遥か遠き蜃気楼の如く   作:鬱とはぶち破るもの

6 / 20
クリスマスってキリスト聖誕祭の事です。
敬虔なキリスト教徒でもないのにそれを口実にばか騒ぎ、更に“せい”なる夜にしようとするなんて、恥ずかしいと思いませんか?


まあ、お幸せに。
末永く爆発しろ!
ひ孫に囲まれて幸せに生涯を終えてね!

追記
やたら皮肉っぽいので前書きに付け加え

誤字修正、ありがとうございました!


隠された目的

 時刻は日の出から一時間ほど経過し、早朝を過ぎた辺り。

海上のモヤを日光が照らす幻想的な光景の中、夜間哨戒任務を負っていた艦隊が帰投し、それと入れ替わるように既に身支度を整えた哨戒部隊が出動する。

 本来であればここまで厳重な警戒網が敷かれることは無いが、前日の襲撃を重く見た君塚提督の指示によるものだった。

 幸い、あれ以降深海棲艦が表れる事は無かったが、任務交代まで緊迫状態にあった艦娘達…特に夜目を効かせ警戒網の中核を担当した艦娘は疲労困憊状態であり、入渠が済めば直ぐ様夢の世界へ旅立つ事だろう。

 

 そんな鎮守府内が慌ただしさを醸す、喧騒を取り戻し始めた頃、賓客用の部屋に宿泊したルフトシュピーゲルングはすでに目覚め、入浴していた。

 檜作りの浴槽は彼女の小柄な体には大きすぎる程で、存分に足を伸ばして肩まで浸かっていた。

昨日は遠慮していたものの、寝惚け眼に殆ど無意識下で浴槽に湯を半分まで注いだ所で、ようやく眠気に支配された頭の中がはっきりと覚醒する。

やってしまったと後悔するがここまで注いで入らないのは勿体ないと自分を納得させて、全身を洗浄し、浴槽に入り…現在に至る。

 

「あ“あ“あ“ぁ“…いい湯だ…」

 

 熱い湯はじっくりと彼女の全身を暖める、骨身に染みる熱に解された全身から蓄積した疲労が溶け出しているような錯覚を感じるほどである。

 体は外国生まれ(異界のウィルキア製)であっても魂は日本人のそれである、温かい風呂に入り目を閉じ映るは見事な紅に色づいた山奥の渓谷か、沈もうとする太陽に照らされた水平線か。

 

 浴槽の縁を掴んでいた手を離し、両手で湯を掬い顔に浴びせ“ごしごし”と手を動かす、艦娘にもツボはあるのか心地よい刺激についつい瞼が重くなる。

 しかし、それに流される事なく瞼を開き、視線を両手に移し“かつての手”と比較する。

湯の熱により赤くなっているが色白で、戦いなどしらぬ子供のあまりに小さな手である。

 しかし、この手は既に深海棲艦をいくつも屠っている、その全てが脆弱で無力とすら感じる程に呆気なく。

 自らの意思により、それなりに制御できる上での成果だというのに随分とおぞましく感じてしまう、両手の向こう湯の中に浸る身体もまた、脆弱な子供の様にしか見えぬが、防御重力場無しで自身の副砲に対応した装甲防御力を有するのだ。

 熱いくらいの湯だというのにそう考えれば随分と底冷えするような事である、故に認識するべきである。この幼子は無力に見えて“もし、この超兵器本来の意思を取り戻せば、すべてを滅ぼす事が出来る”事を

 

 

 湯から上がり暫くしても汗ばむほどの湯に浸かっていたというのに、彼女は頭の中に巡った考えに冷や汗を流しながらも、何時までも浸かっているとのぼせる可能性があるため、浴槽の湯が流れないように塞き止めていた栓を抜き湯を流す、檜風呂の管理は確か面倒だった記憶があるが、半分くらい流れたところで水面のあったラインにシャワーの湯を流してホンの僅かに洗浄し、脱衣所に戻り軽く体を伸ばしバスタオルで体を拭き始める。

 

 なお、余談ではあるが彼女が浴室から出てしばらくしてから何処からともなく妖精さんと呼ばれる2頭身程の存在がワラワラと出現し、掃除を始める。

長靴とデッキブラシを装備するもの、スポンジと洗剤を装備するもの、タオルを入れた桶を片手に風呂に入りに来たという体のもの…前日、ルフトシュピーゲルングの衣服を回収し綺麗に洗浄したのも彼女達の仕事である。

 

 濡れた髪を拭き、顔を拭き、腕を拭き…と上から順に水気をタオルに吸わせていると、不意に脱衣所の扉が開く、それなりに重厚造りのそれが壁にめり込まんばかりの勢いをもって。

 

「やっ、おはよう!ルフト!」

 

 屈託のない笑顔を浮かべ飛び込んできたのは、川内であった。

初対面の大破した状態からみれば絶好調らしく、疲れが浮かび、擦り傷や至近弾による煤けがあったのだが、現在は髪を下ろし艤装も装備していないが、衣服は無傷の三姉妹共通の、オレンジを基調にした花の様な制服を着ており、昨日の大破漂流状態だったのが嘘に思えるほどである。

 

「おはようございます、川内さん。具合はもう大丈夫ですか?」

「体はもう大丈夫だけど、艤装が大分痛め付けられちゃってね。まっ、それも数日中に直るけどさ…で、それでなんだけどルフトシュピーゲルング。」

 

 ポン、と川内の手がルフトシュピーゲルングの肩に載せられる、ズイッと川内が腰を落とし顔を近づければ、ニンマリ、と笑みを浮かべて今一何をされるのか解っていないルフトに問い掛けた。

 

「夜戦ってどう思う?」

「……良いと思いますよ、姉は夜戦で戦ってましたし」

「くはーっ!そうだよね、そうだよね!夜戦って良いよね!」

 

 昨夜は大まかな処置が終われば、君塚提督が危惧したように夜戦、夜戦といつもよりはドック内だったため彼女なりに自重したのだ。

しかし、そこから出てしまえば自重は消滅し新顔であるルフトシュピーゲルングの元へ、夜戦をどう思うか訪ねて…否、押し入ったのだった。

 そんな川内に対し、内心は呆れつつも正真正銘の夜戦バカっぷりを生で見れて、感動するも返事は適当に、顔には出てないが突如乱入されて彼女は驚いていた所為もあった。

 

「とりあえず、向こうの部屋で待ってて貰えないですか?服着たいので」

「おー、そういえば風呂上がりだね…うん、向こうで待たせてもらうよ。」

 

 踵を返し扉を閉め出ていく川内を見送り、まさか、ラッキースケベをする側になるなんて、と仕様も無い事を思いながら、少し湯冷めした体をバスタオルで拭き切り、脱いだ順の逆を少し苦戦するが、鏡に映る姿は昨日見た通りの姿で、バスタオルを“使用済みはこちらへ”と書いてある籠へ入れて、脱衣所を退室。

 川内は昨夜所狭しと料理の並べられた机の上に何やら紙を並べており、彼女が腰かけた椅子の向かいに膳が置いてあるスペースが作られており、湯気を上げるお茶と味噌汁。白米の盛られた茶碗、芝漬けと角平皿には大根おろしと照明に脂を反射させる鮭が盛られていた。

 

 思わず生唾を飲んでしまう空腹を刺激する匂いに、昨日あれだけ食べたのに腹持ちしないんだ。と思いつつ川内に視線で座って座ってと促され、その席に着席、彼女の前にも膳が鎮座しておりどんぶりの上に匂いからしてしょうが焼きの豚肉が盛られており、朝からそんなものを?という考えが顔に出てしまったらしか、てへへと笑いながら

 

「いやぁ、どうにも食べないと気合い入らなくてさ…ささっ、冷めない内に食べよ!これの話はご飯の後でね。いただきます!」

 

 脱衣所への突入時と同じような勢いのまま言い切り、よく咀嚼しよく味わいながらどんぶりを食べだす川内に、昨日より遥かに少ない適量の食事量と和風の朝食と言われた形をそのままにした様なメニューに感動しながら食べる。

キチンと出汁から作った味噌汁はそれだけで絶品で、その他の鮭も脂が乗りご飯もコンビニで買う弁当の物とはまったく別物に感じる物で、気が付けば食べ終わってしまって、八分目だけどもっと食べたいな、と思ってしまう事に驚きながら箸を膳に戻して、視線を川内に向ければとうに食べ終わって、観察していたのか楽しげな彼女と目が合う。

 

「あの…?」

「いや、ごめんごめん。美味しそうに食べるなぁって思ってさ。」

 

 流石に眉を潜めたルフトシュピーゲルングに対し、そこまで悪びれた様子の無い川内は食べ終わった膳を回収し、部屋の外に誰か待機していたのか膳を渡し、少々の会話をして戻ってきて先程の席に再び着席、今度はスペース無く書類を拡げる…各々に書かれた内容は“深海棲艦”に関することのようで、そんな言葉が随所に見られる。

 必要な準備は終わったのか、深く椅子に座り直しルフトシュピーゲルングを真っ直ぐ見据える。

 

「…それじゃ、ルフトちゃん。幾つか勉強しましょ」

 

 飄々とした夜戦バカの雰囲気は凛とした“教導艦川内”の物に置き換わる、食事後の勉強。それはルフトシュピーゲルングにとっても有り難いものであった、なにせ“この世界”が彼女の人格の存在の知る世界と同じか不明であるし、明かされない設定を知ることが出来るかも知れないという期待に、ルフトシュピーゲルングも川内に負けず雰囲気を変える、敵を捩じ伏せる強者の面を隠す気弱な物から、学ぶ者へと。

 

それに満足したのか、川内は軽く頷いて“深海棲艦”と人類の戦いの歴史を語りだした。

終わりなき戦いの始まりを…

 




隠された目的、というのはまた別の話で…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。