遥か遠き蜃気楼の如く   作:鬱とはぶち破るもの

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敵泊地強襲作戦

 曇天の空の下、分厚い雲に覆われ光を殆ど通さず海面は黒く濁り、波しぶきが舞い海上に居るものすべてを平等に濡らす。

 幾つもの水柱が遠くからの砲声と共に立ち、爆炎が重苦しい空気を薙ぎ払い、恐るべき密度の光が航空部隊を切り刻み、次々叩き落とされ海の藻屑と消えていく。

 海上を我が物顔で行く戦艦を中核とした打撃艦隊は、その自慢の艦砲の射程外より飛翔する砲弾や“光線”に装甲を一瞬で蒸発させられ、耐久値を削り切られ即座に轟沈する。

 深海棲艦も動くには油が要るのか、ヘドロのような青い液体に炎が引火し、海上のあちこちで黒煙が上がりかつて人型を、魚のような形を構成していたその波間に漂う“残骸”からも炎が上がり海域は虐殺の様相を呈している。

 

「それで終わりか?アハッハハハ!」

 

 ルフトシュピーゲルングは極めて愉快そうに嗤う、その嘲笑の対象である深海棲艦の水雷部隊は憤怒の表情を浮かべ味方を一方的に殺された怨念と執念にまみれた強烈な敵意を浮かべ高速で接近、雷撃を行い一太刀でも反撃しようと迫る。

 臨時旗艦の軽巡ト級と呼称されるイ級のような頭部が3つ並んだ固体を先頭、駆逐型でスレンダーな形状の駆逐ニ級は標的に対し、上から見れば三角形の陣形で彼女を射程に捉え、発射態勢に各々が入った敵艦隊を視線で追いニンマリと口角を吊り上げ歪ませた笑みを浮かべ艤装の一つをそちらに向ける。

 

「光子榴弾砲、発射」

 

 ト級目掛け光の塊が飛翔し、命中炸裂する。

電磁パルスにより打ち出された反物質反応弾は対消滅反応によりト級は完全に消滅、後方に居た二級も逃れる暇なく発生した衝撃波により粉々に打ち砕かれ、着弾点の海面も同様に消滅しそれが如何に高エネルギーの塊であったかを示していた。

 

 演習戦から5日後の現在、ルフトシュピーゲルングは君塚艦隊の頭痛の種となっていた敵泊地への“殴り込み”をかけている。

 精鋭級(elite)や旗艦級(flagship)や少数ながら精鋭旗艦級(flagship改)も所属していた極めて厄介で目障りな艦隊泊地であるものの、夜明けと共に哨戒部隊からの通信途絶が相次ぎ通信機能自体にも“ザリザリとノイズ”が混じり、艦娘達の襲撃かと迎撃に向かった深海棲艦、旗艦級重巡リ級率いる艦隊が見たのはただ一隻の艦娘であった。

 捨て駒にされたのだとほくそ笑み砲を向け“良い朝食”になると喜びの色を見せるが、彼女の意識は次の瞬間にその上半身と共に刈り取られ、率いていた精鋭級の面々も同様に後を追う事となる。

 

「ざまーみろ」

 

 ルフトシュピーゲルングが背負う100cm砲と腕のレールガンが白煙を上げ、再装填と冷却を殆ど一瞬で終らせ腕を下げると同時に吐き捨てる様に視線内に収まるリ級の死骸へ言い放つ、当人にしてみれば何の事か理解できる筈もないが“散々進撃の邪魔をされた敵”となれば、モニター越しに恨みを積み重ねたならば仕方ないと言える。

 

 その後に出てきた深海棲艦の部隊を文字通り鎧袖一触…否、触れるまでもなく消し飛ばし地図に載っていない、深海棲艦達が作った島があり彼女の姿を見つけたのか、空母型や戦艦型などが砲弾を艦載機を飛び立たせルフトシュピーゲルングへ攻撃を試みる。

 旗艦級空母ヲ級、精鋭級軽空母ヌ級等が装備する艦載機は鏃の形をしたものではなく球体の代物で航空力学に真正面から喧嘩を売っている存在でもある。

 性能的には既存の機体より高性能化していたが技量の方は演習戦で交戦した加賀の航空隊の、足元にも及ばない…むしろ比較するのが烏滸がましいと感じるほどに稚拙に思える程であり、打撃艦隊の砲撃も長門達の砲撃程の命中はなく、射撃してきた内の4割程と言った所で、更に命中した所で防御重力場の発生領域を貫通できる砲弾もなく、航空攻撃へはパルスレーザーと57mmバルカン砲の雨を、打撃艦隊へは主砲副砲と更に遠慮する必要はなく光学兵装とレールガンの封印を解除、波動砲とミサイル兵器は射撃後の隙を嫌ったのと実弾射撃と光学兵装で事足り、必要を感じなかったので今のところは使用してなかった。

 

 戦場となった泊地の深海棲艦の数もかなり減り、先程まで交戦していた敵艦隊も戦艦を含む打撃艦隊は100cmと80cm砲弾の雨に磨り潰され、空母部隊は流れ弾に命中したヲ級は水面に無く、ヌ級が何とか島側に撤退しようとしているらしく背を向けて走り出している、逃げたくなる気持ちは十分に解るためあえてなにも言わず機関出力を上げ速度を増し、50ノットという高速挺の領域の速度をもってヌ級へ背後から衝突、防御重力場の力場の見えぬ壁でヌ級を撥ね飛ばす。

 衝突は凄まじかったらしく、磁石が反発するより激しく海面に擦り付ける様にあたかも“水切りの石”状態で島に激突し、土埃に混じり青い液体を確認した直後に後追いで放っていた光子榴弾が命中、島の一部と共にヌ級を完璧に消滅させる。

 そして、ヌ級撃破と共に泊地に駐留していた深海棲艦の主要艦は撃沈となり島には少数の輸送艦型深海棲艦と島の上に基地系列の何かが居るが、双方ともに相手の射程外で停止、ふぅと軽く息を吐いて本来この任務をこなす筈だった面々を思い浮かべ、今どうなっているか思いを馳せる。

 もちろん周囲警戒を怠ること無く。

 

 この襲撃計画は何度か行われていたが、妙に厚い防衛網に突破するのに手間取るとすぐに他の防衛部隊がやって来てしまい、高速艦艇でそれを突破しようとしても泊地基地の港には旗艦級戦艦ル級率いる打撃艦隊が動かず門番のごとく立ち塞がる上に、基地航空隊と打撃艦隊を直接援護するヲ級達の艦載機隊もいたので、外縁部からジワジワと敵艦隊を削り取っていく、という時間の掛かる戦闘方法を取らざるを得ず、たまにこの泊地から出る通商破壊部隊を狩り、外縁部隊へ攻撃を重ねていたが物資補給の関係もあり進捗状況は良くなかったのだ。

 今回も定期的な出撃となる筈だったが、昨日の未明まだ暗闇に包まれた日の出前、宿直任務を行っていた提督代理の秘書艦戦艦日向の元へ、興奮状態で寝巻きのまま明石と夕張が執務室へ乱入機銃の様に捲し立てる様に、普段冷静な彼女でも困惑を隠せず、少々落ち着けと宥め君塚に用事があるとのことだが、起こすのも気が引けた為代理として話を聞くが、ルフトシュピーゲルングの事を新型駆逐艦と思いそこまで意識を向けていなかった為“彼女の装備を参考に新型の補助装置を思い付いた!”と言われても首を傾げるしかなく、結局、君塚を起こし共に説明を聞き製作の許可を出した後に、ルフトシュピーゲルングに関する説明を君塚から受け“頭痛がする”と額を押さえる羽目になる。

 

 そして、現在。

昨日より工廠に籠りルフトシュピーゲルングの装備する補助装置を元とした試作品の艤装内蔵型の補助装備のテストを、演習戦以降更なる強化を求めていた第一艦隊の面々がそれに手を上げ、ルフトシュピーゲルングとしても何もせず、寝て食って風呂に入るだけの生活に後ろめたい物を感じていた上に、川内復帰によりいよいよ話し相手が居なくなった為、今回の第一艦隊出撃の変わりに出ることと自薦したのだった。

 君塚は念のため、と戦闘距離外よりもしもの時のために空母加賀と彼女の護衛とルフトシュピーゲルング救助の為、川内率いる水雷部隊を派遣していたが

 

 

「…これは戦闘と言えないわね、屠殺よ」

 

 制空権はルフトシュピーゲルングが徹底的に敵航空部隊を叩き落とした為、人類側に移行しており彼女の上空でいつでも援護できる態勢にあったがついにその機会はなく、ポツリと共に微速前進状態の川内に呟き、腕を組んで前を見ていた川内も足元で燃えている死骸を回避しつつ若干不安の色を浮かべる。

 

「最近話し相手になってないし…ストレス溜まってるのかなぁ…?」

 

「そんな事有るわけ無いでしょう…これがあの子の本気って事よ」

 

 呆れ顔の加賀に対し自分のくしゃくしゃと髪を右手で乱暴に弄る川内であるが、やがて落ち着きを取り戻し分からないなら聞けば良い、と自分で納得してずっと遠くの蜃気楼の背中を見る、巨砲に囲まれ管制人型は見えないがそこに彼女が居ることを確認し安堵する、と同時にその彼女からノイズ混じりに通信が友軍艦隊向けに入る。

 

《近隣の友軍艦隊は注意されたし!これより波動砲発射する!》

 

 波動砲を発射するのは君塚が許可を出していた、恐ろしいと言われてもどんな威力なのか一度は確認が必要なのは双方とも理解しており、この本来ない深海棲艦が勝手に作った島を再び頑強な泊地になる可能性がある以上残すわけにも行かないので、波動砲による破壊を決めていたのだった。

 川内達は余波を警戒し停止、艦載機隊もルフトシュピーゲルング上空から待避、加賀へ着艦し10秒程で凄まじい発光色が曇天の空の下打ち出される。

 

 護衛の艦娘達が眩しさに目を瞑り直視しないなか、加賀はずっとそれを見ていた。

 硝子玉の様に無機質な瞳に、燃え盛る人間の狂気を思い浮かべながら島を両断し消滅させる兵器を、超兵器戦艦ルフトシュピーゲルングを見ていた。

 

 彼女はずっと見ていた。

 

 

 




今日で丁度一ヶ月ですね。

読者の皆様に支えられての投稿です、本当にありがとうございます、そしてこれからもお願いします!

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