遥か遠き蜃気楼の如く   作:鬱とはぶち破るもの

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 駆逐艦「嵐」は関係ないです。





嵐の休日

 8月も間もなく終わるというこの時期、南西諸島に拠点を持つ君塚艦隊の面々は曇天の空の下暴風雨吹きすさぶ台風の季節に差し掛かっており海は海流すら乱していると思う程の暴風に三角波と名付けられた極めて危険な物が発生している。

 かつては重装甲の鋼鉄の体を持っていた艦娘達は勿論、海の底深くやってきた深海棲艦…そのどちらにも分け隔てなく牙を剥く、そんな波に泡立てられる海に好き好んで入りたがるものなどおらず、君塚より「本日の任務遠征はすべて中止、帰還予定の艦娘隊は硫黄島基地にて待機」と命令を出される程強力な台風で、ただ唯一こんな嵐でも航行出来そうなルフトシュピーゲルングにも当然待機命令が出されていた。

 始めての戦略的意味のある深海棲艦への泊地攻撃を行った以降、幾つかの深海棲艦側の拠点や艦隊を撃滅し充実した毎日を送っており、彼女が見た限り航行も不可能でないという自己判断をしていたが、上官からの待機命令に従い本日は後ろめたさを感じる事なく、ゆっくり風呂に入ろうと脱衣所でこの体本来の持ち主と戦う時に流れる曲を鼻歌で演奏しつつ服を脱ぎ終わると同時に扉が当たり前に開く。

 橙色を主調とした服から艤装を外し休日はこうなのか髪を下ろしている川内が上機嫌に乱入し右手を軽く上げ、視線は蜃気楼の頭から足先まで2往復程する。

 

「やっ!おはようルフトちゃん」

 

「おはようございます、川内さん」

 

「鼻歌歌っちゃって御機嫌だね」

 

「…そうですね」

 

「2回目かな?」

 

「はい、2回目です」

 

「そっか。じゃあ向こうで待ってるね」

 

 開ける時は喧しく、閉める時は静かに川内は脱衣所から去っていくと同時に嗅覚に届くなんとも空腹に堪える朝食の匂いに自然と唾液が分泌されてしまうが、この体は本当に風呂が好きらしく食欲より入浴欲、これはかつて超兵器戦艦であった時は大抵極海の流氷漂う極寒のフィールドで戦ったのが影響しているのか?と中身の彼はルフトシュピーゲルングへの印象から予想するが実際の所は正規の人格が眠っているため謎である。

 

「とは言え絶対に起こしたくないしな…“全テヲ滅ボスタメニ生マレシモノ”だからなぁ…って変な声出た。なんだこれ?」

 

 件の台詞を口に出せば合成音声のような感情の発露がない声が出たことに、本当の人格が消滅せずまだ眠っている事を再確認したルフトシュピーゲルングは何時までも川内を待たせるわけにもいかず、入浴欲を満たすべく浴室へ向かい、桧の匂いに出迎えられる。

 

 

「…異常なし、と」

 

 蜃気楼の脱衣所に乱入した川内は朝食を持ってくるだけが目的でなく、とある理由により提督より許可を得て鍵を預かっていた。

 

 それは彼女が“深海棲艦のスパイ”では無いという証拠集めである。

 

 深海棲艦達は極々希に出現する“はぐれ艦娘”に擬態をして艦娘達を攻撃すると言うことを行う為に、彼女、蜃気楼も信用させて内部から…という実力から考えれば悪夢の様な可能性を無くすために川内は部屋の調査“も”行っていた。

 脱衣所に乱入するのも調査の一環であり、顔や手などに肌色に見える塗料を塗っている、というのが擬態の方法であるが服を脱ぐ脱衣所だけはカモフラージュする事も出来ない為、確認にはもってこいなのである。

 部屋の中に塗料など無い事は確認済みで、彼女が持ち込むことも不可能であり、今回の確認でも全身が肌色でありそのような兆候が無かった事を川内は素直に喜ぶ、勿論信じてはいたが念のためというものである。

 川内の名誉にかけて決して彼女の平坦な裸体を覗くのが目的ではないのだ。

 

「…にしても悲鳴も上げない、怒りもしない。びっくりするだけで普通に対応するなんて…ちょっと変、だよね。やっぱ超兵器は違うのかな?…んまぁどうでもいいか…ルフトちゃんはルフトちゃんだし」

 

 彼女の異常さはそこだけに留まる事ない為、半ばマヒしている川内はなんでもないと流す。

 しかし少なくとも同性とはいえ裸を見られれば嫌悪感を抱くものであるという事に川内は気付けずに、ポツリと呟き気を遣ったのか何時もより短い入浴時間で上がった蜃気楼の出す音を聴きながら、食事をどんなに美味しそうに食べるか楽しみにしつつ眼前の純和風の料理を目で楽しむ。

 

 

 風呂上がりの蜃気楼が川内と食事を開始したと同時刻、君塚の執務室には部屋の主の君塚と第一艦隊の「長門」「大和」「加賀」、秘書艦の「日向」、工作艦「明石」が荒れ狂う海の音と風が建物を殴り付ける震動、雷に雨が暴れ狂う外の惨状を閉められた鎧窓ごしに関知しつつ、会議をしていた。

 

「…明石、新式補助装備はどうだ?」

 

「稀少物資を大量に使用しましたが…派遣艦隊分はなんとか間に合いました」

 

 新式補助装備とは蜃気楼の補助装備をベースに開発された物達で、今回の“作戦”では速力を高める物の採用は見送られ自動装填装置と新型水上レーダーが採用されている、水上レーダーの性能は既存の電探装置より優秀であり高価で数を揃えられないという欠点があるが、それを差し引いても生産に軍配があがる代物であった。

 

「それは何より、本土にもなるべく配備を急いで貰いたいものだ…加賀、空母組は?」

 

「…艦載機の熟練度をあげている最中、全力合戦となると厳しいわね」

 

 君塚艦隊の空母は加賀を筆頭に正規空母翔鶴型二番艦「瑞鶴」、装甲空母大鳳型一番艦「大鳳」、軽空母龍驤型一番艦「龍驤」の四隻が君塚の指揮下にあり、加賀が言うのは装甲空母大鳳の事であり彼女は現在硫黄島基地にて艦載機の熟練度向上の為鎮守府を離れていた。

 なお、瑞鶴と龍驤の二人は居残りでこの鎮守府の守りに入ることが決まっている。

 

「この時期は台風が多くなるからな…思いきって本土に出すのも考える必要があるな…戦艦隊も新型補助装備の慣熟度を上げているが…どうみる?」

 

「発動は一月後なのだろう?…なんとか物にして見せるさ」

 

「…私からは、その再装填装置は有り難いですが、弾薬補給を予定より繰り上げれませんか?今の連射力ですと弾薬切れの可能性が大です」

 

「分かった、そこは掛け合ってみよう…自前の補給艦があればいいが…無い物ねだりは出来んな、必中でなるべく節約すべきだな、とは言え腐らせるわけにもいかんがな」

 

 大和が懸念するのは弾薬欠乏の事である。

新型の自動装填装置により連射力は向上したが、ルフトシュピーゲルングと違いキチンと補給を受けなければ弾薬欠乏に陥ることになり、高まった連射力が仇になっている形になっている。

 これに対して手持ちで補給用の食料を持っていく事は思い付くが、焼け石に水なのは明らかで“作戦”を決定した海軍省へは自動装填装置の事を報告してあり、補給艦の手配に関して優遇してほしいと君塚は頼むつもりではあった。

 だが、何ヵ月もかけ参加艦艇の選別も燃料弾薬の備蓄も終了した段階でそこまでの優遇は望めず、自前で用意も出来ない以上温存しつつ戦う事になるが、伊達に長門とコンビを組んでいるわけでなくやり通せる実力をもつ彼女はわかりました。と頷き君塚を見詰めた。

 

「それと、日向。今回は私も前線に立ち派遣艦隊の指揮を執ることになる、ここの守りは任せるよ」

 

「…了解。…そうだ今回の攻略に“彼女”は使うのか?」

 

「いや…軍令部から控えるように通達があった。恐らくは他鎮守府への影響を嫌ったのだろう」

 

「あんな艦がもう三隻居れば深海棲艦など物の数ではないな」

 

 長門の言葉に部屋に居るもの達が頷く、発動はまだ一月先であるが本格的に始まろうとしている対深海棲艦戦、長らく煮え湯を飲まされ続けていた日本帝国が世界に先駆け行う大規模攻勢「A号作戦」その前段階として今回沖縄~台湾の海路及び、周辺海域の奪還の為に各地域より艦隊が編成され、その総数戦闘艦だけで100以上という大艦隊の中に君塚自身も自ら艦隊を率いて戦うのだ。

 

 その間、この鎮守府の残存艦隊に課せられた任務は深海棲艦の目逸らしである。

 第一目標は台湾でありこれはまだ前哨戦、最終目標地点を深海棲艦に悟られないためにルフトシュピーゲルングに特に派手に暴れて貰うことは決定事項であり、確認されている幾つかの敵泊地への攻撃が計画されており地図にその地点が記されている。

 

 日本帝国が真に狙うは遥か南。

「A号作戦」…これを完遂すれば米国からの横やりに対処できる事を期待されたその計画の最終目標地、豪州。

 今現在、深海棲艦に支配されたその大陸の奪還であり、資源なき日本帝国のただ一回限りの大勝負である。




以前の「隠された目的」とは覗きでルフトシュピーゲルングが深海棲艦ではないと確認する為です。

その話で川内が部屋の外で話した相手は実は君塚提督です。

さて、どっちが言い出したのやら…


「A号作戦」の内容が出ました。
三長官の話でも出てきましたが、狙うは豪州の地下資源です。
石油にボーキサイトにその他稀少物資の宝庫なんですよね、かの国は

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