遥か遠き蜃気楼の如く   作:鬱とはぶち破るもの

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襲われて劣勢な艦娘達を救援する、というのはある意味お約束ですね。





蜃気楼の出現

 

 

 大口を開いた泥土のような匂いを撒き散らす敵艦が口内の砲を発射する。

出来損ないのクジラのようなそれは敵としては最低ランクの存在である駆逐艦イ級と呼称される存在である。

それ一匹ならばそこまで問題ではないだろう、徒党を組み強力な指揮者がいなければ。

 

「ぐっ…」

 

 海面に打ち込まれる砲弾はまるで雨粒のように海水と火薬の匂いを撒き散らす。

断続的に打ち込まれる砲弾を巧妙に取り舵面舵の転舵で致命傷を避ける、その動きは完成され感嘆の声が上がっても可笑しくないものである。

しかし、巧みに回避しなんとか命中弾をかわしてもやはり損傷も疲労も蓄積しており、交戦開始時より機敏さが低下しているし、速力も下がっている。

 

 普通ならば撤退すべき状況にあるはずなのに、彼女川内型一番艦川内は交戦海域を離れずにいた。

後方に居る護衛対象に早く早くと心の中で急かす、彼女らの危険を少しでも減らすために。

 

「…、ホント。狼に率いられた羊の厄介なこと…!」

 

敵がイ級だけならば問題はなかっただろう。本来ならば新米艦娘達の教導艦の任務を負っていた川内は慣熟航行を兼ねた座学で教えられた筈の陣形の組み方の復習を行っていた。

本来ならすぐ終わり、港に戻る途中で改善点を示すだけの行程である。

 

戦艦ル級に率いられたイ級の群れにさえ出会わなければ

 

 実習を行っていた場所は彼女達の母港の目と鼻の先、肉眼でギリギリ見える距離ではあるがとっくの昔に安全が確保された筈の海域への戦艦を含む艦隊の不意をつく強襲攻撃。

まだ実戦に出ることの出来ぬ新米艦娘達、それを無傷で退避させたのは流石教導艦と言えたが、先制砲撃により綺麗に左腕に装着していた艤装の砲を破壊され、反撃が困難になったうえ、率いていた新米艦達は突如現れた怨念の塊である深海棲艦に恐慌状態に陥り、陣形もなくバラバラと戦域を離れていく。

この行動自体は予め川内自身が指示していた事なので問題はない、戦えぬ者が戦域にいても邪魔になるだけでそれならば退避し援軍を呼んで欲しい。

何度も口が酸っぱくなるくらいに言ったので、問題はない。

 ただ、各々艦隊行動も取らず出しうる最高速で行くのは問題だった。

 

「陣形は互いを守る基礎中の基礎って教えたのになぁ…」

 

 やや不満に感じるがこれは無事帰還できた後で説教会を行うと言うことで晴らすとして、問題はこの敵艦隊である。

普通の…これまで川内自身が戦ってきた深海棲艦の艦隊とは現在相対している敵艦隊は何か違うものを感じてしまうのだ。

普通の深海棲艦ならば、陣形もなく逃げていく新米艦達を狙っていた筈だった、陣形が無いと言うことは1対2でも3でも、好きなだけ優位に立つことが出来る戦い方が出来ると言うことなのだ。

 

だが、この艦隊はどうだろうか?

逃げた艦娘達には目もくれず最初から川内を狙っているのだ。

ご丁寧に艤装の主砲部のみを破壊し、抵抗力を激減させた上で当の戦艦はなにもせずじっとしている。

ただ沈めるつもりならばとっくに戦列に加わっているだろう、がそうしないところを見れば彼女の脳裏に極めて不愉快で不気味な予想が浮かぶ。

 

(…まるで狩り、わざと弱らせた獲物を狩らせて学ばせてる…)

 

 

その当たって欲しくない予想は、的中といえた。

現にイ級達の砲撃間隔は短くなり、回避する為の体力と速度を落としたとはいえ精度も上がっているように感じる。

それだけでなく進行先に砲撃を浴びせ、別の艦が回避予想先に砲撃を放つということまで始めている。

艦娘達にとってはそこまで不思議でもない物だが、人型の深海棲艦は兎も角、イ級タイプでこのような連携の攻撃は始めてみるものであった。

なにせ、敵を沈めるという事しか頭に無い故に協力して攻撃するという発想が端から存在していないのである。

 

 しかし、優秀な獲物を狩るためには狩人も優秀になる。

川内にしてみれば極めて不本意ではあるが、彼女の教導艦としての能力で敵を成長させてしまったことになる。

下がり続ける回避力に比べ上昇する砲撃精度、故に限界はすぐに訪れてしまった。

 

「ぐはぁっ!」

 

 足元に着弾した砲弾にバランスを崩したところへ胴への直撃弾、辛うじて致命傷は避けたものの左腕の砲撃を受け攻撃機能を喪失した艤装で受け止めた為、完全に艤装自体が消滅し左腕から伝わる衝撃に海面に叩き付けられ、疲労から起き上がることもできず耳元に響く波にぼぅっと遠くを眺める。

 

青い空に千切れ雲。

それだけ見れば退屈で退屈ででも誰もが望む平和な世界。

ビリビリと痺れる左腕は動かすことも出来ないが激痛に身を悶えながら“喰われる”よりはマシか。

視線だけ動かせば砲撃を止め、戦艦に寄り添うイ級達が頭と思われる部分を差し出せばよくできました、とばかりに差し出した部分を撫でてやるル級の姿が飛び込んできて、溜め息を軽く吐き出して

 

「敵同士じゃなきゃ、拍手してあげたいくらいだよ…まったく…」

 

 やがてスキンシップを終えれば、ル級を中心にジリジリと距離を詰め始める、人型のル級すらギザギザの牙のような歯を剥き出しに、イ級達は砲を引っ込めて大口を開きながら。

 

「…あぁ、どうせなら…夜がよかった。自分の血で悲鳴をあげなくて済むし……。みんなごめん」

 

青い空を削るようにイ級達が視界に収まりだし、いよいよ終わりとゆっくり目をつむる、せいぜいゆっくり食事をすればいい、そのあとに待つのは駐留艦隊からの砲撃なのだから。

 

諦めの気持ちにそまり今まさに無抵抗の川内の喉元に食らい付こうとしたル級は“吹き飛んだ。”

 

「……は?」

 

それは耳障りなノイズとともに川内に、ついでにイ級含む艦隊に、そしてル級の“遺骸”へも届いていた。

 

《我が名はルフトシュピーゲルング!貴艦を援護する者なり!》

 

幼さの残る、妙に耳に残る自信満々で威風堂々という印象を抱く少女らしい…だが何処か安心感のある川内救援の声であった。


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