがその情報を持っているかどうかが判断出来ないから、ぼかして話した事も理解していた為にだ。

 把握できたのは、人の顔色や思考を読み取る事が得意にならざるを得なかった過去の御陰でもある。

 その言葉に、多少の驚きをもって思わず答えたのが八重だ。反応だけで言えば周囲の人達も似た様なものだが。

 

「え、何処まで聞いているの?」

「中学二年時の事は聞いている。それが尾を引いている事も」

 

 淡々と答えるクーラに対し「そっかぁ、あの伊佐美君がねぇ」と感嘆符混じりの声を落とした八重が、その名前通りの可愛らしい歯を見せて、田中に向けてねだる様に頼み事をした。

 

「へへ、タナー、私一週間に変更したいなー?」

「ダメダメ、そんな賭けにならないような事はさせないよ」

「ちぇ」

 

 ピシャリと切り捨てる声を聞いて、可愛く舌打ちをしてみせる八重。

 外見としては没個性をひた走る田中だが、放つ言葉は随分と個性的だ。少なくとも後日「キミは人畜無害のように見えて割と腹が黒いタイプか」と聞いてみれば「多少なりともそれなりには」と認めたあたり、日本人というイメージを持つ事が難しいとクーラは思った――まぁ、八重が引き攣った顔で「それ聞いちゃうんだ……」と言っていたので「何事もストレートに聞けば誤解は無いだろう?」と返したら、この子凄い……と感心されたが。

 賭けの内容も把握したので、柳眉を寄せて周囲を見回すと、全員が示し合わせたかのように顔を逸らした。八重なんか口笛を吹こうとして吹けていない。どうにも愉快なクラスメート達のようだ。少なくとも圭吾が言っていたような印象を自分が持てるとは思えない程には。

 

「……私は別に構わないが、圭吾が聞いたら怒るのではないか?」

「バレても全員共犯みたいなモンだからねー。ダイジョブっしょ」

 

 良い性格をしていると思わず呟いたクーラに、ニヘラと笑って八重は「でしょー」と肯定の意を示した。呆れているのだが、と零してみれば「個性って奴よ、個性」と切り替えしてくる八重。周囲からは小さく笑い声が湧き上がっている。イメージしていた日本の生徒とはまるで違うと、この時クーラは思った。

 ああ言えばこう言うを地で行くタイプがいるとは思わなかった、と素直に告げると「てへぺろ☆」と何やら見ていて腹が立ってくるような得意気な表情を浮かべて舌をチロリと出して笑顔を見せてきた。

 後日海斗に「見ていて腹が立ちそうな言葉と共に、爽やかな笑顔を見せてくる行動を何と言うのか教えてくれ、以前やられたのだが思い出せない」と聞いてみると「それはドヤ顔スマイルって言うんだぜ。女子だとテヘペロ☆だが、野郎だとフンベロリィ★ってな?」と返って来たので、試しに圭吾にやってみる事になるのだが、それはまた別のお話。

 この時点でクーラは、性格はまるで違うが良い友人関係を作れる、と直感で理解した。向こうもそう思ったようで、二人は同時に右手を差し出して握手をし、

 

「宜しくね、クーラさん」

「――あぁ、宜しく頼む、八重。私の事は呼び捨てで良い」

 

 そう言って、クーラは小さな笑みを零した。それは、凍てついた冬のような印象を持たせていた物を一変させるような、まるで花の息吹を感じさせる華やかさと幼さが同居した春のような表情だった。

 例にも漏れずその場に居た全員が硬直し、クーラは自分の容姿に関してはともかくとして、笑顔の威力にそこまで気付いていなかった為、笑顔を消して怪訝そうに八重を見る。

 すると八重は笑顔の種類を変えた。潤いを無くして乾いたものを浮かべたのだ。サハラ砂漠もかくや、というレベルで。

 

「あぁ、伊佐美君と似た者同士だわ」

「判る、むしろ今ので判る」

「そう、か? 似ていないと思うが」

「端的に言えばギャップ萌え?」

「わかる」

 

 ギャップ萌えというワードに、眉根を寄せて反芻してみれば、父から渡された本の内容にそんなものがあった事を思い出す。狙ってやったわけではないが、成る程確かに、普段笑わずに、いざという時に溢れんばかりの笑顔を見せればそういう判断もされるか、と変な納得をした。

 次からは計算してやってみるのも悪くは無い、とも。

 何やら結果的に見れば計算された萌えをするという、圭吾がその内心を聞いていたら卒倒し、高山が聞けば「人工的な萌えは宜しくない。そのままの君でいて欲しい」と、だからお前は誤解されるんだよ的に諭されかねない事を決意しているクーラだが、ふと腕時計を見れば、雑談の時間を多少取りすぎた事に気付き、鞄を持って立ち上がった。

 それを合図に皆もそろそろ時間だと、同じように立ち上がって帰り道につく為、歩き出す。

 道中も昨日と同じ、八重達のグループだ。

 そして昨日と同じ、圭吾の事を含めた話題になるのも予定調和だろう。

 

「ねぇねぇ、単純にクーラから見て伊佐美君はどういう風に見えているの? あ、好きとか嫌いとかじゃなくて、幼馴染として」

「そうだな。口を開けば声に注意を持っていかれるとは思うが、外見だけ見て印象に残るのは眼元の涼やかさと厭世的な雰囲気だろう。尤も本人の髪型で目元は見えにくくなっているがな。個人的にはもう少し髪を切って軽くした方が清潔感も出ると思っている。それと色々話してみたが、昔はともかくとして今は自分から何かしらの行動を採りたくないという印象を受けた」

 

 立て板に水ではないが、それでもスラスラと出てくる事出てくる事。

 さっすが幼馴染、と零してから、八重は頷いた。

 

「おー、ホントに客観的に見れてんのね。てっきり白馬に乗った王子様みたいなフィルターがかかっているのかと」

「あの顔と立ち振る舞いで白馬は似合わない」

 

 本当にバッサリ切り捨てるクーラにいっそ吹き出すしかない一同。

 確かに圭吾に恋をしているし、愛してもいるクーラだが、10代にしては余り例を見ない程、客観的に物事を見れる女子だ。

 系統は違うがよく一緒にいる海斗や、学校の先生としてよく接している高山といったレベルの高いイケメンがいる事も手伝って、圭吾の容姿の評価は低くは無いが余り高くも無い。整えたらそこそこ以上にはなるだろうけれども、それ止まりだと自他共に認めているし、クーラもそれに対しては同感だ。

 尤もクーラにとっては容姿で惹かれたわけではないし、清潔感が多少あれば問題ないと思っている彼女にとって、外面というのは余り重要視していない部分だ。

 

「伊佐美君って手強いよ。あの噂のせいもあるけど、ちょっと本人もやらかしていたからねー」

「圭吾が?」

「中学は学校違ったんだけどさ、やっぱあぁ言う噂って広まるの早いからね。噂を鵜呑みにして寄ってった人が何人かいたんだけど、全部断っていてさ。けどまぁ、断り方がねー」

「断り方?」

 

 すると、八重はとても気怠そうな表情を見せて右斜め上を見た。当時の圭吾の真似か、とクーラが悟るのと同時に、

 

「アンタじゃ役者不足だ――って」

「それはまた、なんとも……手強い厨二病だな」

 

 ラノベのキャラもビックリする位に痛い発言だった。自分の声が嫌いという事から推測すると、出来るだけ短い言葉で切り捨てようとしたのだろう。

 それも、なるべく会話が続かない方向で。

 だとしても酷すぎるが。

 珍しく口元を引き攣らせたクーラに同情するような視線を向けながら、しみじみと八重は言葉を丁寧に並べ立てた。

 

「それを聞いた五木君が吹き出しちゃってねー」

「……そうなるだろうな」

「声とか仕草とかは似合うんだけどねー」

「確かに」

 

 このグループだけではなく、それはもう圭吾を多少なりとも知る者達の、見解の一致である。あそこまでエロ声で退廃的な雰囲気を持った学生がいる事の方がおかしい。だからといってそれを本当に実行すれば単なる痛い奴だ。特に外見が絶世の美男子でないのなら尚更。

 端的に言えば、患って拗らせた。

 それが八重達の見方である。

 着々と黒歴史を積み上げた結果が今の状態なのかもしれない、そうクーラは判断しながらも一方で八重達だけの意見で自身の中での圭吾像を固める事を是としていない。

 少なくとも圭吾側の情報も手に入れなければ、きちんとした判断を下すのは早計だろう、そう考えてしまう理由もある。

 一方のみの情報を鵜呑みにされて決め付けられた挙句、登校拒否をするまで追い込まれた過去の自分。

 一方のみの情報を鵜呑みにして決め付けた挙句、圭吾を拒否し続けた過去の自分。

 両方があるのだ、もう一度似た事をするとしたら、自分は愚者以下になってしまう。賢者ではないと自覚している分、そこは譲る気はない。

 自身の誓いを再確認しながら雑談に興じていると、田中の声が耳朶に響いた。

 

「――そういえばクーラさん、厨二病とか知ってたんだね。少し意外だ」

「此処に来る前に色々な本を読んでいるからな」

「へぇ……ちなみにどんな本?」

「少し待ってくれ」

 

 そう言ってクーラは鞄に忍ばせていた本を取り出した。題名は

 すると「うへぁ!?」「おうふ……」「あー……」といった呻き声に似た言葉がグループ内から漏れ出た。

 それを意に介さないで、

 

「思春期の男子はこういうのが好きだと聞いている」

「うん、まぁ、間違いじゃないけど……」

「それは、なんというか……」

「規制で表紙が見れなくなった奴じゃ……」

 

 口々に感想を述べる彼等に対し「私もそう思うが、意外と面白いものだぞ?」と返すクーラは一切のブレも動揺も無い。

 

「いや、だって……そういう系のラノベって参考になるっけ?」

「案外なるものだ。何も全部を取り入れる必要はない。自分がやってみたい、もしくは相手にしてみたい、或いは相手がされたい事を学び取るのが一番だと教わった」

「……なんか、凄いね。そのアドバイスした人」

 

 八重の呆れ混じりの感想に、一同はほぼ同時に首肯した。

 ラノベでそんなアドバイスをする人は殆どいないだろう。本の中の出来事を実際にやってみてしまえば8割は大火傷必須なモノしかない。現実はとにかく痛くなるものなのだから。

 

「別に本だけではないさ。あらゆる事に当て嵌まるものだろう」

「まぁそうだけど。ほえー、本当にその人凄いね、あ、もしかしてその人って伊佐美君だったり!?」

「違う、私の父だ」

 

 凍り付く面々。

 後に田中は語る。「イイハナシカナー? 的な流れをぶった切るレベルのインパクトだった」と。

 立ち止まった面々に、ふとクーラは気付いて一つ頷きを返した。

 

「あぁ、私はこっちだ。また」

 

 綺麗な礼をして颯爽と立ち去るクーラを呆然と見送りながら、そういう事じゃないと思いながら八重は呟き、田中は頷く。

 

「あの子にしてあの父って奴でしょ絶対」

「そうだろうね、アレは血だろうね」

「――ねぇタナー」

「ダメ」

「ちぇー」


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