素直クールヒロインとツンデレ主人公モノ   作:K@zuKY

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交際前編早くも終了の兆し。
天丼回。


17:ツンデレとは

 予想はしていたけどまさかなエンカウントにほんの少しだけ萎え、出来るだけ被害を被らないように言葉を選んで切り抜け、最後は海斗に全部押し付けてクーラと先に行き、のんべんだらりと授業を受けた後の昼休み。

 

「うっし、じゃ、そろそろ屋上行こうぜ」

「そうだな……ええと」

 

 クーラの方を見ると、友人達に囲まれていた。

 多分来ないな。周囲と溶け込む事を選んだか。その方が良いよなあ、大失敗した時にフォローしてくれる海斗みたいな奴を作っておけば楽だし。

 作ろうとしても作れないもんだけどさ。

 

「じゃ、行くか」

「おう」

 

 海斗も俺も弁当箱を持って教室を出て、屋上に至る階段を抜けてドアを開けると、まだ肌寒いからか見渡しても数人も居ない。これが5月になれば倍以上に増えるけど。

 給水塔の上にヒョイヒョイと上ると、予想した通り誰も居ないのを見て、俺達は腰を降ろした。海斗は何時も通り懐からハンカチを3枚も取り出して敷いていた。座る場所にじゃなくて、弁当を置く場所にってのがな。

 もう見慣れているから突っ込まないが女子力高いなオイ。

 

「さー飯だ飯、メーシメシ、メーシメシ」

「ご飯時のお前のテンションが俺には良く判らない」

「ばっかお前、飯だぞ? 空腹からの満腹の流れなんて最高だろ?」

「ご飯時のお前のキャラが俺には良く判らない」

「ブレるのなんて若者の特権だろ?」

「左様で」

 

 なんて馬鹿な事を言いながら、弁当の蓋を同時に開けた。

 チラッと横目で海斗を見ると、案の定カレーだった。保温式完全密封型の弁当箱だったから絶対そうだとは思ったけどさ。

 ニヤッと笑いながら「イッタダッキマース」と呟いて手を合わせた後、ラップに包まれていた銀スプーンを取り出していそいそと食い始めた海斗に、

 

「それ、夏海さんカレーか?」

「おう、明後日はカレーな気分って伝えておいたからな」

「前から聞きたかったんだけど、その二日前に言うのってルール化してんの?」

「前日に言うとか作れないだろ、常考」

 

 ドヤ顔で言われると腹が立ってくるのはともかくとして、ルーの色が海斗が作る奴よりブラウン系に傾いていたので何と無くで聞いてみると、予想通りだった。あの人の作るカレーはマジで旨いらなぁ。カレー屋でもやるつもりなのか知らないけど。

 ……芸術系の親と弟を持つカレー屋のお姉さんか。それはそれで面白そうだ。

 

「いや流石にカレー屋とかやらねーよ」

「何で判ったんだよ」

「昔っから言ってるけどよ、お前さ、顔に出過ぎ」

「前から気になってたんだけどさ、マジでそんなに?」

「誰でも判るわ。せめてクーラさんみたいにポーカーフェイスかっこいつわりかっことじ、みたいになれよ」

「……なんだその、かっこいつわりかっことじ、って」

「超判りやすいだろアレこそっつーか、むしろっつーか」

「初対面から見抜けるお前がこえーよ」

 

 俺は全然わかんねーよ。こういう人間観察が上手な奴程モテるんだろうなぁ。海斗然り、夏海さん然り、高山先生然り……石動さん然り。

 あ、ミートボール旨い。ブロッコリーの芯を混ぜただけあってレンチンした後でも歯応えシッカリしてる。

 から揚げも二度揚げした分、外はカリッと、中はフワッとしているし、今回の弁当は成功だと言えるな、うん。

 ただ、そろそろ海斗の視線がきつくなってきたので、海斗に振っておこう。

 

「海斗、そのカレー少しくれ。俺のと交換しよう」

「おう」

 

 ……いや、こういうのを人間観察って含めるなら俺もモテる事になるけど、そういう事じゃないしなぁ。ゲイでもホモでもBLでもないんだ、俺は。

 弁当箱はそのままで、座っている場所を交代して食う。勿論スプーンや箸を予備で持ってくるわけが無い。

 相変わらず夏海さんのカレーはヤバイな、ガチで1から作っているだけあって旨い。

 しかも辛めに味付けしているだけじゃなくて、呼吸をするだけで鼻へと抜ける香りが強い。風味を強く持たせているのは俺も海斗も好きなので何ら問題がない。

 まぁ、3口位食うと怒られるので、早々に返したけど。

 

「なぁ圭吾」

「ん?」

「お前いつクーラさんと付き合うの?」

「何でその話にした」

 

 カレーをもう一口食って、だってなぁ、と呟いた海斗が呆れたような笑みを見せる。

 何でそんな笑顔を見せるんだよ。

 そう訝しげに見ていると、

 

「気付いてないんだろうけどな、お前ら昨日よりも物理的に距離が近い」

「……ええと、つまりどういう事?」

「ほぼ密着しているような距離維持で登校していたぞお前等。あそこまで近付かれてりゃパーソナルスペースに入られているって事になるから、普通は離れるなり嫌がるなりするもんだろ。正直いつ石動が突っ込むか期待していたんだけどな、イヤマジでマジで」

 

 クーラさんはわざとやっていたと思うがな、と締め括った海斗に対し、俺は何も言えなかった。

 というか気付いていなかった。

 何処も触れ合っていなかったので別に気にしていなかっただけ……だと思うんだが。

 

「ついでに言うとな、圭吾。お前のパーソナルスペースは他の人よりも倍近く広いからな? あの距離まで詰められると、お前はいーッつも無意識で逃げてるんだぜ? 石動が近くに寄ろうが、姉貴が抱きつこうが、基本的にはすぐ離れていくのが何時もの圭吾クオリティって奴」

「え。マジで……?」

「お前の人嫌い時代スタートからずっとそうだっただろ、今更何言ってんだ。ま、気付いていないのも圭吾クオリティだけどよ」

 

 自覚はしていたけど信じたくないからマジでと言ったんだけど。なんていうのも馬鹿なので、取り合えず弁当に視線を落としてかき込むように飯を食う。ブロッコリーが苦く感じるな。もうちょっと落とすべきだったか。

 というか人嫌い時代言うな。俺だって気にしてんだ。治せるものだったら治したいっつーのに。

 溜息を吐いて、頭を振る。

 判っているんだ。

 自覚だってしてるさ。

 けど、それとこれとは別だと思いたいんだよ、逃げだと判っているけど。

 

「って待った。石動さんが話しかけて来た時もか?」

「距離変わってなかったな。全然、全く、あの距離が自然だと主張しまくりでゴッソサンでフィニッシュです」

「うわぁ……」

 

 よく俺何も言われなかったな。いや、近いだけじゃ何も言わないか、流石に中学生じゃあるまいし。でも石動さんだし。

 しっかしマジかぁ……俺全然気付いていなかったんだけどなぁ……

 溜息を吐いて項垂れる。無自覚から自覚すると結構凹むものなんだな。

 項垂れながら海斗を見上げてみると、やれやれ困ったちゃんだぜ、と言わんばかりのアメリカンジェスチャーを披露してきた。

 

「ハッキリ言ってやるけどよ、意地張り続けてもロクな事にはならねぇぞ。今はただでさえメンドクサイ性格してんだ、アレが原因だとしても、もうちょい何とかなんねーの」

「……本当にハッキリ言うな。本当に」

 

 腹が立つが、仕方ない。傍から見れば普通じゃない事をしているのは俺だしさ。

 意地張るべき時じゃないのも判るよ、昔のクーラがそうだったからさ。

 でもなぁ……

 昔の俺は、何と言うか小賢しくなかったんだよな。今の俺は小賢しい上に素直じゃない。

 こう、性格が螺旋階段で設置面積が少なくて済むような、遠目から見れば真っ直ぐ、近くで見ればビックリレベルのアレさというのは自覚している。

 

「今付き合ったら、さ」

「あぁ?」

「本音に近い建前で言えば、俺の噂もあるからな……周りからどうこう言われてクーのイメージダウンになる可能性が高いだろ。それが凄い嫌」

「それは判る。で、本音は?」

「昔の俺と今の俺は違いすぎる。思い出補正込みの状態で付き合うことは流石に出来ない。一番は……今付き合うと俺が外見で釣られたような感じになるのが嫌だ。なので付き合えない。せめてあと半月はガードしたい」

 

 本気で素直に言ってやった。

 すると海斗が両手の人差し指をビッとこっちに向けて「オマエ・イズ・ヴァーカ」と煽ってきた。

 うっせぇよ。わかってんだよ。無駄な抵抗とか体面気にしてるとかそういうのは全部。でも必要だろうよ。

 

「けど好きなんだろーが」

「……好きだとは思うよ。けど昔のイメージと今が違い過ぎて『好きだと思うけど現実味が無い』ってのが大正解、かなぁ」

「そんなに違うのかよ」

「4年前までのクーは、性格は今の俺より天邪鬼だった。体型がツルペッタンなストレートロングの女の子で、服装はロリータ系ばっかだったな」

 

 いや、最初の頃はそうでもなかったとは思うんだけどな、こうイジメ発生からツンしかなくなったというかツンケンしてきたっつーか。

 服装はまぁ、言った通り、フワフワヒラヒラしたフリルメインの服装だった気がする。今アレ系を着たらどうなるんだろうな。

 自分が放った言葉の衝撃度合いを考えて黙々と弁当を平らげ、弁当箱を片付けながら海斗の方をチラ見すると、唖然とした顔で見てきていた。そりゃそうだろうよ。いくら想像力がある海斗でも再現出来ないだろうよ。今度写真見せてやっから。

 

「で、昨日見た時は、思ったことをほぼ何でもストレートに言う、ご覧の通りなスタイル抜群のクールフェイスな美人になっていたわけで。顔に面影は多少あるけど、余りに違い過ぎて本人確認の証明書が欲しい位だよ。アレはもう、進化とか変態とかそういうレベル」

「……髪めっちゃウェービーだったが、つまりパーマ?」

「成長期で髪が真逆になるってのは聞いた事有るから、多分そっちじゃないのかなぁ……」

 

 お互いに触れる場所が髪からで、性格の方にいかないのは、信じられないからだろう。

 膨らみなんて一切無かったのに、アレな上に、今なんてドストレートにモノを言ってくるし。俺でも写真見た時は本人か疑ったぞ。

 

「……俺の見立てでは今の時点で左H右Gだろアレ……ツルペッタンだったんだよな? マジで?」

「ツルペッタンだったな、絶壁つっても良い」

「ケツは?」

「哀しい程無かったな。というか引いて見ると完全に竹ヒゴだった。足もロー入れたら折れるんじゃないかって思う位の」

「欠食児童かってレベルかよ……竹ヒゴが2年でセクシーダイナマイツって? いやありえねぇだろ。何だそのジョグレス進化」

 

 俺もそう思うよ。海斗のスカウターと同じ位有り得ないと思う。つーかそんなにあんのかあの胸、よくこっちでサイズがあったな。

 ――と。

 ヴヴヴとスマホが振動したので取り出して内容を確認すると、昼休みの残り時間が10分前になったという何時ものお知らせだった。

 

「あと2つばかし質問させてくれね?」

「別に良いけど」

「つまりツンデレがツン素直クールになったって事でOK?」

「おい待て何だその造語」

「だって、なぁ……前半期がツン、後半期がデレならわかるぜ? そりゃツンデレだもんよ。けどさぁ、何だよその複合ジャンル。エロゲでもそんなのねーよ」

 

 知らんがな。というかなんだその素直クールってのは。そんなジャンルあるのか。世の中ってのは全くもって良く判らない。

 真剣な顔でバカを言うのは何時もの事だが、余計な知識ぶっこんで来るのは久しぶりだった。

 弁当箱を右手で持って、やれやれと首を振って溜息をついた後、真下に誰もいない事を確認してひょいと飛び降りる。毎回やっているから慣れたけど、この落下感覚がちょっと怖い。

 膝を使って衝撃を綺麗に流してその場からどくと、間髪いれずに海斗がドォンと派手な音を立てて着地していた。

 毎回思うんだけど何でアイツ四つんばいで着地すんのかな。

 アニメじゃないんだぞアニメじゃ。

 

「取り合えずさ。その着地ってどうなんだよ」

「格好良いだろ?」

「……左様で」

 

 海斗の格好良いの基準が判らない。

 ドアを開けて階段を降り、教室へと向かう途中で質問が後一つ残っている事を指摘してみると。

 

「明後日は18時からで良いか?」

「ああ、そっちか。そう……だな。弁当は俺とクーの合作になるけど良いか?」

「え」

「おい待てなんだその嫌っそうな顔。言いたい事はわかるけどクーのビーフシチューは旨かったつーか、アイツ普通に御飯上手に作れるから。いや俺も予想外だったけど」

「マジかよ……だってイギリスだぜ?」

 

 それは俺が通った道だよ、海斗。

 ただ、言いたい事は判るんだ、海斗もイギリスに行く事があったしさ。その時の話を聞いていて、俺の体験した事と何一つブレる事も無く合致していたし。御飯的な意味で。

 なので、最初に合作と聞いたらそういう顔にもなるだろうさ。

 だからまぁ、その川原の石をひっくり返したら一面ビッシリと黒いウゾウゾした虫が張り付いているのを見てしまった、みたいな表情だけはやめてやれ。流石にクーラが見ていたら傷つくと思うし。

 

「クー曰く、半分は日本人、だそうで」

「……なぁんか妙に説得力あるな。本人の性格もあるんだろうけど」

 

 合理的、生真面目、凝り性、の単語が即座に浮かんだんだろう。納得したといった風に頷く海斗。

 ただそこで終わらないのが海斗でもあった。

 

「あのスタイルはどう考えても日本じゃないけどな。特に足と胸」

「それは認める」

 

 足長い、腰の位置がおかしい、胸のサイズがでかい、とまぁおよそ日本人の性質じゃない。勿論、あっちにいた時でもあんなスタイルの良い女性はあんまり居なかったしな。俺だってビックリしたよ。

 そう言い合いながら教室まで辿り着いて入室すると、一瞬だがこちらに視線が向き、俺達だという事を確認すると何時ものように興味を失ったような……ような……

 ような?

 え、何でこっちを見てるんだ。何か生温かさと冷たさが入り混じった感のある視線が全方位から飛んできてるんだけど……

 

「クーラさんの方と交互に見ている奴も結構いるし、何かやらかしたんじゃね?」

「まだ二日目だろ……」

 

 胃がキリキリと痛み出して、思わず手を腹に当てて呻いた。

 その手の視線を一切合財無視して、俺は席につく。鞄の蓋のロックを解除し、弁当箱を定位置に戻して、まだ視線が剥がれていない事にうんざりとした気分になる。

 嫌々ながら、渋々にクーラに聞く。

 

「あー何か、凄い視線の数なんだけど?」

「すまない圭吾。原因は私だ」

「……何やらかしたんだよ」

 

 多少なりとも申し訳ないという雰囲気が出ているが、そこは今重要な問題ではない。何をやらかしたかで今後の態度と付き合いを変えさせて……くれれば良いなぁ、なんて願いながら顔を見詰める。

 クーラは視線を一度床に置いた後、フッと溜息を一つ吐いて視線を戻した。

 そして。

 

「先ず始めに、昨日と同じ質問をされた。キミと幼馴染の関係が本当かと言われたので、そうだと言った」

「まぁ、そうだな」

「転校の理由を聞かれたので、必要だったからと答えた」

「あー……確かにまぁ、必要っちゃ必要、なのか? まぁ、それで?」

「その後、圭吾の事が好きかどうか聞かれたのでな。ノーコメントと返したのがやはり拙かった様だ」

 

 背後で海斗が「ブフォ!?」と吹いた。そんな音がした。

 そして、思わず周囲を見渡すと、生温かさと微妙な冷たさ……そう、多分嫉妬とかそういう類のものが混じった視線が強まっていた。

 バカかお前は。何でそこでクールに「友達として、な」とか「そういう話じゃない」とかで返さないんだよ。

 というかね、妙に外堀埋められている感があるんだけど。伊崎のオッサンも父さんもアーサーおじさんも、このクラス全員も実はグルなんじゃないだろうな。

 取り合えず、この空気をどうにかしたいので突っ込もう。

 

「何でお前ノーコメントと返した」

「それを今言っていいのか?」

「今も何も、普通に考えてそれはないだろうよ。何でそれなんだよ、よりにもよって」

「そうか――」

 

 クーラが申し訳ないという雰囲気を消し飛ばして何やら妙な溜めを作っているのを見た直後、壮絶に地雷を踏み抜いた事に気付いた。

 俺、確か昨日、自分でこう言っていたよな……『俺とお前は幼馴染だが、情報はそこまでにしとけ。好きだの愛してるだの、嫌いだのなんだのは絶対に言うな』って。

 それを忠実に実行した結果、もしくは嘘をつきたくないからとかそういう理由もあって、ノーコメントにせざるを得なかったんじゃないかと。

 

「――まぁ、キミに口止めされていたのでノーコメントと返したのだが」

「ぁあああやっぱりそうかッ」

「言葉を選ぶのに5秒程かかったが、出来れば巧く返せたと思いたい」

 

 返せていない。全然返せていない。そして思うじゃなくて思いたいかよ。挙句の果てに出来ればも付けたなお前。更にそれを此処で言うわけかお前。もう何か色々バレたんだろうこの分だと。

 俺は頭を抱えて机に突っ伏した。後ろでネルネルなCMに出てくる魔女の笑い声みたいな「イ~ッヒッヒッヒッヒ」という非常に残念な音声を発しているナマモノは後でぶっ飛ばすとして、俺はこの後の展開が判っていてもツッコミを入れざるを得なかった。

 

「……クー、全部判ってて言ったな?」

「キミが気付かずに迂闊な事を言うのは昨日で判っていたが、正直……そう、フリだと思う位、真正面から聞いてきたからな。付け加えて言えば、最初こそ申し訳ないと思ってはいたぞ?」

「お願いですからこう言う時は空気を読んでスルーして下さい。クーの言うところの日本式で」

 

 もう懇願である。

 目立たず騒がずを目指していても石動さんにぶち壊されたり、海斗達に巻き込まれたり色々悪目立ちする事が多々あったけど、今回はもう何かそれとは別方向のベクトルに全力疾走しているのでどうすれば良いのか。

 諦めて付き合っちまいなよ、なんて幻聴が聞こえてくる位には、へこたれている。実際その方が何か実害無さそうな気がしてきているし。

 

「とはいっても私はイギリス人だからな……」

「何でそこで都合の良い方を持ち出した」

「とはいっても私は英国育ちだからな」

「突っ込み難い方向に訂正すんな。ユーモア精神溢れるとでも言いたいのかお前は」

「黒いとは認めるが?」

「やかましい」

 

 真剣な表情をしているけど、何処か面白そうな眼付きをしているので台無しだ。多分俺が「お前、俺で遊んでいるだろ?」と言ったら「心外だな。思っている事を素直に言っているだけだ」と返してくるだろうさ。余計タチが悪い。

 と、背中を掌で軽く叩かれ、振り向いてみれば、クーラよりも更に笑いを噛み殺したような、或いは苦いモノを食ったような、とにかくそんな感じの表情を浮かべた海斗がいた。

 

「なぁ圭吾」

「何だよ……今取り込み中だよ」

「今そこにいる田中に聞いたんだけど、最初からモロバレ乙、だってよ」

 

 海斗の隣にいる、俺とは別の意味で外見の特徴が無い男子生徒が「そうは言ってないけどごっそーさんて感じかなぁ」なんて言ってきて、いよいよ俺は態勢を元に戻した後に、ゆっくりとした動作をもって机に突っ伏した。

 転入生の友人関係って最初が肝心だから、出来るだけ良くも悪くも波風立たないように配慮していたんだけど、どうしてこうなった。

 

「圭吾。正直に言って欲しいが、不快か?」

「何がだよバカ。不快なわけないだろバカ。ただな、こう、さ。友達や知り合いを作るのって最初が肝心だから悪い噂ばっか立ちまくりの俺との事は伏せた方が良かったと思ったからこういう行動を採っていたんだよ。けどもう此処まで来るとどうにでもなれとは思うけどな、このバカ」

 

 リクエスト通りに心の底から思っていた事を口から叩き出した瞬間。

 俺を中心に、この一連の流れを聞きながら雑談やら感想やらを述べていた奴等が一斉に黙り込んだ。

 何でそこで黙る。俺の実体験だろうよ、知っている奴結構居るだろうよ。何、アレか、悪い噂とか今更な事言っててウケるとかそういう流れか?ケンカ売ってんの?俺買うよ?最安値でも今なら俺買うよ?

 

「なぁ圭吾、確認するのもバカらしいけどよ、それ素で言ったよな? ガチで」

「何がだよバカイト。普通に思うだろコレくらい」

「あー……まぁ、お前の自爆癖は今に始まった事じゃないけどよ、今回ばっかは流石にアレだわ。取り合えず顔上げれ」

 

 言われて、やれやれと溜息をついて「何だよ」と言いながら顔を上げると。

 何か視線が増えてる。

 苦いものやら甘すぎるものやらを吐き出したような顔が並んでる。いやちょっと待ってくれ、何でそんな顔されなきゃならないんだよ。

 

「何これ」

「俺の方がナニコレ言いたいわ。アレかと、お前は最近流行っている突発性難聴持ちの鈍感系ラノベ主人公かと」

「何でそうな……何でお前もそんな顔してんの?」

 

 振り向くと、苦虫噛み潰しまくったような表情を浮かべた海斗が居た。

 意味が判らなかったので、目を点にして見ていると、やがて「あぁ……わかっちゃいたけど現実にこんな奴居て欲しくなかった……」と言って項垂れてみせる海斗。

 いや説明しろよ説明。

 

「流石に砂糖お腹一杯過ぎるから言ってやるけどよ……もう良いからお前ら付き合っちまえよ……」

「いきなり何なんだよお前は、説明をしろよ、説明を」

「何なんだよもクソも説明もあるか!!」

 

 いきなり絶叫すんな。

 何なんだよ一体。というか回りも「伊佐美君、流石にそれは無いと思う」「普通にないわぁ」「バカだろアイツ」とか言うな。俺が何をしたっていうんだ。

 

「圭吾、オマエはさっき自分で言った事が、どれだけ自爆してるのかを知るべきだ!!」

「自爆って何がだよ……つーか指差すな指」

「オマエはさっき『俺の事は良いから回りと仲良くなって欲しい』プラス『幼馴染の事を不快に思うわけ無いだろバカ』の昨今余り見ないツンデレの鉄板を地で突っ走ったんだぞッ? しかもその前の会話ではどう考えても胸焼けレベルの甘い会話付きでッ」

「いや聞けよ。あとツンデレ言うな、甘くないから普通だから」

 

 ツンデレの鉄板かはどうかとして、確かに何か、相当ポンコツな事を言っていたな俺、とは自覚したけど、そこまで言われる筋合いは無いというか、指差しすんな。

 しかし、ここまでテンション高いキレ芸をしている海斗を見るのも久しぶりだなぁ。

 普段のワイルドさ溢れる眼が微妙に涙目っぽくなっているし、ちょい長めのアシメトリー入った髪そこまで振り乱して言わんでも。

 

「そんな事をのたまった挙句『ボク達ワタシ達ただの幼馴染でーす』とか言えると思ってんの? 通ると思ってんの? 赦されると思ってんの? バカなの? 死ぬの?」

「いや、そんなつもりは――」

 

 そこまで呟いて、俺は電撃に撃たれた様な、そんな直感が脳裏に走った。

 つもりはないといったら、海斗は「じゃ、恋人なんだなそうなんだなよーしおめでとう!!」みたいな事を言ってくるんじゃないだろうか。そして何かさっきからクーラが黙っているのも嫌な予感がしてならない。

 反射的に横目でクーラの方を見ると、背筋がピンと伸びた姿勢がデフォな筈の彼女が、割と前のめりな感じで聞いていた。つまり至近距離だった。

 同じ桃の香りがするシャンプーを使っているから感じないと思っていたのに、自覚した途端に桃とバニラが混ざったような香りが鼻腔に抜け、酷く落ち着かなくなる。

 思わず仰け反りながら視線を切って海斗の方を見ると、明らかに面白がっているというか『あ、コイツ気付きやがった』という目をしていた。

 テメェ。

 

「……クー、近い。あと海斗、俺達、幼馴染だけど」

「あー『まだ』がつくって奴? それともその後に続く言葉は『私達結婚します』って?」

「お前さっき俺が屋上で言っていた事を聞かなかった事にしてるんじゃねーよ、いい加減にしないと張り倒すぞ」

 

 流石に許容を超えたウザい絡み方をしてきているので、顔を顰めて注意する。屋上で素直に吐いただろうが。

 何でこんな絡んでくるんだよ。どうしたんだよ一体。普段のお前とは全然違うんだけど。

 助けを求めるようにクーラの方を見ると、ジィッと眼力を強めて返してくる。周囲に目線を走らせても、何かキラキラした、或いはドロドロした視線しか来ていない。というか全員見て来ているんだけど何だコレ。あんまり言いたくないけど癒奈さんのグループですら見てくるとかどういう事なんだよ。こっち見んな。

 確かに、クーラの事は好きだと思うけど、流石に2日目で付き合うとか無いっつっただろうよ。昨日告白されて断ったばっかだぞ。冷却期間くれよ。

 個人的な理由も言っただろうよ、悪い噂が消えかけている今の状況を元の木阿弥にするわけないだろうが。

 段々と鬱々とした感情が口許に零れ出そうになっていると。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 始業のチャイムが鳴ったとほぼ同時に高山先生が入ってきた。

 後ろ手で扉を閉めて、顔を上げ、

 

「はい、じゃーリスニングを始めたいと……どうしたんだい、皆?」

 

 異様な雰囲気となっている事を察知して、きょとんとした顔で見回していた。

 ただ、直ぐに気付いたのか、俺に視線を飛ばし、クーラに視線を合わせ、最後に海斗を見ると、何やら納得したと言わんばかりに頷いて、苦笑いを浮かべた。

 

「うん、それじゃ、そろそろ授業を始めるから、皆席についてね」

 

 俺、こういう配慮が出来る大人になろう。


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