素直クールヒロインとツンデレ主人公モノ   作:K@zuKY

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エロく書けるわけがない。


11:大後悔

 秀麗な顔立ちをしているクーラと、20cm程度の距離で顔を突き合わせている。長く多けど、外向きに跳ねている睫毛の数も判る位だ。

 そして、右手はクーラの胸を掴んでいる状態。

 香水を付けておらず、シャンプーとボディソープとクーラの体臭が入り混じって、バニラ系のシットリとした甘やかな匂いがそっと鼻腔へ入り込んで来る。

 そこまで認識して。

 瞬間的に沸騰したのは体温だけじゃない。頭の中は真っ白になって、心臓がうるさい程ドクドク言っているのはどっちもなのかすら判らない。

 抱き寄せた形になっているので、その分重く感じる筈なのに、むしろそれを歓迎しているような、安堵混じりの感覚に酷く戸惑う。溶けているような、繋がっているような、そんな不思議な感覚を自覚し、尚の事顔が熱く感じる。

 何よりもクーラの碧眼に囚われた。

 澄み切った色で瞳孔や虹彩すらもハッキリ見えるのは、距離が近いからってだけじゃない。あっちに居た頃から思っていたけど、クーラの眼はとてもクリアだ。昔からこの眼に惹き付けられていたのかもしれない。

 何処か呆然としたクーラは、その綺麗な眼を軽く見開き、その唇は軽く開いていて、白い歯とピンク色の舌がチラリと覗き見えている。

 

 綺麗だ。

 

 そう、自然に思えた程、クーラは綺麗だった。化粧もしていないのに滑らかで毛穴が殆ど見えない位、肌理細やかで柔らかい肌やぽってりとしていて瑞々しい輝きを持つ唇、軽装なのにそれがとても良く似合っている着こなし。

 その全てが、綺麗だった。

 

 ――良いんじゃないか、このまま、流されてしまっても。

 

 そんな思考が脳裏を過ぎる。

 あぁ、そうかもしれない。このまま、クーラにキスをしてもきっと彼女は拒まない。身も心も捧げると言っている位だ、そのまま済し崩し的にベッドへ直行するだろう。後は貪るだけ。貪られるだけ。

 試しに顔を近付けてみれば、俺の右手を握っている力が強くなったけど、拒む様子は一切無い。

 なら、そういう事なんだろう。

 そうすれば――

 

 そうすれば?

 どうなるというのだ。

 待て、伊佐美圭吾。

 俺は今、何を考えていた。

 欲に忠実になるのは構わない。けど、今はダメだと決めていただろう。信頼関係も信用も築かずにセックスをする事を、俺は嫌っていただろう。このままだと噂が本当になってしまう。

 癒奈さんで思い知ったんじゃないのか。アレがどんなに空虚に見えるか、寒々しく感じたか。

 それに、俺自身、筋を通していない。アレだけ恋愛出来ない、今は考えられないと言っただろう。それなのになんだこのザマは。

 これじゃ、誰でも良いという事にもなるじゃないか。そんな下衆にまで落ちぶれるのは、人としてダメだろうよ。

 筋を通せ、伊佐美圭吾ッ!!

 そこで、どうやらクーラも似た様な事を思ったのだろう。

 亡羊とした視線が急に力を持ち、何時もの眼力を発揮し始めた。

 それを見て、俺は安堵と自己嫌悪に陥るが、極力それを表に出さないように抑えながら、

 

「――悪い、大丈夫か? 少し気が動転していてさ、とんでもないバカをやるところだった」

「いや、大丈夫だ、すまない、私も考えなしだった」

 

 出来るだけ優しく立ち上がらせ、なるべく労わるように呟いた俺に、僅かに体を強張らせながら、クーラは一瞬だけ、多分後悔に顔を歪ませ、その直後からは何時もの冷厳な表情へと切り替えた。

 お互い、無かった事にした。

 俺は流されかけた事を、クーラは最初から拒絶するべきだった事を。いや、これは俺の主観だ。クーラを客観的に見れば判る。最後の最後で俺が強く出なければ拒否してくれた位は。

 全く、互いに……だと相手に非を当てているからダメだな、取り合えず俺は流されないように気をつけないとな。

 クーラがちゃんと立った事を受け、キッチンへと戻る為に踵を返して歩きながらポジションをさりげなく直した瞬間、クーラが声をかけてきた。

 

「圭吾」

「なっ……あー何だ?」

「すまない、それと、ありがとう」

 

 何でありがとう?取り合えずポジション直しはバレなかったようだけども。

 あぁ、流されかけたのを止めたとか、そういう奴か。バカだな、俺だってそうだろうさ。

 強く吐息を吐き出して、俺は遣る瀬無く首を振った。

 

「いや、俺も流されかけていたからな……全く、クー流に言えば意志薄弱も良いトコロだったよ。答えを出してないのにアレはフェアじゃないし、以後気をつけるさ。流されるならキッチリと自分の意思を持って流されんとダメだよな、いやマジで」

「あぁいや、私も気をつけるが、礼を言ったのはそこではなく……」

「ん? どこよ?」

 

 今の流れで他にあるか?と言いたげに、怪訝な表情で振り返ると、クーラが何処か視線を泳がせながら、言うべきか、言わないべきか、そう迷っているような素振りを見せていた。

 

「どうした? 何かスッキリしないような感じだけど」

 

 そう言うと、微かに俯きながら、けど目線だけはシッカリと合わせて、結果的に上目使いをしたクーラが普段よりも若干張りと大きさを無くした声で、

 

「キミが、綺麗だと言ってくれたのでな……」

 

 多分、その瞬間の俺の顔の温度は爆発的どころか爆裂的に上昇しただろう。声に出していた!?というのと、聞かれてる!?というので瞬時にテンパったのだ。

 何を言うべきか、言わないでおくべきかすら忘却の彼方にすっ飛ばした結果、俺は口を開閉させるに留まるしかなかった。顔が、ものっそい熱いのという事を自覚した。ついでに、さっきのシーンと同じ位熱いという事も。

 いや。

 それに加えて凄い恥ずかしいというのも自覚している、というよりもそれしか考えられていない。落ち着け俺。

 一分ぐらい経過して、ようやく言い訳が何個か出る位には冷静さを取り戻した俺が、フォローを入れるべく口を開いた。

 

「あーうんアレだよアレ。クーは綺麗だからな、いや客観的に見てもって意味で。そりゃ俺だって見惚れるし正直会った時から割とドキドキしっ放しだったしけどこのまま流されるとお互い宜しくない方向にカッ飛びそうだったというのもあって理性総動員してようやく我慢できるレベルの美人とかもう既に特性レベルじゃないかって思うよマジで」

 

 全然纏まってない上にテンパっていて自分で何を言っているか判っていなかった。

 何だろう、このドツボにハマっている感覚は。

 クーラは何時もの冷厳な表情が崩れているし、俺は俺でテンぱっているので正直グッダグダだ。

 そうだ、こういう時に、仕切り直しという言葉があるんじゃないかな俺ッ良く思い出せた俺ッ、偉いぞ俺ッ!!

 という風な真っ白な思考の下、ササっと背中を向けて、

 

「ええっとだな、うん。そろそろアク取りをしよう。そろそろボヤを心配しないといけない位、放置しているしな。さあ行こうチャッチャと行こう今すぐ行こう」

「そうだな」

 

 まだ顔に幾分かの赤みが差しているのは自覚しているし、ドキドキしっ放しなのも自覚している。

 思っている事をすぐ口に出すタイプじゃなかったと思うんだけどなぁ、俺も、クーラも。

 今の俺、ものっそいダメな子だ。

 と、凹みながらリビングに戻り、クーラがキッチンへと入り、俺はそのままソファーに座ってテレビを何となくつけた。間が持たないからだ。正直言えば、自室に戻ってベッドの上で転がりながら「うわああああああぁぁああぁあああ!!」と叫んで後悔と煩悩とストレスを発散したい。凄い叫びたいけどそれをやれない。辛い。

 

「あぁ、マダイとホタテって今が旬なのか……今度買ってみるかな」

 

 太った恵比須顔の芸能人が美味しそうに魚を平らげているシーンで、左上のテロップにそう書かれていたので、何となく言葉に出した。言った後にすんごいわざとらしいと思ったが、そうでもしないと俺がやってられない。さっきの光景が頭から離れないので、魚と芸人の顔で埋めようとして大失敗している。

 その後のシーンでも、普通に独り言の要領でコメントを語っていた。一人暮らしが長いとこういう癖がつくんだよな。といっても、今の俺はわざと呟いているのだが。

 呟いて脳内から叩き出す事を失敗し、呟いては失敗し、やっぱり呟いても駄目でとやっている内に、どうやら出来たようで、

 

「圭吾」

「ん、出来たか」

 

 ソファーから立ち上がり、振り向くとシチュー二皿持ってクーラがキッチンから出てくるところだった。

 キッチンでは換気していたからあんまり匂いが判らなかったけど、コレは食欲をそそる匂いだ。シチュー本来の匂いとローレルの香りがマッチしていて知らず知らずの内に唾が溜まっていた。

 

「圭吾は座っていてくれ、後はライスとオニオンスープとサラダを出す」

「何時の間にオニオンスープとかサラダとか作ったんだよ」

「この程度なら、すぐ作れるさ」

 

 言われるがまま椅子に座って待つと、手際良く器が次々と運ばれてきた。といっても、今回はシチューとご飯、オニオンスープと小鉢に盛られたサラダだけだ、すぐに運ぶものが無くなり、クーラは席についた。

 手を合わせて、頭を下げ、頂きますと呟いて俺は無造作にスプーンでシチューを掬って口に運んだ。

 ローレル特有の香りが口から鼻へと抜ける。香り付けを強くしたようだ。

 また、肉を食べてみれば、若干の反発はあるがそこまで固くも柔らかくも無い、程好い固さで留まっている。

 旨い。

 ジャガイモやニンジンも肉よりは固いが程好い食感があるし、ニンジンは甘味を前に押し出したようで、シチュー自体がやや濃い味付けになっている事から、調和を保たせている。ジャガイモも言わずもがな。ライスにかけて食べればお米の甘さで緩和されるし、シチューの味付けは狙ってやったのだろう。

 正直言って、此処まで美味しく作れるとは思ってもみなかった。

 

「……これは、クーに謝らないといけないな」

「謝るのは構わないが、それよりもキミの口からハッキリ言って欲しい」

「あ、あぁ、そうだな――」

 

 確かに、そっちの方が先だな。いかんいかん、失敗した。

 そうして俺は眼を合わせて、ハッキリと言った。

 

「――美味しいよ」

「そうか……それは良かった」

 

 何処かほっとしたような、吐息混じりの言葉を呟いたクーラ。心なしか肩の力も抜けているようだ。

 思い出したように自分でもスプーンで掬って一口、ハクリと音を立てずに食べるクーラが、眦を僅かに崩して、

 

「うん、良かった。失敗していない」

「俺の舌は精確だぞ」

「疑ったわけじゃないさ。ただ、どんな事も自分で確かめないとな」

「そんなものか」

 

 そういうものだ、と頷くクーラだったが、眼を瞬かせてこちらを見てきた。

 表情は相変わらずほぼ不動だが、何処となく目線が細かく移動しているけど……ん?

 

「な、何だよ。俺また何かやらかしたか? それともどっかにシチューついてたりするのか?」

「いや、そうではない。圭吾、気にしないで食事を進めてくれ」

「なぁんかそれ、気になる言い方だなオイ」

 

 ツッコミ体質なので、つい聞きたくなるのだが、気にするなと首を振られたので渋々ながら切り上げる。が、直ぐに気にならなくなった。飯が旨いのだ。自分で作る飯の味なんて結局『普通』で終わるもの。誰かが作ってくれた料理だからこそ『旨い』『不味い』が判別出来る。

 その事をあっちで身をもって知った。

 旨い食事は良い。心が解れる。不味い飯は駄目だ、心が壊れる。

 

「圭吾」

「ん?」

「一品食いになっているぞ」

「……あ、悪い、旨くて配分考えてなかった」

 

 気付けばシチューとライスが8割以上、胃の中へと消えている有様だ。コレは少しマナーがアレだ。

 スプーンをご飯の上に置いてフォークを手に取り、ドレッシングがかかっているサラダをサクリと音を立てさせて突き刺して口へと運んでみれば、単品で考えれば普通だ。市販のドレッシングと刻んだだけの野菜の盛り付けだ、変わりがあるとすればレモン果汁を加えている点か。

 けど、シチューの後にコレを食うとなると、また評価は変わる。

 成る程、シーザーサラダ用のドレッシングを使わなかったのは正解だ。もし使っていれば酸味とシチューとは別のベクトルでの重い味付けで、早々に残していただろう。

 しかし、シチューに和風ドレッシングとレモン果汁のサラダが此処まで合うとは思わなかったなぁ。まだまだ俺も勉強不足か。

 次いで、オニオンスープを備え付けてあった小さなスプーンで掬って飲んだ。

 短時間でやったなりの味で旨味は余り無いし、薄味だ。けど、それでも相性は抜群だ。オニオンスープで舌をリセットする事が狙っているのなら、コレ位で丁度良い。しかし、味蕾があんまりない筈なのに、良くここまで薄味にしたな。

 

「……いやほんと、クーには土下座ものだなコレは」

「土下座はしないで良い。ちゃんと言ってくれれば十分だ」

「あぁ、うん、どれもちゃんと考えられて作ったって判った。正直此処まで美味しいとは思わなかったよ。コレ位出来ている手料理なら、毎日食べたいな」

 

 考えうる最大級の賛辞を俺は送った。

 送った後、最後の言葉は少し考えなしだったんじゃないかと気付いた。お風呂にする?の流れを知っているなら、味噌汁毎日云々どーのこーのも知っているのは明白だ。

 ので、一応釘を刺しておく。

 

「言っておくが、他意は無いからな、全く、全然、これっぽっちも。毎日味噌汁どーのこーのじゃなくて」

「そこはもう学習済みだ。言わなくても判ってるさ」

 

 まぁ、そりゃそうだよな。コレで一々諺どーのこーのと持ち出されたら、疲れるだけだし。

 数分もしない内に全てを平らげて「ご馳走様でした」と手を合わせた後、腹をポンポンと宥めながら俺は背もたれに寄りかかった。

 

「うん、美味しかった。本当に美味しかったよ」

「そこまで褒められるとは思ってもみなかったよ。正直、キミの方が料理は出来るのだろう?」

「言うほどじゃないけどな。ただ、ずっと作っていたってのもあるからそこはな」

「なら、今度食べさせて欲しい」

「良いよ。交代制にすると思う――」

 

 ああ、いや、待てよ。

 デザートは買っていないが、アレを出しても良いかもしれない、いや出そう、そうしよう。

 俺は言葉を切ったまま、立ち上がってキッチンへと歩き出した。

 背後から「圭吾?」と怪訝な声が上がっているが、手をヒラヒラさせて返事をし、冷蔵庫からとあるモノを取り出し、ついでにフォークを2つ出してテーブルにそっと置いた。

 

「ケーキじゃないか。何時買ったんだ?」

「いや買ってないよ。作った奴が残っていたからさ。丁度二人前はあるから一緒に食おう」

 

 そこで、クーラの時が止まった。具体的に言えば、ジッとケーキを見定めながら、シチューを口に運び終えた瞬間だ。まるでスプーンが口に刺さったような状態でコッチを見詰めて停止している。もう何度目か判らないが、美人がそうしていると凄く間抜けに見えて仕方が無い。

 

「何だよ。俺がケーキ作れるのって、そこまで意外か?」

 

 俺の言葉で時が動き出したようで、そっと口からスプーンを抜いて、カチャリと微かな音を立てつつも皿に戻した。微妙に動揺しているのか、視線がやや忙しなく動いているんだけど、そこまで意外かよ。失礼な奴だな。

 

「正直言えば、意外だ。キミは甘いものが好きではなかった筈だ」

「アレから何年経っていると思ってんだよ。いやまぁ、言う程甘いのは好きじゃないけど、甘すぎなければケーキとかチョコとか好きだよ、今はね」

「ふむ……」

「あ、こら」

 

 こいつ、シチューもう少しで食べ終わる筈なのに、勝手に食いやがった。最後に食えよ。

 一口、二口ハムハムと食べた後、眼を大きく見開いた。

 どっちだよその反応。せめて表情を変えれ。判り難い。

 

「oh my...ah,it's so lovely...」

「美味しいのは判るが、何でいきなり英語にした」

「nm……あぁすまない、余りの美味しさに我を忘れてしまった」

 

 そうだな、声だけは表現ならぬ、表情豊かになっていたな。久しぶりに聞いたよ、日本訳でいうトコロの、雑(海斗的)に言うと「コレ超マジウメェwwwwww」を。そう考えるとクーラの冷めた表情とミスマッチしていて、物凄くシュールなわけだが。

 ……思うんだけど、こいつの英語から日本語への変換って、ものっそいミスっていないか?

 根本的な原因は昔の俺だとは思うけど。英語の時の方が表現というか表情豊かに聞こえるし。声が高くなるからそう聞こえるのかもしれないんだけども、それでも変わりすぎだろう。

 

「圭吾、キミはお菓子作りの職人でも目指しているのか? 此処まで美味しいケーキはイングランドでも余りお目にかからない。このスッキリとした甘味はどうやって出したんだ? それにこの生地がシュワシュワっとしているのもどうやったらこうなった?」

「こらこらこらこら近い近い近い近い!!」

 

 身を乗り出してがっついてきたクーラは確実にイギリス人だ。ついでに甘い物好きな女の子でもあるな。だが近い。顔が近い。それに態々お皿を全部どかしてから前に出てくんな。わざとじゃないかもしれないけど胸を強調すんな、目の毒だ。

 と総合ツッコミを声にも出して入れると、渋々と乗り出していた体とお皿達を元へ戻した。追及の手は緩ませないという決意は判ったが。あと、いい加減そのお前の胸のデカさは凶器になる事を知って欲しい。ちょっとした動作で一々大きく揺れるんだよ。何カップだよお前。

 

「ただのシフォンケーキだよ。バニラオイルとオレンジピールに人参を隠し味にしただけの」

「ニンジン……キュロットソースを?」

「ソースって程じゃないよ。ニンジンを甘く煮付ける際に出る汁を濾して綺麗にした奴にオレンジピールとバニラオイルを適量でぶち込んでみろ。そんなん直ぐ出来る。後はふっつーに作れば出来るさ」

 

 まぁ、適量でやらんとクソ甘くなるかゲロマズくなるんだけどな。上手い事やれると爽やかで主張しない甘味になるんだよ。俺が好きな味だ。野菜ケーキを作ろうと試行錯誤した結果、最終的に諦めて出来た産物だったりする。いつかリベンジをしたいもんだ。

 

「うん、やはり美味しい。圭吾、反則だぞ、こんな美味しいケーキを作れるなんて」

「……菓子作りでそっちに敵うとは全く思ってなかったんだけどなぁ」

「何を言う。此処まで高水準を保っているお菓子なんて無いぞ。私とて作れない」

 

 そこで、クーラは言葉を切って、俺をジィィイッと見詰めてきた。複雑な表情を浮かべているあたり、何か言いたいことがあるんだろう。あるなら言って欲しいけど。

 

「これで料理も出来るというのだから圭吾、キミはチートだな」

「オイ待て何だその物言いは」

「チートというのだろう? 文武両道、才色兼備、家事も料理も一通りこなして御菓子も作れる。正にPerfect」

「おい誰だそのミスターパーフェクトは。言っておくがな、成績は上位陣にギリギリ入るレベルだし、運動も部活やっている奴らには負ける程度だからな。後、顔はそこまで上じゃない事位、自覚してっから嘘をつくな、嘘を。家事と料理は何年もやりゃこうなるし、御菓子作りは暇潰しを兼ねた趣味だ趣味。つーかまだ俺の料理食ってないだろ。判定出来ない筈だぞ」

 

 顔を顰めて全てに反論をしてみせると、クーラは「はぁあ……」と大きく溜息を吐いた。しかも何だその、判ってないなお前的ジェスチャーは。しかも額に手を当ててやる方かよ、流石英国育ちだ、似合っているのがまたすーげぇ腹立つ。海斗とは別のベクトルで。アイツは口の端を持ち上げて肩を大げさに竦める、いわゆるアメリカンなジェスチャーの方をやらかしてくるし。

 

「圭吾、キミは自分自身を過小評価する悪い傾向があるな。きちんと自分を見つめるべきだ。少なくとも周囲から聞いた情報とキミが思っている自己評価がかなり食い違っているぞ」

「クー、お前は俺を過大評価する悪い傾向があるな。人の情報を鵜呑みにするほど馬鹿は無いぞ」

 

 クーラの言葉の真似をして宥めようとすると、表情を厳しくさせて、こちらをジッと見詰めてくるクーラ。

 いやだって、お前、その言い方はないだろ。

 シフォンケーキをフォークで綺麗に三等分して、その一つを口に運んでゆっくりと味わい終えた後、俺は肩を竦めた。

 

「言っておくけど普通はな。文武両道ってのは成績上位優秀者であり、運動部でそれなりの活躍をしている奴の事を指すんだよ。俺は上位優秀者になった事はないし、運動もそれなりってところで止まってる。良く言えばオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏なんだよ」

 

 不得意な科目も無ければ得意な科目も無い。成績表は全て綺麗に4で揃っている。先生からの一言は毎年『恐れずに新しい事に挑戦しましょう。もう少し行動力を持ちましょう』と書かれる位、大人しい、それが今の俺だ。

 ただそうは言っても、目立つとロクな事にならないから勉強で手を抜いているとか、運動で手を抜いているとか、そういう事は一切していない。割と全力でやってオール4だ。

 手を抜いた途端2と3の連打になるのは自覚しているし、自分自身でもこれで良いと納得しているので、向上する気も無い。

 

「ついでに言えば、顔に関してもおんなじだ。悪くは無い、けど良いとも言えない、それが俺な」

 

 海斗が言っていたエロゲ主人公、俺が言っていた漫画の主人公というのはそういう意味で当て嵌まる。

 尖った取り得が無い代わりにとんでもない欠点も無いのが俺だ。いや、まぁ、声とかそういうのでは、平凡じゃないとは自覚しているけど。

 という風に、懇切丁寧に俺が如何に平凡でそこら辺にいるような没個性の塊だと説明している内に、凹んだわけだが。

 何が哀しくて理由付けをしてまで自分がふっつーです、なんて言わなきゃならないんだろうか。

 

「というわけで、俺は普通の、声以外は一般人だよ」

 

 そういえば、久しぶりに此処まで声を出した気がする。普段は出さないんだけど、クーラ相手じゃ出すしかない。何せアレだ、空気を読まずにやらかしたり、日本に馴染んでないどころかまだ初日だしな。この位は仕方ないか。

 

「やはり今日私が聞いた話と、かなりの隔たりがあるが」

「日本人は脚色好きなんだよ。というかいい加減にご飯食べ終えてからにしろよ、流石にマナー違反だろう」

 

 そう指摘すると、確かにそうだったと頷いて食器を元に戻して食事を再開するクーラ。シフォンケーキを口に運びながら、ぼーっとテレビを見る俺。

 ふと、そこで思い出した。

 こういう会話、アッチでもあったな、と。

 尤も内容はまるで違う。相手の言葉を全否定するような流れが、という意味だ。

 こういう事は結構な頻度で起こっていた。大体俺がクーラを気にかけて拒否されるか、クーラが俺に構うな云々、どうしてそんなに関わろうとするのかどーのこーので俺がドストレートに返事していたり。

 

「……ハハッ」

「ん? 圭吾?」

「あぁ、いや、悪い、思い出し笑いだ、気にするな」

「そうか」

 

 一番笑えたのは、アレだな「体目当て」発言だな。アレを聞いた瞬間、鼻水と唾出して噴き出したっけ。今考えると汚いんだけどアレは仕方ない。噴飯物の踊念仏を眼の前でやらかされる所業だったからなぁ。

 その後顔真っ赤にして怒り出したけど、アレはどう考えてもクーラが悪いだろう。

 少なくとも、全身凹凸の欠片も無かったチンチクリンが言って良い台詞じゃない。今なら言って良い体付きをしているとは思うけ――

 

「ご馳走様でした。それで圭吾、調子が悪くなったのか?」

「いや、悪い、ちょっと自己嫌悪タイムに陥っているだけだ、気にするな」

 

 奇異な眼を向けられていようとも、少し前にやらかしかけた事を思い出し、完璧に自爆した形で自己嫌悪モードに突入してしまい、それを素直に言う事も出来ずに内心で七転八倒するしかない。

 昔を思い出して、どうしてこう無駄にダメージを受ける結果を出すんだ俺。

 項垂れながらも、クーラが洗い物をしようと動いているのを見て、気を取り直す。

 

「クー。洗い物は俺がやっておくから、風呂に入ってくれ。クーが全部やると時間が足りなくなるだろ?」

「ん、判った」

 

 そう言ってクーラはリビングを出て階段を上っていき、俺はやれやれと溜息をついて、洗い物をササッと片付けた。直ぐに終わるのは小皿と大皿、スープ用の器にフォークとナイフだけだからだ。

 キッチンを雑巾等で拭き終わるまでこなしてキッチンから出るとほぼ同時に、トントントントンと階段を軽い足取りで降りてくる音が聞こえ、何気なくリビングから顔を出して俺は一声かけた。

 

「クー、俺は自室に戻ってるから、上がったらちゃんと髪を乾かしてから呼びに来てくれ」

「昔とは違うよ」

 

 苦笑を閃かせながら、スタスタと俺のすぐ横を通り過ぎて風呂場へと消えるクーラ。

 甘やかな匂いが鼻腔をくすぐり、何となく落ち着かなくなった俺は、階段を上って自室へと戻る。

 日課である日記を書こうと思ったのだ。

 けどその前にやっておかなければならない事がある。

 ベッドに向かってダイビングし、枕で口を抑えながら、俺は、

 

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁああぁあぁ!!!!」

 

 それはもう、凄い勢いでのた打ち回った。七転八倒もこうはならないような勢いで。

 もう泣きたい、泣いちゃいたい、むしろ俺の存在が痛い。

 何だアレ、何だアレ、何ッだアレッ!!

 

「違うんだ、そうじゃないんだ、本当に魔が差したという意味が判ったけどそうじゃないんだよ」

 

 誰に言い訳しているかも判らないが、とにかくそう言いたかったのでのたうち回りながらそう言い続けた。

 もうホント、思春期のせいにはしたくない。したくないけどそれしか考えられないと言いたい位、自己嫌悪と恥ずかしさでイッパイイッパイになった。

 

「俺が悪いけど、俺が悪いんだけどもッ!! いや無理だってもうヤバイって無理というか死ぬから、駄目だ本当に駄目だ、どうにかしてくれ誰でも良いからッ身も心も持たないからッ!!」

 

 心の赴くままに枕に向けて叫びまくる男子が、此処に。

 だって仕方ないだろうよ、もう限界だよ、1日目でギブアップだよあんなん反則だろうよ。

 何であんなに良い匂いがして柔らかいんだよ。胸は柔らかいというよりも弾力がありすぎるボールみたいな感じだったけどってそうじゃないだろ俺そういう事を考えるなよマジで。

 一言で言えば、泣ける。

 あんだけ偉そうに、まるで「キリッ」と断った感を出したというのに、初日で崩壊とか乾いた笑いも出ない。

 自己嫌悪と、羞恥心と、もしあのまま突っ走ったらというドピンク色の妄想で更に加速する自己嫌悪。

 10分位、文字通り俺はのた打ち回った。

 

「ぜー……はー……ぜー……はー……うん、落ち着け俺。もう落ち着けよ俺。泣き言終わらせようぜ俺」

 

 何度も何度も深呼吸をしては、そう呟き、どうにかこうにか気を撮り直して立ち上がり、勉強机に移動する。

 そして、机の端っこにぶち込んでいた日記帳を広げ、今日起こった出来事と付随する感想を時系列順に書き始めようとして、直ぐに、携帯電話が鳴った。

 この時間に鳴らすのは海斗位しか思い当たらないけど、何だ?正直今誰とも話したくはない気分なんだが。

 

「あ、やっぱり海斗か」

 

 着信を見ると、予想した通りだったので、一瞬迷い、けど世話になってるしなぁとぼやいてから電話に出た。

 

「……はいはい、どうした?」

『やっほー圭吾ちゃん。夏海お姉さんだよー』

 

 ……海斗だと思ったら夏海さんだった。

 久しぶりの不意打ちに、俺は絶句するしか無かった。




何度も言いますが、まだ初日。

まだ一日目。

the first day.

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