素直クールヒロインとツンデレ主人公モノ   作:K@zuKY

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09:不運と迷。

 今日は本格的に運が悪いようだと俺は悟った。

 クーラと一緒にショップから出てきた子。中学時代に、俺と対極的な思考の持ち主であり、同様の噂を立てられていた、俺と僅かな期間付き合っていた子。

 吉原癒奈(ゆな)が、クーラの隣に居た。

 肩口で綺麗に切り揃えられた黒のボブカットが、相変わらず良く似合っており、黒縁の眼鏡に隠されている非常に長い睫毛が大きな瞳を伏せさせるように生えているのが特徴の、パーツパーツが派手な割に、どうにも薄く、地味な印象を持たせる不思議な雰囲気を纏っている子が、俺を見詰めていた。

 それを自覚した途端、俺は即座に眼を逸らした。

 どうしてこういう時に出会うんだ。学校内では顔を合わせないように気をつけていたというのに。

 ただ、そう思っていようとも腰を浮かせた俺が座り直すわけにもいかず、そのまま歩くしかない。当然、クーラは気付いていなかったが。

 10メートルの距離が8メートルに、8メートルの距離が5メートルに、徐々に徐々に詰まっていく。

 会釈だけして切り抜けるべきか、それとも無視してクーラと話すべきか。

 何一つとして決める事が出来ないまま、俺は5メートルを3メートルへと縮めた、その矢先に。

 

「こんにちは、圭吾君」

 

 地味を装っている容姿にそぐわぬ、鈴を転がしたような硬質で甘やかな響きを持つ独特の声が、俺の耳朶を撃ち抜いた。

 思わず立ち止まり、弾かれたような勢いで視線をあの子に合わせると、薄い唇は控えめな弧を描いて、眼は柔らかく下がっていた。その様子だけならば誰だって好意を持っていると錯覚するであろう、儚さと優しさが同居した笑顔。

 けど、俺は知っている。

 あの笑顔が仮面である事を。彼女が自分を偽っているという事を。

 

「こんにちは……癒奈さん」

 

 嫌悪感と、後ろめたさに似た後悔と、理解されなかった哀しみをひた隠しにしつつ、俺は努めて表情を消したまま、声を出した。目線は鼻を見るように僅かに下に向けて視線を合わせず、全体を見るようにして、決して視線を合わせないように努力する。

 学校内で見かけるのと殆ど同じ格好をしている。以前とは違うやり方になったのか、それとも理由があるのか、着替えてはいないようだ。

 ――馬鹿馬鹿しい。癒奈さんが何を着ようとも俺には関係ない、そうだろう。

 

「どうして、此処に?」

 

 何の感情も移さない、空っぽな言葉。癒奈さんは、フフッと小さな笑顔を咲かせ、クーラを横目で見ながら、

 

「私もお店に居たの。そうしたらマッカートニーさんがいて。少し困っていたようだったから、案内してあげたんだ」

「そうか……それは、ありがとう」

 

 俺の言葉に、え、という表情を浮かべる癒奈さん。何だ、何か間違えた事を言ったのか?

 うーん、と人差し指を立て、頬に当てる仕草を見せながら、癒奈さんは疑問符を浮かべたような表情で、

 

「どうして圭吾君がお礼を?」

「え……あ、あぁ、いや、幼馴染、だからな……一応礼を言おうかな、って」

 

 言葉に詰まりながら、俺は何とか返した。正直、逃げたい。この場から逃げ出したい。この子と話す事が怖いし、辛い。

 そんな心の機微を、癒奈さんが理解していないわけがない。そういうのに敏感で、それを利用して生きているのだから。

 

「クラスメートだし、これ位は別に大丈夫だよ。でもやっぱりイギリス人って凄いのね。マッカートニーさんはスタイルが良くて羨ましい」

「いや、吉原さんもスタイルは良いと思うが……」

 

 何処か歯切れの悪そうな、今のクーラにしては珍しい言い方をした。心なしか表情が翳っている。

 何か、されたのだろうか。

 いやまさか、有り得ないだろう。何か仕掛けるにしてもこの短時間で、しかも転入生にダメージを与えるメリットなんてあるわけがない。

 彼女は刹那快楽主義者だが、自分に火の粉が降りかかる様な事態は基本的には避けていた。あの性質が変わっていなければ、だけど。

 

「そうかな、ありがとう」

 

 はにかみながら笑う、彼女。

 読めない。全く読めない。何でクーラに声をかけたのか、どういう経緯で鉢合わせたのか、全くと言って良い程、理解の外にある事件だ。

 だが、何となく、本当に何となく、クーラと吉原さんをこのまま引き合わせ続けるのはマズイと、理由も無い突発的な不安と確信を持って思えたのだ。

 

「買い物は、終わったのか、クー?」

「――あぁ、終わったよ」

「なら、そろそろいかないと……あぁ、案内してるんだよ、此処にきてまだ日が浅いから」

 

 納得した風に頷く癒奈さんだが、その眼は何処か冷ややかで、虚ろだ。

 あの眼。

 俺が拒絶した時、或いはその前後で見せた時の眼だと気付き、俺は警戒しながらも、クーラの手を握った。悪手かもしれない。だが、そんな事よりも不安が勝ったのだ。

 このまま此処に居ると、俺か、クーラ、どちらかが何らかの被害に合う気がして仕方が無かった。

 

「さようなら、癒奈さん」

「――うん、またね」

 

 小さく手を振って思いのほかあっさりと踵を返した癒奈さんを確認して、視界から外してデパートへと向かう為に足を真逆へと踏み出させた。

 

「圭吾」

「何だ」

「あの子が、キミの言っていた?」

 

 そりゃ判るだろうなぁ、あんだけ俺が脅えたり緊張したり警戒したんだ、判らないわけがない。

 溜息というにはかなり深く息を吐き出して、俺は頷いた。

 

「出来れば二度と会いたくないし、話したくないんだが、どうしてかたまーに絡んでくるんだよ」

 

 心の奥底から、と言った風に顔を顰めて見せた俺に、何処か複雑な表情を見せながらクーラは呟いた。

 

「余り、悪い子には見えなかったが」

「そうだな、俺もそう思っていたよ。怖いもんだよ、女の子ってのはさ」

 

 そう言って、俺はほろ苦く、力無く笑った。

 豹変した瞬間を、俺は見ているし、実際被害に合う前までは噂は噂と否定していたのだが、現実は違うものだと痛感……いやもうアレはトラウマだ、トラウマを植え付けられた。

 地味な雰囲気は装っているだけで、もっと退廃的な空気を纏っている方が似合う子だとは思わなかった。

 どこか、どこでも良いから僅かなりとも何かを諦めているような節があるのならば、根気良く付き合ってどうこうしようとは思えたかもしれない。そう思うのは、引きずっているからか、それともあの子に強く幻想を抱いていたからか。

 どちらもだろう。夢を見すぎ、噂が何故噂として成立し続けていたかを考えなかったツケが回っただけ、とも言えるだろうさ。

 

「まぁ、なんだ。あの子のせい……とは余り言いたくは無いが、あれ以来ダメになったな」

 

 恋愛とか、恋とか好意とか、そういう類のものには絶対に裏があるんじゃないかと、それこそ病的だと言われる位、懐疑的になったのは、アレからだった。些細な事だと自分でも思うが、きっかけなんてそんなものかもしれないと、俺は思っている。

 

「人間不信、ってまではいかないけど、恋愛不信にはなったんじゃないかな。少なくとも、俺はどうしても信用する事が出来ない」

「そうか」

 

 敢えて他人事のように話して、なるべく必要以上に思い出してダメージを受ける事をしない俺に対して、ただ三文字を返したクーラ。

 引き下がりもせず、伸ばしもせず、そういう配慮をしてくれた事に、俺は心から感謝していた。言わないが。

 

「さて、まぁ、この話は終わりって事で。次はどこに行こうか。携帯ショップで良いか?」

「いや、今日はやめておく。別に無くても問題ないからな。食材を買いに行きたい」

「え、マジで言ってんのか。いやいや、携帯無いと苦労するぞ?」

「次の休みで良いさ。それよりも食材の方が大切だ」

 

 急にどうした?いやまぁ、クーラがそれで良いと言うのならそれでも良いけどさ。

 取り合えず、デパートの地下か。

 

「で。何を買うんだ? イギリス料理でも作る気か?」

「今日はやめておくさ。スタンダートな料理にするよ」

「スタンダート、ねぇ……牛肉の塊、野菜各種、パンあたりか」

「いや、ビーフシチューを作る」

 

 本当にスタンダートなものが来た。

 確かにあっちにもあり、こっちにもあるものだ。けど、なぁ……

 知らず知らずに引き攣る表情に、クーラは非難するような口調と目線で、

 

「……信用ならないのはイギリス自体のせいにしておくとして。私は違うからな」

 

 味蕾が日本人の7割以下の国が何を言っているんだよ、とツッコミかけてすんでのところでやめたのは、此処まで言うと差別になりかねないと気付いたからだ。事実だとしても、クーラ自身に関しては違うと言い張っているのならば、それを信じるべきだろう。

 いやでも本当にあのメシマズが出てきたら容赦無く言うが。アレは本当にダメだ。

 俺の気分の問題だが、せめてハードルは上げておこう。

 

「一応言っておくが、俺は美食家だからな?」

「期待しなくても良いぞ。おかわりさせないだけだ」

「……何か久しぶりに聞いたな、その言い回し」

 

 こっちではあんま聞かない言い回しだが、あっちでは結構あったりする。まぁ、実際は本当に期待すんなという意味で使われているが。

 となると、期待しないほうが良さげな感じとして受け取った方が良いのか。

 いやいや、流石にそれは、ない……いやぁダメだ、どうしてもあの時のメシマズが出てくる。

 と、一人顔芸大会を開催していたのだが、流石のクーラもむぅ、と言った感じの表情でこちらを見てくる為、首を振って一度リセットをかける。

 

「まぁ、結果が全てだからな。期待しとくよ。食材関係はあのデカイデパートの地下1階にあるから着いてきてくれ」

 

 そう言って俺は手を繋いで歩き出した。何か言いたげな視線が背後から刺さってきているが、それには気付かないフリをした。

 その7分後。

 デパートの地下にある食品売り場の精肉コーナーで。

 籠を持って顎に指を当てて考え込むクーラから、俺は質問を受けていた。

 

「圭吾、質問がある」

「ん? 食材に関しては全部任せようと思ったけど、どうした?」

「いや、等級についてだが、こっちではどうなっているんだ?」

 

 お。

 等級は知っていたか。となると少し期待しても良いかな。

 ここの精肉コーナー、珍しい事に肉の等級表示もしている。していないところが殆どなんだけど、地元の名士達の要請でこうなったとか。名士というのはまぁ、石動さんとこの親族関係者らしいんだが。相変わらずソースは海斗だが。

 

「良いのがA、普通がB、ダメなのがCで覚えておけば良いよ」

「では、この数字は?」

「良いのが5でダメなのが1と覚えておけば良いよ」

「圭吾、幾らなんでも大雑把過ぎではないか?」

 

 と言われてもなぁ……俺肉屋じゃないし、詳しい説明出来ないんだけど。

 頭をポリポリとかいて、俺は肩を竦めながらそれを伝えると、ふむ、と納得したのかしてないのか良く判らない反応を返してきた。

 

「……言い方を変えよう。予算は幾らまで使って良い?」

「流石に1000円のものとか買わなければ良いよ。500円とかそんなの」

「判った」

 

 鋭い目付きでパックを手にとっては吟味し、暫くしたら置き、を繰り返すクーラを見て、何だか微笑ましいなぁ、と感じてしまう。取り合えず俺としては折角精肉コーナーに来ているんだから、そこの冷蔵ショーケースに陳列しているものを頼むなり、店員に用途と予算を言うなりした方が確実に早いと思っているんだけども。

 まぁ、あっちでは対面で肉を買うとかそういうのはあんまし無いからなぁ。あるにはあるんだろうけども、あの地域では滅多に見なかったというか見ていないし。

 ついでに言えば、置いてあるパックよりも店員に頼む、というのは地元民でも割と知らない人が多い。予算と用途を言えば技術代を採らずにやってくれるところが大半だ。これに関してはデパートでも、精肉屋でもそれは変わらない。それ込みの値段と言っても良いだろう。

 ……けどまぁ。

 

「ふぅむ……うぅむ……しかしこちらも……」

 

 と、悩んでいるクーラを見ていると、微笑ましく感じるので黙っておこう。聞かれたら答えれば良いし。

 そう思って暫く眺めていると、決まったのか、パックを手にとってレジは何処だと探し始めたクーラに、

 

「そこかあっちで会計な」

「ありが……圭吾、アレは何だ?」

 

 俺の指差し通りに視線を向けていたクーラが、通路側にあるコーナー専用のレジを見て、次いで冷蔵ショーケースを見た。

 その時に気付いたようで、眉根を寄せて聞いてきたので、俺は一つ頷いて答えてやった。

 

「あの店員さんに『ビーフシチュー用に使う牛肉はどれが良いですか? 400グラム程度で1500円あたりの』と言えば出してくれるところでもあり、ついでに会計するところでもある」

「……圭吾、何故教えてくれなかった」

「聞かれなかったからな。それに、お前が割と真剣に選んでいたからなぁ、流石に何か言える雰囲気じゃなかったし」

 

 悩んでいるのを見て微笑ましかった、なんて言えない。絶対言えない。

 のだが。

 スゥっと僅かにだが眼を細めてこちらを見詰めて来るクーラ。まぁ普通に考えてバレたんだろう。

 

「圭吾、キミは意地悪になった。それも物凄く、激烈なまでに」

「あぁ、性根が螺旋階段のように捩れまくったのは認めるよ。けど便利だぞ、設置面積が狭くなって心に余裕が出来る」

「…………」

 

 何処に余裕があるのかカッチリ説明して欲しい的な視線が来ているので「心に余裕が出来るのと恋愛できるのはまた別な」とか屁理屈こねだしても良いけど、そうすると先ず話が進まない上に、微妙にレジやショーケース越しに佇んでいる店員さんが待っている雰囲気を出していた為、話を切り上げて会計を済ますように言った。

 少し靴音が大きいのは、微妙に怒ってますとアピールしているのか。見かけクールになってもこういうところは変わっていないんだな、やっぱり。

 会計を済ませた後、ぴったり寄り添うように横に来たクーラが一言。

 

「私だけビーフシチューで、キミはグリーンピースメインにしても良いが」

「すいませんでした。マジでごめんなさい」

 

 冷え冷えとした声――いや何時もこんな感じなんだが、そう聞こえるのは俺のちょっとした罪悪感的サムシングだ――で死刑宣告をしてきたクーラに、迷わず俺は頭を下げて謝った。

 何が悲しくてて日本に居てまでジャリジャリのを喰わなければならんのだ。しかも栄養素偏っているし。

 それで溜飲を下げたのか、判れば宜しい、みたいに頷いて、手を握ってくるクーラ。

 ……いや、まぁ、良いけどさ。何で自然に握ってこれるんだ。恥ずかしいだろ普通。

 

「さて、次は野菜コーナーを案内して欲しい」

「……まぁ、良いけどさ」

「うん? 何がだ?」

「いや、こっちの話」

「そうか」

 

 そして全く気にしない。凄いな、此処まで来ると尊敬に値するって奴だ。普通恥ずかしくて出来ねぇよ。

 それから暫くの間。

 俺は案内し、クーラが買い、俺が持って案内、というルーチンを繰り返していたのだが。

 最後の最後に。

 

「ふぅん。ほぉ。へぇぇ?」

「……何で此処にお前がいるんだよ……」

 

 海斗と鉢合わせした。お互い重そうな買い物袋を持っているのは同じだが、決定的に違うのはクーラ(女子)がいるかいないか、だ。

 その違いというか結果が、ニヤァと笑った海斗の笑顔の意味を如実に表していた。

 

「ん? 買い物買い物。で、待ち合わせが何だって?」

「してない。俺から誘ってなかったしあの時はそういうのが無かった。偶然。全然そういうつもりじゃなかった」

「へぇぇぇええええ? マージで言ってるんならアレじゃね? どの口がって奴?」

 

 もう面白すぎて俺腹筋崩壊寸前ですけど?みたいな顔でこっち見んな。

 いや、言いたい事は凄い判る。

 逆の立場なら俺だって言っているのは確実だ。何せ後で会う事はないと言ったのにこの結果だ。だが俺からしてみればコレは予測不可能だったし、回避も出来ない部類のものだと言ってやりたい。

 ……うん?いや、待て。そういえば先生以外知らないんだよな、同居するって。

 これは、もしかするとマズイのではないだろうか。

 

「で、何でクーラちゃんは圭吾と一緒? デート?」

「あ、おいお前らちょっと待――」

「いや、それはまたの機会だ。今日から圭吾と同棲するからな。必要なものを買う為に一緒に来た」

「――て……よ、って」

 

 ああぁああぁあぁあああ。

 言われた。

 海斗の顔が邪悪に染まった。ヤバイ。これは間違いなくヤバイ。

 

「へぇ? ほおぉぉぉぉ? ふぅぅぅぅん? け・い・ご・ちゃんよぅ?」

「……親父達にハメられたんだよ。俺だってさっき知ったんだ」

「ま、良いけどな。そのまま雪崩式タマゴクラブ、みたいな?」

「なるかッ!!」

 

 思わず叫ぶ。

 この年で子供とか冗談じゃない。稼げないのに子供なんて不幸になるだけだ。せめて貯金300万程度まで貯めないとダメだろうよ。

 いやいやそうじゃない。そこじゃない。そもそもそんな事にならない為に帰宅したら共同生活の取り決めをするんだろう俺。

 

「なんだよ、なんねぇのかよ。まぁ、オマエの事だから300万位貯めてからじゃないと結婚や子作りなんてしねぇよ、とか考えてたりし……オイマジか」

「……うるせぇよ、何か文句あんのかよ」

 

 意図しないで顔色を変えてしまったせいで「コイツマジだ」という顔をされた。

 何かクーラの握力が微妙に強くなったのと海斗と俺自身の反応が余りにアレだったので、言い訳を述べるべく、口を開いた。

 

「言っておくけど恋愛はまだ考えてないからな。仮に俺がそういうのでどーのこーのとトラブルになったり、できた時に貯金が無いとエライ苦労をするからそう思っているだけで別にクーラととか考えてないからな」

「……ハイハイ、んで、クーラちゃんと買い物は飯か?」

「あぁ、米も買ったし、今日はビーフシチューの予定……あそうだ、海斗、この後暇か?」

「いや暇じゃねぇな。この後姉貴と買い物だ」

 

 そう言った海斗だが、俺はそれを嘘と断定した。馬鹿め、即答したは良いけど墓穴って奴だぞ、それは。一瞬だけクーラを見てどういう事か察したんだろうけど甘い、甘すぎる。

 ニヤ、と俺が唇の端を持ち上げて鼻で笑い、

 

「へぇ。暇ならうちに来て飯を喰えよ」

「オイ圭吾、オレは暇なんて言ってねぇぞ。姉貴と買い物があるんだよ」

「ハッハー、そいつはクレイジーな言い訳だな、お前がミスるのも珍しい。夏海さんがこの時間に帰ってきているわけがないとかそこはどうでも良い。けどな海斗、その手に持っている買い物袋でダウトだ。ついでに言えば普段は夏海さんからお願いされて買い物に行っているのを知っている俺に、その嘘はどうかと思うなぁ」

 

 と笑い飛ばしてやったのだが。

 あー、と少し申し訳なさそうな顔で、海斗が。

 

「あードヤ顔で言って貰って悪ぃんだけどよ。マジで姉貴と買い物なんだわ。ついでに言うとこの買い物袋はお袋に頼まれて買った奴な。オレんトコも食材なかったんだよ」

「……ほ、ほほう? まだこの期に及んでそういう事を言っちゃうのか。いや良いんだよ別に? 嘘なんてつかなくてもさ。それにアレだ、一瞬クーラの方を見たって事はだな――」

「あーいや、むしろこっち来ないでくれると助かるという視線が来てたのを確認しただけだぜ? それと、んなに疑うなら姉貴に電話してやろうか? 入り口で待ち合わせしてっから、言えば来てくれんぜ。それと、姉貴は彼氏のプレゼントを選んで貰う為にって奴な」

 

 ……ドヤ顔で指摘したのに間違いだった時って、顔から火が出るほど恥ずかしいと知った今日の夕方。

 と言えば良いのか。

 すげぇ恥ずかしいんだが。

 何これ。探偵が推理で間違えたら多分こんな顔になるんじゃないか。

 と思っていると。

 ポン、と肩を叩かれて横を向いてみると。

 何時の間にか繋いでいた手を離していたクーラが、しみじみと。

 

「圭吾。誰にだってミスはある。けど今回のケースは、少し恥ずかしいミスかもしれない」

「やっかましいわ!! 判ってるよそんな事は!! けど海斗の行動パターン的にそうしか思えなかったんだよ!!」

 

 顔真っ赤にして怒鳴る俺がそこにいましたとさ。

 何で追撃してくるかなこの娘は。

 

「ハッハー、そいつはクレイジーな言い訳だなぁ」

「うっさいわお前も!!」


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