遥か遠き蜃気楼の如く   作:鬱とはぶち破るもの

19 / 20
台湾沖海戦Ⅱ

 

 

 日の出と共に急速に色を取り戻す海上100mへ加賀を筆頭に、日本帝国海軍所属の空母部隊から次々と矢が打ち上げられ、空を埋め尽くさんばかりに航空隊がエンジンを唸らせ波音を掻き消す。

 飢えた獣のごとく発艦した艦載部隊の“艦攻機流星”が島風らの電探に引っ掛かりつつ会敵しなかった別艦隊へ獰猛に襲いかかる。

 深海棲艦の部隊も航空攻撃に気が付き、慌てて対空砲を打ち上げ対抗するが、狼狽え弾が訓練を十分に積んだ機体にまともに命中するのは皆無で、次々と航空魚雷が直撃、艦娘の戦艦等打撃艦隊の射程に入る前に爆散していく。

 順調に敵を屠る加賀であるが、友軍の空母より“警戒網を抜け正規空母ヲ級2が発艦用意しながら突っ込んできた”と通信で報告され、位置情報を考慮しそちらの方面に配置した大鳳へ通信をいれる。

 

《…敵空母ヲ級2、発艦用意中。大鳳隊に任せるわ》

 

《了解!》

 

 戦意充実、打てば響くような溌剌とした返事が返り次いで指揮下に組み込まれた空母へ指示を出す言葉を聞きながら、加賀は長弓を引き“烈風”を発艦させる。

 艦載数においては海軍随一の能力を存分に生かし制空権を奪うべく意識を艦載機へと集中させ、目の前で繰り広げられる敵軽空母へ雷撃をしようとする流星を迎撃すべく飛び上がる深海機と流星を援護するやや劣勢の艦娘機との航空戦に殴り込む。

 

 この作戦を発動するに辺り、参加艦娘…特に航空母艦娘へは優先的に最新型の戦闘機と艦攻機が配備されており、質的優位を取り優性に思えたが深海側も装備の更新は進んでいるらしく、少数であるが球体状の最新型や外見は従来の鏃型に見えるが中身は高性能化しており、艦娘側へ負担を強いている。

 しかし、全体の流れは変える事はできず各所で部隊が寸断され、艦載機を全機喪失したり補給艦を沈められ弾切れを起こすが、深海棲艦はそれでも怨敵を少しでも消耗させる為に体当たりで近場の艦娘へ襲い掛かろうとするが、制空権を奪われそんな行動を見逃す筈もなく艦攻に沈められたり後続の戦艦娘達の砲撃に目論見ごと粉砕されたりと、文字通りの全滅となる。

 加賀航空隊に援護された航空戦も護衛機が壊滅したことにより三機の雷撃機が突入、ヌ級へ全弾命中させ撃沈していた。

 

《こちら台湾海峡方面隊!海峡入り口に到着、抵抗は皆無なり!》

 

 順調に推移する作戦に加賀のやや前方に配された大和は周囲を警戒しつつも、通信に交じる妹の声に口元が弧を描いてしまう。

 台湾がぼんやりと見えてきた位置にありその向こうで妹が戦っているのだ、これまで海で繋がるが遠く離れた別の場所ではなく同じ海域で戦っている事に高揚感を抱きつつ、電探にかかった敵に向け主砲を放つ、巡洋艦型のリ級やチ級という上位種の精鋭級や旗艦級もチラホラ見えるが既に航空隊によりさんざん爆撃された後なのか、機敏さに欠いた敵が回避できる筈もなく46cm砲という打撃の前に爆炎と共に水面より姿を消す。

 思うところあり砲撃体勢のまま硬直した彼女を不信に思った隣の長門が通信を飛ばす。

 

《…どうした?大和》

 

「あ、…いえ。なんか物足りない…というか、随分撃たれ弱い様に感じてしまって」

 

 蜃気楼との演習以降も度々本人了承の元、射撃訓練を実施していたが46cm砲ですら入射角によっては稀に反れてしまい、防御力場を確実に抜くには51cm砲或いは更に巨大な砲が必須であり、更にその試作51cmですら蜃気楼の装甲の前には霞むのだ。

 故に大和自身が火力に対し多少不安を抱いての海戦であったが故の感想であった、そんな彼女の心情が十分に理解できる長門は苦笑気味という声色で返信をする。

 

《…まぁ、アレと演習した後ならそう感じても仕方ないが…。それに考えてみろ深海棲艦が全部「蜃気楼」の様な耐久性を持っていたら不味いだろう?》

 

「…怖いこと言わないでください」

 

 あれだけの耐久を持つ駆逐イ級、一隻沈めるまで何百発必要になるか考えただけで恐ろしく一瞬だけ長門を怨みがましい視線を送り、直後電探に掛かる敵艦に砲口を向け斉射、戦艦こそ居なかったが何とか無傷で突破してきた重巡と雷巡合計三隻であったが、絶え間なく射程外から降り注ぐ46cm砲弾の雨に雷巡即座に轟沈、続いて長門が敵側へ舵を切り肉薄、射程に入ると同時に41cm砲が火を吹き中破と大破判定であった重巡は命中した砲弾に頭部を砕かれたり、腹部を抉られたりと酷い様を晒し轟沈する。

 

「…砲弾が反れない、普通なのだが…違和感を覚えるな」

 

《…何れ私たちもあの防御装置装備して、砲弾を反らす時が来るんでしょうね…》

 

「…なぜだか、恐ろしい物を感じるな」

 

 蜃気楼が思い描く将来の光景の一つは全艦娘が、防御重力場と新型の推進装置を装備して深海棲艦を易々と屠る情景であることを大和と長門は知るよしもないが、到底戦闘とは言えない物になることは簡単に予想がついてしまい、脳裏に響く彼女の笑い声に悪寒に似た何かに体を震わせてしまう二人であった。

 ともあれ、両目は優勢な航空支援の元に快足を存分に生かし敵艦隊へ切り込み隊列を乱し、確実に頭数を減らし後方の戦艦隊と航空隊のとどめを持って海路を開き、目的地へと向かう作戦は順調に経過し君塚隊の更に後方より“取りこぼし”を潰し、台湾への海路の安全確保を行う部隊からも“作業は順調”との通信が入り作戦全体が上手く行っていることを示す。

 ただ、加賀を筆頭に幾人かの艦娘と指揮者たる提督が不穏な物を感じるが罠の兆候もなく引き上げる訳にもいかず、敵を倒しジワジワとしかし確実に台湾へ迫る。

 

 

 台湾東部の港、花蓮市に第一陣である君塚隊が入港したのは昼過ぎであった。

 「木曽」と補給艦三隻が大和と長門の戦艦隊、加賀と大鳳の航空隊、対潜隊の駆逐艦隊の防護の元に先に港内で待っていた島風と天津風が、前者は両手を降りながら後者は両手を組みながら君塚を出迎える。

 作戦としては一旦、この港で補給と短時間ではあるが休憩を取り日が沈む前に南雲艦隊の停泊する高雄港へ向かう手はずとなっていた。

 これまで何時飛んで来るか分からない魚雷や航空隊へ気を使っていた面々は、補給艦より配られる食事に舌鼓を打ち、同時にこれまでの戦闘により損害を受けた艦娘や、艦載機が損耗し戦力が低下した艦娘への簡易修復や艦載機になる矢等の補給を受ける。

 この先の戦闘に参加不可能な艦娘は幸いにして無しであったが、行程は全て完了しておらず進行度でみれば六割と言ったところで何とか台湾の上半分は確保した状態で本隊が到着すれば一先ず海路を取り戻した事になる。

 

《みんな補給を受けながらでいい、楽にして聞いて欲しい。一先ず無事台湾へ着くことができた、一隻も沈むことなく到着できて非常に嬉しく思う、キミ達を導いてきた提督方とキミ達艦娘の弛まぬ努力の功績であることに疑いはない》

 

 本土守備の任務に着いていた艦娘達は、最前線で戦う君塚からの言葉に全員が全員喜ぶ、やはり時の有名人からの言葉にはそれなりの重さがあり、敬愛する自らの提督と努力の成果と言い切る事もそれを引き立てた。

 

《これより我々は台湾を南下、右に陸地を眺めながらの航行になるが南下すればこれまでの深海棲艦より強大な艦が出現するのは疑いようも無いだろう。しかし、我々はその強大な艦をも撃破しうる力を持っていると私は信じている、普段の訓練通り能力を発揮してくれれば大丈夫だ、…そうそう、景気付けにアイスを用意した各戦隊の司令艦娘は食べる分の個数を補給担当に告げること。今後に支障がでない程度に沢山食べていいぞ》

 

 何時になっても女性が甘いものが好きなのは変わらず、楽にして聞いて欲しいと言われても直立で聞いていた艦娘もアイスと言われれば提督方を褒められた次くらいに喜びながら補給艦への列を作り、それを味わう。

 まもなく夏が終わる時期であるが南の台湾はまだまだ暑く、潮風が吹く海上も照り返しで汗ばむ中への差し入れに幾人かの艦娘は頭に痛みを感じる程度にたっぷりと堪能、全艦補給と休憩を終わらせた所で港を出航し高雄港へ向け航行を始める。

 

 そんな艦娘筆頭に進む日本帝国海軍の先方を、魚雷の射程外より見つめる潜水艦が海面に潜り、味方へ向け傍受を避けるべく短距離通信のリレー方式で遠方の「姫」へ伝える。

 

 待ち人来る、出撃せよ。

 

以前より決められていた事に従い、「姫」を出撃させ意気揚々と南下する艦娘達をその火力で水底へ誘うために。





台湾沖海戦のボスです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。