多めに書き足したら 改稿 を付け加えます。
脳天を直撃しない、言い換えればキンキンしていないのに何故か幼く感じる声質を持つ、行動だけは少女のような女性。
海斗の姉であり、音大1年生でもある五木夏海さん。彼氏有り。夢はピアニストとお嫁さん。子供は男の子と女の子1人ずつ欲しいとか。
ハグやキスが過剰な癖に恋愛感情は皆無、親しい人には全力でそうやるから男性を誤解させる事に定評のある困ったチャン。何でそれを知っているかというと俺もその被害者だったからで。
癒奈さんと言い、石動さんと言い、夏海さんと言い、ベクトルは違えど面倒な人と関わっている気がする。
『あれー? ねぇねぇ海斗ー、何か黙っちゃったよー?』
『インジャネ……どうでも』
『むー、冷たいなぁ、だからお姉ちゃんは寂しくなるんだけども? あねぇねぇ、圭吾ちゃーん? あれ? ケイちゃーん? おーい、けぇいくーん?』
そろそろ情報整理という名の現実逃避から逃れないと駄目だな。隣に溜息混じりかつ投げ槍な感じで一言返している海斗が居るという事は、アレだな、ビックリさせるとかそういうのは抜きで、多分携帯電話の電池が切れたんだろうな。
「また電池切れたんですね、夏海さん……」
『あ、返事きた。やっほ圭吾ちゃん。相変わらずそういうところは判ってるんだねー』
「そういうところしか判らなくてすいませんね」
『そうやってすーぐ不貞腐れるのは良くないよー?』
うるせーよ、今こっちはもうイッパイイッパイなんだよ。頼むから今はかけてくんな。と、海斗ならば言える。その後あれよあれよと言う間に理由を聞き出されてアドバイスされるまでが既定路線だけど。
が、このまーったく全然ちっとも姉らしくない年上の女の子にそんな事を言えば、泣く。ガチで眼が潤み、鼻を啜るレベルで泣く。そうしたら海斗が洒落になるレベルギリギリに抑えながらキレるかイジってくる。最後に俺が理不尽な目に合う。
そんなサイクルを既に2桁も喰らっていれば、何処が地雷なのかは判っているので、言わないしやらない。こういう時の対処法は流すに限るのだ。
「まぁ、それはともかく。どうしたんですか、夏海さん。こんな時間に珍し……くもなんともなかったので別にそこら辺のツッコミはなしで」
『ああぁああ!? そういう言いかけて訂正すると突っ込めなくなるでしょっ』
「いやそういうのはもう間に合ってるんで……それで、どうしたんですか?」
あざとさ120%な感じなのに、それが似合っている上に天然って希少生物だと思う。ついでに言えば、それが許されるとなると奇跡だ。まぁ、だから海斗に「ありゃOLなんざぜーってぇ出来ねぇよ」と言われている。
受話器越しにプンスカ、と既に死語になっている言葉がドンピシャな怒り方をしている夏海さんに、俺は溜息をついて先を促した。自称ツッコミ役、他称天然ボケの扱いは年単位であるから判っているさ。
『ええっとね。圭吾ちゃん、最近うち来ていないでしょ。だから心配になっちゃって』
「あー……まぁ、ずっとバイト漬けでしたからね。こっちは元気ですよ、えぇ、暫く問題ない位には」
何となく水分を採りたくなったので、俺は備え付けの冷蔵庫の扉を開けたが、中身が殆ど空だった事に気付いて、溜息をついた。本来ならミネラルウォーターがあった筈なんだけど、クーラにあげた事を忘れていたのだ。
下の冷蔵庫から御茶出すか、と決めて、ドアを開けながら夏海さんと会話を続ける。
『でもでも、うちでご飯食べないと、ほら、補給出来ないよ?』
「何を補給しろってんですか」
やや乱暴な口調になったり、口の端が引き攣っていくのは止めようが無い。俺が誤解した点がそこからだったので。
『夏海お姉さん分だよー。私も圭吾ちゃん成分補給しないと寂しくて死んじゃうよー』
ほら来た。
コレだ。
コレだよ。
姉成分補給、弟成分補給という意味合いだという事を判っているんだよ、今は。でもコレは無い。手がかからない憎まれ口を良く叩く良く出来た実弟に散々駄目出し喰らっても、やらかすこの言い方。
ただ、絶対に悪女ではないのは海斗のお墨付きだし、俺も判っている。ただ単に考え無しで言うだけなんだ。本当にどうしたらこう何も考えないで耐性の無い異性を一撃必殺的に落とすような事をやれるのか。
少し羨ましくも有る。俺がやったら噂が真実になる。噂すら起こらない夏海さんとは格が違いすぎる。女の子同士のケンカやイジメって陰湿なのによく被害食らわないよな、マジで。特に音楽なんて格好の的になるだろうに。
「毎回毎回言ってますがね。その言い方は男を誤解させるのでやめて下さい」
『えぇぇえ、何でさ。だって本当の事だもん』
だもん、が許されるのは俺が知る中では夏海さんしか居ない。コレが石動さんがやったら俺が凍死するし、昔のクーラならいざ知らず、今のクーラがやったらもにょる。癒奈さんは似合わない事も無いけど、本性を知っている以上、あざとさの女神になる気かとしか思えない。
いや、ズレてるズレてる。説得なんて聞く筈もないのだ、多少痛い目を見ないと変わらないのも理解している。
トントンと階段を降りながら、俺は溜息を再度つく。
「……まぁ、ともかくとして。暫くはそっち行けませんよ」
『ええええええぇぇぇええ!? 何でー!? どうしてー?!』
「何でって……いや都合が合えば行きますけど、今都合が付けられないんですよ」
クーラ居るから。
キッチンに入り、冷蔵庫の扉を開いて作ってあった麦茶を取り出してコップに注ぐ。
キンキンに冷えているのが判っているので、思わず口許が緩む。お腹に悪いと知っていても、冬だろうが夏だろうが冷えた飲み物は最高なのだ。
『むー、暫くバイトお休みするって海斗から聞いたんだけど?』
「いや、バイトは休みますよ。ただちょっと、別件で忙しくなるので」
クーラ居るから。
金髪英国人ハーフの美女と同居する事になりました、なんて言ってしまったら大事になる気がするのだ。悪い予感と嫌な予感がミックスされているような感覚がしているので、言えない。言うとしても今じゃない、もう少し後だ。ドタバタしている時に夏海さんが来るとか悪夢以外の何者でもない。間違いなく俺の精神が死ぬ。
コクコクと小さく喉を鳴らしてコップ一杯の麦茶を一気に飲み干していると、
『もう、圭吾ちゃん今日に限って隠し事が多いよー。夏海お姉さんは悲しいぞー』
「まぁ、何時までも弟分じゃないですからね」
鋭いなオイ、今日に限ってとかつける辺り、何かあると悟ってはいるようだ。まさか海斗が話したわけではないだろう。話していたらいの一番にその話題がすっ飛んでこない筈が無い。
それをかわすために、他人事と言う風にバッサリと切り捨てる。というよりも隣に居るであろう海斗を構え、海斗を。
ひどーい、つめたーい、という非難をハイハイと聞き流しながら、俺は麦茶を再度注ぐ。これでもう終わりにしよう。トイレが近くなるし。
というか、用件それだけで電話したのかよ。
「で、海斗は俺に用とかあるんですか? さっきから隣に居るようですけど」
『ん? 海斗ー、圭吾ちゃんに用あるの?』
『ねーよ……姉貴が俺のスマホ強奪したんだろうがよ……』
ややうんざりした声が聞こえて、俺は全てを把握した。成る程、夏海さんの理不尽に付き合った結果か。相変わらず姉に弱いなオイ。
俺が海斗の立場だったらと考えてみるが、即座に今と同じ風になるんじゃないかと結論付けた。泣く子には勝てないのだ。
「夏海さん。取り合えず、近いうちにそっちでご飯食べるので、今日はこの辺で。そろそろ風呂に入らないといけない時間なので」
『相変わらずスケジュール管理? をしているの? 私や海斗は適当なのに』
「でしょうね」
『あ、でも夏海お姉さんはコレでもルーズじゃないんだよ? 待ち合わせの時間には5分以上遅刻した事ないし、提出物はちゃんと期日通りに出してたしっ』
……海斗から聞いた情報と実体験から得た結論は、必ず5分ギリギリに遅刻して来る事と、提出物の期日は守るけど時間は記載していない限り夜に持っていく事を知っているわけで。夏海さん本当にイイ性格してるよ全く。
もう今日になって二桁軽く突破している溜息を吐きながら「でしょうね……」と呟いた。真意は絶対届かないと知っての言葉で、予想した通り、夏海さんは声を明るくさせた。
『でしょでしょ!? なのに海斗ったら何時まで経っても『姉貴はルーズに決まってんだろ』とか『バカじゃね?』とか言って来るんだよ、酷くない!?』
「あー、それは、まぁ……」
日本語って便利だよなぁ、こういう時に言葉を濁しても「それはそうだろ何抜かしてんだこの脳味噌トコロテンちゃん」とは受け取られないし。脳味噌トコロテンちゃんなんて言ったら海斗からぶっ飛ばされた後に「そういう事は心の中で止めとけ」と諭される。殴った後にな。もう一度言うが殴った後にだ。あのシスコンめ。
こちらの予想した通りに夏海さんはヒートアップというかビートアップしていく。どんどん早口になるのだ、こういう時の夏海さんは。で、コレを止められるのは海斗しかいない。
『ほらみなさい海斗ッ、夏海の方が正しいって圭吾ちゃんも――』
『あー悪いな圭吾』
あ、携帯取り上げたな海斗。声がとんでもなく疲労感に満ち溢れているところをみると、かなり我慢を重ねていたようだ。まぁ、言いたいことは十分に理解しているし、こっちも別に気にはしていない。ただちょっと、今日は勘弁して欲しかっただけで。
「いや、別に良いよ、夏海さんが絡むと大体こんなもんだし」
『そうなんだけどよ、流石にアレは無いぜ? あ、俺喋ってないからな』
『携帯返してよー』
「――あぁ、サンキュー、暫くそのままで頼む」
『あ、こら、海斗、頭を抑えるな、届かないでしょー!!』
『おう、そこら辺は抜かりなくって奴だ』
『携帯返してよー、ねぇ、けーいーたーいー!!』
「…………なぁ」
『言うな、俺だって辛いんだ……』
哀愁漂う海斗の言葉に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。苦労が手に取るように判ってしまうのは、年単位の付き合いをしたからだ。そもそもその携帯は夏海さんのじゃないとかそこら辺の突っ込みはもう何年も前に済んでいるのでお互いしていない。
どうしてこう、もうそろそろ二十歳になる人があんなに子供っぽいのだろうか。
俺の周りには癖のある人しかいないのかもしれない、と思いたくもなる。
……類は友を呼ぶ、という言葉が脳裏に浮かんだので首を振って速攻で叩き出した。俺は普通だ。俺は。
『もー、圭吾ちゃんにお願いがあるんだからかわってよー、それが終わったら電話切るから』
『……悪いな圭吾』
「あぁ、別にそれくらいならな……どうせ、何言わされるか判ってるしな」
『……マジで悪いな……』
苦笑して別に良いさと呟く。コレ位もう言い慣れてる。
さて、そろそろ切るだろうし、自室に戻るか。
暫くして変わったのだろう、夏海さんの声が大きくなった。
『もー、酷いよねー。でね、もう電話切るんだけどお願いがあって』
「はいはい」
『夏海お姉さんは圭吾ちゃん大好きっ娘でしょ? で、圭吾ちゃんもお姉さん大好きっ子でしょ? だからいつもの言ってみよー』
「はいはい、俺も夏海さんの事は大好きデスヨー」
棒読み。限りなく棒読み。俺が勘違いから壮絶な爆死を喰らった事を思い出させる言葉の一つだけど、そこはそれ。
昔っから嫌です恥ずかしいと言っても、駄々をこねまくってこちらが折れるしかない状況に持ち込むし、中学の頃から海斗や夏海さんにはずっとお世話になったし、この位はしないといけないよなって。
思って。
まぁ。
何時ものように溜息混じりに棒読みで言って、知らず知らずの内に下がっていた視線を何気なく上げた。
「――あ」
首だけにゅっと出している状態のクーラが、無表情のままこちらを見ていた。
俺は石化した。
部屋に戻る為にリビングから出ながら言い放った言葉が、どうやらクーラに聞かれていたようだった。
というか、え、何で、どうした。どうして。
お前バスタオルをターバンみたいに巻いているだけで、ドライヤー使ってない上にまだ服着ていないだろ、肩とか全部見えてんじゃねぇか。
そこに気を取られていたのが失敗だった。
『きゃー!! もう可愛い可愛い!! 圭吾ちゃーん!! 私も大好きだよー!!!!』
受話器から漏れる絶叫がクーラに届いたと悟ったのは、僅かに表情が変わったからだ。唇が若干への字になっているのを見て数秒もしない内に、脱衣所に引っ込むクーラ。
これは、大変な事になった。
どうする?自室に逃げ込んで鍵をかけるか?いやそれは不味い、さっきから言っている事とやっている事が違う二枚舌野郎になりかけているんだ、釈明しないといけない。
けどどうやって釈明する?素直に言えば納得するかもしれないけど、しこりが残りそうだ。それに加えて夏海さんと話をさせるとか。あぁでも下手するといきなりバトルになるのかもしれない。
「どうする俺……」
『んー? 圭吾ちゃんどうしたの? 悩み事なら夏海お姉さんに相談すると良いよ? 何でも聞いてあげるよ!!』
今正に、俺の不注意とお前の天然のせいでこういう事態が引き起こされたわけだが。
と、凄く言いたい。けど言えない。言えば倍以上の反論になっていない反論がぶっ飛んでくる。時間の無駄としか言いようが無い。
壁に背を預け、ズルズルとしゃがみ込んで頭を抱える。畜生、どうしてこう、間やら運やらが悪いんだ俺は。呪われているんじゃないか。
「いや、うん、何もないですよ、何も。ちょっとトラブルが起こるだけで」
『トラブル? どうしたの? 何かあるなら夏海お姉さんと海斗が助けるよ?』
「いや、大丈夫ですから」
余計な事されるとこっちが死ぬので。という意味で呟き、けどどうにもならない状況でもあるため、俺は海斗に変わって欲しいと言おうとして、
「圭吾、お風呂上がったぞ。次はキミの番だ」
いつもより張った声が廊下に響き渡った。同時に、ワーキャー騒いでいた夏海さんの声が消えた。
ギギギギギ、とまるで油が切れたブリキのような、そんな感じでゆっくり振り向くと、バスタオルをターバンのように頭に巻きつかせたのは同じで、デフォルメされた白ウサギのプリントを施された薄いピンク色の寝巻きを纏ったクーラがすぐ眼の前に居た。
真っ白な肌がほんのりと色付いているのは、風呂上りだからか。それでいて表情は相変わらず無表情寄りの冷厳。
怒っているように見えるのは、俺の罪悪感から……だと良いな。いや全然良くないけど。
「あ……あぁ、と、というわけで夏海さん。ええっと今から俺お風呂なん――」
『圭吾ちゃん、女の子連れ込んだの!? 何でー!? どうしてー?! 女の子嫌いになったんじゃ――』
『はいそこまでー。おい圭吾、何セルフでバラしてんだよ』
「え、いや、これって俺のせいに、なるのか……いや、なるのか?」
カオス。
正に、カオス。
この場を収めるにはもう、アレしかない。先延ばしをやめてクーと夏海さんを紹介し合わせるしかない。
「クー、ええっと、代わろうか?」
「知らない相手と話すのは少し難易度が高いな」
「そ、そうだな。確かにそうだった。ええっと、海斗の姉貴の夏海さんという、俺にとっても姉代わりの人でさ、さっきの大好き発言は弟分としてのなんだ」
今俺は、浮気をして弁解している男親の気持ちが何となく判った気がした。多分こういう気持ちなんだろう、焦りと申し訳なさと罪悪感とかヤケクソとか諸々混ざった奴。
説明しながら、俺は携帯をスピーカーモードにした。とにかく必死だった。
「そうか」
「そうなんだよ。で、ええっと、海斗、夏海さんに代わってくれるか?」
『あいよ』
『――どういう事なの、圭吾ちゃん!! 夏海お姉さんはそんな子に育てた覚えは無いよー!!』
「あー、ええっとですね、今日から幼馴染がうちでホームステイする事になったんですよ。それでそっちに行けないって事なんで」
敢えてホームステイという言葉を使ったのは、同居とか同棲よりは誤解されないという事と、夏海さんなら気付くだろうという思惑があった。
さて、気付いてくれないならキッチリ説明しないといけないけど、どうだ……?
『ホームステイ? 圭吾ちゃん、その子って外国人なの? どういう流れでそうなったの?』
「うっし。あ、ええとそうです。イングランドに居た頃の幼馴染がこっちに来たんですよ、留学で」
『んーとその子って、もしかして圭吾ちゃんが言っていたチンチクリンで泣き虫な子?』
どうしてそういう時にそういう事を言うかな夏海さんよぉ。いや、考えれば判る事だったよな俺。だって俺がそういう説明していたしな。どうしてそういう風に説明したかな俺。
既に泣きが入っている状態だが、それでも会話はやめない。横に居るクーラのプレッシャーが尋常じゃない位、強い。いや、そんなもの本当にあるわけがないけども、多分そんな感じなのだ。
「……はい、多分その子です。クーラ・リン・マッカートニーという子です」
『ふーん。あれ、リンって、もしかしてハーフ?』
「はい、そうです。というわけで、今その子が俺の真横に居るんですけど」
『代わって代わってー!!』
よし釣れた。一本釣り。好奇心旺盛で人見知りを全くせず、社交的通り越したナニカな感じの夏海お姉さんならきっとそう言ってくれると思った。視線を横にやると、目を瞬かせているクーラが居る。予想通り固まっているようで何よりだ。
「クー、代わっても?」
「――構わない」
「オッケー。夏海さん、今から代わりますけど、俺は風呂に入るんでキリが良い時に切ってあげて下さい。クーもな」
『はいはーい』
「判った」
携帯電話をポスッと手渡しし、俺は風呂場へと消え去る為にいそいそとその場から逃げ出した。
脱衣所に入り、扉を閉めて。
「はぁぁぁぁぁあぁぁぁあ……疲れた……」
一気に脱力してしゃがみ込んだ。何だ今日は。厄日か。厄日だよな。厄日に違いない。
と、とにかくお風呂に入ろう。命と心の洗濯をしないともう身が持たない。
パパッと全裸になって、シャワーのコルクを捻り、設定していた41度の湯を全身に満遍なく降り注がせて。
「……いや、放置して良かったのか俺。だってアレだぞ、夏海さんとクーだぞ? 天然とクールって相性どうなんだよ……」
どう考えても会話が成立しない気がしてならない。
けど考えても仕方ない事だ、俺は丸投げする選択肢を採ったのだ、後は野となれ山となれ、どんな結果が出ようとも受け入れるしかない。
シャンプーを手に取り、お湯を混ぜて頭皮に揉み込む様に、頭髪に馴染ませるように洗い出しながらも、俺はあーでもないこーでもないと独り言を呟き続ける。
「というか、今更だけど大好きってなんだよ。普通に考えて聞かれたら誤解されるだろ。でもなぁ、夏海さんからは逃げられないしなぁ……」
こんな感じで髪と体を洗い終えて浴槽に浸かるまで、俺は延々と愚痴めいた独り言をかっ飛ばしていた。
静かになった風呂場の外からは何も音が聞こえない。風呂場の扉に加えて、脱衣所も閉めたのだ、余程大きな声が出ない限り、此処には届かない。
ついでに言えば此処の窓も二重になっているから大きな声を出しても外には漏れないので、大声で歌ってもバレないのだ。よく風呂場で流行りの歌を練習する俺にとって、都合が良いものだった。
……後々にだが。クーラと正式に付き合う事になってから此処を如何わしい意味で使う事になるとは思わなかったというか、提案されるまで夢想だにしなかったのだけど、それはまた別のお話。
口ずさむようにして流行りの歌を軽く謳いながら、俺は浴槽の縁に腕を預け、天井をぼんやりと眺めた。
今日は色々な事があった。
クーラが転校してきて、海斗にからかわれ、石動さんから警告を受け、クーラから告白されて断って、オッサンに下世話なアレを渡され、高山先生と癒奈さんと会い、クーラの手料理を食べ、夏海さんからの電話で一騒動あり。
「……こ、濃い……濃過ぎる一日だぞオイ。ここまで濃い日は初めて、じゃあないな。石動さんに呼び出し喰らった時以来か……」
いや、アレだ、流石に明日以降は此処までアレな日にはならないだろう。クーラ関連の騒動はあるだろうけど、それ以外は無い筈だ。海斗もからかっては来るだろうけど日にちが経てば頻度は減るし、石動さんは当面動かない、癒奈さんは好んで接触する筈も無いし、オッサンも接点が殆ど無い。高山先生も助言や苦言はするだろうけど、毎日ってほどじゃない。
というよりも、クーが中心となって騒動が起きているんだ、そこを対策すれば良いのか。
「目標が決まった、かな」
言葉にしてみると、何となく心が軽くなった。そう、クーラの事だけを考えておけば良いと考えれば、人数的な意味では実に簡単だと思える。
何とかなるさ、とポジティブに、気楽に考えて、俺はザバリと浴槽からあがり、脱衣所の隅にあったバスタオルを取ってふと、違和感を感じた。
ポタリポタリと前髪から水滴が落ちているが、それを一旦スルーし、その違和感が何であるかを突き止めて、俺は愕然となった。
「……寝巻き持って来てなかったっけ」
ヤバイ。そうだった。逃げたから下着も寝巻きも自室のタンスに入れっぱなしだった。
選択肢は大きく分けて2つ。
バスタオルで体を拭いて、腰に巻きつけて自室に戻る。
風呂場の給湯装置の通話ボタンを押すなり、そこの扉を開けるなりしてクーラにお願いする。後者ならバスタオルで体を拭いてからになるが。
さて、今日の俺のアンラッキー具合から考えると、扉を開けてクーラをバッタリ会う、もしくはまだ電話中。
「流石に下着を持って来て欲しい、はセクハラだしなぁ……仕方ないか」
手早く体を拭き、腰にバスタオルを巻き付けて、そっと扉を開けてクーラが居るかどうかを確かめる為、さっきのクーラみたいに顔をそっと出してみる。
「……あれ、居ない」
居そうなものだけど、居ない。こうタイミング的に愛だの好きだのを声高に主張するクーラの図が見えていたんだけど、流石にそんな事は無いか。そんなのが連続して起きてしまったら本当に俺はエロゲだのギャルゲだのラノベだのの主人公になりかねない。
ほっとして、俺はそっと足音を立てずに、廊下を早足で踏破し、階段を駆け上がり、扉が開きっぱなしな自室へと戻り、ドアを閉めた。
ここまで被害無し。と呟いて俺はさっさと下着と寝巻きを取り出して手早く着始める。バスタオルを纏ったまま穿く事で、何となくだけど学校のプールの授業を思い出した。
上下黒のスウェットに着替え終わって、ほっと一息を吐いてみれば、もう21時を回るところだった。結構長風呂をした事になっていると気付き、成る程、携帯の電池が持たない可能性もあるなと推察して、
「寝る時間まであと少しか。まぁでも、やる事はやっとかないとな」
話し合いをしなければならない事を思い出した。誤解が解けたかどうかの確認もだが、それ以上に線引きというかルールを決めておかないと変なトラブルになりかねない。少し話しづらいけど頑張るしかない。
それに、冷静になってみればクーラはまだ髪を乾かしていない。幾らバスタオルで巧く包んでいても、ちゃんと乾かさないと風邪を引きかねない。そして多分、クーラがドライヤーが使わなかったのは、俺が風呂に駆け込んだからだろう。電話が気になった結果、アレだったわけで。
そう分析してみると、やはり少しもにょる。
さぁやるぞ俺。頑張れ俺。負けるな俺。
セルフでエールを送りながら、俺はそっと扉を開けた。
及び腰になっているのは、罪悪感やら何やら、あとクーラが怖いとかそういう感じのものが多量にあるからだ。
こればっかりは仕方ない。