遥か遠き蜃気楼の如く   作:鬱とはぶち破るもの

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台湾沖海戦Ⅲ

 

 

「……ん?なに、今の…?」

 

 港での補給をおえて二時間程経過、沖縄から台湾までの海路と違い深海棲艦の兆候が陸側に近い所を航行している事もあるが、イ級のみ数隻で浮上後即座に88mmバルカン砲により蜂の巣にされ撃沈されるという事が二回あった程度で、会敵回数が極端に減り順調に南下し高雄港へ向かう最中、天津風の疑問符の混じる呟きに太平洋側を警戒していた島風が通信を飛ばす。

 

《どうしたの?あまつん》

 

「だから!私の名前は天津風!あまつんは止めてって!」

 

 ごく真面目なトーンで行われた島風からの呼び掛けに瞳を吊り上げ、沖縄で出会いおいかけっこをした他鎮守府の“島風”に付けられたアダ名の真似をする島風に修正するように要求するものの、島風の如くどこ吹く風。

 別に“あまつん”というもの自体は、天津風からすれば一言言いたくなる物ではあるが全力で修正を要求する代物ではない。

 しかし、それに“甘々したいツンデレ略してあまつん”という意味を付け加えられているとすれば、ちょっと待った!と言いたくなるのは当然の物である。

 しかし、早さに拘りを持つ島風基準で言えばそっちの方が“早い“のだから使わない手はないらしく改めるつもりは皆無であり、いつの間にか“ツンデレ”等という扱いされている事に不満を覚えるが、一度その気になった島風を変えるのは非常に困難な事は“相棒や親友”のカテゴリーに分類される天津風はよく理解しており、諦めの感情もあるがこのまま使い続けられ鎮守府に戻ったら“あの重巡”にどう書き立てられるか分かったものではない、呼ぶにしても二人きりの時だけにして欲しいと天津風は切に願う。

 とは言え、島風に心を読む術がある筈もなく…何となくは察しているのかもしれないと天津風は思う彼女はとりあえず先程の呟きをもう一度問う、なんの事?と。

 

「微弱な反応だけど…何か動いてる…様な気がしたのよ」

 

「気がした…ってナニ?」

 

 妙に歯切れの悪い答えに鸚鵡返しを行う島風である、何せ自身の電探には何も反応がなくその反応を想像できないので当然の事と言える。

 一方の天津風もそれが何なのか、と聞かれても本当に一瞬の事だったのでそれが電探の故障による可能性もあるため、島風の鸚鵡返しにも「本当に気がしただけよ、装置の不具合かも」と答えるに留まる。

 

《うーん…一応提督に報告した方が良いよ、あまつん》

 

「だから!…あぁもう…わかったわよ…!こちら天津風!」

 

 また堂々巡りになることを嫌った天津風は島風の助言に従い、後方の「木曽」へ通信を入れる。

 受け取った君塚はかなり不正確であるが、“少なすぎる深海棲艦の配備”に嫌なものを感じていた所での報告に直ちに加賀へ該当海域へ偵察機を出すことを命令、また高雄港の南雲艦隊へ警告メッセージを送信する。

 これはその該当海域が君塚艦隊と南雲艦隊の合流地点に近い事もあった為である。

 通信を受け取った南雲は小沢提督と相談し、君塚艦隊とは合流せず海峡側より予定以上の進撃速度で南下しつつある武蔵を旗艦とした大連港の面子の艦隊への合流へ変更することに決定、その旨を返信する。

 これは、台湾の地形上大きく南下してから合流という事になり時間がかかりすぎる為で、南雲艦隊側の損耗も軍令部が想定していた以上であることも理由に上げられた。

 また海峡側の深海棲艦が異様に少なく、距離も近くなるためであり本来ならば、距離はあっても君塚艦隊の大洋側の方が狭い海峡に布陣する深海棲艦の防衛網突破より早いと想定していたが、そうはならなくなったのである。

 ともあれ台湾守備艦隊の南雲艦隊は海峡側へ向かい、君塚艦隊は正体不明の反応の調査に向かうこととなる。

 

《こちら君塚、加賀。偵察機を上げて貰えないか?天津風が反応を発見した辺りへ飛ばして欲しい》

 

「…了解、深海棲艦だった場合はそのままこちらの部隊で攻撃しても良いかしら?」

 

 既に弓矢を長弓へ装着しながらの返事であるが、この問いは大鳳の隊ではなく加賀率いる部隊で攻撃していいか、の確認であった。

 これは加賀の部隊は制空権確保の為の装備で、大鳳の隊は艦攻任務が主とされていた為、殆ど航空戦が無かった加賀隊は現状録な戦闘がなく“戦果”に飢えておりその不満を今回の敵艦へ叩き付けるつもりであった。

 装備に関しては勿論艦攻装備も加賀は腰に予備の矢筒に入れて持ってきており、他の航空母艦娘も予め伝えてあったため各々違う形で装備を持参しており、補給に関しては本土に備蓄されていた資財が使われており、必勝を期すために大盤振る舞いされていたことがこの戦い方を許容していた。

 

《許可する》

 

「感謝するわ…全艦発艦準備。敵の位置を確認し次第発艦攻撃よ」

 

 以心伝心とはこれ。というように短い返答に加賀の思惑を肯定し、それを伝えられた加賀隊の航空母艦娘達は漸く出来た活躍の機会に戦意を高める、台湾解放戦はまもなく終盤であり“少ない戦果”を得る機会に各艦共予備を取りだし偵察機を飛ばす加賀の一挙一足を見詰める。

 なにやら大事になってしまい、もし違ったらどうしようと軽く青ざめる天津風の肩をいつの間にか近づいてきていた島風がポンポンと軽く叩き無言の元気付けを行う、そんな島風をどこか遠い瞳で天津風が見詰める。

 

 

 加賀から放たれた偵察機が向かう先、天津風が捉えた謎の影…その深海棲艦は他の数多くの存在と同じ様に瞳に怨恨の情念を浮かべ海を進んでいる。

 中央には旗艦級航空母艦ヲ級3隻、その回りを取り囲むように同じく旗艦級の重巡と軽巡が計6隻、そしてそれらを率いるのは島風よりも遥かに軽装でありながら長い髪を揺らし、腕や腰部などに主砲と機関砲ユニットを多数装備し一際禍々しい物を感じさせる存在の「姫」であった。

 

 本来ならばもっと艦娘達が南方の“巣”に近づくまで待ち構え、それから罠に掛けて沈めるつもりであったが日米間の連携を封じるために太平洋に展開していた部隊の損耗が激しくなり、幾つかの部隊がそちらへの増援に持っていかれた所為で罠の包囲網に使うための部隊どころか台湾周辺海域の部隊すらかなりの数を出していた故に文字通りの破竹の進撃を許していたのだった。

 勿論、海域封鎖の部隊へ“巣”から増援は出していたが録に戦闘経験もなくまともな陣形も指揮艦も居ない状態で、準備万端な艦娘部隊を止めれる筈もなく奥地で撃ち減らさせる自軍を見ているわけにもいかず、とりあえず進撃速度を鈍らせる為に高雄港に陣取る精鋭の南雲艦隊を叩くため、戦力増強の為の増援を探知する為に潜水艦部隊を待機させていたのであった。

 この備えは無駄にならず大まかな敵艦隊の構成を知ることが出来たが、なけなしの部隊を動かして9隻、「姫」を入れて漸く二桁であり相手は空母だけで6隻配備しており、それに戦艦と、高速駆逐艦が4隻、そして通常型の軽巡1隻を探知する事に成功していた。

 

 しかし、この大勢の部隊は合流すると思われていた南雲艦隊とは合流せず海峡側へ移動していくそちらへは合流せず真っ直ぐこちらへ向かっていている、本来ならば艦娘が装備する電探では「姫」型が装備しうる電子妨害の能力を突破できる筈が無い。

 であるが彼女らの装備する水上レーダーはこちらへ向かう加賀の偵察隊を捉えており、艦隊も向かってくると言うこともあり、彼女「南方棲戦姫」は指揮下の部隊へ隠密行動を解除し、迎えうつ準備を始めさせる。

 

 

「……見つけた…チッ…」

「提督、敵艦隊を確認しました。空母3、重巡1、軽巡2…それと新型かしら、見たことのない深海棲艦が1、恐らく戦艦型の姫1」

 

《なるほど…新型の電探は伊達では無かったということか。直ちに大鳳隊は直ちに空戦用意、加賀隊は制空権確保の後艦攻で姫を黙らせる》

 

《島風、天津風の駆逐隊と長門、大和の戦艦隊は重巡と軽巡への牽制、残りの部隊は空母の護衛を続行せよ》

 

 加賀からの報告に君塚は直ちに攻撃を決断する、姫型の危険性は十分に理解しており先制で叩き潰すつもりであり各隊へ下令すれば了解の返事が通信機から響く。

 加賀の偵察機からのより正確な情報が届くと同時に、各隊はそれを実行すべく動き出し「姫」もそれを迎え撃ち彼女らを深海へ招くべく、砲を構え艦載隊を飛ばす。

 

 「木曽」艦橋より君塚が双眼鏡を覗けば遥か向こうに深海棲艦の艦隊と艦載隊が見え、それを迎え撃つ為に機を飛ばし砲を構える。

 

 ここに当人達は互いに知り得ないが、双方蜃気楼に影響された者同士の海戦が幕開くのだった。





第一形態は無しです「姫」じゃないし…

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