遥か遠き蜃気楼の如く   作:鬱とはぶち破るもの

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蜃気楼はしばらくお休みです(戦ってはいます)



沖縄での再会

 九月中旬、台風の間を縫うように君塚提督率いる艦隊は硫黄島基地にて艦載機の慣熟訓練を行っていた大鳳と合流、艦隊は旗艦戦艦「長門」、戦艦「大和」、正規空母「加賀」、装甲空母「大鳳」、駆逐艦「島風」、駆逐艦「天津風」の計六隻の艦娘隊と、君塚提督座乗の通常型艦船である球磨型軽巡洋艦五番艦「木曽」…名前は同じであるが史実と差異があり、6000トン級でほんの少しであるが大型化し更に進水日も1920年であったが1921年に進水となっている、現在の武装は深海棲艦の艦載機へ対処できるように1944年式に近い対空戦闘を意識した物となっていた。

 また硫黄島基地に停泊していた軍令部が彼の要請に応えた君塚艦隊向けの補給物資を満載した輸送艦が三隻が加わり、艦隊は計十隻に増え海上を進む。

 この先々で各方面の艦隊と合流、作戦開始地点である沖縄基地へおおよそ20ノットで各基地で補給と休息をとりつつ5日程の日程かけ沖縄基地へ向かう予定となっており今の所は問題もなく順調と言えた。

 

 行程の中日である三日目にして寄港先の派遣艦隊を吸収し艦隊は更に大きくなり艦娘だけ数えても30隻以上の大所帯となる、台湾海域の解放戦で君塚は彼女らを率い戦うことになっていた為、直ぐに艦隊司令官として艦隊を動かす訓練を行いつつ沖縄へ進行、この大艦隊へ襲撃をかけてくる深海棲艦やその他勢力などは現れず無事日程通り五日目にして沖縄へ到着した。

 

「行程ご苦労だったね、今日明日は休みとするので英気を養うように」

 

 沖縄本島の南側に作られた那覇軍港に続々と集まりつつある艦隊を尻目に、無事陸地へと降り立った君塚は彼の前に集合していた艦娘達へ柔らかいニュアンスで休息をとるよう指示をすれば、少なからず疲労の色が出ていた面々から喜びの声が上がる。

 既に危険な海域が近いので単独で海に出ない事、緊急事態の場合は時間を問わず報告するようにと幾つかの注意事項を述べ、君塚が解散を宣言し面々は各々食事なり、風呂なり、睡眠なり、見知った顔と話すなりをすべくバラバラに行動を開始する。

 それを見届け君塚も「木曽」や硫黄島基地から同行している三隻の輸送艦隊の乗組員達に声をかけ、両舷上陸を許可。彼らは思い思いに街へ繰り出しこれから先の激戦に供え戦友達と酒杯を重ねることだろう。

 君塚も同じく酒盛りに参加したいのは山々であるが、これから先の海域の戦いの為の会議に出席しなければならない為那覇軍港の側にある沖縄海軍基地へ出頭していた。

 

 一方、ある意味因縁の土地である沖縄にやってきた大和は、長門らの誘いを断り軍民問わず活気溢れる港街から少し離れ、彼女は名前の知らない小高い山の上で潮風を浴び、物憂げな表情を浮かべはるか水平線を眺め一言も話さずただ遠くを眺めていると、不意に視界の端に何者かが入り込み大和は視線をそちらに向ける。

 

「これから合戦だと言うのに、なんだその顔は。知り合いの葬式にでも出るのか?大和」

 

「武蔵…随分と久し振りね。最近はどう?」

 

「手紙に書いてるだろ?日本海の掃討任務ばかりだ…食事は思っていた程ではないが…悪くもない」

 

 それは陽光に反射する電探機能を内蔵した眼鏡を装着し、或いは島風以上に薄着の褐色の肌を晒す大和型戦艦二番艦「武蔵」であった。

 物腰丁寧な大和とは逆に威風堂々という言葉が似合う武人肌の艦であり、本来ならば君塚艦隊に姉妹で所属する筈であったが大陸側と日本帝国を結ぶ、生命線である海路を守るために大連港鎮守府へ“出張”していたのだった。

 今回、台湾の周辺海域の解放となれば大連港鎮守府の負担が大幅に減り通商を自前の戦力で守る事が可能になり“出張”が解除になる事を伝えられ彼女はこの海戦に参加することを決めたのだった。

 

 片手に袋を持ちながら倒木に腰掛け大和へ袋を放り、中身を確認すれば芳醇な香りを放つ黒砂糖の塊が詰まっており、呆れ顔の大和へ武蔵は悪戯が成功した子供のように満面の笑みを浮かべる。

 大和は一つ塊を摘まみ、口へ放り込めば中々味わえぬ濃厚な甘さが味覚を直撃し、続いて武蔵が竹筒に入ったお茶を取り出せば両手を上げて“降参”と武蔵の隣へ腰掛け黒砂糖を武蔵へ返しお茶を飲み口内の甘味を中和する。

 

「…どこで手に入れたの?本土では稀少品だというのに」

 

「なに、どんな稀少品だって生産地じゃ安いものだ」

 

「そういうものなの?」

 

「そう言うものだ」

 

 遠くに見える街から祭り囃子のような音が聞こえて来るのを背景音楽に姉妹とは思えない腰の引けた会話をしていたが、気まずいものの無いどこか安堵感のある空気が場を支配する。

 大和と同じ様に海を見る武蔵は大和より遠くを思いポツリと囁くように言葉を紡ぐ。

 

「対中戦は陸軍は英断をした、と思う。補給も無いのに戦線を拡げるのは悪夢だからな」

 

「……、私達の話を受け入れたのかもしれないわよ」

 

 武蔵が呟くようにこの時期、本来ならばドロ沼の大陸戦に突入し奥へ奥へと進軍していた筈だったが、深海棲艦出現による海軍大増強が決定した後は速やかに民間人をすべて連れ満州方面に撤退していた。

 これは海路を使っての移動は、まだ艦娘が顕現する以前の事の為護衛が足りず悪戯に兵を沈める事となり兼ねないため、ノモンハン事件の事もあり中国ソ連に挟まれた土地柄故関東軍に編入されていた。

 ちなみに現在指揮官等には“絶対に自衛目的以外で戦端を開くな”と厳命されており、国境沿いに深海棲艦に対処する為と軍を南下させたソ連、虎視眈々と報復の機会を狙う中国、それらを迎える関東軍により満ソ中国境は表向き深海棲艦共闘の為に“重砲と機関銃を並べ笑顔で握手”という状況になっている。

 勿論両国とも目の前の危機に対して“盾”となる日本帝国をむやみに潰そうとは思っておらず、この深海棲艦を駆除する戦いの最中貸しを作れるだけ作り、後で最高値で回収する事を目論んでいた。

 

「中国とソ連の温情に希望を持つなんて、ゾッとするなぁ…まっ、臥薪嘗胆って奴だ。A号作戦が成功すればなんとかなるだろ」

 

「…それを考えるのはお上の仕事よ、武蔵」

 

「ふん、分かってるさ。だが何のために口が着いてると思う?物を言うためだろう?」

 

 仕事柄やはり話は重苦しい戦いの話へ以降してしまい、公の場で発言すれば面倒事になる事を言う武蔵を嗜める大和であるが、武蔵は特に意に介さず両手で大和の頬をムニッと掴み左右に引っ張れば、口が引き延ばされた、なんとも愉快な形に変化する。

 

「ひひゃい~」

 

「ははは!辛気臭い顔よりよほど良いぞ!」

 

 一頻り姉で楽しめばうっすら涙が出てきたのを見て手を離し、ペシペシと大和からの優しい反撃を甘んじて受け止めて落ち着いた所で武蔵は立ち上がり三歩ほど歩いて振り替えり、多少ふざけていた雰囲気は薄れさせ、大和をしっかり見つめる。

 

「台湾方面の深海棲艦の部隊は増強されているらしい…こちらの攻勢に呼応するように、だ」

 

「…その分だとインドネシア辺りも危険ね」

 

「それと未確認だが…彼方方面に展開してる外国の陸軍部隊の噂話を聞いた。山のような巨艦を見た、とな」

 

 山のような巨艦、大和姉妹を見た者達がそう言ったことは知っている。

 だが当然そちらの方面の海域には行っていないし、顕現をしたという話も聞いておらず“規格外の戦艦”を思い浮かべるが“擬艦化”できる錬度では無いのは察していた為、山のような巨艦には程遠い管制人型ではそのような表現は使われないだろう、困惑の色を浮かべる大和に対して挑発的色の無い純粋な笑みを浮かべ武蔵は大和に近づきしゃがみ込み肩に手を置く。

 

「そう心配するな、私達46cm砲搭載の大和型戦艦。“姉妹揃って”砲戦!これを受け止められる深海棲艦など存在しないのだからな!」

 

「…ふふ、そうね」

 

 空前の巨砲46cm砲を搭載しながら戦艦との砲戦を遂に行うことなく海に没した姉妹、彼女達の無念をこうして晴らす機会を見過ごす訳には行かず、共に砲を撃ってこその栄光を掴む為、決意を新たにする大和であった。

 

 しかし、どうしても拭いきれない一抹の不安は大和に嫌な予感を抱かせる。

 道理の必然としてそう言った嫌な予感ほど適中し、実際に形となって大和達に襲いかかる事となるが、今はまだ予感としてのみの存在である。

 

 




次回からまた三日間隔くらいになります

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